鎮守府の昼、工廠。流石に昼食を抜いて研究を進めるのはよろしくないと大淀が取り仕切り、食堂で食べないにしろ、何かを腹に入れろと簡易的な食事を持ってくる。
明石にはサンドイッチが、龍驤には妖精さんの主食とも言える金平糖が渡され、大淀も明石と同じ物を頬張りながら作業していた。
「いやもうホンマに甘いモンが染みるわ。ちゅーか食い過ぎなんちゃうかコレ。自分の頭くらいのデカさの金平糖て。ウチの泥、舐めたら砂糖になっとらんか」
「ヒトに例えるとそれくらいの摂取はしていますからね。何処にそれだけの糖分が入るのやら」
「妖精さんは代謝が凄まじいんじゃないかな。何処から出してるのか知らないけど。むしろ消化したモノが全部活力に変わってるから、エネルギー効率ヤバすぎ」
そんな雑談をしながらも作業は続く。決戦に向けた重要な研究であり、失敗は許されないくらいに時間的な要求もあるのだが、明石達はそんな中でも緊張感が全く無い。研究に失敗は付きもの。むしろ一発でトントン拍子で行く方がおかしい。そう考えながら進めている。
とはいえ、今の明石には多種多様なノウハウが刻まれているおかげで、今回の研究も一発成功が見えていた。既に白露の細胞からは完全に融合してしまっている泥の成分だけを残して他を削り落とすことは成功。結果的に泥が抽出されることになる。それを手に入れた全員分の細胞で行ない、調査可能なくらいにかき集めた
現在の装置で確認出来る泥──端末とは別モノと見做し、改めて成分解析をして既存の端末と比較。違う部分を入力し、それを同じように感知出来るように装置を修正。
「うん、今まで作ってきたモノが役に立ってるね。龍驤に追加で作ってもらったモノも応用で使えるし、最終的には黒幕そのものを消せる装置が出来るかも」
「出来るかもしれへんけど、それ喰らったらウチは消し飛ぶんやろ。それに、白露達だってタダじゃ済まん」
「そうなんだよねぇ。そこが厄介なところなんだよ。ある意味、こちらの仲間を人質にされてるようなものなんだよね」
注意して装置を使えば、黒幕のみに影響を及ぼすことも可能だろうが、最終決戦にそんな余裕があるかはわからないし、逆にそれを黒幕に利用される可能性だってあるのだ。そのため、作ったとしても戦場に持っていくことは出来ない。
なので、ひとまずは黒幕の泥が感知出来る装置を作り上げる。今はそれが重要なのだから。
昼食時も終わり、午後イチ。食事中も作業していただけあり、望む装置が完成した。泥を消し飛ばすのはまだ置いておいて、少なくとも今ここにある泥と同じ反応のものが体内に存在しているかを確認する
端末を感知する眼鏡のような広範囲を見ることまでは出来ないが、目の前に来たら何処にどうあるかくらいには確認出来る。元々手に入れた成分が少なかったために、精度はその程度で打ち止め。無尽蔵に使えた端末が異常だっただけ。
そこで呼び出されたのが、調査隊である山風達。侵蝕を受けている荒潮が含まれており、その差を確認するために全員を見ようと考えている。
勿論、この場にはその装置の出来を確認するために、提督と五月雨も便乗。その結果がどうであれ、ここでの確認が決戦に向けての重要な情報を生み出すはず。
「一応持ち運びが出来るようにしておきました。その分簡易的ではありますが、何処に何があるかくらいは見ることが出来るようにしてあります。眼鏡ではなく単眼鏡にしてあるのは、システムをそれ一本に絞ったからですね」
取り出したのは、何処にでもありそうな単眼鏡。しかし、本来のそれと違って遠くが見えるわけではなく、そのレンズを通して見たものに対して分析をかけ、内部に仕込まれている黒幕の泥と同一存在があるかどうかを調査する装置となっている。
効果範囲は狭いが、一人一人を見ていくだけならこれでいい。山寺鎮守府の明石から学んだ小型化の技術を早速取り入れた結果である。
「ではまず、侵蝕を受けていない山風から見せてもらいますね」
「……ん」
一歩前に出て、単眼鏡で上から下までを舐めるように眺める。その視線に山風は少々引きつつ、その調査の結果を待つ。
その視線が頭頂部から爪先まで終わったところで、楽にしてくださいと離れる。調査自体はこれでおしまい。
「山風からは何も反応がありませんでした。内部に格納した、細胞から抽出した泥と同一の成分を持つ
その装置が絶対であるとは限らないのだが、何事もないと保証されるのは安心出来る。山風もホッと小さく胸を撫で下ろした、
「続いて、荒潮の確認をします」
「本命よね〜。ここで何か見つかる可能性が高いんだもの〜」
続いて、一度侵蝕を受けている荒潮。明石の頭の上にいる龍驤は、それを行なった張本人であるため、少しバツが悪そう。しかし、荒潮は気にしなくていいの一点張り。おかげで龍驤は多少気が楽になっている。
「でも、何もない方が嬉しいわね〜。一度侵蝕されたからって、まだ何かあるって言われても、気分が悪いだけだもの〜」
「誰だってそうあってほしいと思っているさ。今回のこれも、念の為の確認だからね」
荒潮と提督が話している間も、明石は単眼鏡を使って荒潮の体内を隅々まで確認していく。至って真剣ではあるのだが、どうしてもこの舐めるような視線は気になるようで、飄々としている荒潮であっても嬉しくは無さそうだった。
しかも、一点を見つめたところで明石の動きが止まったのだ。山風の時には無かった明石の動きに、表情には出さずとも荒潮は内心ビクビクしていた。
「あの〜、明石さん? もしかして」
「予想はしていましたけど、本当にあるとは思いませんでしたよ。黒幕の泥と同一存在の何か」
