その日の夜。薄雲はいつもの3人ではなく、槍持ちと共に眠ると話し、いつものベッドルームには来ずに槍持ちの寝かされている部屋で一晩を過ごすことになった。
ベッドルームには春雨とジェーナス、そして中間棲姫と飛行場姫の4人。いつものメンバーから1人欠けるだけでもベッドが広く感じる。そのせいで春雨のトリガーが引かれかけたものの、中間棲姫が即座に対処。結果的に、ほんの少しの寂しさを感じつつもいつも通り眠れそうだった。
「……薄雲ちゃん、大丈夫かな」
やはり心配そうなのは春雨。同じ感情が溢れた者同士であるため、どうしても気にかかる。
「大丈夫よ。ウスグモは自分で槍持ちの傍にいるって決めたんだもの。誰が何と言っても譲るつもりは無かったみたいだし、信じてあげるのが
それに対してジェーナスはカケラも心配していないような態度である。勝算があろうが無かろうが、薄雲が自分からやりたいと言って行動を起こしたのだから、否定する理由はないし笑って送り出してあげなくては失礼だとも話す。
その言葉を聞き、飛行場姫もジェーナスの頭を撫でながら深く頷いた。信じてあげるのも薄雲のためだと、ジェーナスの話したことを復唱するように同意。
「発作も起きていないようだし、薄雲ちゃんも槍持ちちゃんと出会って何か変わってきているのかもしれないわぁ。だから、今は信じてあげましょう。戦艦ちゃんもついてるしねぇ」
反応のない槍持ちと二人きりというのは、薄雲のトリガーを簡単に引いてしまいそうであったため、戦艦棲姫も共に眠ることにしていた。
槍持ちがまともになるまではこの施設にいると宣言したその初日からしてコレである。少しだけ過保護な感じがしないでもないが、気にかけてくれるのはありがたいこと。
薄雲も快くOKを出した。おそらく自分でも不安だったのだろう。万が一のことを考えると、他に誰がいてくれる方がいい。それが発作も何もない純粋な深海棲艦なら安心感もさらに増す。
「わかりました。私も薄雲ちゃんを信じることにします。少し不安だけど、大丈夫ですよね」
「ええ、大丈夫。あの子が自分で決めることが出来たんだもの。成し遂げてくれるわ」
みんなで信じることが第一歩。不安がっていたら、薄雲だって全力が出せない。
「さ、アタシ達はさっさと寝ましょ。明日からはアタシ達も槍持ちにちょっかいをかけていくわ」
「そうねぇ。もう少し刺激を与えたいわねぇ」
今日は薄雲のみが槍持ちに付きっきりだったが、明日からは他の者も槍持ちに話しかけたりしていく。周囲からの刺激によって、何かしらいい方向に向かってくれるかもしれない。
その頃、槍持ちの部屋。ベッドはベッドルームのものより小さいため、槍持ちのベッドには薄雲のみが入ることになり、戦艦棲姫は中間棲姫に許可を貰って艤装をその場に構築してそれを使って眠る。
戦艦棲姫の艤装は、本人よりも二回りほど大きな生態兵器。人の身体ほどの太さを誇る豪腕と、それに持っていかれたかのように短い脚を持つそれは、戦艦棲姫を抱きかかえたかと思うと、あぐらをかくように座ってベッド代わりになった。
「戦艦さん……すみません、ベッドを……」
「いいのいいの。私、旅の時は結構野宿とかもしてるんだけど、この子を使ってこうやって無人島で眠ったりするのよ。その時に比べたら、布団まで貰えてるんだから快適も快適。むしろベッドの方が寝られなくてね」
気遣いも多少あるようだが、この眠り方が基本であるために薄雲に譲ったというのもある。慣れというのは恐ろしいもので、他人から見たら恐ろしく眠りにくそうなそれも、戦艦棲姫にとっては最高のベッドのようである。
「それに、貴女が槍持ちの傍にいてあげなくちゃダメでしょ? 姉妹なんだもの」
「……はい。この姉さんは私の知っている……私の目の前で死んだ姉さんではないですが、どう見ても私の姉、叢雲なんです。だから……私は傍にいてあげたい」
