調査隊の活動はこれで終了。時間が時間であるため、長居はせずにすぐに帰投ということになった。今すぐに鎮守府に戻っても、時間的には夕暮れ時となってしまうだろう。
暗くなればなるほど、帰投が厳しくなるのは誰にだってわかっていること。ただでさえ、今は島の近海に黒幕の端末である泥が流れ着いてきてしまうのだ。暗くなったらそれを視認することも難しくなる。
泊まるという選択肢もあるのだが、明石の研究はやはり鎮守府でなければ上手くいかないことが多い。全てが揃っている施設でやらねば、最速の解決には至らないだろう。
「あ、そうだ。ついでで申し訳ないんですが、泥刈機の増産とスペックアップをしておきましたので、差し上げますよ」
「あらぁ、それはありがたいわねぇ。是非ともお願いするわぁ」
「了解です。宗谷さんのクルーザーに積み込んでおきましたから、サクッと渡しておきますね。前のモノもそのまま使ってください。邪魔でしたら持ち帰りますけど」
「念のため数を増やす方向でいくわぁ。何もかもが本当にありがとうねぇ」
今回は一から十まで明石のやりたいことをやっていたわけだが、誰も文句はない。調査隊として来た山風達は、交流の時間があまり無かったことを少しだけ残念がるものの、急な来島だったので仕方ない。愛する者の顔が直に見られただけでも良しとする。
それに、必要ならばまた明日来ればいいのだ。今は何事もなく鎮守府に戻ることが大事。
「それじゃあ……今日は早いけどこれで終わり……」
「はい、忙しそうだけれど、身体に気をつけてねぇ」
「……うん、あたし達も決戦に向けて、頑張ってるから」
ここにいる面々は、宗谷を除いて決戦参加候補。体調を崩さず、心身共に健康的な生活を送って、初めて決戦に向かうことが出来るはず。
「……海風姉、春雨姉、白露姉……また、来るから」
「うん、待ってる。次はまたそっちで顔を合わせることになるかもしれないけど」
「それならそれで……その時までに、強くなってるから」
小さく微笑む山風。その自信のある表情に、海風は安心することが出来た。
調査隊が帰投後、その前までやっていたトレーニングもそこで終了。疲れ果てていた古鷹も休息をしながらの調査だったため、自力で歩けないなんてことはなく、自分の足で施設へと戻っていけそうだった。
しかし、どうしても気が重くはなっている。明石は自信満々ではあるが、今身体の中には、
それに、海風や忌雷を持つ瑞鳳と黒潮は例外だが、自分達が一度侵蝕され、この施設に対して叛旗を翻していた証拠が入っているのだと言われたようなもの。その時の記憶をどうしても呼び起こしてしまい、気が滅入ってしまっていた。
「ジェーナスちゃん、大丈夫ぴょん? 卵とかミシェルにはよくわかんないけど、痛くないならいいぴょん」
「大丈夫よMichelle。痛いことなんてないし、そこにあるっていう感覚すらないから」
ミシェルを心配させまいと、気丈に振る舞うジェーナス。しかし、侵蝕されたあの時のことを思い出してしまったことで、少し不安定になりつつある。
それはジェーナスだけではない。侵蝕されていた時の感情を思い出してしまい、発作を起こしかけているのは薄雲も同じ。そちらには溜息を吐きながらも叢雲がついた。怒りが溢れながらも、そこには姉妹愛が存在している。
「明石さんなら、痛みも何もなく身体の中から卵を消してくれると思う。泥刈機の波長みたいなのかもしれないし、投薬かもしれないけど、どうであれ辛い思いはすることはないよ」
春雨がそう伝えることで、多少は和らぐ。施設にいる者の中で明石のことを最も知る者である春雨がこれだけ言うのだから、今はそれを信用するしかない。むしろ、直感的に最善を取る春雨が言うのだから、それだけ信用度は高いと言える。
同じように元堀内鎮守府出身の海風と白露も明石だから大丈夫と太鼓判を押している。これまでの発明品で幾度となく施設が救われているのだから、次も大丈夫と信じることは出来る。
「あたしは卵だけじゃなくて全身に使われるわけだけどさ、あの明石さんなら絶対大丈夫だからさ。これまでもどうにかしてくれたわけだし」
「アンタは楽観的すぎるのよ」
ケラケラ笑いながら言う白露に対して、叢雲からの痛烈なツッコミ。
「春雨姉さんが信じると言うのですから、信用出来るに決まっていますね。むしろ不安になる要素が1つもありません」
「アンタの春雨信仰はよくわかってるから意見の内に入らないわ」
いつも通りの海風に対しても、叢雲は綺麗にツッコミを入れる。その様子を見ていた薄雲は、薄く微笑んで発作を乗り越えた。このやり取りに平和を見出だしたようである。
「とはいえ、本当に厄介なことをしてくれたわよね。黒幕を斃したら纏めて死ぬかもしれないとか、ふざけんなって感じよ」
「死ななくても、卵が孵化して黒幕の代わりになる可能性があるとも言ってるわけよね。そんなもの私の中にあると思うと気に入らないわよ」
