体内の卵が除去出来るようになったのは、すぐに大塚鎮守府にも伝えられた。堀内鎮守府以上に危険な場所であるのだから。
あちらは侵蝕された鹿島の手によりネズミ算式に相当な人数が泥を受けており、大多数の艦娘達が体内に卵を宿していることになる。さらには、近海に敵の拠点があることも確定しているのだ。今でこそ何事もないとはいえ、どのタイミングで黒幕の力が強化されるかわからない。突如侵蝕を受けた者達が再洗脳を受ける可能性が無いとは言えない。
そのため、対策が確実に可能となった時点で連絡をして、どのような状況でもすぐさま対応する方針となっていた。そのためにも装置は簡略化する必要はあった。
『こちらでは全員が対策済みとなったよ。卵が体内に含まれている者はもういない』
「そうか、それは朗報だ。それを今伝えてきたということは」
『ああ、この手段をそちらに提供する。なるべく早くということだからね。時間的にこちらから運ぶとなると明日になってしまうが、幸いこの装置の設計はかなり簡略化してあるということだ。設計図をそちらに送るから、その通りに使ってもらえるかい』
「無論だ。すぐに送ってくれ」
話している時には、その設計書が大塚提督の作業用PCに送信されてきた。宛名は堀内提督ではなく、明石がダイレクトに。
その手際の良さに感服した。効率重視で考えれば、大塚提督がGOサインを出した時点でもう送って良しとするだろう。あちらではそういう連携がしっかり出来ていた様子。
「早いな」
『この通信は明石にも聞かれているのでね。今か今かと待ち構えていたくらいだ』
「なるほど。だが……」
大塚提督や秘書艦の電がそれを見ても、その内容はさっぱりわからない。技術者でなければ理解が出来ないような内容であるのはすぐにわかるので、何の抵抗もなく明石の元へとそのデータを転送する。
「流石に俺が見てもわからないな。装置は2つか?」
『ああ、卵を確認するための単眼鏡と、卵を消すための装置の2つだ。本当にあるかどうかと、消えたことの確認が出来た方がいいだろう』
「その通りだな。時間はかかるかもしれないが確実性は必要だ」
急がば回れという言葉もある通り、時には時間をかけてでも確実に勝利に進めるのなら、何も文句は無いだろう。むしろ、これをしなければ余計な手間がかかる上に、戦力が減る可能性の方が高いくらいなのだから、ここに時間を使わない理由は無かった。
『そうだ、僕もそれによって処置をされているところを見ているんだが、その装置はどうしても処置される者に苦痛を与えてしまうんだ』
「苦痛、か。それはどのような」
『体内の卵が消える時、熱を発生するんだそうだ。こちらで処置を受けた者の感想が総じて『熱い』だった。特に最初に受けた漣が言うには、内側から熱湯が湧き出しているのではという熱らしい』
体内の泥を燃焼させているのだろうと察する。しかし、それで怪我を負うわけでもなく、むしろ最善の状態に持っていくためのデメリットであるとするのなら、まだまだ軽い方だろうと大塚提督は考えた。そういう苦しみを与えてしまうのなら、さらに早いところ終わらせるべき。
「わかった。それについてはこちらでも考慮して処置をしていく」
『また何かあれば連絡するよ。そちらの様子も教えてくれると助かる。明日施設に持って行く可能性が高いのでね』
「こちらこそ助かった。これで決戦にも向かえるだろう。それに、脅威に怯えることもない」
これで通信は終了。鎮守府同士の繋がりはより深く。方針は正反対でも、今ではもう気が合う友人と言わんばかりであった。
データは送っているため、すぐに工廠へと足を向ける大塚提督と電。そこには、飛ばされてきた設計書を印刷して確認している明石の姿があった。
「明石、今送ったデータだが」
「はい、堀内鎮守府の私からのデータですよね。すごいですよコレ。物凄くわかりやすく書かれています」
やはり、見る人が見れば即座に理解出来るレベルの設計書だったようだ。山寺鎮守府の明石が手を加えたことによる簡略化は、この理解に大きく貢献している。
「これならすぐに作れます。時間的には……まだ大丈夫ですね。このまま処置まで行けるかも」
「その方向で頼む。今回の件はなるべく早い方がいいだろう」
「了解です。すぐに取り掛かるので少々お待ちを」
ここで大塚鎮守府の明石の特性が光る。
堀内鎮守府の明石は言わずもがな、無から有を生み出すことに長けている。研究によって解析を行ない、最終的には対策を次から次へと生み出していく。
山寺鎮守府の明石は、システムの簡略化が得意。余計なシステムを省くことで小型化し、諜報活動に役立つアイテムの生成をし続けてきたことにより得られた才能。
そして大塚鎮守府の明石は、設計書さえあれば確実に素早くそれを作り上げる能力が他の追随を許さなかった。一度知ってしまえば恐ろしい程に手が早く、他が丸一日かかるような仕事を半日もかけずに作り上げてしまうくらいだ。
今回に関しては、システムの簡略化がされているため、さらに早い。ものの十数分で単眼鏡を作り、さらに十数分後には卵を消滅させる装置まで作り上げた。
合理的に物事を進めようとする方針のおかげで覚醒した、大塚鎮守府の明石ならではの能力と言っても過言ではない。手際の良さは、効率に繋がるのだから。
時間にして小一時間。本当に対策を作り上げたため、本来の業務時間としては少し遅めではあるのだが、工廠にほぼ全艦娘を集めた大塚提督。
緊急性のある集合だったため、何が起きたのかと若干騒ついたのだが、感情を抑えるという鎮守府の在り方に準ずるためにすぐに静かになる。