今もずっと手を繋いでいた。これは松竹姉妹からの助言。お互いの温もりを感じ続けることが最も落ち着くのだという言葉は、この2人ならではであり説得力がある。姉妹で共依存である2人の言葉は、今の薄雲には参考になることばかりだった。
その手は風呂に入れた後にもかかわらず、やはり死人のように冷たかった。まるで凍えそうなほどであるのだが、温かい布団に包まることで耐えられる。むしろ、少しずつでも槍持ちの体温を上げていきたいと、眠る時にはもっと強く密着するつもりである。
「私はあくまでも、貴女達が危ないと思った時のストッパー。だから、私のことは気にしなくていいの。貴女が気にしなくちゃいけないのはそっち」
こう話していても、槍持ちはやはり無反応である。薄雲の方に視線を向けることもなく、やはりぼんやりと宙を眺めているのみ。瞳は虚ろなままだし、薄雲が触れた瞬間は反応したものの、それ以降はピクリとも動かない。
「こんなに冷たくなってしまっているのは……やっぱり私達と違って処置をされていないからでしょうか……」
「断定は出来ないけど、可能性はあるわね。感情も何もかも壊れて、熱すらも失ってしまったと考えると、少し嫌な感じ。何があってそんなことになったんだろう」
小さな疑問だったが、以降はあまり考えないことにした戦艦棲姫。この話をふくらませすぎると、薄雲のトリガーが引かれることになるだろう。
「私が一緒に寝て、温めてあげようと思います」
「それがいいわね。せめて温かくなれば、何かが変わるかもしれないもの」
「はい。ちゃんとお布団を着て、私が抱きついて温めます。あ、でもこういう時って裸の方がいいんでしたっけ」
「どうなのかしらね。良さそうなことは全部試してみなさいな。誰も否定しないわ。私もね」
少しだけ安心して、薄雲は宣言通り槍持ちに抱きつく。手を握っている時よりも、よりその冷たさを感じることになったが、布団を被っていればそれくらい耐えられる。むしろ、相手が姉なのだからこれくらい平気だと言わんばかりに、より強く抱きしめた。
それでも槍持ちは何も反応しなかったものの、自然と眠りについていった。夜の闇の中では眠るものと、本能的に理解しているのかもしれない。それが確認出来ただけでも、薄雲としては安心出来た。
その日、薄雲はまた夢を見た。感情が溢れた、その時の夢だった。槍持ちと触れ合ったことで、それを鮮明に思い出すことになってしまった。
薄雲はいわゆる報酬艦。大本営によって建造され、特定の戦果を挙げた鎮守府に贈呈される新たな戦力として生まれた。能力は一般的だが、その分器用に立ち回れる、安定感のある艦娘。それが薄雲。
その薄雲が報酬として配属された鎮守府は、まだ立ち上げて間もない場所。新参の提督が、秘書艦の手を借りながら四苦八苦運営しているようなところだった。
その秘書艦というのが、薄雲の姉、叢雲。その鎮守府では最高練度を誇り、凛々しくクールなその姿に薄雲は魅了された。そんな艦娘が自分の姉であるというのも誇りだった。
叢雲も薄雲は貴重な妹だと可愛がっていた。むしろ、その報酬を得るために提督を後ろから急かし、引っ叩き、何とか新人でも努力で勝ち取れるほどまでに仕立て上げたのだ。
そういう意味では相思相愛。恋愛とは違うものの、姉妹愛はその鎮守府でも他の追随を許さなかったと思われる。小さな鎮守府だし、姉妹が揃っている方が珍しかったくらいなのだが。
しかし、それは長くは続かなかった。
薄雲にとってはいわゆる練習航海。遠征などの訓練のために、長期間鎮守府を離れ、大海原をグルリと一周するコースを航海中のことだった。
薄雲のそれだからと、秘書艦であるにもかかわらず叢雲が引率するということになり、外海でも安全であるというコースを回っていた。2人でやっているわけではなく、他にも新たに鎮守府に加わった駆逐艦達が参加し、合計6人での遠征。
勿論緊急時のために武装も完璧。叢雲もその中でのリーダーとして、最大の練度を活かすための装備を整えていた。