言葉にされるとショックを受けてしまうが、事前に見つかったのはいいこと。まるで癌を初期段階で発見したかのような感覚。
明石が単眼鏡で凝視しているのは、荒潮の鳩尾の辺り。胴の中央にポツンと小さな反応を確認した。何か蠢いているわけでもなく、
しかし、この形には少し見覚えがあった。
「……
小指の先に乗る程度、ウズラのそれよりも小さいが、反応の形状は確かに卵だった。それが、本人にわからないように鎮座している。
今まで何もわからなかったのが不思議なくらいに存在感があるが、今のこの装置、単眼鏡があるからわかるだけで、活動にも何も影響が無いように配置されているのが、意図的にこうなっているかのようにも見える。
「ちょ、ちょっと明石さン、江風にも見せちゃくれないかい」
明石の見間違いというのは無いだろうが、一応ということで他の者にも見てもらうことに。
まずは江風が単眼鏡を借りて荒潮の鳩尾を凝視する。すると、少々鈍い声と同時に、山風の同じ場所を見る。明石の言う通り、荒潮にはあるが山風には無い。
「マジで何かあるぞ。卵ってのもわかる。そういうカタチしてンだ」
「卵……ねぇ。こんなところに?」
荒潮も自分の鳩尾を撫でるが、当たり前だがそんなモノが入っているような感覚などあるわけが無かった。しかし、誰が見ても荒潮の中には
提督も確認させてもらったが、やはりその存在は誰の目にも見えるモノ。
「例えば、これがそのままの状態で黒幕のところに行ったら、私はどうなっちゃうのかしら〜」
「予想出来ることはいくつかあります。例えば、無意識に身体を操られて黒幕に攻撃が出来なくなったり、思考すらも操られて再洗脳される可能性もあります。ただ、これ卵のカタチをしているので……本当に最悪な場合、
ただそこに泥があるわけではなく、卵という形状であるが故に、孵化というより悪い方向の想像が出来る。そうなった場合、人体への影響は計り知れないだろう。
それこそ、再洗脳どころの騒ぎでは無い。黒幕の泥が身体中に回ってしまった場合、魂を混ぜられるように強制的に深海棲艦化させられる可能性もあれば、龍驤のように泥化する可能性すらある。既に深海棲艦化している施設の者達ならば、さらに酷いことになり得る。
「これ、消すことって出来るのかしら〜?」
当然、そんなものが身体の中にあってもらっては困る。出撃しないことで影響を回避出来るかもしれないが、それは今だけという可能性だってあるのだ。時間が経てば経つほど不安は大きくなるモノ。
対する明石は、勿論開発中だと胸を張る。しかし、自信満々には発言出来ない。
「
「何か含みがある言い方ねぇ」
「それはまぁそうなってしまいますよ。だって、この泥と同じ要素が、白露達は全身に蔓延っているんです。卵だけ消すなんて器用なことは出来ません。周囲の細胞ごと滅ぼしてしまう。そうすればどうなるかなんて、子供でもわかるでしょう」
卵と同時に身体ごと崩壊する。それは火を見るより明らか。ただでさえ細胞から泥だけを抽出して分離することが出来ないから、泥以外の細胞を削り取る──本来の細胞を犠牲にすることによって、今の調査用の泥を手に入れているのだ。
如何に明石であっても、全く同じモノを分けて消すという処理は簡単には出来ない。卵だけをピンポイントで消す装置は、作れるかもしれないが今までよりも膨大な時間がかかるだろう。そうこうしている内に、黒幕がさらに力を付ける可能性があるのだから、今そんな時間は使っていられない。
「少なくとも艦娘に対しては容赦なく消す装置を使って消しておきますが、それだけではまず確実に足りない。本当に厄介なモノを作ってくれましたよ黒幕は」
おそらく初めて、明石がここまで悔しがるところを見る。今のままでは、完全に解決するまでに手が届かない。そのままだと、本当にこの戦いを望む者達を戦場に送り込むことも出来ない。そもそも戦場に立ったことによる影響も読めないため、雑に全部消すではどうにもならない。
「……手術でお腹から抜き取るとか……出来ない?」
山風が思い付いたことを言ってみる。傷付けずに解決することが無理ならば、
しかし、明石は首を横に振る。
「艦娘のように卵だけが埋め込まれているのならそれでいいんですが、白露達は全身が卵みたいなものです。取り除くことは不可能でしょう。何かしらの犠牲で取り除けたとしても、全身に蔓延っているのだから、取り除いたら命も削ぎ取ることになります。見た目はただの深海棲艦でも、その実、半分は別モノと考えてみましょう。しかも、命を維持するための器官すら半分ずつです。生きていたとしてもまともに活動出来るとは思えません」
だから、領域内に入っても身体に影響を与えないように暗室を作ればいいと山寺鎮守府の明石が提案したのだ。取り除くことが出来ないのなら、
「それに、もし卵を手術で抜き出せたとしても、深海棲艦には修復材が使えないという前提があります。白露は確か超回復があるから大丈夫でしょうけど、他の子達はそんなものはありません。成功したとしても、そこから数日は動くことすらままならない。古鷹ですら完治に1週間近くかかったらしいですし」
腕を組んでうんうんと悩み出す。なかなか難しい問題らしく、明石でも簡単には完璧な解決が思い浮かばないようだ。暗室はあくまでも応急処置。根本的な解決にはなっていない。
今はそれで妥協して、最終決戦に臨むしかないかもしれない。だが、明石としてはもっと安全な道を探し出したかった。
取り憑いて器にする。侵蝕する。無くなっても卵を残す。今回の黒幕にはちょっとした元ネタがありますが、わかりますかね?