それから少しして、外は薄暗くなりつつある時間帯の鎮守府。施設から戻ってきた調査隊が、工廠に到着した。全員が少々疲れた顔をしており、特に疲労が見えるのは、クルーザーを工廠まで乗り付けた宗谷だったりする。
戦闘に参加しないタイプの珍しい艦娘であるのに、ここまで疲れているのは気になるところではあるが、まずはいつも通り出迎える堀内提督と秘書艦五月雨。
「お疲れ様。さっき連絡を貰っているが、泥があったと言っていたね」
「……うん、ほんの一滴だけど……ちゃんと眼鏡にも反応した」
この件に関しては、施設側から聞いていないことである。バリアを使っている鎮守府側には近付こうとせず、直接施設を狙って蠢いている泥となると、ついに黒幕が施設の場所を割り出してしまったということにほかならない。
中間棲姫としては、鎮守府側の手を煩わせず、施設のことは施設でやるという意志の下、何も言わずに処理をしていた。
そんな姉姫の方針に少し困りつつも、仕方ないかと納得する。あちらの意思も理解しているつもりである。
「姉姫のことだから、自分の施設は自分達で守ると考えていたのだろうが……いや、これはあまり深く追求しないでおこう。あちらはあちらの考え方があるし、あまり首を突っ込みすぎるのもいいことじゃない」
「一番いい泥刈機は預けてきたから……」
「ああ、それで問題ない。自己防衛をするとあちらが決めているのなら、そのサポートに徹することにしよう。だが、決戦の時にはあちらも人数が減る。やはり一部の者は施設に派遣するべきだね」
元々、施設防衛のために人員を割く予定であったが、今回のこの泥の件でその意思はより強くなった。ヒトが減っているタイミングを見計らって、さらに泥が増えてこられたら施設も困るだろう。
一応、鎮守府で使っている泥のバリアを小型化して提供する計画も進めているが、それでもそれをすり抜けてくるようなインチキがあり得る。ならば、やはり人員を割いておくべきだろう。バリアを抜けてくる敵なんてモノも視野に入れておかなくてはならない。
「次に通信した時にそれとなく聞いておこう。あちらは拒みそうではあるが、こちらとしては気が気でない」
「……うん……そうして。こちらでも多少気にかけておく……」
「頼んだよ。調査隊にやってもらう仕事では無い気がしないでもないが、施設に向かうときには気をつけてくれ」
少なくとも、泥に対して強い衝撃を与えれば霧散することはわかっている。万が一泥刈機が効かないなんて状況に陥ってしまったとしても、対処が出来ないわけではない。それすらも回避するようになったらもうどうしようもないかもしれないが。
「で、だ。ずっと気になっていたんだが……」
「……
堀内提督が気になっているという
むしろ、ここまで来る際にも何を見つけたかをずっと説明してきたのだ。それだけ画期的な発見をしたようで、上がりきったテンションを抑えきれず、それはもう饒舌に早口で捲し立てていたようである。最初の叫び声といい、その後のマシンガントークといい、明石は何処かネジが外れている。
そして、それをモロに全て聞くことになったのが、クルーザーを操縦している宗谷。離れることも出来ず、明石を止める者もいない。そして、話されても理解が出来ないとまで来ているため、精神的な疲労がどっと出てしまっていた。
今の宗谷は島風に付き添われて休息中。本来ならば運が良すぎるくらいなのに、今回は最も運が悪かったとも言える。
「いいですか? もういいですか? 提督に聞いてもらいたいことがあるんですけど!」
「奥の研究室で大淀と龍驤が待っている。そちらで腰を据えて聞いてあげるから、もう少し我慢しなさい」
「了解です! あの2人にも伝えたいですもん! これは世界変わる!」
満面の笑みでクルーザーから飛び降り、施設で採取してきた研究材料とその装置の一部を持って、大急ぎで工廠の奥まで走り去っていった。
同時に、調査隊のほぼ全員が安堵したかのような大きな溜息を吐いた。あのテンションに気圧され、宗谷程ではないにしろ精神的な疲労は蓄積していた様子。
「あー……みんな、お疲れ様。時間も時間だから、すぐに休んでくれ。後のことは僕が引き受けよう」
「……よろしく……」
山風は勿論のこと、いつもは騒がしい江風と涼風ですら静かであり、荒潮も困ったような笑みを浮かべているのみ。
明石の一件でもピンピンしていたのはサラトガくらい。好戦的な理由で暴走しかけた武蔵を止めることが出来る者は、一味も二味も違った。
全員が休息に入ったところを見計らって、提督と五月雨は工廠の奥へ。そこでは全く手を止めずに施設の設備で調査をしている明石の姿があった。大淀と龍驤も明石に説明を受けており、驚きの表情を見せていた。
「明石、話を聞こうか」
「はーい! すぐにでも!」
今か今かと待っていたようで、提督と五月雨に椅子を用意し、しっかりと聞いてもらうための場を作り上げる。
「ではですね、ここに帰ってくるまでに調べたこと、あとここでその確証を持って再調査をして確信した情報を展開しますね。まずは、これ。今日施設に行ったことで手に入れた、瑞鳳と黒潮に寄生している忌雷の体液です」
試験管の中に入った液体を机に置く。おそらく唾液であることはわかり、見た目はほんの少しだけ濁っている粘液。
「龍驤はあの忌雷のことは知ってますね」
