全身に黒幕の細胞を持つ魂混成組と叢雲の治療はどうにか終了。一時的に侵蝕された姿になるというアクシデントが起きているものの、ちゃんと意識をすれば衣装は好きなように変えられるのが深海棲艦だ。今は色合いが紅く染まっているものの元の姿に戻っている。
また、体内の卵のみを除去する側も、荒潮と島風による連携で終了。戦艦棲姫の艤装に羽交い締めにされた状態で波長を照射されることで、相当な熱量を受けながらも体内から黒幕の細胞は失われた。
「はぁ……酷い目に遭ったわ」
最後に処置をされたのが戦艦棲姫だったようで、飛行場姫による羽交い締めを受けた後。下手をしたら自身の艤装よりも強力な膂力でガッチリとホールドされていたのと、体内の卵が焼滅する熱でジタバタと暴れたことによって、思った以上に消耗していた。
戦艦棲姫だけでなく、処置を受けた者は全員が精神的に疲労を感じていた。最初に受けたジェーナスは、肉体的な疲労はもう回復しているものの、この場で自分と同じように熱で苦しんだ者を見れば、どうしても心が疲れるというもの。
「戦艦、おつかれ」
「ありがと。貴女も大分苦しんだわね」
「痛みは、やはり、辛いから」
空母棲姫も例外なく処置を受け、その熱による身体が焼けるような感覚に身悶えした。ジェーナスや薄雲とは違い、大型艦で戦い慣れしていない空母棲姫がそれを受けたため、誰よりも暴れてしまった。
戦艦棲姫の艤装だからビクともさせなかったが、その分疲れも人一倍だったようで、回復するまでに少々時間がかかった様子。もうこんなことは懲り懲りだと吐き捨てるように話していた。
「まぁでも、私達は軽い方ってよくわかるわ。あっち、もっと阿鼻叫喚だったみたいだし」
当然ながら、あれだけの騒ぎになったのだから、卵を除去している場所にもその声は届く。特に、最後に施術を受けたコロラドと叢雲は特に大きな声だったため、否応でもそちらに耳が向くものである。
最後に治療を受けたコロラドと叢雲も、気を取り直して服装を正した。どうしても細胞に混じった春雨の細胞の影響か、服装の何処かが紅く染まってしまう。コロラドは服そのものが、叢雲も普段使いのインナーがその影響を受けていた。
「明石さぁん、全員終わったわ〜」
「ありがとうございます。確認も終わったってことかな」
「おうっ、ちゃんと卵が無いことも確認したよ!」
島風が預かっていた単眼鏡を明石に返し、それはそのまま大淀の手に。そして、今回の治療を受けた者達をそれによって確認していく。
鎮守府での実験では完全に違う細胞へと変質していたのだが、深海棲艦の身体を介しての治療は今回が初めて。まずは完璧に失われていることを確認し、さらにまた細胞を分析して、本当に何事もないことが確定したらようやく決戦に向かえるようになるだろう。
ここは本当に慎重にいかなければ、最悪なことが起こりかねないのだ。ただでさえ、春雨の細胞と結合されそうになった途端に侵蝕と同様の反応がこの場で発生したくらいなのだから、この治療法が確立されていなかったら、現場でこれが起きていたということになる。
「皆さん、黒幕の細胞の反応はありません。これで決戦の場に立っても、何かしらの影響は無いでしょう」
少なくとも、この単眼鏡によって黒幕の細胞が、そしていつもの眼鏡によって端末による侵蝕が、体内に存在しないことが確認出来た。無論、施設周辺にそれが漂っているなんてこともない。
「これって後遺症って言えないかな……」
紅く染まったインナーを見て困った表情を浮かべる白露。実際この副作用、春雨の怒りの色を受け継ぐというのは、精神的に大きな影響を受けるような深刻なものではない。全身の細胞に混ざり合い、別のものになったことを表に出すかのように、その内側から出てきたモノを紅く染める。それだけ。
白露が試しに艤装も展開してみたところ、まるで春雨の義腕や義脚のように、うっすらと紅みがかっているのがわかる。やはり、ここにも春雨の細胞の影響が見えた。
