施設の全員による朝食を終え、深夜哨戒組は眠りに入る……その前に、昨晩に見かけた泥の件を全員に伝える。『観測者』の対処を潜り抜けて、ついに島の近海にまで現れたこと。
泥は一片たりとも施設に上陸させてはならない。そのためには、今以上の対策をしっかり立てる必要があるだろう。ここでより強く対策しなければ、最終的に呑み込まれかねない。
「決戦に出る子達は哨戒はしなくていいわ。基本的には万全な状態でいてもらいたいもの。いつそれが始まるかもわかってないからね。トレーニングは続けていきましょ。泥の発見は今のところは夜に1回だけだけど、真っ昼間に真正面から堂々と来る可能性もあるし、夜に量を何倍にもしてくる可能性もある。だから、昼夜問わずで哨戒は続けていくわよ」
それを取り仕切るのは飛行場姫。この島を守るため、出来る限りの戦略をその場で考え、指示を出す。本人は決戦参加者達にトレーニングを施しながら、哨戒機で島周辺を哨戒し続けるだろう。
この指示に、仲間達は素直に従う。この島を守りたいという気持ちは誰もが同じ。最古参のジェーナスから、新人の瑞鳳と黒潮までが、全員同じ気持ちである。
「哨戒機は私も空母が受け持つわ。空母、よかったわよね」
「ああ、問題、ない。私としても、この島は、旅から戻る場所として、残っていて、もらいたい」
その知識欲により、すっかり戦艦棲姫の旅仲間として定着してしまっていた空母棲姫も、哨戒というカタチで参加する。飛行場姫と同様に高高度の艦載機も使用可能であり、龍驤に器にされていた影響か、超高高度にも手が届く。
しかも、飛行場姫とは大きく違うところは、海上艦であること。島から離れた哨戒も可能という、もしかしたら今最もいてほしい存在なのではと思えるほどであった。
「ね、ねぇ、妹ちゃん、哨戒機を飛ばすくらいなら、私も手伝ってもいいんじゃないかしらぁ?」
ここで中間棲姫もオズオズと手を挙げる。手伝いたい手伝いたいと前に出ようとする施設の主は、自分の立場を弁えてくれと妹に抑えつけられていたのだが、やはりこういう時には自分の力を使わせてほしいと率先して意見を出す。
飛行場姫はそんな姉に対して、まだ言うかと睨みつけようとしたものの、あまりにも抑えつけすぎると、何処かで爆発してしまうかもしれないという不安があった。そのため、少しだけ考える。
「お姉……まず自分の立場わかってるわよね?」
「勿論。私が万が一侵蝕されたらおしまい。この施設はその時点で壊れちゃう。だから、泥に触れられるような場所には行かないでほしい。みんなの意見だもの、ちゃんとわかってるつもりよぉ」
ざんざん言われ続けたため、そこはしっかり学習している。だからこそ、飛行場姫が仕切るのにも何も文句はないし、口出しも一切しない。
だが、主という立場にあるからこそ、全てを仲間に手伝ってもらうというのは我慢出来なかった。自分の居場所なのだから、自分の手で守りたいという気持ちは膨れ上がるばかり。
「……岸まで寄らない。施設の中……は流石にしんどいだろうから、少し外に出るくらいで抑える。危ないと思ったら前に出るんじゃなく後ろに下がる。これ、全部守れる?」
余程姉を信用していないのか、入念に約束事を増やしていく。対する中間棲姫は、勿論と全てを受け入れていく。
活動的で仲間思い、真面目で優しいが故に、誰よりも前に出たがるのはわかっている。仲間を危険な目に遭わせたくないから、自分を矢面に立たせる選択肢が最優先で出てきてしまう。別に仲間を信用していないとかそういうのではない。自分の手が届く場所で危ない目に遭うくらいならば、自分を犠牲にした方がいいという考えが先立つだけ。
しかし、今回は犠牲になった時点で終了なのだ。極端なことを言えば、中間棲姫以外が侵蝕されたとしても、この施設はまだ立て直すことが出来る。致命傷になるのは中間棲姫だけ。それをつい最近まで理解出来ていなかった。
そのせいで、飛行場姫が割と本気目で説教している。仲間のためを思うのならば前に出るなと。自分の立場を理解しろと。黒幕の行いで罪悪感を持ってしまうくらいに責任を感じているのなら、施設のために動くんじゃないと。
