堀内鎮守府、大塚鎮守府と卵の除去が実施され、残すところは施設のみとなった。しかし、その施設は卵以上の問題を抱えている。そもそも全身に細胞が回ってしまっている魂混成組の治療に関しては、未だ絶対に成功すると確証が持てていないことだ。
明石には伝わっていないのだが、辿り着く者である春雨からのお墨付きがあるため、この実験はおおよそ成功。少なくとも悪い方向に行かないことは大体確定している。
ただそれは、使ったら死ぬだとか、細胞が暴走するとか、そういうことが無いというだけであって、それ以外に何かしらのことが起きる可能性はある。
「おおよそ12時間、一切の変動無し。これはもう安定でいいね」
堀内鎮守府では、明石が何度も混合液の状態を確認し、その状態が全く変わらないことを確認したため、これで完成とした。
「簡易的な出張セットも作っておいたで。いざって時は、施設で細胞抽出と調合が出来るようにしとる。宗谷の力は借りにゃいかんけどな」
合間合間に時間を有効活用するため、龍驤が携帯出来る設備をいくつも作り上げていた。不要になる可能性もあったが、無いよりはマシだろうとして。実際、これにより明日そのまま施設に行くだけで全ての治療と対策が完了出来る。
時間は早いに越したことは無く、むしろ出来ることなら今からでも施設に向かいたいくらい。時間としてはもう夜であるため、安全性を考えれば嫌でも明日以降になるのだが。
「提督にはこのことを伝えておきました。明日、調査隊と共に、施設への出向を許可するとのことです。大塚鎮守府でも大成功だったみたいですよ」
先に執務室に向かっていた大淀が、朗報を携えて工廠の奥へ。この鎮守府は当然のこと、所属する艦娘の大多数が侵蝕されていた大塚鎮守府でも全員が解放されたということで、施設への治療技術の提供もいち早くということになったようだ。
「よかったよかった。どうしても卵が消える時に熱くなるというのは直せそうにないけど、全員解放されたなら安心だよ」
「せやな。んでも、コレをどないするかや。ここまで安定してるなら、もう処方すんのか?」
「するしかないでしょ。というか、これなら行けるよ確実に」
ということで、翌日は明石達も施設へと向かうことになる。卵の除去は勿論、魂混成組に対しての治療も実施するために。
そして、翌日。鎮守府から連絡を受けていた施設の者達は、決戦前の一番の大仕事、体内から黒幕の要素を全て排除する治療を受けるため、調査隊の到着を待ち構えていた。
そのため、今日の午前中の作業は全て中止。施設に住まう全員でその治療に参加する予定である。一度確認しているのだから大丈夫だとは思うが、侵蝕を受けていない者にも時間経過により何かしらの影響が無いかを調査する必要もあるため。艦娘には無くとも深海棲艦にはあるという可能性も否定は出来ない。
「その
間違いなく治療を受けることになるジェーナスが、少し不安げに中間棲姫に聞く。
以前、春雨から明石は痛みもなく消してくれるはずだと聞いていたので、実際は苦痛を味わうと聞いてとても驚いた。それは春雨もである。
今回のこれは、黒幕の邪悪な意思が邪魔をしてきているのでは無いかと感じる程に、仲間達に対して過酷な現実を突きつけてくる。
「そうねぇ。提督くんが言うには、そうなっちゃうらしいわぁ。身体の中の悪い部分を焼き尽くす……みたいなものなんだそうよぉ」
「仕方がないとはいえ、ちょっと怖いわ。私だけじゃないと思うけど」
「私も少し怖いよ……」
ジェーナスに賛同するのは薄雲である。ただ戦闘に巻き込まれただけなのに、最後まで苦痛を味わう羽目になるのは、どうしても納得がいかない。
しかし、痛い目に遭うのが確定していても、ここでちゃんと除去しておかなければ、最終決戦後に勝敗問わず何か良くないことが起きるかもしれないのだ。それを考えると、怖がっている余裕なんて何処にも無かった。
「あの熱量を受けることになるんでしょうか……」
この施設の中では、ある意味その苦痛を知っている海風。暴走した春雨からの強引な治療は、溢れ出るマグマに全てが灼き尽くされるという、たった1人しか経験していないこと。その時も、とにかく
それと全く同じことが行なわれるのかもしれないと知ると、それに釣られて当時のことを一緒に思い出してしまった。春雨に対しての罵詈雑言は、一字一句覚えている。幸福の中でなら思い出すことも無いが、不意にこういうタイミングでフラッシュバックしてしまう。
