空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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笑顔の帰還

 合同演習の段取りは全て終了。時間としても、そろそろ夕暮れというくらいの時間となった。堀内鎮守府へ出向した者はそろそろ戻らないと、今の自分の居場所に明るいうちに戻るのが難しいだろう。

 そのため、ここで解散となる。大塚鎮守府の艦娘達は少しだけ休んでから帰投。そして、施設の者達はすぐに戻ることとなった。それこそ、今まさに泥に狙われているような状況で、少しでも暗い中で向かうのはよろしくない。いくら深海棲艦は夜目が利くとしても、余計な心配は無い方がいい。

 

「提督、大将、今日はありがとうございました」

 

 全員が工廠の海に出たところで、代表として春雨が一礼。海風と白露も、少し名残惜しみながら小さく礼。

 

 本来の居場所に戻ってこれたことで、春雨も白露もとても心穏やかになっている。特に春雨は顕著に表れており、溢れた怒りは完全に鳴りを潜めていた。

 やはり故郷に戻り、残されている自分の居場所を目の当たりにしたのは大きい。

 

「いや、構わないさ。むしろ、常駐させられないのが残念だよ」

「それも時間の問題よ。貴女達は、この事件の功労者なんだもの。確実にいい方向に持っていくから、期待していてちょうだいね」

 

 この戦いが終わる頃には、どうにかしてでも鎮守府と施設が自由に行き来出来るように持っていくと、大将は断言した。

 春雨も白露も海風も、本来の居場所はこの鎮守府。本人が何を望むかというのはあるが、戻りたいというのなら、艦娘と同等の扱いで鎮守府に置けるようにすると。

 

「忘れ物はないかい?」

「元々何も持ってきてはいませんでしたが……あ、そうだ。ちょっと鎮守府から持ち出したいものがあるんですけど、良かったですか?」

「軍事機密に関係するものでなければ、いくらでも持っていくといい。そういう風に言うのだから、君達の私物か何かだろう?」

「はい。実は……」

 

 春雨がそれのことについて話すと、提督は一切否定することなく持っていきなさいと後押ししてくれた。良かったと春雨は満面の笑みを浮かべて、急いで取りに向かい、それを懐にしまった。

 

「それでは、また。次は決戦の時……になりますよね」

「ああ、そうなるだろう。だが、いつでも連絡してくれて構わない。余程のことがない限り、話をすることは出来るからね」

「はい。姉姫様にもそう伝えておきます」

 

 最後はビシッと敬礼をして、工廠から外へと向かった。3人がこの鎮守府を離れる意思を見せたため、他の仲間達もそれについていく。

 

「思ったより、スッキリしてるのね。未練は無いわけ?」

 

 ボソッと叢雲が春雨に問う。故郷に戻ってきたのだから、もっと名残惜しんで、施設に戻ることすらも拒むかと思っていたようである。

 

 鎮守府というものに否定的な感情ばかりの叢雲だが、3人にとっては施設よりも優先すべき場所であることは理解しているつもりだ。3人が望むのならば、今ここでお別れでも別に問題ないと考えていた。

 しかし、春雨はそんな素振りを見せることなく、施設に戻るという選択をし、すぐ行動に移した。海風はともかく、白露も何も文句を言わない。それに少しだけ疑問を覚えたようである。

 

「未練が無いわけ無いよ。でも、まだ私達が鎮守府にいていいって決まってるわけじゃないし、それに……()()()をつけてからスッキリと鎮守府に戻りたいと思って」

「ケジメ?」

「うん。全部終わらせて、施設が平和になったら戻りたいんだ。今は島も危ないでしょ?」

 

 決戦が終わり、施設の平和が取り戻されたならば、この鎮守府に戻って艦娘として仲間達と過ごしていきたい。そう考えていると、春雨は叢雲に伝えた。勿論、その平和の中でも施設には度々行きたいとも。

 あの場所は、もう第二の故郷なのだ。鎮守府は大事だが、施設だって大事。どちらにもいたいが、残念なことに身体は1つしか無い。ならば、基本は鎮守府で、時間を作って施設に向かいたい。それが春雨の望み。

