空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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姉にするために

 鹵獲され施設に保護された未知の深海棲艦、槍持ち。正体は現状謎であるが、春雨の姉の仇に繋がる可能性はありその姿が薄雲の姉に似ているということで、目を覚ましたら面会をすることになっていた。

 伊47が交戦した時は、意思の疎通が出来ているのか出来ていないのかもよくわからない状態。会話になっているようでなっていないのがそのときの槍持ちだった。そのため、面会したところでショックを受ける可能性も非常に高い。

 

「……私の知ってる姉さんじゃないのは……私でも理解してる。でも、でも……諦めきれないの」

 

 震えながら、薄雲が呟いた。その声には、いろいろな感情が交じっていた。

 

 今は不安定であるということで、春雨と薄雲、そしてジェーナスのいつもの3人組で面会可能になるまで待機している。この3人は以前の夜のように総崩れの可能性もあるのだが、今回は待機しているダイニングにリシュリューもいるため、何か問題が起きた場合は対処出来るようになっている。

 

「姉さんがやられたのは……半年も前だもん……でも、もしかしたら私と同じように黒い繭で深海棲艦になっていたのかもしれない……」

「うん……だよね、私達が生き証人になってるもんね。死んだと思ったら深海棲艦になってたっていう……」

 

 しかしそうなると半年間何をやっていたかという問題が出てくる。侵略者としての思考に堕ちた上に、誰にも見つからずにフラフラとしていたとは考えづらい。

 その点から考えると、やはり別の個体の姉が何かしらの被害に遭ったことで深海棲艦化したと考えるのが妥当なのだろう。薄雲だってその可能性はずっと考えている。

 

「でも、戦艦のヒトは無視されたって言ってたのよね。どんな状況があったら、同胞(はらから)は無視して艦娘だけ襲おうって思うのかしら」

 

 ジェーナスが言うそれも疑問点である。ただ侵略者に堕ちたとしても、同胞(はらから)を無視するという現象に対しては説明がつかない。こればっかりは本人に聞くくらいしか手段が無いだろう。そしてその本人に知性が残っているかもわからない。

 結局その辺りの謎は何も解けないというのがオチではないかと、ジェーナスは考えていた。薄雲には申し訳ないので口には出さないが。

 

「とにかく、今は落ち着いてその時を待ちなさい。ほら、Richelieuがお茶を淹れてあげたわ。お茶菓子もあるから」

「ありがとう……ございます」

 

 ひとまずは待つしかない。リシュリューが淹れてくれたお茶を口に運びつつ、その面会の時を待つことにしたのだった。

 

 

 

 

 その時が来たのは、もう夕食の準備が始まろうとしていた頃。件の交戦は昼を少し過ぎた頃だったため、かれこれ3時間ほど。伊47は強く握ったつもりは無かったようだが、消耗していたのか単純に眠りが深かったのか、それなりに時間がかかったようである。

 その間もずっと薄雲は俯いたまま。だが、春雨とジェーナス、そしてリシュリューのおかげで、ある程度の覚悟を決めることが出来た。考える時間が与えられたことで、いい方向も悪い方向も想定は出来た。その際に発作を起こしかけたので、また春雨がコスプレによる慰めを敢行することとなったが、それも込みで考えが纏まったようである。

 

 壊れた心での決意は、普通よりも難しい。それを可能にしたのは、薄雲の強い信念の賜物である。姉のためにと振り絞っていた。

 

「どうであれ、姉さんは姉さんだから……」

「そうね。それでいいと思うわ。もし嫌なことがあっても、私とハルサメが慰めてあげる」

「ありがとうジェーナスちゃん。春雨ちゃんも……ごめんね?」

「ううん、いいよいいよ。これくらいならいくらでも」

 

 春雨はまた制服を着直して、お呼びがかかった別室へ。そこは施設の者の私室から少し離れた場所に配置された部屋。中の構造は他の部屋と同じらしく、万が一の時に他の者に被害が無いように、中間棲姫や飛行場姫が配慮したカタチ。

 戦艦棲姫もそこに住まうとのこと。槍持ちの傍にいてあげるということらしい。それも必要ないのなら、また新たに部屋を用意してもらうようだ。

 

 部屋の前には飛行場姫が陣取っていた。中には中間棲姫と戦艦棲姫が既に入っており、目を覚ました槍持ちに対していろいろと処置をしている。

 

