一方、施設。深夜の哨戒に出たリシュリュー、コマンダン・テスト、伊47の3人が、姉妹姫にその時の報告をしていた。
「なるほどねぇ。昨日の夜は
「ええ。すぐに泥刈機で消したけれど、違った時間に2回ね」
深夜の哨戒中に泥を見かけることは昨晩でもあったが、2回確認したと言うリシュリュー。発見した瞬間に対処しているとはいえ、見る回数が増えるというのはそれだけでも気分の良いものではない。
一応今回の哨戒メンバーには、泥による侵蝕を受けた者はいない。だが、話を聞いているだけでも嫌悪感を持ってしまう内容であり、見つけた瞬間に容赦なく最大出力で泥刈機を使ったほど。
「空母、空の哨戒はどうだった」
「見る限り、何も、無かった。流れ着くだけ、だと思う」
飛行場姫の言葉に簡単に返す空母棲姫。深夜の哨戒機担当として、飛行場姫と同じように島の周囲を散歩しながら哨戒機をありったけ飛ばしていたようだが、高高度を確認していても空には何も無かったとのこと。
施設の場所がバレていても、艦載機がここまで飛んでくるということは今のところない。
「1回は海の中だったんだヨナ」
「ええ、1回は海上を漂っていたけど、1回はヨナが海の中で発見したわ。それもすぐに消し飛ばしたけど」
海上のみならず、海中からも流れ着いてくるので侮れない。今回は潜水艦である伊47が海中からも確認しているため、深夜の海中でも早期に発見出来ているが、ヒトによっては確認出来ずにスルーしてしまい、島への侵入を許してしまう可能性すらある。
「動きはそこまで速くないわね。ただ、Richelieu達が近付くと素早くなるわね。
「幸いなことに、海の中にも泥刈機の
今はこれで何とかなっているものの、夜も安心出来ない状況であることは確定した。昨晩が2回見ることになったならば、今晩には3回見ることになるかもしれないのだから。
回数が増えれば増えるほど、対処は厳しくなるだろう。しかも、泥がずっと泥刈機でどうにか出来るかどうかもわからない。ただでさえ、時間経過と共に復讐心を増して成長している黒幕だ。端末の泥の性質すら変化させる可能性すらある。
対策が効かないとなったら、その時点でアウトだ。強い衝撃によって霧散させる以外の対処法が無くなり、それすらも効かないならばこの施設を放棄するしか無くなってしまうのだから。
「ひとまずはご苦労様ぁ。もう少し平和な夜を過ごしたいのだけれどねぇ」
「Oui.
「ええ、任せなさい。アンタ達は徹夜してるんだもの、それでやれなんて言わないわよ」
小さく欠伸をする伊47と、それに釣られて欠伸を噛み殺す空母棲姫。今までならば夜にこんなことをする必要も無かったのに、今は必須となってしまった現状を、中間棲姫は憂いていた。
「……こんなこと、早く終わりにしたいわねぇ」
中間棲姫の呟きに、飛行場姫はほんの少しだけ苛立ちを覚えた。姉にこんな泣き言を呟かせる黒幕のやり方に対して、心の底から怒りまで感じる。
だが、それを表に出すことはない。姉を心配させることにもなるし、施設の者達の士気にも関わる。ならば、今は感情的になる理由はない。
「そうね。でも、あと数日の辛抱よ。鎮守府が決戦に向けて研究を続けてるんだもの。心配はいらないわ」
「そう、よねぇ。私達はこの施設を守ることだけに専念しなくちゃあねぇ。その分、あちらには迷惑をかけないようにしなくちゃ」
少しだけ見せた顔をすぐに振り払い、いつもの穏やかな笑顔に戻る中間棲姫。飛行場姫はそれを見て安心しつつ、姉を守らねばと内心で改めて誓った。
朝食後、深夜哨戒組はすぐに就寝へ。残った者も今日の仕事の準備を始める。
農作業組は昨日に作業をしているため今日は休み。そういう時は施設内の掃除をしたりと、施設の存続に繋がる仕事を探して実施する。
漁組は今日も食糧の確保。なるべく鎮守府から貰った食糧を長続きさせるためにも、施設でも増やせる食糧はなるべく手に入れておきたい。勿論、生態系を壊すような漁撈はするつもりはないが。
「それじゃあ、今日も1日……」
いつもの朝の挨拶をしようとしたところに、タブレットが鳴り響いた。こんな時間にかかってくることはちょくちょくあったため、あまり疑問を持つことなくすぐに受信。
