春雨の細胞の混合液を使うことによって、黒幕の細胞の脅威から脱却することが出来た魂混成組。治療後にその身体を確認しても、一片も残っていないことが確定した。
その後、その変化──春雨の紅に染まっているところを確認している最中に、異変を感じる。コロラドが白鯨を展開した時、いつもなら確実にある疲労をあまり感じなかったと言うのだ。
同じように古鷹も艤装を展開し哨戒機などを飛ばしたのだが、やはり疲労感が少ないということで、一度調査隊の面々と演習をして、身体の具合を確かめる方向となる。
「
「ですね。あの鯨は斬ること出来ませんし」
金剛と比叡はすぐに納得。細胞そのものが変質したというのなら、それを慣らすための時間も必要だ。自分達も、改装されたりした時は多少の慣らし期間を設けられるくらいだ。少なくとも半日は訓練や演習で慣らす。深海棲艦だからといって、それを怠るのはよろしくない。
そうなると、施設の者達は全力で戦いを挑んでくるだろう。そうなると、鎮守府側も全力で対抗する必要がある。しかし、今回治療を受けた者の半分は大型艦。コロラドと大鳳は言うまでもなく、古鷹も重巡の皮を被ったレ級なので大型艦扱い。白露と叢雲だって、駆逐艦と考えてはいけないレベルの力を持っているため、相手をするのもなかなか難しいところである。
ちなみに潜水艦姉妹は不参加。決戦に参加しないというのもあるが、戦い方がまるで違うため、演習よりは近海を泳ぎ回って身体を慣らしていく方針。午後からの哨戒に参加することでそれをこなす。
「
「デスネ。でも、制空権が必要になったらサラには動いてもらいマース」
「はい、勿論。全力で」
ニッコリ笑うサラトガだが、実際この中で一番の手練れである可能性がある。何故なら、あの武蔵を押さえ付けるほどの力を持っているのだから。
「あちらの出方次第で考えまショウ。例えば古鷹1人だったら、私と比叡で相手をしたりしマース」
「2人がかり、ですか?」
「Yes. 比叡はレ級相手に1対1で勝てるカナ?」
「あ、あー……そう言われると、厳しいですかね」
今の自分ならば、負けないだろうが勝ち切るのは少し厳しい。というのが比叡の回答となる。実際、戦艦レ級というのはそれ程に危険な深海棲艦だ。
古鷹は今や完全にその力を使いこなせる上に、艦娘としての考え方を持ち合わせているため、同じとして見るのは間違っている。さらに上として考えるのが妥当。ならば、2人がかりでちょうどいいくらいではないかと金剛は考えた。
それに、それ以外にも理由がある。
「まぁそれだけじゃないケド」
ふふんと笑みを浮かべる金剛。比叡は頭の上にはてなマークを浮かべるのみだった。
昼食後、話していた通り、治療された者達の慣らし運転のために模擬戦を行なう。
参加する者は施設に一切の被害が出ないくらいに離れた場所に集まった。鎮守府の者は宗谷を除く全員。施設の者は決戦参加組。そして、その模擬戦の戦場となる海の上空では、中間棲姫の哨戒機が飛んでいた。
今の時間は午後の哨戒の時間でもある。模擬戦に参加せずとも、施設の哨戒は続けられており、この戦場にも泥が迷い込んでくる可能性があることを考慮して進めてくれと、姉妹姫からのお達しである。
「これだけ離れれば大概のことが出来るわね」
「アンタの白鯨は邪魔くさいものね」
「アンタの馬鹿でかいLanceよりはマシなつもりよ」
叢雲とコロラドの煽り合いは相変わらずではあるため、もうスルーである。
「今回は慣らしなのはわかってマース。なので、やり方はそちらに任せてますネー」
ここで真っ先に行動を起こしたのは古鷹である。この模擬戦の言い出しっぺであり、一番のスタミナ不足を抱えている者。だが、治療の副産物でそれが失われているかもしれない。それを知るために、まずは自分がと率先して前に歩み出た。
「まずは私1人でお願いします。少しでも自分を追い込みたいので」
「Okay. では、相手は──」
「金剛さんと比叡さんでお願いします」
鎮守府側が言う前に古鷹が願い出る。この慣らしは、この2人でなければならないと。奇しくも金剛が話していた通りとなる。
