空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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持つべきものは

 決戦に備えている最中に通達された、魂の混成をされた者達への黒幕の影響。海域に近付いただけで最悪の場合は再洗脳される可能性が高いという調査結果が出てしまった。

 また、叢雲にも同様の傾向が見られた。耐性を持つ者は細胞レベルで黒幕の泥が混じってしまっているせいで、黒幕の手が届く海域に入った時点で何かしらの影響があるかもしれない。

 

 それを伝えられたことで、叢雲の怒りは爆発。それが伝播したように春雨も静かに怒りを溢れさせ、先日合同演習に行った者達はそれ自体が無駄になってしまうのかと嘆く。

 しかし、すぐさま明石が切り返した。

 

『無論、これで諦める私達ではございません! 作っていますとも、対策を!』

 

 力強く宣言。細胞レベルでの融合をどうにかするなんて、早々どうにか出来るものではないと考えていたものの、明石には既にその対処の仕方が視野に入っているようである。

 

『まず、細胞から泥を抜き出すというのは不可能です。それは確実に死を意味しますし、そもそも結合しているモノを分離させることなんて出来ません。言い方は悪いですが、白露を4分割して全員をそこに蘇生するようなものです』

「それは無理だね、うん。そりゃあ出来るならやってもらいたいけど、そんなことしたら私死ぬしかないもん。それだけガッチガチにくっついちゃってるってことだよね」

『そういうことですね。剥がしたらそれが壊れてしまうから出来ない。ならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()のが妥当でしょう』

 

 簡単に言っているが、どうすればそんなことが出来るのかは、ここにいる者には誰も理解出来ない。明石の頭の中では出来上がっているようだが。

 

「勿体ぶってないでさっさと言いなさいよ。イライラするわね」

『単純ですよ。物理的にあちらからの影響をシャットアウトする。これに尽きます』

 

 つまり、黒幕の泥に対応したバリアにシステムを改良するということである。

 

 今は泥を弾くためだけに作られた装備であり、とある波長で身体を包み込むことによって、目に見える端末のベクトルを逆方向に向け、侵蝕と増殖の性質が反転、自身の性質により消滅する。

 その波長を黒幕が泥に対してぶつけてくるであろう影響力に向けることにより、その泥を内包する細胞への影響を失わせる。

 当然、今のままでは黒幕の備わっているかもわからない力に対しては抵抗出来ないため、どういう方法でコントロールしてくるかを考える必要はあるものの、これまでのノウハウを使えば確実にゴールに辿り着けると確信を持っていた。

 

『私の予想では、まず黒幕の拠点の周囲に張り巡らされている結界。泥を目に見えないくらいに細かくして散布することによって、耐性を持たない者に対して一定の効果を与える極僅かな洗脳を行なう空間を作り出すアレですね。あの泥の、細胞に作用してしまう可能性を消します。同質の存在がそこにあるのだから、強制的に作用し、全てを狂わせる。私はそう予想しました』

 

 黒幕の領域に入った時点でアウトと話したのは、その予想があったから。敵意を持つ者を弾く結界は、散布された黒幕の泥であり、細胞と反応したら最後、再洗脳に繋がるとした。

 

「だったら、私達が作っている身体を全て覆うスーツとマスクで潜り抜けることは出来ませんか」

 

 まだ怒りから抜け出せていない春雨が、少しピリピリした語気で問う。海風がずっとその手を握っているものの、それだけでは怒りから抜け出すのは難しい。

 解放されたはずの姉が未だに縛られており、決戦という場で抵抗することすら許されないことに、腹が立って仕方がない。自分のことより仲間の不遇に対しての怒りの方が強くなる春雨には、姉妹の努力を無駄にするような状況は特に許し難い。

 

『確証は持てませんね。何せ、相手は目に見えない粒子です。流体状で付着してくる泥とはわけが違います』

 

 完全に密封出来るスーツを作り上げたとしても、突き抜けてくる可能性は高い。むしろ、その機能があるスーツを意識して作られたとしても、まず戦いにならないだろう。皮膚呼吸が出来なくなるのだから。