「集まってもらったのは他でもない。以前、この鎮守府で大規模な侵蝕事件が起きたのは記憶に新しいと思う」
運良く免れた者達を除いて、その時の屈辱を思い出して三者三様のリアクション。俯く者もいれば、怒りを抑え込む者もいる。
「その際、あの泥は侵蝕した者に黒幕の細胞……今は便宜上、卵と称するが、それを身体に埋め込んでいるそうだ。それは現在使用されている薬剤を投与するだけでは消滅することはなく、特殊な手段を用いなければ永遠に残り続けるらしい」
工廠がさらに騒つく。あの事件だけでも
だが、何の策もなくこの事実を艦娘全員に話すはずがないというのも理解していた。この大塚提督が、ただ不安を与えるだけの事実を話すようなことはしない。ここでそれを言うのだから、対策もしっかり用意しているのだろう。そう考えていた。
「だが、先駆者である堀内鎮守府の者達がその泥を解析し、体内から除去する装置を作り上げてくれた。構造もかなり簡略化してくれたようで、設計書まで用意してくれていてな。それが今、明石の手によって完成した。今からここにいる全員を調査し、卵を持つ者達はそれを除去する。通常の時間より少々押してしまっているが、緊急性を要するため、理解してほしい」
時間管理もしっかりしている鎮守府としては、それを覆すようなこと自体が稀。しかし、これはすぐにでもやらなくてはならないことであるため、誰もが納得した。
「ただし、この処置には少々苦痛を伴うとのことだ。体内の余計なものを除去するのだから無理もない。体内で熱が発生し、身を焦がす痛みを感じるのだそうだ」
前以てそれを教えておくが、痛みよりも屈辱の方が辛いと考えるのが大塚鎮守府の艦娘達である。感情を抑えているのも加えているため、その程度では動じることはなかった。
熱さによる苦痛は、戦場でも味わう羽目になるダメージだ。ならば耐えられないことは無い。
「では早速だが進めていく。決戦参加のメンバーから処置をさせてもらう。構わないな」
ということで、体内の卵の処置が始まる。一旦処置を順番待ちしてもらうことになるため、侵蝕されていない者達が列形成などを行い、効率よく処置が出来るように進めて行く。
「まずは鹿島、お前からだ。お前は特に
「はい、お願いします」
その列の先頭には、用意された椅子に腰掛けさせられた鹿島。その椅子も集合がかかる前に明石が作った、身体を固定するためのモノ。
波長照射装置の設計書に処置を受ける者が動かないようにする必要があると追記されていたため、拘束具として用意していたそれを若干改造してここに持ってきていた。
体内の卵の位置は、電が確認。ちなみに、電自身はこの集合をかける前に調査し、処置の必要が無いことは確認済み。
「ありました。鳩尾の部分ですね」
単眼鏡を覗き込む電が大塚提督に伝える。場所も概ね聞いていた通りであり、最初の泥に侵蝕された鹿島も同じように植え付けられていた。
これは龍驤の器にされた漣も同じだったため、侵蝕という行為を受けた時点で種類問わずに同じ場所に植え付けられるということに繋がるのだろう。
「処置をする。耐えろよ」
「はい」
淡々と進めるものの、鹿島は内心では緊張していた。今から痛いことをすると言われているのだから、ぐっと力が入ってしまう。身体が椅子に固定されているおかげで震えることは無かったが、それでも装置が押し当てられるとビクッと身体を震わせてしまった。
感情を抑えるだけでは、この緊張感は拭えない。大塚提督もそれは理解しているつもり。
「照射」
トリガーを引くことで鹿島の体内にある卵を消滅させていく。サイズも変わらないため、消えるまでは数秒。
徐々に熱くなっていく体内。最初はお風呂くらいだと思っていたが、そこから自分で止めることが出来ない温度の上昇。
「っぐ……確かに熱いです……熱いですが、耐えられない、ことは無いですね……っ」
歯を食いしばってそれに耐える。確かに激痛とも言えるダメージかもしれないが、侵蝕されていたことによる心の痛みよりも辛くはないし、治療された時の過剰な快楽よりも気が楽であるため、大声を上げるようなこともない。
とはいえ、これは
「えっ、あ、熱っ、あっつい! 鹿島さん何でこれ耐えられるの!?」
これである。ジタバタするため、最初に作っておいた拘束椅子がその効果を遺憾無く発揮していた。
熱量に個人差があるわけではなく、
「っううっ、いや、本当に、よくあの程度で、耐えられましたね……っ」
大和ですら少しだけ声を上げてしまうほど。叫ばない代わりに、拘束椅子をガシャガシャと鳴らすことになる。当然ながら、大和の膂力であっても壊れないように頑丈に作られているため、暴れても身体がそこから動く事はない。艤装も展開しないようにしている。
外部からの損傷は戦いの中でいくらでもあるため耐えられても、内部からのダメージは簡単には耐えられない。
そこからは、ある意味阿鼻叫喚だった。処置を受ける者の悲鳴にも似た叫び声が響き、特に耐えることが出来た者ですら、どうしてもジタバタと動いてしまうため、それを見せられている後の順番の者達は嫌でも恐怖が募る。
感情を抑えるとか言っていられないのだが、こんなことで屈していては、確実に鎮守府の運営の妨げになるため、辛かろうがそれを受け入れる。当然、叫んだりジタバタしたりはするのだが。
これで大塚鎮守府も準備万端となった。残すところは、施設のみ。
鹿島は練習巡洋艦であるが故に、苦痛耐性が高いというちょっとした能力。その代わり、逆には弱いっていうね。