それに気付いた春雨は、海風が崩れないうちにその手を握った。自分の怒りが溢れてしまいそうな時にしてもらうように、海風を落ち着かせるためにその温もりを与える。
そうすることで、海風はあっという間に落ち着きを取り戻すことが出来た。それだけ強く依存しているというのもあるのだが、2人にとってはこの
「アンタ達はまだマシよ。私達は全身の細胞をどうにかされるんだから」
叢雲が苛立ちを抑えることなく口に出す。卵の除去だけなら熱いだけで済む。一時の苦痛を耐えればいいだけの話。だが、混成組は卵だけでなく、全身の細胞を弄るという大きな治療が待っている。
春雨から大丈夫という保証はあっても、それはあくまでも最悪な結果にはならないというだけだ。結果には辿り着くまでの過程で何が起こるかは想像がつかない。
それこそ全身に激痛が走るかもしれない。安定するまでに時間がかかるかもしれない。後遺症のようなものだって無いとは限らない。
「ま、全身の細胞に関しては、あたしが人柱になるから心配しないでよ」
白露がニッコリ笑いながら言ってのけた。どうなるかはわからないかもしれないが、
どちらにしろ施術を受けなければ戦うこともままならない可能性があるのだから、白露がどういう反応を見せても関係ない。胸を張って話す姿に呆れつつも、その気持ちだけで充分だと溜息を吐いた。
そうこうしている内に、鎮守府から調査隊到着。今回は治療がメインであるため、明石と大淀がセットでメンバーに含まれているのが特徴。宗谷のクルーザーには出張用装置が詰め込まれ、その場で薬の調合を、また、春雨からの献血も可能にしている。
調査隊のメンバーとしてはいつもと殆ど同じ。山風を隊長とした駆逐艦4人に島風、金剛、比叡、サラトガの護衛部隊となる。
「いらっしゃい。今日もよろしくお願いねぇ」
「……うん、すぐに準備してもらう、ね」
調査隊の隊長は山風ではあるのだが、今回も作業のメインは明石である。岸に着くや否や、宗谷のクルーザーから機材を運び出す。そこまで大掛かりではないため、室内に入る必要は無い。晴れているのだから尚更である。
「山風、卵の除去は先にやっておいてもらっていいかな。単眼鏡で場所を確認して、装置で波長を送り込むだけだから、誰にでも出来るよ。特別な装備でも無いしね」
「……ん、わかった。それじゃあ……えっと……」
「照射は私がやるわ〜」
「なら私が場所の確認やるね」
波長の照射は荒潮が、単眼鏡による確認は島風がやることに。
「戦艦さん、艤装を出してもらってもいいかしら〜」
「あら、どうして?」
「これ、結構熱くて〜、どうしても身体が動いちゃうのよね〜。時間がかかればかかるほど苦しむことになるから、身体を固定してほしいのよ〜。私達も羽交い締めされながら受けたわ〜」
実際に受けている荒潮の言葉であるため、戦艦棲姫も素直に従う。しかし、自分も受ける側なのだがと話すと、飛行場姫がニヤニヤしながら任せろと肩を叩いた。膂力で言えば施設でトップクラスなのだから、戦艦棲姫が相手でもびくともさせないだろう。
だったら最初から全員飛行場姫にやらせればいいのではと訴えかけたが、精密性で言えば戦艦棲姫の艤装の方が上。絶対にびくともさせないとするのならば、艤装の方が適している。
「それじゃあ、始めていくわ~。あ、そうそう、身体中の細胞に混じっちゃってるヒトは、今からやるところの直線上に入らないでね~」
流れ弾でも死ぬ可能性があるため、ここは絶対に要注意。念には念を入れて、波長の照射は海側に向けてすることにしたくらい。かすった瞬間にその細胞が死滅なんてこともあり得るのだから、ここに関しては要注意。
「そ、それじゃあ、私からやるわ!」
怖いことはすぐに終わらせたいと、ジェーナスが真っ先に挙手。荒潮の表情が少し蕩けかけるが、今はそういうことをしている暇などない。むしろ、ジェーナスを救うために心を鬼にする。今からするのは激痛を与える行為だ。荒潮の愛するジェーナスであっても、これは躊躇っていられない。
戦艦棲姫の艤装がジェーナスの両腕と両脚を優しく掴み、身動きが取れないようにする。喋ることは出来ないが、少し申し訳なさそうに触れているため、逆にジェーナスがもう少し強めでもいいと指示を出す。
「アラシオ、準備OKよ」
