最終決戦の日程が決まり、そのことが施設内でも展開された。明日になれば、施設の代表となる者達が早朝から出向し、少しの時間を島の外で過ごすことになる。
ここから少し離れることになるというのは、施設に馴染んだ者であればあるほど心細くなるものだが、参加者は黒幕への復讐心が強めな面々。心細さよりも使命感の方が強いため、この程度で崩れるようなことはない。
以前の春雨ならば、島から離れるだけで泣きじゃくるくらいに壊れていただろうが、今までの波瀾万丈な紆余曲折のおかげで、これくらいならば充分に耐えられた。そうでなければ以前の鎮守府での合同演習なんて行っていられない。
「出発は明日の早朝になるわぁ。だから、今日はトレーニングをするにしても程々にして、明日に向けて早く休んでちょうだいねぇ」
日が昇り始める頃にはもう島を出るくらいになるだろう。前回の出向の時から考えれば、それであちらの朝食終了に到着出来るくらいになる。
「短く見積もっても、2泊3日くらいになるかもですよね」
「そうねぇ。明日に眼鏡くんの鎮守府に到着して1泊、次の日に決戦で斃したとして、そこから真っ直ぐ帰るのは難しいと思うから1泊って感じかしらぁ。もしかしたらそれ以上になるかもしれないものねぇ」
順調に行ってそれだ。もしかしたら、鎮守府に到着したところで何かしらの不具合が発生する可能性だって無くはない。
何と言っても、その場所は黒幕の拠点に限りなく近い場所。出来る限りの治療と対策をしたとしても、それすらも潜り抜けてくる可能性が無いとは限らないのだ。
そうなってしまった場合、その原因解明に時間を使う可能性はある。そうならないことを祈っているが。
「あちらの鎮守府は歓迎ムードらしいから、気負うことも無いわぁ。部屋もしっかり用意してくれているみたいだから、もし何だったら枕を持っていくといいわよぉ。眠れないなんてことも無いはずだからねぇ」
枕が変わったら眠れなくなるなんていうことは無いとは思うが、初めての場所と緊張感のダブルパンチで眠れないなんてことはあるかもしれない。そういう時のために、枕くらいなら持っていくことはありか。
実際、この決戦の話題が出てから少しだけ空気がピリついたのは誰もがわかっていること。ついにこの時が来たのだと拳を震わせる叢雲や、ここまで得体の知れない敵を相手にすることに若干不安がある古鷹。心を落ち着かせようとグッと手を組むコロラドに、深呼吸をする大鳳と、どうしても戦いを意識してしまうことで緊張感を生み出してしまっている。
「いつも通りにやればいいよね。あたし達、ここまでめっちゃ努力してきたんだから。通用しない相手でもないでしょ」
ここで場を和ませようと少々軽めに話し出す白露。努力が通じないわけがないと笑顔で言い放つ。
「付け焼き刃なところもあるかもしれないけどさ、一方的に負けるなんて有り得ないね。それに、抵抗出来ずに再洗脳みたいなことも明石さんのおかげで無くなってるんだし。二度も三度もやられて堪るかっつーの」
強大な敵かもしれないが、ここまでやってきたのにそれでも届いていないなんてことはないと断言する白露。
それに合わせるように、春雨も声を上げた。
「ですね。ちょっと前までだったらダメだったかもしれませんけど、今なら不安はありません」
「ねー。相手が泥の塊だろうが島そのものだろうが関係ないよね。やれることをやれば、勝ちはあたし達の手の中だよ」
「はい、白露姉さんの言う通りです。……どちらかといえば、今は夕立姉さんかな?」
こういう好戦的で楽観的な物言いは、白露というよりは夕立に近い。どんな強大な敵にも物怖じせず、戦いを楽しむかのように突撃する白露型屈指の狂犬。白露は今、自分に混じっているその妹の気質で話していた。
おそらく、別の妹の気質であれば不安の方が大きくなっていただろう。真面目で慎重派な時雨の気質なら確実。のらりくらりと生きる村雨の気質でも難しい。白露本人の気質であっても、夕立よりはどうしても慎重にはなる。
だからこそ、ここでは緊張感を取り払う。後先考えない発言であろうが、この場ではこれが最も適していると信じて。
「そうですね、白露の言う通りです。出来る限りの脅威は取り払った上に、ここまで努力もしている。実を結ばないわけがありません」
そんな白露と春雨のやりとりを見て少し緊張感が薄れたのか、まずその言葉に賛同したのは大鳳。ここまでやってきたことが無駄になるわけがない。仲間達と共に駆け抜けてきた時間は、必ず勝利へと繋がる。
「当たり前よ。ここまで巫山戯たことをしておいて、タダで済むと思っていてもらっちゃ困るわ」
叢雲もその意思を見せる。元々武者震いをしていたようなものだ。ほんの少しだけ後押しがあれば、そのやる気は一気に噴き上がった。
