飛行場姫と並び、溢れた艦娘を保護する施設を管理する陸上施設型深海棲艦、中間棲姫と邂逅を果たした春雨。その姿は到底深海棲艦とは思えない農作業スタイルであったものの、保護した艦娘と仲良く畑で作業する様子は、この施設がそれだけ穏やかに生活出来ることを如実に表していた。
そのおかげで、春雨の心は大分落ち着いていた。最初は中間棲姫という戦史に残る大悪と対面したことで緊張し続けていたが、その人柄に触れたことによって調子を戻している。孤独感も刺激されるようなことが無かったため、むしろ惹かれている程。
「姉姫様……素敵なヒトでした」
「でしょ。あん時はちょっとアレなカッコだったけど、普段はもっと綺麗よ」
飛行場姫による施設の案内が続けられるが、その際の話題は専ら中間棲姫のことだった。春雨が魅了されてしまっていることに気付いた飛行場姫は、苦笑しながらもそれを良しとしている。
飛行場姫も愛すべき姉として中間棲姫のことを見ているため、嫌われているわけでもないことに内心喜んでいた。好かれているのなら何も問題はないと、状況を楽しむことに専念している。
「それにしても農作業……流石に驚きました。妹姫様も畑仕事を手伝ったりしてるんですか……?」
「アタシ? アタシは殆どやってないわね。代わりに釣りに出てるのよ」
「釣り、ですか」
「野菜だけだと飽きるでしょ。だから、魚も獲ってるのよ。保存食で干物とかも作ってるから、食事は困らせないわ」
なんとも庶民的な深海棲艦だと、春雨は妙に感心した。ここ数分だけで、深海棲艦に対しての考え方が180度変わってしまっている。自分自身が深海棲艦になってしまったことも含めて、ただの侵略者ではなく、派閥や生き方があるのだとつくづく思い知った。
春雨が拾われたここは、特にのんびりとした穏健派。戦いなんて考えず、ただ生きていくことに喜びを見出すタイプ。やりたいことを本能的にやっていくのが深海棲艦だが、ここまで欲が無いのもそれはそれで恐ろしい。
「アンタも好きなことやんなさいよ。さっきお姉が農作業一緒にやろうって言ってたでしょ。少しでも楽しそうと思ったら、まずやってみるといいわ」
「はい、そうさせてもらいます。釣りもお手伝いしてみてもいいですか?」
「ええ、歓迎するわ。まずはいろいろやってみなさいな。ここは自由に生きていく場所なんだから」
小さく笑って春雨の頭を撫でる飛行場姫。その温もりで顔を綻ばせる春雨。この瞬間は、2人も姉妹のように見えた。
畑から始まったため、施設の案内は外からになった。この時間なら外にいる艦娘も何人かいるからである。早いうちに施設の艦娘と対面させ、ここには仲間が多くいるのだということを春雨に刻み付けたいというのが飛行場姫の考え。
数え切れないほど艦娘がいるわけではないが、その全員が何らかの傷を負い、心が何処か壊れた者。自分と同じである艦娘がいれば、孤独感は払拭される。
「ほら、ああやって暇なときはみんな適当に暮らしているの。で、片方はアンタと同じ『寂しさ』が溢れた子よ」
歩いて行った先は、畑に出る前に見かけた芝生の広場。小さな公園くらいのスペースであるそこには、ビニールシートを拡げて日向ぼっこをしている艦娘がいた。
飛行場姫の言う片方の艦娘は、真っ白なロングヘアーにちょこんと生えた黒い角が特徴的な少女。春雨と同様に駆逐艦であろうが、色合い以外で深海棲艦らしさを全く感じないくらいである。
もう片方はくすんだような色合いの金髪のショートボブにフリフリなドレス姿の少女。こちらも駆逐艦であり、深海棲艦らしさはほとんど感じられない。
「薄雲、ジェーナス、ちょっといいかしら」
飛行場姫が声をかけると、それに反応して2人して飛び起きた。日向ぼっこでちょうどうつらうつらしてるタイミングだったようで、何事かとキョロキョロ周りを見回した後、飛行場姫の姿が目に入ったことでホッと安心した様子。
ロングヘアーの少女──薄雲は、すぐに気を取り直して飛行場姫にお辞儀。それに対してショートボブの少女──ジェーナスは驚かせないでと少し怒っているような表情。しかし、飛行場姫の隣にいる春雨の姿を目にした瞬間、驚きつつも近付いてきた。
「妹姫さん、そちらの方は」
「さっき目覚めた例の繭の子よ。見ての通り、ここの一員になることが決まったわ」
