空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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細胞の結果

 模擬戦をしばらく続けることで、魂混成組は今の力を身体に馴染ませる。大鳳はサラトガと航空戦を、叢雲は島風との一騎打ち、白露は妹達との久しぶりの殴り合い、そしてコロラドは白鯨を用いた鎮守府側からの大討伐戦を繰り広げた。

 ちなみに春雨はそれを見学するのみ。混合液を作るために血液を提供しているため、いくら深海棲艦だとしても安静にしておくというのが約束。それもあるため、海風も春雨の身を案じて傍から離れることはなかった。こうで無くても離れないが。

 施設側を1人として戦うだけでなく、団体戦も数回は繰り返す。鎮守府での合同演習では出し渋っていた全力も存分に発揮し、自分のスタミナの限界を知るために、何度も何度も演習を繰り返した。

 

 その結果、今までとは比べ物にならないくらいの時間を活動し続けることが出来ていた。これまでやってきたトレーニングでも、古鷹は真っ先にダウンしていたくらいなのに、今はまだ自力で施設に戻れるくらいの余力はある。疲れていないわけでは無いが、確実に戦える時間は延びていた。

 

「すごい、まだ動けるよ。かなり疲れてはいるけど」

「潮ちゃんとのトレーニングだと、今頃だともう立ち上がれていませんでしたもんね」

「うん、あれはまぁ全力疾走を延々とやらされるようなトレーニングだから極端だけどね」

 

 あのトレーニングのおかげで基礎の部分は鍛えられていたが、それでも極端なトレーニングではあったため、古鷹では追いついていくのがやっと。少しずつ時間は延びていたものの、決戦までに間に合うとは到底思えなかった。明石にその辺りをどうにか出来そうな装備を打診するほどである。

 だが、もうそれも不要と思えるほどになった。それでも十全とは言えないため、使える時間はトレーニングに使いたいと思っているようだ。

 

「相手すンのも大変だな……でも、こっちとしてもいい訓練になったンじゃね?」

「だな。あたいもまだやらにゃいけねぇことがわかってきたし。いい機会だったねぇ」

 

 特に相手をしていた江風と涼風は、身体中を模擬弾で汚しながらも充実した表情を見せている。この2人も決戦に参加する確率が高い者であるため、ここでもう一度深海棲艦との演習が出来たのは非常に大きい。

 

「またやりたい! 明日は鎮守府に来たり出来ないかな!」

「無茶言わないで。そっちはそっちでいろいろ手続きがいるでしょ」

「でも、今から戻って明日に呼ぶとか出来そうじゃない?」

 

 島風が結構な無茶を言うため、叢雲が呆れながら返す。とはいえ、今の鎮守府はそれくらいやってしまいそうだから恐ろしい。特に大将はその手の強めな権限を持っており、割と突発的にいろいろ決められる地位にいるようなので、島風がお願いしたら一言二言で許可を出してしまいそうである。

 

 とはいえ、施設側も今回の治療によって準備万端と言えるくらいにまで来た。ここまで来たら、演習では無く本番が近いだろう。

 ギリギリまで演習を繰り返したいのはわかるが、施設は施設で、この居場所を維持をするという最優先事項があるため、そうそう何度も呼べるものでもない。

 

「ともかく、演習も充分に出来たでショウ。次は演習か、もしくは()()か。それまでに、身体を崩さないようにしてくださいネー」

 

 金剛も大満足の結果だったようだ。中でも、古鷹に負い目が無くなったことが大きい。

 心身共に治療された施設組は、決戦では最も頼りになる仲間となるだろう。

 

 

 

 

 この後、軽めに事後処理を行ない、調査隊は帰投。明石の調査結果は追って連絡するとのこと。魂混成組の細胞を詳細に確認することは、今の環境では難しいようだ。ちゃんと鎮守府の工廠に戻ってから、いつもの3人で腰を据えて調査をする必要がある。

 時間的には明るいうちに戻れるくらいになるだろう。そこから調査するとなると、早くとも連絡は明日になるか。

 

 ひとまず全てが終わったため、全員で施設に戻る。その間に、演習中に島でやっていたことを全員に共有。

 