「来たわね。一応目を覚ましたけれど、いろいろ覚悟をしておくように」

「……はい。待っている間に、みんなに励まされてきたので」

 

 一度深呼吸をした後、3人で部屋の中へ。

 今回は春雨も崩れる可能性があるため、この中では最も関係のないであろうジェーナスも便乗することにしていた。中間棲姫と戦艦棲姫、部屋の外には飛行場姫と万全な状態ではあるのだが、同世代がココにいるという心強さもあった方が崩れにくくはなるだろう。

 

「姉姫さん、薄雲参りました」

「ええ、槍持ちちゃんが目を覚ましたわぁ」

 

 中間棲姫の向こう側、ベッドの上には、上体を起こして座っている槍持ちの姿があった。ボロボロだった服もそのままであり、運び込まれた時から何も変わっていない。戦闘後で風呂にも入っていないので、ベッド共々少し汚れてしまっている。

 その姿を見た瞬間、薄雲は大きく目を見開いた。薄雲の中にある姉と、殆ど同じ姿。深海棲艦化したことで肌は真っ白に染まっているものの、元々色素の薄い髪色をしていたため、今の白髪には違和感が無かったようだ。薄雲と同じように小さな角が生えているのは確認出来たが、元のカタチから変わっているのはその程度。春雨のような欠損も無い。

 

「姉さん……叢雲姉さんだ……」

 

 戦艦棲姫から話を聞いていただけなので、本人をちゃんと見るまでは、実は姉と同じ個体ですらないという可能性も考えてはいた。しかし、見た時点でその考えは失われる。

 薄雲の姉、叢雲。艦娘の時も槍を扱い、近接戦闘も可能であったレアケースの駆逐艦。元は自分にも他人にも厳しいクールな少女なのだが、今は虚ろな瞳で中空を眺める惚けたような少女。それらしさは微塵も感じられない。

 

「槍持ちちゃん、貴女の名前は叢雲というそうよぉ」

「……ムラ……クモ……」

 

 鸚鵡返しするくらいの知性はあるようだが、その視線が中間棲姫の方を向くことは無い。何処か心ここに有らずといった感じで、声が聞こえても視線を変えることも無かった。

 自分の名前を聞いても、何か思い当たるモノが無いような反応。まるで何も覚えてないような仕草。

 

「……私達を襲った深海棲艦とは違います。これだけは言えます」

「そう、なら犯人は別にいるということねぇ」

 

 改めて確認して、春雨の仇とも違うことが判明。そこと繋がりがあるかはまだわからない。そのおかげか、春雨が途端に崩れることは無かった。周りにヒトが多いため、孤独を感じることもない。

 仇に繋がる未知の深海棲艦という存在だけでも危なかったが、妹に会えたことで少しだけ変わった春雨だからこそ、この状況には耐えることが出来た。

 

 中間棲姫が手招きをして、薄雲を槍持ちの近くに。妹が近付いても、何の反応も見せない。中間棲姫の言葉には多少は反応するが、それ以外には無反応。戦艦棲姫のことを無視したというのもコレだろう。

 

「姉さん……姉さん……私です、薄雲です……何か思い出せませんか……」

 

 薄雲の涙ながらの言葉も、槍持ちには何の感情にも訴えかけられない音になってしまっている。何を言われても表情すら変えず、ぼんやりと何処かを見ているだけ。

 リミッターが外れているようなものだから、近くに艦娘が来ようものなら、本来なら出ないような力ですぐに反応して襲撃する。それしか思考能力が無いような雰囲気。

 

「姉さん……何も思い出せませんか……」

 

 声だけではなく、腕に触れて訴えかけた。死人のように冷たい肌だったが、薄雲の温もりでほんのりと熱を帯び始める。

 

「……ア……」

 

 だからか、槍持ちが少しだけ反応した。今までに無かった感覚を得たのか、触れられた場所に視線が動いた。冷たすぎる肌に触れられたのだから、槍持ちにとっては温もりも肌を焼く熱量に感じたのかもしれない。

 だが、今はそれだけ。痛みを感じているようでもなく、ただ触れられているとわかったから反応したに過ぎない。

 