「ああ、ウチが用意したヤツやからな。アレは泥製やった。過剰な泥を外部から摂取することで暴走して、既に泥の反応があるヤツに寄生する仕組みや。寄生されたヤツにガンガン泥を送り込んで、過剰にブーストさせる。命を燃やして限界をアホみたいに超えた力を発揮するわけやな。命を燃やして、や」
それを誘発させるために泥の雨を降らし、あわよくば誰かを侵蝕しようと考えていたらしい。
結果的に、明石の開発したバリアによって全員が弾かれていたために侵蝕はされず、忌雷の暴走のみを引き起こしたのみで終わっている。
自分で仕掛けたことなので詳細を話せるが、過去の過ちの告白であるために龍驤も少し辛そうに話す。それでも、再洗脳により艦娘の心を取り戻しているため、これからのことに活かそうと包み隠さない。
これも自分の犯した罪を償うためには必要なのだと、拒むこともしなかった。聞かれたことは全て曝け出すのが、今の龍驤である。
「ならば、その忌雷から手に入る成分は全て泥の要素、端末と同じ構成をしていないとおかしいはずなんですが、この体液に関しては全く違う成分でした」
侵蝕性は無し。
「この成分、
聞いてしまうとあまりにもとんでもない性質。しかし、それが春雨由来の成分であると理解すれば、そうなるのも当然なのではと察することが出来る。
瑞鳳と黒潮が救われた時、春雨は自らのマグマを忌雷に流し込み、その存在を反転させる望みを込めて侵蝕した。その結果が、泥で構成された忌雷の性質の完全な書き換え。泥の存在を否定し、侵蝕を殲滅するシステムへと生まれ変わった。殲滅と同時に、自身と同様の性質に変化させることで、この体液を取り込んだ者は
それと同時に、忌雷の
「意図的では無いとは思いますが、瑞鳳と黒潮はこの変化した忌雷の体液によって、端末に対して完全な耐性を手に入れています。本人達は気付いていないでしょうが、実際帰投している最中に確認したのは、これです」
採取した体液を、増産した端末に一滴垂らした瞬間、その端末を取り込み、無害な液体へと変化させていく。そのスピードはそこまで速くはないのだが、それでも確実に侵蝕性の泥を無害化し、自身を増やすという性質を見せつけてきた。
この書き換えられた忌雷の体液は、端末に対して絶対的な有利を提供する最高の素材となることが確定した。その量は今は少なくとも、端末を体温によって増やし、それをさらに変化させることで増産も可能である。
「おそらくこれが、春雨の持つ泥……マグマですね。わかりますか、これ。無色なように見えて、うっすら赤みがかってるんですよ。春雨の望みが液化しているんでしょうね。春雨自身は黒幕と同じような力であることに苛立ってそうですけど」
この成分、一部は春雨から以前に貰った細胞と一致する部分もあるらしい。これも帰投中のクルーザーの中で解析済み。
既に解析が済んだ成分のデータは、常に確認比較出来るように持ち歩いており、あの場ですぐに確認しているのだが、これらを知った途端に叫んだということになる。
「あとはこれを黒幕の細胞に対してどういう反応を示すか確認します。今の案では、この性質を持つ春雨の細胞と結合させることで、万が一のための対策に使おうと考えています」
「結合……かい?」
流石に細胞の結合と言われても堀内提督にはパッと想像がつかない。その表情を見た瞬間、明石は捲し立てるように自分の案を話し始める。
「はい。提督には話しましたが、今の状態では体内の卵のせいで黒幕の領海に入ることもままならず、卵が処理出来たとしても全身に細胞がある白露達には処置が出来ません。そして、もし何かしらの手段で外部からの干渉を取り除けて、黒幕を斃すことが出来たとしても、それがトリガーとなって白露達の身体に何かしらの影響が出る可能性があります。黒幕と一緒に細胞が消滅して死ぬか、細胞が暴走して第二第三の黒幕と化すか、その時に何も起きなくとも、後からその影響が出る可能性があります。それを抑えるために、黒幕の細胞に対して絶対的な有利を取りに行く春雨の細胞を結合させ、その効果を書き換える、もしくは否定し続けて影響を失わせるという手段に持っていきます。そうすることにより、まずは端末への完全耐性を獲得し、体内の黒幕の細胞に牽制を仕掛け、
イキイキと話す明石に圧倒されつつも、やりたいことは理解出来た。今手に入れた春雨の細胞、それと忌雷の体液により、黒幕の細胞の影響を内外併せて否定するという手段である。
「ひとまず研究は続行します。この忌雷の体液があれば、全てが変わりますよ。波長との併用も出来ますしね。さぁ忙しくなってきたぞー!」
「元より忙しいっちゅーねん。でも、道が拓けたのは確かやわ。まずは黒幕の細胞の追加の抽出やな。まだ実験に使う分には心許ないわ」
「だね。龍驤はそこお願い。大淀は」
「解析された成分表を打ち出しておくから、明石は調査に専念して」
「Fooo!!! 流石に大淀、阿吽の呼吸ってやつだね。じゃあお願い!」
ここからまた研究開発班の作業が始まる。新たな素材を手に入れたことで、さらなる発展が見込めるようになり、明石のテンションはより一層高くなる。
提督も五月雨も、話を聞いている分では上手く行くのではと期待出来た。明石がこれくらい絶好調な時、失敗したことは今のところ無い。
春雨の細胞+忌雷の体液により何が生まれるか。