それでも、中間棲姫は何かしらの力になりたいと思い続けていた。誰の邪魔にもならない、それでも自分の施設を守れる手段を。
そこから中間棲姫が思い付いたのが、前には出ないが、ある程度の手伝いになる、哨戒機の展開。高高度が確認出来るのが飛行場姫と空母棲姫の2人だけでは数が足りないだろうし、飛行場姫がトレーニングを受け持っている間とかに飛ばすなんてことをしてもいいと考えた。
「ちゃんとわかってるつもりよぉ。本当に本当。なんなら、私のすることに監視をつけてくれても構わないわぁ。あくまでも、哨戒機を飛ばすだけ。それならこの施設の電力にも影響は与えないから。ね?」
「……はぁ、わかった、わかったわよ。でも、自分で言った通り、誰かしらの監視は置くわよ。いや、監視じゃないわね、
ようやく仲間のために動けるということで、パァッと明るい表情になる中間棲姫。そんな表情を見たら、誰も何も言えなかった。
実際、中間棲姫の力は、この中で最も優れているのは当然のこと。艤装を施設に備え付け、電力の源として活動させていても、その哨戒機の数と性能は飛行場姫に匹敵するだろうし、空母棲姫では追いつけない位置にいる。
そんな主の力は、借りられるものなら借りたいのだ。自分達だけでは守りきれないかもしれないが、本人のとんでもない強さが加われば、撃退どころか殲滅まで出来るかもしれないのだから。
しかし、万が一がある。あちらもあらゆる手段を使ってくる輩なのだから、真正面からならば絶対に負けないと言いきれても、想像もつかない搦め手を使ってこられたら、あっという間に最悪の展開なんてことがあり得てしまう。
だから、中間棲姫は
「そりゃそうよね。お姉は囚われのお姫様じゃないんだもの。自分で動けるなら動きたくなるわよ。自重してほしいくらい前に出ようとするけど」
中間棲姫は苦笑するのみ。自分の性格は自分が一番よくわかっているはず。
「お姉は午前中は畑仕事とかしてくれればいいわ。午後からお願い」
「はぁい、みんなのために頑張るわねぇ」
抑え込まれていた仲間を思う欲求が解放されるからか、それこそ周囲が輝く程にニコニコである。主なのに自分に役割を与えられなかったことが随分とストレスになっていたようだ。
「午前中はアタシかしらね。トレーニングは午後から見るわ。空母、深夜は大丈夫?」
「任せて、ほしい。夜に、動けるように、しておきたい、から」
「万が一何かあったら私もサポートするわ」
戦艦棲姫が空母棲姫の保護者のように振る舞う。いつも組んで動いているわけではないにしろ、この戦いが終われば、一緒に旅に出るのは確定しているため、どういう場面でも互いを気にかけていた。
空母棲姫はまだまだ未熟な部分があるだろう。いくら深海棲艦の姫であっても、ここにいる者達と比べるとどうしても経験の差が出てきてしまう。そこを相方が補うのだ。
「あとは哨戒の当番ね。それはまた順番に出来るように決めていく。すぐに決めるからちょっと待っててちょうだい」
「お願いねぇ。妹ちゃんなら安心して任せられるものねぇ」
「お姉に任せると自分への配分を増やしそうだもの」
飛行場姫が当番を書くためにホワイトボードを持ってきたタイミングで、今度は備え付けられたタブレットが受信音を響かせた。この時間に堀内鎮守府から連絡があることはそれなりにあるため、訝しむこともなくそれを取る。
最終決戦の日程でも決まったのかと想像していたため、春雨を筆頭に、タブレットを注視する。
「はぁい、今日は何かしらぁ?」
自分の出来ることが決まって上機嫌な中間棲姫が受けると、向こう側には堀内提督以外にも秘書艦の五月雨、そして龍驤を頭に乗せた明石の姿があった。
明石がこの場にいるのは非常に珍しい。研究のために工廠に篭っていることの方が普通で、合同演習の時ですら姿を現さなかったくらいである。
『まずは君達に伝えておかねばならないと思ってね。また後から大将達にも伝えるつもりだが、優先度が高かったため、この時間に連絡させてもらった』
堀内提督の表情は少し神妙。それを見て、春雨は決戦の期日が決まったわけではないと察する。むしろ、期日が先延ばしになるような事態が発生したのだと感じた。