「妹に触れられてもコレか……やっぱり、黒い繭に知性ごと()()()()()()()と考えるのが筋かしら」

「そうねぇ……処置が出来なかったのなら、孵った時に全部()()()()()()()としか思えないわねぇ……。そこに本能的に侵略者の感情が生まれてしまったから、目に付く艦娘を襲うようになっちゃったのかもしれないわぁ」

 

 ここにいるものは、黒い繭から孵った直後に適切な処置を受けているために、艦娘と同じような振る舞いをすることが出来る。一部壊れている部分があるので不安定ではあるのだが、それさえ無ければ艦娘と殆ど変わらないだろう。

 しかし、槍持ちはその処置が出来ていない。溢れ出した感情をもう一度取り込むようなことが出来ていないのだ。外に出てしまったモノが返ってきていないのだから、壊れた心も相まって、槍持ちの心は艦娘としてのそれを失ってしまったわけだ。

 

「この子の溢れた感情は……おそらく『怒り』ねぇ」

 

 自分を殺した深海棲艦への怒り。自分を救わなかった艦娘への怒り。そして、弱かった()()()()()()。そのせいで、今の槍持ちが構成されてしまったと、中間棲姫は考えた。

 自分が許せないために記憶を失い、艦娘が許せないために近付いたら襲いかかる。深海棲艦が許せないが、自分も深海棲艦となってしまったことで相殺し、無視という手段を取った。

 そう考えれば辻褄は合うため、そこにいる誰もがその考えに共感し、納得した。

 

「それなら……私がその怒りから解き放ちます。記憶を失っているのなら、また覚えていけばいい。艦娘を襲うのなら、襲わないように教えてあげればいい。そうやって私が姉さんを……姉さんを救います。救いたいんです。やらせてください」

 

 涙を拭い、決意したような表情で中間棲姫に宣言した。その時には、発作の前兆すら無くなり、確固たる意志で自らのトラウマを振り払った。だからといって壊れた心が修復されるわけでは無いのだが、確実に一歩前進したと言える。

 中間棲姫は少し悩んだようだが、この施設内にいてくれれば全員の行動を監視出来るため、万が一の時には手を貸すことも出来る。それに、今は戦艦棲姫もいるのだ。

 

「姉姫、貴女の考えてることはわかるわ。私はこの子に任せてもいいと思う。でも、何かあったら困るし、私も一緒にいるわ。それでいいでしょ」

「戦艦ちゃんもついていてくれるのなら、私は何も言うことは無いわねぇ」

 

 薄雲だけなら不安もあるだろう。今でこそ前向きになっているとはいえ、トリガーを引きやすい状況であることは変わりない。そこに戦艦棲姫も手伝ってくれるというのなら百人力だ。

 

「薄雲、先に言っておくわ。もし槍持ちがどうにもならなくて、この施設の害になりそうなら、私の旅のお供に連れていく。外の世界を見せた方が何か変わるかもしれないもの。勿論人間を襲わせるようなことはしない。それはいいかしら」

「……はい、覚悟しておきます。でも、そんなことにならないように私が頑張りますから」

「ええ、そうしなさい。私は応援や手伝いこそすれ、貴女の邪魔はしない。もう無理だと感じたら、貴女がどうであれ私は槍持ちを連れていく。いいわね?」

「はい、それで」

 

 戦艦棲姫から何を言われても、その決意は揺らがない。()()()()()()()()()()()、薄雲は次のステージへと立った。

 

「姉さん……必ず、必ず正気に戻しますからね」

「……ゥ……ァ……」

 

 声をかけても反応は無いのだが、薄雲は挫けない。いつかきっと、自分の知る姉のように振る舞ってくれると信じて、今から付き合い続けるのみ。

 

 

 

 

 新たな深海棲艦、槍持ちを加えたことで、施設の命運はまた違った方向に向かっていく。今までののんべんだらりとした毎日から少しずつ変化していくことに、中間棲姫はほんの少しだけ不安を覚えていた。

 だが、自分や妹、みんなの力があれば、そんな不安も払拭出来る。それだけみんなを信じている。目指しているのは明るい未来だ。そのために、楽しく生きるために、誰もが力いっぱい歩いていく。

 




槍持ちのデザインは殆どオリジナルですが、叢雲に深海千島棲姫の要素が出された感じと思っていただければ結構です。アレも自分のことを深海棲艦だと思い込んでいる艦娘とか散々な言われ方してましたが。
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