 深海棲艦でも溺れるということは、姉妹姫で実証されているようなもの。陸上施設型だからとなればそうかもしれないが、呼吸がままならなければ普通に行動が出来なくなる。

 これまでのスーツはまだ流動体が入らないようにするくらいに出来れば良かったため、ある程度の許容は出来た。しかし、()()をどうにかするのは不可能に近い。

 

『ここで、山寺鎮守府の明石の提案で、簡易的な()()を作製する試みに着手しています。あちらはノイズキャンセラーと話していましたが、まぁ要するにちょっと違うバリアです。システムの簡略化、対象の解析から、逆位相の分析、それが白露達には影響を与えないように制御、そしてそれらをまとめ上げた上で小型化まで、やらなければならないことは諸々ありますが、確実に潰せます。今や手を貸してくれるのは1人だけじゃないですからね』

 

 最初はサポーターが大淀だけだった研究室も、龍驤が加わり、さらに同じ道にいる別の自分という同業者までが手伝ってくれるのだ。作業のスピードはさらに上がり、確実に、着実に前に進める。

 

「時間はかかるのかな」

 

 おそるおそる白露が聞く。これがあまりにもかかるようならば、魂を混成された者と、最初から混じってしまっていた叢雲は、どう足掻いても戦場には出られない。これまでのことが全て無駄になる。

 それだけは避けたかった。精神的なところでもこんなところで折られるのは困る。

 

『ある程度は見越してもらいたいですが、何ヶ月もかかるようなことはありません。長くても数日です。それまでに問題点が見つかる可能性はありますし、他に何か気になることが出て来たら、その都度バージョンアップはしていきますので。断言出来るのは、絶対にその思いを遂げさせます。だから、私達の力を信じてください』

 

 あまりにも自信満々に、不安になるという感情が取り除かれるような感覚。今までの明石の成果から考えれば、この危機も宣言通りにさらりと解決してしまうのではと誰もが思う。

 

 侵蝕を治療する薬から始まり、そもそも寄せ付けない波長、治療出来ないはずの龍驤も再洗脳というカタチで艦娘の心を取り戻し、白露達の身体に仕込まれた罠も決戦の最中では無いタイミングで看破した。

 ならば、今回のこの細胞と融合した泥に対しても、確実な対策を講じ、それを実現するに至るだろう。しかも、そこまで時間をかけずに。

 

「本当に信じていいのよね。ギブアップなんてしたら、私がアンタを始末しに行くわよ。もう鎮守府の場所もわかってるんだから」

 

 物騒な物言いの叢雲に、薄雲がさりげなくクッキーを握らせた。小さく舌打ちをしながらもクッキーを頬張り、怒りを鎮静化しようと試みる。

 一度合同演習で鎮守府に辿り着いているため、行こうと思えば道案内が無くても行けてしまうのが今の施設の者達。叢雲は今でこそ緩和しているものの、場所がわかってしまえば、襲撃だってやりたい放題。そんなことをしないと信じてもらえているから場所が伝わっているのだが。

 

『信じてくださいとしか言えませんが、もう見当は付いてるんですよ。なので、時間の問題です。とはいえ、それが絶対に対策になるかどうかはわかりませんから、過信は禁物ですが』

「今までの成果から考えれば、信じない理由は無いですよ。私は明石さんに賭けます。むしろ、頼らざるを得ない。私達に黒幕の泥を突破する手段が作れないんですから」

 

 春雨の言葉に、みんなが頷く。そもそも明石がいなければ最終決戦まで漕ぎ着けることすら出来ていなかった。

 これまでの功績からして、MVPは間違いなく明石だ。戦場だけで言えば春雨がいなければ救えなかった者がいたり、撃破することが出来ない者がいたりするのだが、スタートラインに立つことが出来なければ、その成果を出すことは出来ない。そして、それを可能にしたのが明石なのだ。それは叢雲だって認めている。

 

「わかったわよ。今はアンタに任せる」

『ありがとうございます。近日中に最高の結果を伝えられるように努力しますので、期待してお待ちください』

 