「一応聞いておきたいんですケド、何故私達をChoiceしたんデス?」
問われると、古鷹はクスリと笑い、その理由を述べる。
「理由は3つあります。1つは、やっぱり自分の力が戦艦と同等になってしまっている上に、レ級となるとどうしても力の差が出てしまうので、
ここは金剛も話していたこと。レ級の力を十全に使おうとすると、どうしても小型艦相手では押し潰してしまう可能性がある。そのため、拮抗している2人がいい。
「2つ目として、因縁……と言っては悪い言い方ですが、お二人とは、その、戦ってるじゃないですか。そこでいろいろとありましたから、今ここでもう一度、改めて相手をしてほしいんです。武蔵さんはいませんけど」
古鷹が
その時の戦いは、古鷹としても嫌な記憶だ。混じっている2人の妹を盾にするような行為をしたこともだし、それによって温厚な金剛の真の怒りを買ってしまっていることも。だから、それを払拭するためにも、ここで
「3つ目は……本当に私情なんですけど、その、やっぱりこういう時は
少し恥ずかしげに話す古鷹に、比叡はなるほどと納得。古鷹の中にいる榛名が、その思いを強くしているようだった。今の古鷹にとっては、金剛も比叡も姉のようなもの。
決戦に向かうための調整ならば、そこは最も信用出来る者を頼りたい。勿論、施設の者達だって信用出来る仲間なのだが、姉という存在はさらにそれを行く。
金剛の思っていた理由は、むしろ後者2つである。敵対していた時の最後の戦いは、金剛にとってもあまりいい記憶ではない。そのせいで、古鷹が自分達に負い目を感じているのではとも思っていた。
お互いにその思いを払拭出来るのではないかと、古鷹との演習は自分がやるつもりで考えていた。合同演習の時にも手合わせしているのだが、こういうカタチではなかったため、これもいい機会だと思い、使わせてもらおうと。
「Okay. それなら私達が相手しないわけにはいきまセーン」
「ですね。気合、入れて、相手します!」
理由がわかったため、快く承諾した。
集まっていた者達から3人が離れ、改めて向かい合う。もう施設の島は水平線の向こう側。
演習に参加しない者達は、感知の眼鏡などを使って流れ着いてくる泥に警戒しながら、その戦いを見守る。
「それでは、よろしくお願いします」
古鷹が先に艤装を展開。今回は最初から全力を発揮するため、レ級の尻尾艤装と同時に、古鷹本来の右腕の艤装も扱う。その全てが紅みがかっているのは、春雨の細胞の影響。
「比叡、こちらも最初から全力デース」
「了解!」
金剛は盾を、比叡は刀剣を展開。金剛はともかく、比叡のそれは勿論模擬戦用の柔らかい素材。
古鷹にとっては、あの武器もトラウマの一部になりかけているが、逆に救ってくれた武器でもあるため、感情は相殺されている。
「では、行きます」
先制攻撃は古鷹。どれだけ離れていても、艦載機ならば容赦せずに攻撃が可能。
その万能さが古鷹のウリなのだが、今まではスタミナ不足によりこれが長続きしなかった。意地で終わりを先延ばしにすることも可能だが、後がキツい。しかし、今やこれだけやっても少しの疲労で済んでいた。
「数が多いネ……、比叡、私は三式弾で迎撃するカラ、Attackよろしくネ」
「気合、入れて、行きます!」
金剛がバックアップ。繰り出された空襲を最低限撃墜しながら比叡の道を切り拓き、その出来上がった道を刀剣を振りかぶって比叡が突撃。
比叡は突撃しながらも砲撃を欠かさず、2人がかりであるが故に攻防一体の連携となっていた。戦艦の猛攻はそれだけでも大きな圧があり、砲撃の威力も並ではない。いくら演習用の模擬弾だとしても、直撃すればそれなりの衝撃と痛みに繋がる。
「近付かれると困りますね」
当然、古鷹もいいようにさせるつもりはない。突撃する比叡に対し、砲撃と雷撃を同時に放つ。雷撃は正面に、砲撃はその回避先に。さらには尻尾と右腕、どちらからも砲撃が放てるため、その弾幕は本来の倍はある。
