黒幕の細胞が混じっている可能性を考慮して、緊急の調査のために施設にやってきた明石達調査隊。いわゆる被害者の面々を確認していくと、やはりその体内には卵が残されていた。
しかし、同じように侵蝕された経験がある海風や、現在進行形で忌雷に寄生されている瑞鳳と黒潮には、黒幕の細胞と同質の反応が確認されなかった。
その理由は、海風の発言ですぐに判明する。その侵蝕を治療された時、他の者達と違って、春雨から発生したマグマを使われたことが大きな違い。海風は直接触れて身を焼かれる思いをしながら体内の全てを焼却させられ、瑞鳳と黒潮は命の灯火が消える前に忌雷に直接叩き込まれていた。それがこの結果を生み出している。
「なるほど、それなら納得出来ます。春雨の、えーっと、『望み通りの答えに辿り着く力』、でしたっけ。それの
「ですかね。海風の時は……正直なところ、頭が熱くなり過ぎていてコントロールもしていませんでしたが、瑞鳳さんと黒潮さんの時は生きてほしいという願いで注ぎました」
「それが春雨の願い、望む答えだったわけですね。そう望んだのなら、確実に焼き尽くすでしょう。流石は辿り着く者、黒幕の天敵なんでしょうね」
話しながらも確認は怠らず、今この場にいる侵蝕を受けていない者も確認していた。当然ながら、卵どころか何かしらの影響を受けたような部分もない。身体中に黒幕の細胞が混じっている潜水艦姉妹と一緒に眠っている飛行場姫や潮にも、その細胞から何かが起きている、なんてことは無かった。
意外でも何でもないかもしれないが、一度泥に包まれているが自身の能力で完全に無効化したミシェルにも反応は見られなかった。ミシェルの
やはり、黒幕の細胞は増殖して侵蝕を繰り返すような性質は無いようである。だが、卵が孵化した場合はどうなるかわからない。
「やはり春雨姉さんは救世主ですね」
明石の解釈を聞き、居ても立っても居られなくなったか、ずいと一歩踏み出した後、すぐさま春雨の手を握る。
「黒幕の天敵だなんて、最高の褒め言葉じゃないですか。偉大なる春雨姉さんがいなければ私達は未だ黒幕の束縛から解放されませんでしたからね。そんなことを聞いてしまったら、唯一絶対の存在たる春雨姉さんにのみ許された私達を導く力によって救われたことを、私は一生忘れることはないでしょう。そんなの、女神以外の何者でも無いですよ。これからもついていかせてもらいます。この海風、得体の知れない泥の卵が失われているのですから、いつも以上にサポートさせていただきますね。決戦でもお側に侍らせてください。必ずやお役に立ってみせましょう。一度ならず二度も救われたのですから、私が春雨姉さんに尽くさない理由など何処にもありません。豪華客船に乗ったつもりで頼ってください。私だけが一方的に幸せをいただいているのはあまりよろしくないと思います。春雨姉さんも癒され、喜び、幸せになってもらわなくてはいけないんですから」
そしていつものコレである。春雨が救世主、その言葉だけで、ここまで盛り上がっていた。
相変わらずの海風に春雨は苦笑。調査隊としてここに来た山風は少し複雑な表情を見せたが、これが今の海風であるとちゃんと理解はしているため、元気そうで何よりと納得はしていた。
「ひとまず、ここにいるヒト達の調査確認は終わりました。やはり、侵蝕被害者には例外なく卵が埋め込まれているという感じです。そして、それを治療出来るのは現状、春雨のみ……なんですが」
勿論、その治療というのは今すぐに出来るものではない。春雨のマグマは、望む答えに辿り着く力が発現している時限定、つまりは限界以上に怒り狂っている時にしか分泌されない。それを誘発させようだなんて誰も思わない。
「幸いにも、こちらには春雨の細胞がいくつか存在しています。そこから何かしらの分析をしてみようと思います。ここで性質がわかっただけでも大きいですからね」
「なら、もう少し材料とか持っていきますか? 髪の毛とかくらいなら大丈夫ですよ」
「わ、それは助かる!」
早速と言わんばかりに、春雨の髪の毛などを採取。すぐに渡せるものはそれくらいなのだが、明石にとっては貴重な研究材料。既に貰っている分も含めれば、大分大掛かりなことも出来るはず。
「出来ればみんなのもお願いしたいです。特に瑞鳳と黒潮の忌雷の体液があると、分析が捗ると思って」
「体液……この子の?」
「血を流せとは言っていないのでご安心を。それだけベロベロしているのなら、唾液が採取出来るんじゃないかなと」
存在そのものを春雨のマグマによって書き換えられている忌雷の体液は、おそらくこの中では最もマグマに近いものになるだろう。これが分析出来れば、もしかしたら体内の卵を焼き消すことが出来るかもしれない。
そうでなくても、全身に黒幕の細胞が蔓延っている魂混成組の身体を、黒幕の脅威から守る何かが作れる可能性もある。今までの端末と違って成分を増やすということは出来ないだろうが、そこは春雨や忌雷に協力してもらうとして。
「それくらいなら構わないよ。大丈夫だよね?」
忌雷を撫でると、舌を出して早速協力しようと躍起になる。声もなければ表情もないのに、やたらと感情豊かに見えるのは、戦艦棲姫の生体艤装やまだイ級だった頃のミシェルに共通する部分。
「この子も、春雨のおかげでこんなにいい子になったんよ。明石はんに言われて、いくらでも協力すんでぇってベロベロし始めとる」
黒潮の忌雷は瑞鳳のそれ以上に積極的。こちらもどうかと言わんばかりに触手を伸ばすが、そこから何かが垂れるわけでもなく、粘液やら何やらがあるわけでもなし。勿論切断するわけにもいかないので、唾液だけで終わらせる。