 

「そう、なら別にいいわ。アンタ、この1日で随分変わったみたいだから」

「変わったというか、()()()というか。でも、私の中に溢れた怒りは無くなったわけじゃないよ。なんだろう、すごく抑えやすくなったんだ」

 

 そう話す春雨の表情は、怒りが失われた代わりに、思い出したかのように寂しさが表に出てきているようにも見える。怒りが溢れる前ならば、まず間違いなく寂しさの発作を起こしていただろう。そちらも抑えやすくなっているようで、春雨は二度溢れたものの、随分艦娘に近くなっていた。

 

「より完璧な存在へと昇華されているということですね。流石は春雨姉さんです」

「完璧……かどうかはさておき、こういうのって自分で言っていいことかはわからないけど、なんかすごく落ち着いてるのは確かかな。ふとした弾みで引き金引かれそうだけど」

「その時はこの海風にお任せを。誰にも引き金を引かせないように心を守ります」

 

 海風が胸を張って答える。叢雲はまた始まったとうんざりしたような表情だが、海風はこういう壊れ方をしているのだと理解しているため、わざわざ止めることなく溜息をついて放置。

 

「そもそも、春雨姉さんはもう怒りも寂しさも感じるべきでは無いんです。これまでに春雨姉さんはあまりにも()な運命を背負いすぎですから。春雨姉さんに辛い思いをさせる引き金は、何人たりとも引かせません。それが仲間であろうとも、私が確実に排除しましょう。勿論、私が姉さんの引き金を引くようなことは絶対にしません。……()()()

 

 最後の言葉には複雑な感情が入り混じっていたが、そこにはあえて触れない。海風の持つ最大級のトラウマ──春雨との敵対の記憶──に触れる理由なんて何処にも無い。

 

「ありがとう海風。頼もしいよ」

「そう言っていただけるだけで、海風は天にも昇る心地です。これからも傍に侍らせていただければ」

「一緒にいてくれると、私も嬉しい。海風のおかげで、私の寂しさの発作も抑えられてると思うからね。だから、侍るとかじゃなくて、妹としてこれからも一緒に同じ道を歩いてほしい、かな」

 

 そんな言葉を聞いた事で、海風は人目を憚ることなく大興奮。基本いつもこんな感じではあるのだが、春雨から真正面の好意的な感情をぶつけられたことで、それは爆発している。

 その光景は、施設での日常に戻ろうとしていることを意味していた。鎮守府への出向が、今は非日常となってしまっているが、この戦いが終わればどちらも日常に出来るはず。

 

 次に鎮守府に行くときは、最終決戦の時。全ての準備が整い、黒幕を斃すために。

 

 

 

 

 施設に到着した時はもう夕暮れ。あと少ししたら日も沈む。

 

 ここまで来るところでも、泥が設置されているようなことはなかった。『観測者』が施設に寄り付く泥を全て排除してくれているようである。

 しかし、まだわからない。島は当然、360度全てが海に囲まれているのだから、泥の侵入経路なんていくらでもある。たった3人しかいない『観測者』一行だけでは対処出来ない可能性だってあるのだ。

 

「あ、あれは……」

 

 島がそろそろ見えるというところで、上空に見覚えのある艦載機を見つけた。島の周辺を哨戒している、飛行場姫のそれだ。

 それに向かって手を振ると、気付いたように近くまで降りてきて、戻ってきたことを喜ぶように旋回した後、そのまま島まで戻っていく。

 

「島は何も無かったみたいだね」

 

 それだけは安心出来た。もし何かあったら、こんなこともしていないだろう。

 だが、今の島の状態を目にしないと、無事かどうかはわからない。少なくとも遠くに黒煙が上がっているようなことはないため、出ていっている間に施設が破壊されているなんてことはないようだが。

 むしろ、あの中間棲姫の守る施設が破壊されるようなことはまず無いだろう。泥が降り注ぐのはあったとしても。

 

「人数が減ってるようなことは無いわ。全員いる。岸にいるのは、妹姫と潮達ね」

 