それほどまでに、春雨の細胞が黒幕の細胞を
「まぁ苦痛なんて全く思わないし、むしろ救ってくれてありがとうなんだけどね。頭の中も書き換えられてるわけじゃないし、身体も全く不調無し。時間経過は必要かもしれないけど」
艤装を消した後、軽く身体を動かしても何も変わっていない。それどころか、
「ひとまず、また皆さんから細胞を一部貰えますか。何かあった時の対処法を考えられるように。何も無いに越したことはないですけどね」
決戦は間近だが、それでも万が一のことを考えれば、ここでは後のことを考えておくべき。そこは慎重に行かなければ、その身を滅ぼすことになりかねない。戦いが終わった後でも。
代表者から渡すとかではなく、全員が髪の一部や体液を提供。叢雲も嫌気を隠すことはなかったものの仲間に合わせた。ここまでされたのに後は放置なんて言われたら余計に怒りが溢れると、むしろ自分の最終的な面倒を見ろ、何かあったら殺すと言わんばかりである。
「ではこれで完全に終了です。お疲れ様でした。特に春雨は血液の提供ありがとう。貧血とか大丈夫?」
「はい、今のところは大丈夫です。体調不良はありませんね」
「でも、今日は安静にしてね。動いたらフラつくなんてこともあり得るから」
今回の治療でそれなりの量の血を抜かれている春雨は、今日の残りの時間はゆっくりと休んでくれとのお達し。出来ることなら精のつく料理を食べてもらいたいと、宗谷から貧血に効きそうな食材を提供される。中間棲姫もそれは喜んで貰い受けた。
実際、艦娘から採れるギリギリの量を貰っているため、明石としても心配ではあった。自然治癒力が艦娘よりも高い深海棲艦ならばさらに許容量が増えそうではあるが、それでもこれが何かの不具合のきっかけになったら目も当てられない。それこそ、これがきっかけで決戦に出られなくなったなんて言われようものなら、その責任は取れるようなものでは無いだろう。
「春雨姉さんの身の回りのお世話は、この海風にお任せください。今日は体調不良と同じように扱わせていただきますので」
「うん、それくらい徹底した方がいいかもしれないね。姉姫様、妹姫様、今日はゆっくりさせていただきます」
「ええ、大丈夫よぉ。特別に何かしなくちゃいけないことは無いんだもの。いくらでも休んでちょうだいねぇ」
春雨に限らず、細胞が混じった者達も経過観察の段階ではあるため、行動には慎重性が求められた。午後からはトレーニングの予定だったが、どちらかといえば身体に馴染んでいるかのチェックに使うことになるだろう。
白露の先程の確認から、艤装の動きも見ておいた方がいい。それこそ、施設から少し離れた場所で模擬戦なんてこともした方がいいかもしれない。
「他の全員のチェックもしたよー。誰にも黒幕の細胞は無いのを確認!」
そう話している間に、島風がこの場に集まった施設の者全員をチェックして、何事もないことを確認した。その素早さを遺憾無く発揮しており、手早く全てを終わらせる。これによって今回の治療と調査は全て完了となった。
「それでは治療は以上です。ここからは通常の調査隊の業務でどうぞ。私はこの場で確認出来るところは確認しておきます。危ないことがあったら今すぐ知っておくべきですからね」
簡易的な装置であっても、重要なことは調べられるようにしてきたということで、今貰った結合した細胞の調査はこの場でやっていくとのこと。ここで問題が見つかった場合は、この場ですぐに対処したいため。
問題点を持ち帰ったとしたら、最悪この場でおかしなことになる可能性だってあるのだ。勿論、今は大丈夫でも明日になったらおかしなことが起きているという可能性だってあり得る。馴染めば馴染むほどいい方向にも悪い方向にも向かっていくかもしれないのだから。
「……それじゃあ……近況報告、とかで」
山風もこういう展開になるとは思っていなかったのか、ひとまず普段の調査隊として、施設の状況把握に努めることにした。