 明石が近日中と言うのだから、本当に近日中なのだろう。

 

『私からは以上です。皆さんのためにも、すぐに対策を開発しなければ。全部説明出来ましたし、もう大丈夫ですね。それでは!』

 

 言いたいことを存分に言い、用が終わったからすぐさま工廠へと戻る。存在自体が暴風のような明石に、思わず苦笑してしまった春雨。

 最初こそ怒りに呑み込まれていたが、対策が考案されており、努力が無駄にならないことがわかったことで、精神的に落ち着きを取り戻してきていた。意識すれば制服が白露型のそれに戻り、怒りによる震えも止まっている。

 海風もここでようやく安心出来た。一度火が点いたらもう元に戻らないかと思っていたため、また今の姿が見られたのは喜ばしいこと。

 

「ともかく、今はこちらでも出来ることをするしかないということねぇ」

『ああ、すまないが、もう少し時間を貰いたいと思う。その間、黒幕にも時間を与えることになるのが心苦しいのだが、こちらに勝ち目を作るためには時間が必要だ。今考えられる全ての問題を解決してから向かうことにしよう』

 

 急がば回れと言うように、早急に目的を達成するためには、入念な準備が必要である。誰もがそれを理解し、確実に勝利を収めるために行動をしていく。

 

 

 

 

 通信終了後、まず飛行場姫が午前の哨戒のために外に出て行き、他の者達も各々の仕事につく。農作業や漁は勿論進めていくし、施設内の掃除などもしていくだろう。

 決戦が近くとも、施設でやることは普段と変わらない。むしろ()()()()。午後からはトレーニングなどが入ってくるが、午前中は施設のための活動を続ける。生きていくためには、このリズムは崩すわけにはいかない。

 

 その農作業の中、中間棲姫は随分と上機嫌だった。仲間のために活動出来るのが余程嬉しいのか、ニコニコ笑顔で畑の雑草取りに勤しむ。

 そんな光景を見て、今日の農作業参加者であった春雨と海風はほっこりすることが出来た。

 

「姉姫様、なんだかすごく嬉しそう」

「妹姫様にこっぴどく叱られたみたいで。でも、それを抜きにして午後から哨戒に参加出来ることが、本当に嬉しいんでしょうね」

「自分の施設なのに自分は動くなって言われてたんだもんね。わかりづらかったけど、ストレスが溜まっていたのかも」

 

 決戦まで嫌でも時間が必要になったわけだが、その間は施設を守り続けなくてはならない。それを自分の手で出来ることが喜ばしいようで、今や鼻唄を歌いながらである。ここまで機嫌がいいのは初めて見るレベル。

 

「いやぁ、姉姫さん、真面目すぎんだよ」

「そこがいいところでもあるんだけどね」

 

 松竹姉妹も、あそこまでの中間棲姫を見ることはあまり無いようで、苦笑しつつもほっこり。それに追従するように、農作業を進めていく。

 

「姉さんも穏やかになってよかったです」

「まぁ、そうだね。明石さんが信用出来るから、怒りは薄れたよ」

「それだけでも元に戻れたのは、やはり鎮守府あってのことですね。昨日の演習はそれだけ効果的だったということ。決戦までに時間があるというのなら、また鎮守府に向かいたいものです。春雨姉さんの心の安寧のためにも、むしろ頻繁に向かうべきですよ。こちらから行けない場合は、山風達にこちらに来てもらうとかでもいいです。春雨姉さんが穏やかであればあるほど士気が上がるので、誰もが春雨姉さんのことを気にかけなくてはならないですよ。崇め奉るのは当然として」

 

 はいはいと春雨がマシンガントークを止めるが、その中でも心は穏やか。

 

 

 

 

 白露達の努力を無駄にされると感じた時の怒りは、明石のおかげで鎮静化した。やはり、持つべきものは鎮守府の仲間である。

 




明石による対策は、少し時間がかかるにしろ、ほぼ確実に実装されるでしょう。
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