 いち早く感知した叢雲がそれを確認したことで、より無事であることがわかる。白露が借り受けている泥感知の眼鏡でも何も見えないため、正しく何も無かったと言えるだろう。

 そこから少し行ったところで、島自体も視認。叢雲が言っていた通り、飛行場姫と潮達がそこに立っていた。夕暮れ時の最後の哨戒の最中だったのだろう。

 

 ただ、そこにいる者達は少々疲れたような顔をしていた。春雨達がいない間に施設を守るため、哨戒を繰り返していたからか。一番施設を守れる者がここから離れていたために、気疲れもあっただろう。

 

「お帰り。何事も無かったみたいね。鎮守府はどうだった?」

 

 島に到着すると、飛行場姫が早速この出向についての話を聞きたがった。陸上施設型という都合上、この島以外の世界は言伝で無ければわからない。旅人である戦艦棲姫から話は聞いているものの、彼女が絶対に行くことが出来ない場所である鎮守府については、割と興味深いもののようだ。

 むしろ、鎮守府にも興味はあるが、それ以上に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が気になる様子。本来所属していた春雨達が戻ってきたのだから、それ相応の歓迎を受けたのだろうと察してはいるものの、それ以上に何かなかったかは知っておきたい。

 

「良かったです。久しぶりに提督にも会えましたし。妹達が、私達の部屋をそのまま残してくれていて」

 

 そこまで話して、あっと思い出したように懐から何かを取り出す。それは、自分の部屋に飾ってあった姉妹の集合写真だった。

 

「これ、私の部屋に置いておこうと思って、鎮守府から持ってきたんです」

「へぇ、艦娘だった頃の思い出の品か。いいじゃない、もうこういうのに耐えられるようになったのね」

「ありがたいことに。二度溢れたことで、発作が中和されているみたいで。それに、姉さん達もここにいますから、この写真から感じる寂しさは殆どありません」

 

 一度は別にいいと切り離していた姉妹の思い出。寂しさが溢れてしまうために無意識に避けていた艦娘の時の記憶と向き合えるようになったことで、むしろその写真も恋しくなっていた。艦娘だった頃を忘れないように、いずれ鎮守府に戻れることを望んで。そのため、許可を貰って施設に持ってきたのだ。

 それを知って一番喜んだのは海風。そして、一度突っぱねられた経験のある山風だった。この写真が施設にあるということは、施設にいる姉妹達も鎮守府のことを忘れないということに繋がる。

 

「あとは決戦までに出来る限りをするだけですね。鎮守府であったこと、夕食の時に話しますよ」

「そうね。お姉も聞きたがってると思うわ。それに、アンタ達が出て行ってる間に、こっちでもいろいろあったのよ」

 

 飛行場姫の少し疲れた笑み。

 

「あの、まさか泥が……」

「いや、それは大丈夫。『観測者』がどうにかしてくれているみたいで、哨戒は繰り返してるけど何事も無かったわ」

「それじゃあ、何が……」

「……お姉が手伝いたい手伝いたいって。ボスはどんと後ろで構えててほしいんだけどさ」

 

 中間棲姫が倒れたら施設はおしまいなのだが、その中間棲姫が仲間のためには無理をしがちというなかなか厄介な性格をしているため、妹としてどうにか止めようとしていた。

 程々の手伝いならまだしも、全部やろうとするからよろしくない。仲間思いはいいのだが、身体を壊すほどまで動こうとする。

 

「まぁ、うん、大丈夫よ。お姉もわかってくれたから」

「なるほど……ひとまず、向こうであったことを聞いてもらいます」

「ええ、そうしてあげて。その間は止まってくれるだろうし」

 

 少し遠い目の飛行場姫。潮と潜水艦姉妹も、飛行場姫の苦労を間近に見ていて溜息をついていた。

 

 

 

 

 施設の光景に、春雨は笑顔を見せた。

 




姉姫様の気持ちはわかるけど、仲間のためにはもう少し引っ込んでいた方がいいんじゃないかな。
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