その練習航海中に事件が発生した。これは後に、何処の鎮守府も予測出来なかった事件として大々的に取り上げられることになる。
練習航海のコースというのは、基本的には安全が確保されている
それなのに、その時に現れたのは、よりによって
叢雲は流石にまずいと判断し、早急に撤退を指示した。薄雲を含めた新人駆逐艦達は、半恐慌状態に陥りながらも叢雲の指示を全うしようと動き出した。
しかし、ネ級改が率いる敵艦隊の練度は、新人駆逐艦には荷が重すぎる。逃れようとしてもその手が届いてしまい、次から次へと沈められていく。仲間の死を目の当たりにして、さらに恐慌。負の連鎖が始まった。
薄雲はそんな中でも、
だが、そうなる前に最悪な事態が起きた。
叢雲がネ級改に致命傷を負わされたのだ。すぐに鎮守府に戻ることが出来れば入渠することで一命を取り留めることは出来たかもしれない。しかし、それすらも許されなかった。
その時に残っていたのは、叢雲と薄雲だけだった。その叢雲がやられてしまったことで、一番頼れる者が倒れてしまったことで、薄雲の心はバッキリと折れてしまった。
「私は……私は姉さんを守ることが出来なかった……」
仲間が全員目の前で死に、最愛の姉すらも倒れた。そうなったら、薄雲はもうたった独りになる。その孤独感に耐えられなかった。姉がいない世界に耐えられなかった。
そして、壊れた。
「嫌だ、独りに、独りにしないで、姉さん、助けて、助けてよ、姉さん、姉さん」
孤独感に押し潰され、寂しさが溢れ出し、それを具現化するように手が黒い泥に呑み込まれていった。
何が起きているかは理解出来なかったが、姉と共にここで死ねるならもういいやと諦めた瞬間、泥は一気に拡がった。泥に包まれ、繭となっていく間も、ずっと死にゆく姉の姿を見つめていた。
暗闇の中、薄雲は目を覚ました。酷い夢を見せられ、全身が冷や汗でビショ濡れだった。眠りながらも発作を起こしていたようで、側には心配そうな表情の戦艦棲姫がいた。
「大丈夫? 酷く魘されていたわ」
既にタオルを用意してくれていたようで、震えが止まらない薄雲を優しく撫でながら汗を拭いてくれていた。
「ひっ、独りに、独りにしないで……」
「大丈夫よ。貴女は独りじゃないわ。今ここには私もいるし、ほら、槍持ちもいるもの」
発作の最中でもしっかりと抱きついて離さなかった槍持ちも、薄雲のただならぬ状況に視線をそちらに向けていた。表情は変わらないものの、薄雲に対して何かしら考えているような仕草である。
「姉さん、姉さん…… 温かい、温かいです……」
縋っても、槍持ちは何も反応しない。しかし、そこにいてくれるだけでも、孤独感は今まで以上に払拭された。それがどんな存在でも、姉というだけで薄雲には満たされる存在であった。抱きついているだけで温かい。そう感じられる程に。
そしてここで戦艦棲姫は気付いた。
「待って。今
眠る前からずっと、槍持ちの肌は死人のように冷たいと話していた。風呂に入れても何も変わらなかったはずなのに、一晩薄雲と一緒に眠っただけで体温が上がっている。
その瞬間だった。
槍持ちの手が動き出したかと思うと、
「……そっか、壊れた子も、こうやって一緒に寝るなり何なりすれば、状況が改善されるのか」
死人のような肌の冷たさは、仲間の温もりで改善される。身体が芯まで冷え切っているから、感情なども凍りついている。
だが、このまま身体も心も温めていけば、何かしらの改善になるかもしれない。それに気付けたのは大きかった。
「姉妹でないと無理そうね……。槍持ち、ここに薄雲がいて良かったわね。貴女、
あくまでも憶測の域から出ないが、槍持ちの状況を一変させるのは、薄雲の温もりであると戦艦棲姫は考えた。
薄雲が決意したことにより、1人の深海棲艦が救われるかもしれない。
冷たいものは温めればいい。でも、温め方次第ではさらに壊れてしまうので、適切な処置をしなくてはいけない。