「はい、それじゃあとっても熱いけど我慢してね。動いたら余計に時間がかかっちゃうから」
島風が単眼鏡を覗いて卵の位置を確認。そしてその場所にピンポイントに荒潮が波長を照射。荒潮も自分がされた時と同じようにジェーナスを救う。
「じんわり熱くなってき……うぇっ、あ、熱、熱い!? ナニコレ!?」
「私もそうだったわ〜。でも、一過性のモノだから、今だけ我慢すれば大丈夫よ」
歯を食いしばって耐えるジェーナスを、周囲は心配そうに見守る。ミシェルもすぐに駆け寄りたいくらいに焦っていたが、戦艦棲姫がそれをどうにか押さえ込んでいた。あれは治療であり、ジェーナスのためのことだから心配しなくていいと言い聞かせて。理解は出来ないが、納得はしてくれたようで、少し涙目ではあるが治療の邪魔はしない。
この治療を最初に見せつけられたことで、この後に治療を受けることになる薄雲の緊張はピークに。
自分もあのような苦痛を味わうのだと思うと、逃げ出したいくらいに思う。だが、そんなことをしたら確実に施設の迷惑になる。そちらの方が嫌だと、何とかその場に立ち続けた。
「はい、おしま〜い。島風ちゃん、確認お願いね〜」
「おうっ。ちゃんと無くなってるよ!」
終わった時には息も絶え絶えだったが、そのまま身体の熱は一気に失われて、元の調子に戻ってくる。大きく息を吐くと、治療前の時とほぼ変わらない状態に。疲れはあっても痛みはまるで無かった。
それがわかったからか、艤装からの拘束も解かれる。フラつくことも無い。
「痛いんじゃなくて熱いっていうのは、逆に辛いのね……」
「ジェーナスちゃん、大丈夫ぴょん!?」
「Michelle、もう大丈夫よ」
戦艦棲姫からの拘束が外され、ジェーナスに飛びつくミシェル。治療さえ終わってしまえば何とも無いので、そんなミシェルを当たり前のように受け止めるジェーナス。疲れもすぐに取れるだろう。
「それじゃあ次に行くわよ〜」
卵の除去は順調に進むようだ。これならば、不安は一気に取り除かれることだろう。
一方、明石の方は先に春雨に献血をしてもらいつつ、瑞鳳と黒潮から忌雷の体液を採取していた。この場で特効薬を調合するところを見せることで、信用度を上げるという作戦でもある。
実際、見せられている者達は何をしているのかはわからないが、春雨の細胞が血液から採取されているため、何処か血清のようにも見えた。
「はい、これが今回の治療薬です。黒幕の細胞と結合し、
ただし、その結合の最中に本体にかかる負担のことは未だわからず。ここだけが唯一の不安である。
「それじゃあ、あたしがまず受けるよ」
ここで白露が前に出る。宣言通り、人柱となるため。春雨の保証があるため。死ぬことは無い。それに、戦場に出られないということも無いだろう。そのため、自信を持って治療を受けることが出来た。
「ん、オッケー。それじゃあ、チクッとしますよー」
そこにほぼ躊躇いなく注射を打ち込んだ明石。血液の流れに乗せて混合液を身体中に流す。
「うん、今のところは何も無いけど……」
「反応は一気に行きます。覚悟だけはしてくださいね」
「怖いこと言うなぁ……あ」
ビクンと白露が震える。細胞が反応を始めた証拠。
「あ、これ、まずい」
「まずいって、な、何か失敗を」
「違う、これ、痛いんじゃない、この感覚絶対ヤバい、っああっ」
自分を抱きしめながら蹲る白露。この反応の仕方に覚えがある者は少なくない。そう、
つまり、細胞の切り替えには
「っあっ、こ、こんな感覚なのっ、ヤバ、耐えられな、っううううっ!?」
羞恥心なども無く、その場で大きく仰け反りながら叫んだ。ヒトによっては大きなトラウマを刺激されるような姿であるが、これは治療。これでも問題ない反応。
ひとしきり震えた後、その場に膝をつく。細胞が切り替わったことで、白露の肌がより一層白くなったようにも見えた。
「っは、はぁあ……これダメだよ……あんまりヒト前でやらない方が、いいんじゃないかな……」
未だにビクンビクンと震えている白露。侵蝕と同じような反応をしたものの、正気のままでいられているため問題はない。
かのように思われた。
「えーっと、白露姉さん、それって
「え?」
春雨に言われて自分の姿を見る白露。その姿は、まるで侵蝕されたかのようなレオタード姿。ロンググローブやニーハイソックスまで完備。
しかし、泥にやられた時とは色合いなども違う、
春雨と黒幕の細胞が結合してるわけだしね。