飛行場姫と戦艦棲姫は、この現状に対して小さく怒りを露わにしていた。感情的にならないようにしているのは、ただでさえ発作を起こしかけている薄雲と潮に影響を与えないように。
戦艦棲姫は体内に卵が入っていることが確定しているので、現状崖っぷちと言える。明石が
「でも、あれだけ自信を持って啖呵を切ったんだから、あの子はすぐにでも私達を救ってくれる何かを作ってくれるんでしょう。春雨だって信用してるんだもの。なら、私も信用するわ」
「そうね、それがいいわね。変に気負うより、今は楽観的に考えておいた方が気持ち的に楽よ。だから、白露くらい軽い気持ちがいいわ」
だが、ここで精神的な疲労を感じ続けるのは建設的ではないと、今は明石の発明を期待して普段通りに生活する方向に持っていく。
誰も信用しておらず不安になっているのなら、その気持ちが伝播して施設内の空気が悪くなりそうだが、春雨を筆頭にまるで不安視していない者がいるお陰で、その空気は払拭されていた。ならばそれに乗るのが、施設を運営する立場にある者。
「今は何を考えても何も変わらないんだから、気長……はダメだけど、まずは待ちましょうねぇ。気分が良くない時は美味しいものを食べて気持ちよく眠れば多少は変わるわぁ」
最後は中間棲姫が締める。今深く考えても、自分達で出来ることなんて何もない。強いて言えば春雨次第なのだが、そこに頼るのは確実に良くないこと。救われるために春雨が救われない思いをするのはよろしくないし、そもそもトリガーが
なので、今は気晴らしではないが普段の平和を満喫することで気持ちを落ち着かせる方針とした。
一方、調査隊。帰路に僅かながら泥を発見するという事態が発生したものの、当然ながら即座に対処。明石がそこにいたものの、端末である泥には既に興味を失っていたため、採取などは考えるまでもなく消し飛ばした。
実際、明石は宗谷のクルーザーの中で出来ることを既にやり始めていた。瑞鳳と黒潮の忌雷から手に入れた体液の調査解析である。宗谷の操縦が上手いお陰で揺れも少なく、それに没頭出来ているようだ。
「真っ直ぐ向かって真っ直ぐ帰ってるはずなのに、行きに無かった泥が見えたってことは、今もまさに施設に向かっているということですか」
泥刈機を使った比叡が少し不安そうに呟く。
「Yes. 私達の鎮守府は明石が作ったBarrierに守られてるケド、施設は無防備だからネ。今施設に運べるようにBarrierを
「それも必須ですよねぇ。なんだかやることが多すぎるくらいです」
「それくらい、黒幕はやりたい放題してるってことネ。全部どうにかしないと、私達に勝ち目はありまセーン」
少しでも妥協をした場合、そこを付け込まれて瓦解し、そのまま全滅まで持っていかれてしまう可能性が高いのだから困ったものである。
「最初は慢心が多いと思っていたんだけどネ……。これまでの戦いで、しっかり
「負けたことで復讐心が溢れたって話でしたよね。そのせいで負ければ負けるほど強くなるってことです?」
「かもしれないネ。しかも、最悪
分析をしているというわけでは無いが、今までの傾向からして金剛が考えたのがそれ。
ただこれに関しては、成否はどちらでもいい。結局のところ、斃すか、斃されるか。
「だいじょーぶだよ。私達は絶対に負けない」
そのスピードで周辺を確認してきた島風が部隊に戻ってくる。泥感知の眼鏡をクイッと上げて、ニッコリ笑顔を見せる。
「そのためにみんなで鍛えてきたんだもん。そんな簡単に上回られたら困っちゃう。それに、向こうが上回ってくるなら、私達はそれをまた上回ればいいよ」
笑顔が深くなり、そしてそれはより好戦的なモノになった。この表情は、武蔵のそれと殆ど同じ。
「それに、上回る余裕なんてもう与えない。次で終わり。もう、はじめましてからのさようならでいいよ。ここまで好き放題やったんだもん。そういう独りよがりな戦い方をしてるヤツは、足を掬われればいいよ」
少しだけ自分に重ねるような言い方。島風は過去に近しいことをしているからこそ、その痛みを知っている。そのため、正しく更生し、この仲間思いの島風が生まれたのだ。
黒幕も力を持ったが故にやりたい放題している。ならば、
「でも、学習するっていうなら、こうやって弾き続けてるとバリアも効かなくなるなんてことがあるかも?」
「あり得るから困るネ……」
端末が強化されるという可能性を考えると、今は大丈夫でも最終的には突破されかねない。泥刈機も通用しなくなり、対処不能となった侵蝕性の泥に施設も鎮守府も覆われて……なんてことを考えたら、嫌な寒気を感じてしまう。
そうなる前に決着をつけなくてはという焦りも見えてきそうだが、それは振り払うことが出来た。何故なら、
「っしゃああっ! やっぱり見つけたぁ!」
クルーザーの中から明石の咆哮が聞こえたからだ。
紅く染まった忌雷くん×2から得られたモノにより、さらに次のステージへ。
そろそろ明石は『観測者』に目をつけられないだろうか。