「明石ちゃんから、小型化したっていうバリアの装置を作ってるって聞いたわぁ。今までは治療薬に専念してたから開発に手が回せなかったらしいのだけれど、今回の結果が見れたから、すぐに作ってくれるらしいわぁ」

 

 鎮守府でも使っている泥除けのバリア。あちらでは動かせないくらいに大きく、その代わりに鎮守府全域を守ることが出来ているという優れ物。それを施設側にも提供したいと思っていたのだが、先に述べた通り、持ってくることが出来ないサイズであるために断念していた。

 だが、山寺鎮守府の明石との交流があったおかげで、必要最低限のシステムを組み込んだ持ち運び可能なシステムを開発中とのこと。もう決戦間近ではあるのだが、無いよりあった方がいいというのは確かであるため、たった数日のためになるかもしれないが作ってもらうことにした。

 

「哨戒中にまた泥が見つかったわねぇ。演習してる方には行かなかったから、こちらで処理しておいたわぁ」

 

 その理由がコレである。こうしている間にも、また泥の脅威が迫ってきているからだ。

 まだ処理出来る範囲内であるため、演習に参加していなかった者達が随時対処に向かっていた。これを鎮守府の面々がいる内に伝えなかったのは、やはり余計な心配をかけないようにである。まだこちらでどうにか出来るうちは、力をこれ以上借りることなく施設の者達だけで対処する方針。

 

「本当に頻度が上がってきてんだよなぁ。何処かで誰かが吐き出し続けてんじゃねぇのか? 何処ぞの観光名所みたいに」

「もう、竹ったら。でもそれくらいに思えるくらいに増えてきてるのよね……」

 

 松竹姉妹が話す通り、泥を見る頻度が日に日に増えてきているのは間違いない。そこそこ長めに行なわれた演習中にも別の場所で発見されたレベル。演習中に泥が乱入してくることは無かっただけで、施設が狙われているのは変わらない。

 今も帰投中の鎮守府の部隊が泥を発見している可能性がある。それくらいに向かってくる泥が増えている。『観測者』の対処も追いつかなくなる程の量。

 

「『観測者』がいなかったら、もっと流れ着いてるかもしれないのよね。そう思うと、アイツには感謝だわ」

「そうねぇ。あのヒトが私達を守ってくれているって実感出来るわぁ」

 

 実際、ずっと顔を見せていない『観測者』のおかげでこの程度で済んでいる。ここ最近は春雨も監視されているように思えないため、泥の対処に専念してくれているのだろう。

 

 それもこれも中立を保つため。黒幕を直接叩くことは出来ずとも、それに向かうための道はしっかりと使ってくれている。

 逆に言えば、『観測者』がここまで手出しをしてくれなければ中立にならないというところまで来ているというのもある。それほどまでに黒幕の力は強大。しかし、その姿も形も誰もわからないという徹底ぶり。引き篭もりここに極まれり。

 

「でも、こんなこともそろそろ終わるのよね。それまでが踏ん張りどころよ」

「みんなには苦労をかけるけど、もう少しだけの辛抱だから、みんなで乗り越えていきましょうねぇ」

 

 ここまで来ると、施設の団結力は非常に高い。絶対に屈することなく、この窮地を乗り越えてやるのだと声を合わせた。

 

 

 

 

 この日の残された時間は少ないのだが、演習を行なった者達と治療を受けた者達は休息をとる。春雨は休息を命じられたものであるため、素直にゆっくりとしていた。

 ダイニングでお茶を飲みつつ、心を落ち着ける。心身共に休み、次の日のための英気を養うのだ。

 

「皆さんは、変に具合が悪くなったりしてませんか?」

 

 春雨が気にしているのは、魂混成組の体調。()()()()()が入っているのだから、気にならないわけがない。

 演習ではその力を遺憾無く発揮し、従来以上の力を発揮しているようにも見えていたため、そのリバウンドが無いかどうかを確認していた。明石がいないので、これは施設内で知っておく必要がある。

 

「すこぶる順調だねぇ。演習で身体にも馴染んだ感じだし、むしろ今までより調子がいいレベルだよ」

 