「はい、ありがとうございます。これだけあれば何かしらの成果を出すことが出来るでしょう。もしこれで春雨のことについて調査出来れば、疑似的に辿り着く力が再現出来るかも」
黒幕の泥に対して否定の力を発揮させることが出来ればそれでいいため、そこさえ再現出来れば問題ない。故に疑似的。
最善の道に辿り着く力はまだしも、望む答えに辿り着く力は屈指のインチキな能力であり、言ってしまえば全てを自分の思い通りにする力だ。あまりにも強すぎる力であるため、明石であっても完全再現は出来ない。
本来の持ち主である春雨だからこそコントロール出来るのだが、怒り狂っているという条件下でしか使えず、その力の大部分は
「目標は、黒幕からの干渉を完全に防ぐ装備の開発ですね。卵があるだけならまだしも、全身に蔓延っているのは消すわけにはいきません。身体がスポンジ状になって死ぬのが目に見えてますからね。なので、少し嫌かもしれませんが
身体がスポンジになると言われてゾクッとする混成組。共存しなければ死に至ると言われてしまうと、受け入れざるを得ない。
卵だけならば消す。そうでなければ悪いことにならないようにする。これが明石のやり方である。生きていくために仕方ないならば、本来悪い要素にしかならない部分も共に生きていけるようにしていく。
「身体中の黒幕の細胞を、春雨のモノに入れ替えれたらいいんだけどねぇ」
白露が呟くものの、それが不可能であることはわかっていた。2種の細胞を分離出来ないのに、片方を入れ替えるなんて以ての外。
「くっつけるならまだしも入れ替えるのは流石に……ん、ちょっと待って。そうか、それだ!」
明石が目を見開いて叫んだ。その声に驚き、恐怖が溢れ出しそうになった潮には、すぐさま潜水艦姉妹がサポートする。
「それって?」
「
とんでもないことを言い出した明石。誰も意味がわからなくて、首を傾げるのみ。全員がミシェルになったように理解不能。
「本来の細胞に黒幕の細胞が混じり合っているから、敵の領海に足を踏み入れた時点で影響が与えられる可能性が高いわけです。だから引き剥がしたかったんですが、それは無理。死んでしまいますから。ならば、それをそのままに
言っていることはわかっても、どうすればそれが出来るかは明石の頭の中にしか存在しない。
少なくとも細胞に混ぜ合わせると言い出しているので、身体に直接
「じゃあ何、今度はアンタに身体を弄られるってわけ?」
こういうことに敏感なのは叢雲だ。気に入らないことは気に入らないとはっきり口に出す。
「弄ると言ってしまえば否定は出来ません。身体そのものを変えなくては戦場に出ることすら出来ない可能性が高いですから。勿論、出来るのならスーツのようなものでどうにか出来るようにしたいと思っていますが、おそらくその程度なら突き抜けてきますよ。それに、私はもう1つ危惧していることがあるので、細胞そのものに作用する何かを作る必要があると思います。貴方達を
「……どういうことよ」
最後の言葉が聞き捨てならなかった。
「黒幕を斃すことが出来たとしましょう。というかします。そのために研究をしているわけですし、皆さんもそのために鍛えているんですから」
「当たり前じゃない」
「その時、
決戦で黒幕を斃し、この世から消し去ったとする。今度の戦いはそれが目的であり、完全に消滅させることがこの戦いを終わらせる最終的な手段だ。
その時、この世界に散らばった泥が全て同時に消滅したらどうなるか。その泥で構成されてしまっているものが消えるため、今侵蝕されている者は正気を取り戻したりするだろう。それはいいことだ。
だが、そもそも黒幕の細胞で身体が構築されている者達は、黒幕の消滅と同時に死ぬことになるのではないか。明石が危惧しているのはそれだ。
「……私も例外ではないって言いたいわけ?」
「勿論、これは可能性論です。黒幕は嫌がらせに特化していますからね。万が一自分が死んだとしても、その細胞を持つ者に
叢雲も口を噤む。言われてみれば確かにと、誰も考えていなかったことが出てきた。
黒幕を斃した後にその要素を持つ者達にどんな影響があるかなんて、何も考えていなかった。共斃れさせられるか、卵が暴走して全員泥になるか。
「私は先を見据えます。ならば、貴女達が拒んでも、その命を救うためならば、少々身体を弄らせてもらいます。それによって意識が変わるようなことは無いでしょう。そのようにしたいですし」
真剣な明石の表情に気圧される。あくまでも、一番いい道を掴み取るために選択肢を出しているだけだ。春雨のように直感的に最善の道が手繰り寄せられるわけがないのだから、全ての検討案から最善を見つけ出すしか無い。
そのためには犠牲になるものもあるだろう。だが、その犠牲が最小限なのは、混成組と叢雲の身体を少々弄るというものなのは明らかだった。
「私としても、明石さんの案が一番問題が起きないと思う」
これだけ聞いて、春雨が口を開く。ここからは辿り着く者の直感も加わり、より信憑性が増す。
「どうなるかは私にもわからないけど……でも、せっかく斃せたのに、その後が無いかもしれないって言うなら、私はそれは嫌だ。そんな状況を作っている黒幕が一番気に入らないけど、なっちゃったものは打開しなくちゃいけないんだから」
服装は変わらずとも、怒りが溢れかけている春雨は、拳を強く握りしめて思いを語った。
今もそうだが、その後のことも出てきてしまった。
黒幕のことだから、立つ鳥跡を濁しまくりの行動を取ることが目に見えている。