「ならお仲間ですね。今よりもっと
この薄雲の発言で、薄雲は自分と同じ考え方をしていると理解出来た春雨。自分と同じである者がいるというだけで、また孤独感が失われる。
「Hi! 私の名前は
「は、春雨、です。よろしくお願いします」
「ハルサメね。
英語で捲し立てられて春雨は頭にハテナマークを浮かべていたが、そんなことは気にせずにジェーナスは握手を求めた。にこやかに手を差し出されたことで、春雨もおずおずと手を差し出すと、ジェーナスはそれに掴みかかるように握る。
ジェーナスは春雨より少しだけ小さかったが、その分温かな手をしていた。ヒトの温もりが何よりの癒しである春雨には、これもまた孤独感からはかけ離れた喜ばしい出来事。
「ほら、ウスグモも!」
今のはジェーナスが気を使ったのが見て取れた。自分の握手はそこそこに、薄雲の手を取って春雨と強引に握手をさせる。
この施設にいるものは、何が原因で溢れたのかを全員が全員分把握している状態。薄雲の溢れた感情が『寂しさ』であり、ほんの少しだけでも独りを意識するとダメであることは周知の事実。それ故に、ジェーナスは薄雲を孤立させないようにすぐにこの行動に出たのだ。
「は、はい。私、薄雲です。春雨さん、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。私の溢れた感情も『寂しさ』なんです」
だからこそ、春雨もその気持ちを汲み取ったかのように自分の溢れた感情のことをすぐに話す。先程の松の時のように、どうせ最後には皆が知ることになるのだからと、春雨も躊躇しなかった。
「春雨さんもですか!? すごい、そこまでお仲間だなんて、これならもっともっと寂しくないですね」
「はい、寂しくないです。私達は孤独じゃないです」
手を握り合いながらキャッキャッと一瞬で意気投合している2人の姿を見て、飛行場姫とジェーナスはニンマリ笑みを浮かべた。
特に飛行場姫は、同じ傷を持つ者が出会えばこうなるだろうと見越して薄雲とすぐに引き合わせたようだった。結果は大成功である。
「私も交ぜなさーい! ウスグモだけじゃなくて、私も仲間なんだから!」
「はい、ジェーナスさんも仲間です。寂しくないです」
その2人のはしゃぎっぷりを見ていたら我慢出来なくなったか、ジェーナスもその輪の中に入っていった。子供3人が仲良さそうにしている光景に、飛行場姫の表情はより柔らかくなっていたのだった。
一頻りはしゃいだ後は、同行すると言って聞かなくなった薄雲とジェーナスも連れて、春雨の施設の案内を続行。2人が日向ぼっこのために使っていたビニールシートは飛行場姫が小脇に抱え、外はこれで終わりだからと今度は建物の中へ。
当初は施設から向かうことが出来る海の方まで出る予定だったらしいが、ジェーナスからの情報で海には誰も行っていないことが判明したため、無駄足になる前に施設に戻った。
「お風呂は今頃お姉達が入ってるだろうから後回しにして」
「先にお部屋を見てもらった方がいいのではないでしょうか。今日からは共同生活ですし、みんなで一緒に寝るんですよね?」
「そうね。少なくとも寝るときはアンタと春雨を同じ部屋に入れるわ」
ワクワクしながら話す薄雲に、飛行場姫は苦笑しながら答えた。
施設での生活で1日の最後になるであろう就寝は、全員とは言わないがある程度纏って同じ部屋で眠ることになっていた。
私室と言える部屋もあるにはあるし、そこにもシングルサイズのベッドは用意されているのだが、寂しさが溢れているせいで独りになることが出来ない薄雲ではまともに就寝には使えない。むしろ、どんな状況でも隣に誰かいなくてはいけないのだから、プライベートな空間そのものが無理。春雨もその先例に倣う形になることは目に見えている。
その部屋は、キングサイズのベッドがドカンと置かれ、周りには誰かが作ったのであろうぬいぐるみが置かれているような少しファンシーなデザイン。
ベッドが大きいおかげで、駆逐艦サイズなら3人から4人は余裕で一緒に寝られるため、薄雲は今までも重宝してきた。時にはジェーナスが、時には中間棲姫や飛行場姫までもが薄雲のために添い寝をしてあげていたくらいだ。
今後は春雨もここを使うことになるわけだが、部屋を見ただけで目をキラキラ光らせていた。孤独を払拭出来るものなら何でも受け入れられる春雨には、このベッドルームは最高最善の物。