 まず白露が語る。他の者のようにスタミナ不足のデメリットを持っていなかったため、その分余計に元気だと力瘤を作って見せるほどだ。

 

「私も別に何とも無いわ。黒幕の細胞が殲滅されたってなら気分もいいし」

 

 叢雲も同様。魂を混成されたわけでは無くとも、体内に黒幕の細胞を有していた者としては、それが失われただけでも充分だそうだ。気分がいいおかげで体調も良く、疲労感もあまり無いらしい。

 

「一番心配なのは古鷹さんだったんですが」

「うん、私も大丈夫。勿論疲れてはいるけど、時間が経ってもコレなら本当に調子がいいよ。あれだけ演習もやらせてもらったのにね」

 

 古鷹もそうだが、演習で白鯨を展開したコロラドもピンピンしていた。あちら側だった時は1回展開しただけで息も絶え絶え、それを破壊されて2回目の展開が上手く行かなかったくらいだ。それが、今回は3回以上の展開をしても普通にスタミナ切れを起こさなかった。

 

「これも全て春雨姉さんの力のおかげですね。黒幕の戒めから解放し、その力によって皆を導くとは、流石としか言いようがありません。辿り着く力というのは、自分だけでなく仲間をも辿り着かせるということなのでしょう。その細胞を体内に取り入れたのですから、スタミナ不足が失われた望むべき答えに辿り着いたのでしょうね。その細胞が身体の中にある限り、皆さんは常に春雨姉さんの()()()があるのです。これはもう皆さんも春雨姉さんを崇め、敬い、奉る必要があると海風は思います」

「海風やめてね。私はそんなことカケラも思ってないからね」

 

 しかし、細胞のおかげで黒幕の(くびき)から解き放たれたというのは事実である。誰もが感謝しているし、足を向けて寝られないくらいには考えている。叢雲だって、そこまでは思っておらずとも、春雨のその力には感心しているくらいだ。

 大鳳に関しては、元より春雨に敬意を払っているため、海風ほどでは無いにしてもかなり上位の方に見ている。女神と称しただけのことはあった。

 

「私としては、今日の夜がちょっと気になるのよね」

 

 お茶を啜った後、頬杖をつきながらコロラドがボヤいた。

 

「私は助かったけど、()()()()()()()()が何か言い出すんじゃないかと思うのよ」

 

 アイツらというのは勿論、コロラドに混ぜられている南方戦艦新棲姫と戦艦新棲姫の2人のこと。ほぼ亡霊のようにコロラドの中に滞在し、夢の中で対話が出来る特殊な存在。艦娘では無く深海棲艦が混じっていることによる、さらに特殊な状況。

 その2人は外側(コロラド)に何かしらの影響を与えることが出来るのだから、逆も然り。混合液を取り込んだことで発生したその感覚は、あちらにも伝わっている可能性はある。

 

「それくらい屈服させなさいよ。アンタが主導権握ってるんでしょうが」

「当然じゃない。文句を言ってきたとしても飼い慣らしてやるわ。ただ、思ってることくらいは言わせてやるの。巫山戯たことを言ったら上から叩き潰して()()するけど」

 

 叢雲の悪態にも即座に返す。心の余裕はコロラドの方が上。

 

「まずは一晩見てみるべきですね。眠って完全に落ち着いたところで、何か影響があったら困りますし。私としては何も無いことを祈りますよ」

 

 春雨としても、自分が当事者みたいなものであるため、これで何かが起きたらと思うと気が気でない。一部は明石の責任ではあるのだが、やはりそこは春雨の心の問題。

 

「大丈夫です。何と言っても春雨姉さんの細胞なんですから、悪いことには絶対になりませんね。むしろ前よりも強化されているくらいですよ。戦闘中に確実に春雨姉さんに感謝するでしょう。そしてやはり、崇め、敬い」

「海風ステイステイ。春雨が困ってるから」

 

 流れに任せると暴走してしまう海風を今度は白露が止めた。

 

 

 

 

 ひとまず治療は完全に完了。一晩置くというのは必要かもしれないが、もう残すのは最終決戦のみだ。

 




春雨細胞の効果は、古鷹がピンピンしていることが一番の成果でしょう。
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