『昨日、明石がそちらの者達から細胞を一部貰っていると思う。その解析結果が出た』
「あらぁ、そうなのねぇ。何か役立つことがわかったのかしらぁ」
『ああ、事前に知れて良かったことがね』
小さく息を吐き、正面を見据えて現実を突きつけるように語り出す。
『今のままでは、魂の混成をされた者達に出撃を許可出来ない状態になってしまった』
「それはどうして?」
『細胞に黒幕の泥が混ざり込んでしまっていることが判明した。明石の見立てでは最悪の場合、黒幕の領域に入った時点で再洗脳される』
空気が凍りつく。これだけ準備をしているのに、その体質で出鼻を挫かれることになるなんて誰も想像していなかった。
『黒幕の泥はかなり特殊でした。端末として増殖する侵蝕性を持つ泥とは似て非なるモノ。感知も出来ません。私と龍驤で詳細に確認した結果でどうにかわかるくらいに、完全に融合しています。黒幕手ずから亡骸を融合させたことによって起きた現象と考えられますね。何せ、黒幕が繭となったんですから、その中で身体を変質させたなら、細胞の一つや二つ混じってもおかしくはないです』
詳細を知る明石からの言葉に、誰も何も言えなかった。当事者である白露達は、小さく苛立ちを見せる。解放されたと思っていたのに、まだその呪縛がついて回っていることに、怒りすらも感じていた。
『叢雲、貴女も例外ではありません』
「は?」
『泥に耐性を持つと聞いていたので細胞に何かあると思っていましたが、案の定です。叢雲の身体にも泥が混ざり込んでいた。魂の混成をされた細胞とは少し違いますが、それでも黒幕の泥が混じっています』
白露に沈められた際に、まだ制御しきれていなかった泥が混ざって繭化したために、端末からの侵蝕を回避出来るようになっている叢雲。混ざり方が特殊であるため、艤装を出した時にのみ通信障害を発生させてしまう体質になっていたが、これが紛れもなく黒幕の泥を持つ存在としての証である。
逆説的に、白露達も端末への耐性を持っていることとなるのだがそれは一旦置いておいて、叢雲も黒幕の領域に入った時点で何かしらの不調が起きる可能性が高い。良くても艤装が動かなくなる、最悪は洗脳。効かないと思っていたのに叢雲がその場で敵対することも考えられた。
「ふざけんじゃないわよ……何よそれ。復讐すら出来ないとかどうなってんのよ! 私は完全に巻き込まれてるだけよね。なのに、なんなのよそれ!」
怒りが溢れて声を荒げる叢雲。テーブルをダンと叩き、訴えるように叫んだ。当然その姿を見たことで潮の恐怖が溢れ、ひっと声を上げた後に飛行場姫に縋り付く。
しかし、叢雲の怒りはごもっともすぎるため、誰も何も言えない。姉妹姫も止めることは出来なかった。
そして、その怒りは同じように溢れている者に伝播する。
「それはあまりにも酷いですね。ヒトをいいように使っておいて、自分には絶対に害を為さないように仕込んでいるとは。そもそも品性がクズだとは思っていましたが、ここまで徹底しますか」
穏やかだったのに、怒りのせいで口調にそれが滲み出てくるようになってしまった春雨。気付けば白露型の制服は再び怒りに塗れた戦闘服へと切り替わっていた。拳を強く握り、怒りに震わせ、冷酷な瞳でタブレットを見つめる。
せっかく自分を取り戻したのにこんなことになってしまったと、海風はその怒りを鎮めるためにすぐさま拳を包み込むように手を添えた。今の怒りはそれだけでは抑えられないかもしれないが、少しでも足しになってくれればと出来る限りのことをする。
「じゃあ、あたし達はここから動くなってこと? 昨日の演習とか、全部無駄になっちゃうってこと?」
辛そうに白露が言葉を紡ぐ。テーブルの下に震える手を隠しながら、しかし今ここで聞いておかなくてはいけないと。それだけははっきりさせておきたいと。
すると、明石がニヤッと笑みを浮かべ、よくぞ聞いてくれましたと手を叩く。
『無論、これで諦める私達ではございません! 作っていますとも、対策を!』
多分この作中で一番インチキなのは、春雨でも黒幕でもない、明石である。