「わぁ……これならみんなで一緒に寝られますね」
「そうね。基本は薄雲が真ん中になって、2人か3人が便乗してるわ。で、昼でも暇ならあんな風に1人で寝てたりするわけ」
飛行場姫が指差す方、その大きなベッドの上には、1人の少女が気持ちよさそうに寝息を立てていた。
その少女は、外見に深海棲艦のテイストがほとんど出ていない春雨達とは違い、明確に
そしてもう1つ。飛行場姫と同じように、両腕が装甲のようなモノに覆われていた。見えている腕そのものも若干黒ずんでおり、余計に異形感を増している。
腰よりも長く伸びた髪が身体の大半を隠しているため判断はしづらいが、わかりやすい異形部分以外はやはり艦娘とほとんど変わらない外見。幼い雰囲気はあるものの、この中で外見的には最も幼いであろうジェーナスと同じくらいか。
「ん、んんぅ? もうご飯の時間?」
春雨達の気配を感じ取ったその少女が、目を擦りながら身体を起こした。髪に隠れて見えていなかったが、その少女は当たり前のように全裸で寝ていた。
「ヨナ、服着なさい」
「寝るときは裸ん坊の方が気持ち良くてぇ……ん、着まぁす」
飛行場姫に注意されたことで艤装を展開するように服が構成されていく。春雨達駆逐艦のような制服が出来るのかと思いきや、構成されたのはどちらかといえば飛行場姫のそれに近いボディスーツ。いや、これは水着である。その上にセーラー服の上だけが出来上がり、小さく息を吐いた。
「あ、新人さん……あの黒い繭のヒト、だよね」
「はい、春雨と言います」
「ヨナは伊47、潜水艦のヨナ」
伊47は潜水艦。春雨達駆逐艦とは違う、海中での戦いを生業とする艦種である。故に、普段着も水着。飛行場姫は趣味が半分と言っていたが、ヨナの場合は実用性が10割。
その気質は深海棲艦化しても変わることはなく、今でこそこのベッドルームで眠っていたが、定期的に近海に潜りに行くというそれらしい行動に出ている。残念ながらこの施設には伊47以外の潜水艦がいないのだが、本人はそれを気にしていないようだ。
「繭になったアンタをこの施設まで持ってきたのはこの子なのよ」
「そうなんですか!?」
「海の底にあったから、放っておけなくてぇ。ここまで運んだんだぁ。輸送班のヨナ」
海の真ん中で繭となり海底にまで沈んでしまった春雨は、伊47の手によってこの施設に運ばれていなかったら、もしかしたら適切な処置を受けることも出来ずに、本能のまま人間を襲う侵略者となっていたかもしれない。
そういう意味では、伊47は春雨の命の恩人とも言える存在だった。艦娘としての心を残したままでいられるのは、伊47のおかげである。
「ヨナさん、ありがとうございます。私、ここに来れてよかったです」
「どういたしましてぇ」
ニヘラと笑って春雨の手を取る伊47。装甲に覆われた両手はその質は硬くても、人肌と同じ、いや、それ以上に温もりを感じるものだった。
「でもどうやってここまで運んでくれたんですか? 自分で言うのもアレですけど、結構重たかったんじゃないかって思うんですけど」
「んー、じゃあ今度見せてあげるねぇ。ヨナの
何やら伊47の艤装にはタネも仕掛けもあるようだが、今は見せられないということで保留となった。潜水艦の艤装であるため、海でなくては展開することすら出来ないためである。
「今ここにいるのはこれで全員ね。ちょっと遠出してる子もいるから、その子は戻ってきたら改めて紹介するわ」
「はい、ありがとうございます」
施設の案内はもう少しだけ続くが、現在施設内にいる溢れた艦娘は今はこれだけ。あと数人いるのだが、今はこの施設内にいないため紹介が出来ないとのこと。
この少ない時間でも、施設内の雰囲気が理解出来た春雨は、これならここでもやっていけると喜んだ。
全員が全員、これだけ仲良く出来るのだから、孤独なんて感じる暇もない。
◆保護施設メンバー(現行見えている限り)
・姉姫(中間棲姫)
・妹姫(飛行場姫)
・薄雲(深海千島棲姫)
・Janus(アンツィオ沖棲姫)
・松(駆逐林棲姫)
・竹(深海竹棲姫)
・伊47(五島沖海底姫)
・春雨(駆逐棲姫)
溢れた感情はまた次回以降に判明します。また、他にもいるというメンバーもそのうち帰ってきます。