直進してくる相手には最も効果的なのだが、軽い砲撃ならば比叡は弾き飛ばしてしまう。幸いにも尻尾による砲撃は戦艦並みかそれ以上の火力があるため、弾き飛ばすことはかなり厳しい。腰を据えて斬撃に全力を使えば可能だが、突撃しながらでは無理と言ってもいいだろう。
「関係、なぁい!」
それでも比叡は突撃をやめない。どうせ砲撃は回避先にしか放たれていないのだから、真正面から来る雷撃だけを回避してしまえば前に進める。そして、雷撃は跳び越えてしまえばどうとでもなる。
だが、跳び越えるということは空中で無防備になるということにほかならない。そのため、比叡は即座に砲撃。向かってくる魚雷を全て噴き飛ばし、自分への脅威を全て取り払った。
「想定通りです。だからこそ!」
突撃は想定通り。魚雷が噴き飛ばされたことによって発生した水柱で比叡の姿が見えなくなるものの、回避先を砲撃で潰したのだから、そこを突き破って突っ込んでくることは想像に難しくない。
ならばそこを狙えばいいと、尻尾の砲撃をそこに向けて連射。それでも強引に斬り払われる可能性はゼロではないものの、確実に動きを止めることが出来る。突撃は回避可能。
しかし、砲撃によって水柱が失われたことで、そこで
今まで艦載機を処理していた金剛が、ここぞとばかりに突撃し、比叡すらも追い抜いて、その盾を使って砲撃を防いでいたのだ。衝撃は大きいが、守ることに特化した金剛ならば、それを真正面から受けてもビクともしない。むしろ、自分から突っ込んで衝撃を強くしても関係なし。
「っりゃあああ!」
ならば比叡は何処に行ったのかと思いきや、金剛を跳び越えて古鷹に肉薄していた。そのまま受けたら、真っ直ぐ一刀両断となってしまう。いくら模擬戦用の刀剣とはいえ、脳天から喰らうことになりかねないので、これは回避せざるを得ない。
ここで古鷹は、小さくバックステップをしつつ身体を捻り、尻尾の艤装で刀剣に噛み付くことでそれを食い止める。ガギッと嫌な音はしたものの、勢いを完全に殺し、比叡の膂力でも振り下ろすことが出来なくなった。
だがこうなれば古鷹は無防備に近い。ここまで接近出来たのならば、砲撃だって相当な威力になる。比叡は機転を利かせて主砲を構えた。
「やらせません!」
しかしここも古鷹は対応。右腕の艤装を使って主砲に対して先に砲撃を放つ。撃つ前に撃つことで、まともに照準を合わせられなくした。
「ヒエ!?」
「これならば……っ」
「No. 私もいますヨ」
だが、一瞬でも全艤装を比叡に傾けたことで、今度は金剛の突撃に対応が出来なくなる。しかも、砲撃ではなく盾による打撃。ただ押すだけでも、高速戦艦の速力が乗れば強烈な体当たりとなる。
魚雷を放とうとしても、古鷹の魚雷は今や尻尾の艤装から吐き出すカタチでの発射だ。比叡の刀剣に噛み付いている今、それも不可能。自由に使えるのは脚しかない。
「比叡を放してくだサーイ」
そして、盾を使った体当たりは見事に直撃。古鷹の身体は宙を舞い、尻尾の力も抜けたことで刀剣が解放された。
しかし、古鷹は抜け目ない。吹っ飛ばされた瞬間に、尻尾から魚雷をばら撒いていた。それも相当量である。姿勢が完全に崩れている比叡はともかく、金剛もこの距離での雷撃は簡単には避けられず、見事に爆発に巻き込まれて水柱に包まれることとなった。
「ンー、比叡は直撃ダネ。でも、私はちゃんと防げたヨー」
「その盾、凄いですね……」
結果として、金剛1人が立っているという状態になって演習終了。古鷹は敗北ということになったのだが、とても清々しい顔をしていた。
「まだ馴染んでないカナ?」
「そうですね、でも、まだまだいけますよ。やっぱり、みんなとトレーニングした甲斐もありますね」
ここまでやっても、古鷹は疲労の色を見せることはなかった。
春雨の細胞を取り入れたことで、スタミナ不足がある程度解消されたのは確かである。そして、それ以前に行なったトレーニングもしっかり効いていた。下地が出来ているからこそ、春雨の細胞はそれを引き上げている。
一番不安だった古鷹が、ここに来てデメリットを解消出来そうなため、戦力として数段上に上がりそうです。