「はぁい、今日はどうかしたのかしらぁ」
『早急に連絡をしておきたくてね。明石が、対策のための薬を作り上げた』
昨日の今日だというのにもう作ってしまったのかと、ダイニングは騒然。喜ぶべき報告なのだが、むしろ明石が有能すぎて素直に喜んでいいのかわからないような、そんな空気に。
元堀内鎮守府出身の春雨達も、この早さで対策を作り上げたことには驚きを隠せない。昔からすごいすごいと思っていたが、ここまでとは思っていなかった。
『だが、今は少し経過観察をしている。命に関わるモノだからね。細胞そのものを書き換えるようなものだ。今は良くても、時間が経って結局ダメだったとなったら、目も当てられない。こればっかりは慎重に事を進めさせてもらうよ』
春雨細胞と黒幕細胞を結合させることによって別の細胞へと変化させ、黒幕の影響を受けなくするという都合上、その細胞が命に直結するということ。これに失敗していたら、投与して細胞を切り替えたことにより、肉体が崩壊するなんていうグロテスクな結末に辿り着いてしまう可能性だってある。
それだけは絶対に避けなければならないため、この対策だけはどうしても時間をかけなければならない。僅か半日だけでそれを良しとするのはよろしくないかもしれないが、まずはすぐに崩壊することがないことがわかれば多少は安心出来る。
そして、ここで辿り着く者の直感が光る。
「大丈夫だと思いますよ。ただの直感ですので、確証は持てませんけどね」
この春雨の言葉は、周囲に自信を持たせる。明石が聞いていたら、それはもう飛び上がるほど喜んでいただろう。本人は自信なさげに話していても、辿り着く者からの
そもそもその薬のことは春雨は知らないこと。そこに対する直感は、他のことよりも若干甘め。ただし、知っている白露達への影響に関わることであるため、その身体に悪影響が無さそうというところには繋がる。
手段は理解出来ないことであっても、結果が知る者に関わるのなら、春雨の直感は冴え渡る。仲間の危機に反応するのだから、危機がないことに対しても反応出来る。
『もし今の対策が有用ならば、それを増産させなければならない。体内の卵を除去するためには必要では無いようなのだが、全身の細胞を変質させるためにはそれなりの量が必要だ。そのためには』
「私の細胞が必要ということですね。あと瑞鳳さんと黒潮ちゃんの忌雷から体液を」
『ああ、そういうことになる。どれだけ必要かは明石が計算しているが、少なくとも今はこの実験で春雨から貰った細胞は使い切ってしまったらしい』
その明石は、徹夜の研究をしたために現在休息中。その辺りが決まるのは午後になるだろう。むしろ、夕方近くになると考えてもいい。
必要ならば明日以降にまた取りに行くという話になった。決まらない限りは動けないし、そもそも経過観察の真っ最中であるため、それも時間がかかる要因となる。
『それまでは自衛を頼んだ。昨日、帰投中に漂う泥を確認している。既に君達の居場所は黒幕にバレている可能性は高いのだろう』
施設の者達は『観測者』からその件を聞いているために知っているが、鎮守府には伝えていなかった。余計な心配をかけたくないという気持ちが強く、自衛でどうにか出来るのならば、鎮守府側の力を借りることなくどうにかする。そのための力──泥刈機や感知の眼鏡──を借り受けているのだから、施設の者達の力だけでも充分に守ることが出来る。
堀内提督もそこを理解して、自衛を促した。本当は鎮守府側からも増援を送りたいとは思っているが、施設側の思いも汲み取りたい。
「ありがとう、提督くん。こちらはこちらでちゃんと身を守るわぁ」
『ああ、一応だが、鎮守府で使っている泥を撥ね除けるバリアを小型化してそちらにも配備してもらう方針で考えている。せめて泥を島に上陸させないように出来れば、君達も安心出来ると思うのだがどうだろうか』
「そこまでしてもらってもいいのかしらぁ……」
『当然だろう。我々は仲間だ。それに、そちらからは細胞などを提供してもらっているのだから、その分の謝礼は必要だろう。持ちつ持たれつさ』