この少し空いた時間、混成組はすぐに自分の身体にしっかり馴染んでいるのかの確認を始める。明石がまだここにいる時に、何かしらの不調が見つかった場合は、すぐに見てもらえるためだ。
わかりやすく自分の状況を知るには、まず艤装の展開。そこから自分の出来ることをある程度やっていく。海に出なければ出来ないことはそれもやる。岸に集まっているため、その行動に移るのも容易。
「それじゃあ出すわよ。波が立たないようにするつもりではいるけど、ある程度は自衛して」
まず真っ先に確認したかったのは、コロラドの白鯨。大きくスタミナを消費する代わりに、無敵に近いくらいの巨大な生体艤装を展開する荒業。
そして、合図と同時に展開。海上に見上げるほど大きな生体艤装が展開され、その質量の発生によって波も立つ。とはいえ、離れた場所からなるべく慎重に展開したことで、津波のようなことは起きなかった。
「……よく見ると、うっすら紅くないですか?」
「うん、前の合同演習で見たけど、その時は真っ白だったんだよね。でも今は影響を受けてるように見える」
白鯨と言われれば白鯨なのだが、その白い胴体に薄く赤みが差していた。むしろそのせいで血が流れているように見えるため、余計に生々しい表面となっていた。
だが、影響はそれだけでは無かった。白鯨をある程度コントロールしているコロラドが、自分に違和感を持つような表情に。
白鯨を消したコロラドが岸に戻ってきたところで、それにいち早く気付いた春雨が何かあったのかと問う。
「コロラドさん、何かありましたか?」
「いや、そのね、
この白鯨は、スタミナを大幅に消耗するために多用厳禁の裏技みたいなものである。今のように試しに展開しても、多少は疲れが出てしまうのが普通。ただでさえスタミナが足りないコロラドには、1日に2回くらい使うだけでもスタミナ切れを起こす。
しかし、今回の白鯨展開では、あまり疲れを感じなかったと話す。ピンピンしているというわけではないのだが、いつもは今の数倍はスタミナを持っていかれるとのこと。
「もしかして……あの、古鷹さん、艤装を展開して
「えっ、あ、うん、わかった」
春雨に言われ、古鷹も艤装を展開。レ級艤装を両腕で持ち上げ、大量の艦載機を吐き出した。施設近海の哨戒も兼ねた行動であり、以前に飛行場姫がやった全方向への哨戒機の展開まで。
さらには砲撃と雷撃を同時に放てるようにスタンバイ。今は陸の上であるためそんなことをするわけがないのだが、いつでも放てるぞという状態にすることで完全な臨戦態勢へと移行する。
視野が大きく拡がり、それを脳内で処理しながら全ての行動を意識する。さらには、自分の視界から入る情報も同時に演算して、砲撃を放つか魚雷を放つかのタイミングを図る。今はそれを戦場で行なっているわけではないので緊張感という追加要素が無いのだが、古鷹の中ではこれが一番疲れる行動。
「……あれ? 確かに、あまり疲れない、かも」
この中では特にスタミナ不足だった古鷹がこう言うのだから、これで1つの確証を得ることが出来た。
「治療でスタミナ不足がある程度解消されてるんじゃないですか?」
「かもしれない。午後から模擬戦をやってみた方がいいかも」
古鷹を筆頭とした致命的なスタミナ不足は、トレーニングで多少は改善されてはいたものの、それでもかなり厳しい問題ではあった。明石がスタミナ消耗を抑えるアイテムを作ることが出来ればなんて話していたが、それもまだ出来上がっていない。
しかし、この春雨の細胞が混じり合って新たな細胞へと変化したことで、異常なスタミナ不足が改善されたのではないかと感じた。
「調査隊のヒト達って、いつまでここにいてもらえるんでしょう。午後もいてもらえるなら、この場で演習をお願いしてもいいかもしれません」
「だね。ちょっとお願いしてみよう」
この古鷹のお願いを、調査隊は快く承諾。タブレットで鎮守府にも連絡し、午後イチに特別演習を組むこととなった。
古鷹が抱える一番の問題が、こんなところで解決する可能性が出てきました。