それならと中間棲姫も提督の申し出を快く受けた。泥の進化のことを考えなければ、その装置さえあれば昼夜問わず泥の侵蝕を恐ることは無くなるだろう。それでも哨戒自体は続けるとは思うが、安全度は跳ね上がる。
『それでは、取り急ぎ報告させてもらった。結果はまた順次伝えていくよ』
「ええ、ありがとう。よろしくお願いねぇ」
『可能であれば、また鎮守府に来てもらうことになるかもしれない。そのように考えておいてもらえると助かる』
「わかったわぁ。みんなもそれで良いかしらぁ」
決戦に向かうためには必要なことであると理解しているので、誰もが納得し、首を縦に振る。時間的なところは妥協せざるを得ないということで、叢雲も苛立ちを見せながらも良しとした。今回の対策は叢雲の身体にも関わること。これでもし失敗策を掴まされ、無くてもいい苦しみを齎されたら困るだろうし、余計に怒りが溢れるだろう。
これが容赦なく施設の者を使って実験するとか言い出したら、叢雲も憤慨するだろうし、そもそも姉妹姫が許しはしない。何処までも安全を考慮しているからこそ信用度は得られている。
『朗報を待っていてほしい。それが終われば、段取りを決めて最後の戦いとなる』
提督からの通信はこれで終了。決戦に向けての進捗は、思っていた以上に早く進んでいた。
各自午前の作業に取り掛かる中、春雨と海風は施設内の掃除を受け持つ。ここ最近トレーニングをするようになったことで、いつになく使うようになっている風呂掃除がメイン。水を流しながらの作業になるため、互いに水着姿での作業となっている。
海風がその姿にうっとりしつつも作業をしている時、先程の通信の時に出たことをふと春雨に尋ねた。
「姉さん、また細胞を提供するんですよね」
「そうなるね。みんなのためには必要だもん」
「やっぱり、多めに欲しいとなると髪の毛になるんでしょうか」
その辺りはまだ詳しく聞いていないが、前回の提供で使ったのは髪の毛、唾液、そして少量の血液である。
「かもしれないね。どれだけ必要になるかはわからないけど。もしかしたら、鎮守府に行って献血したりとかもあるかもね」
「……髪だとしたら、その、バッサリ切ったりするかもしれないんですかね」
前回は春雨の比較的長めな髪を数本というくらいで終わっているのだが、今回は大量に必要となったら束で渡すことになるかもしれない。今は掃除中なので邪魔にならないようにアップにしているが、普段はサイドテールにしている長髪を切って渡すなんてことも考えられた。
「ショートカットの姉さん……うん、似合うと思います。思いますが、私の中の姉さんはやっぱり今の姉さんですね。なるべく崩してもらいたくないという気持ちが強いです。その艶やかな髪を消耗品として使われるのは個人的には複雑な心境です。姉さんがそれを是とするのなら、私は同意をしますけどね。姉さんの意思が私の意思。姉さんの考えることは絶対。間違いがあるわけが無いんですから、私が文句を言う隙間なんて何処にもありませんので。でも、でもやっぱり、春雨姉さんの髪を洗ってあげるのは至福の時なので、そのままでいてほしい気持ちがとても強いです。その触り心地も、色味も、香りも、全てが神がかった美しさですから、失われてほしくないと思ってしまいます」
いつものマシンガントークに、春雨は笑顔で応える。
「髪は最終手段にしよっか。本当に足りなかったら少しずつ渡すってことで。それに、バッサリじゃなくて毛先から少しずつ渡せば良いと思うよ。今の長さじゃなくなるってだけで」
「確かに。多少短くなっても春雨姉さんの女神のような魅力は失われることはありませんからね」
まだどうなるかはわからないが、何かしらを提供するのは確定。どうであれ、春雨は何も拒否することなく提供するだろう。海風の気持ちも汲み取って。
施設は少しずつ危険に晒されているが、それの対策も出来つつある。決戦の日まで、あと少し。
水着姿で風呂掃除をする春雨と海風だけど、海風は本当に作業になるのだろうか。視線はずっと春雨の方に行ってないだろうか。いざという時は競泳水着にしてみよう。トラウマを激しく刺激することになるぞ。