「うん、大丈夫。相手がどんな敵かわかっていなくても、ここまでやってきたことは嘘じゃないもんね」
「Yes. 私達はこの日のためにここまで来たんだから。
古鷹もコロラドも自分を奮い立たせる。ここまで来たのは勝つため。ただ自分を強くするために鍛えてきたわけではない。明確な目標を持ってトレーニングを続けてきたのだ。
「春雨姉さんが負けるわけがありません。大丈夫です」
今までこういう時にはマシンガントークで周囲を呆れさせていた海風が、自信に満ちた表情でたった一言、力強く勝利を確信した言葉を発した。流れ続けていた春雨に対しての信頼を一言に凝縮しているだけあり、これだけでもあらゆる想いが伝わってくる。
「それじゃあ、決戦まで残り1日、自由に過ごしてちょうだいねぇ」
今日の作業は一切無しとした。農作業も漁も、1日くらいならやらなくてもいいくらいに資源はあるため、決戦前の最後の1日は仲間達と共に楽しく過ごしてもらいたいという姉妹姫からの計らいである。
言ってしまえばいつも通りではあるのだが、心持ちが違うため、こういう安らぎの時間はありがたいと春雨はゆっくりと過ごすことにした。
「何だかティータイムって久しぶりに思えちゃうね」
「でしょ? こういう時だから、初心にかえろうかなって」
午前中はジェーナス発案のティータイム。心を落ち着かせるにはこれが一番だとジェーナスが言い出し、施設の外で日の光を浴びながらの穏やかな時間となる。
参加者はおおよそ半数。哨戒や施設の維持のための作業は欠かせないため、残念ながら相席することは叶わなかった。しかし、決戦参加者の心を落ち着かせるために開かれた席なのだから、外部からの邪魔を排除するために動けるのなら本望だと笑顔で近海を監視しに向かった。
「ジェーナスちゃんの淹れる紅茶は本当に美味しい。私がここに来たばかりの時にも飲ませてもらったっけ」
「ええ、ウスグモと一緒にね」
その薄雲もティータイムに参加。叢雲の心を落ち着かせるのは、甘味以上に薄雲の存在である。今も薄雲手製のクッキーを振る舞われながら、ジェーナスが淹れた紅茶で心を落ち着けている。
今だけは溢れ続ける怒りも完全に抑えられており、穏やかな心でこの時間を過ごすことが出来ていた。
「私がここに来てからどれだけ経ったかもう覚えてないくらいだけど、ジェーナスちゃんが言う通り、初心にかえるのはいいね」
「あんまりこんなことを言うのはどうかと思うんだけど、あの時が一番平和だったじゃない。一度その平和な時を思い出して、それを取り戻せるように頑張ろうって思ったの」
春雨が施設に辿り着いた時が、施設としては最も平和だったと言えるのは確かだ。そこから事件に巻き込まれていき、今やここも戦火の只中と言える。こうやってゆっくりお茶会というのもなかなか出来ない。
「あ、は、ハルサメ、勿論ハルサメのことを責めてるわけじゃないのよ。こうなるべくしてなっちゃったんだと思うもの。むしろ、ハルサメがいてくれるから、またこういうことが出来ると思ってるんだから」
まるで春雨達が施設に住むようになったから戦火に巻き込まれたような言い方になってしまったため、慌てて訂正する。
今考えると、春雨がいてもいなくても施設は黒幕の脅威に晒されていた可能性は非常に高い。探し当てることがなかなか出来なくても、対策に繋がる手段が間に合わずに鎮守府もやられていたかもしれない。
むしろ、春雨がここにいたからこそ、鎮守府との繋がりが出来上がり、対策もハイスピードで出来て行った。それならば、春雨はこの施設の真の平和のためには必要不可欠だったのではなかろうか。
「ううん、今は忘れましょ。心を穏やかにして明日に臨むんだもんね。私が落ち込ませたら意味が無いわ。美味しいものを食べて、身体を休ませて。楽しんで楽しんで、英気を養ってね」
満面の笑みを浮かべるジェーナス。以前までのジェーナスならば、自分で話しながら自己嫌悪が溢れ出して発作を起こしていてもおかしくは無い。だが、それも無くなっていたのは、大きな成長だ。
それもこれも、ここまでの経験の賜物。侵蝕を受けたことでどん底まで落ち込んだ精神状態も、常に一緒にいるミシェルや、この施設の仲間達のおかげで、より強いものへと成長を果たした。だからこそ、それを十全に使って施設を守っていきたいと考える。
「ありがとう、ジェーナスちゃん。私、ジェーナスちゃんの分まで頑張ってくるよ。必ず勝って、みんなで帰って、また紅茶を飲ませてほしいな」
「
「これ以上になっちゃうの? それは楽しみだなぁ」
にこやかに進むティータイム。春雨はもう、怒りも寂しさも溢れない。穏やかに、決戦の日を迎えることが出来る。
ティータイムが続く施設から少し離れた哨戒部隊。今回は松竹姉妹と戦艦棲姫。そして、島から飛行場姫による哨戒機。
「やっぱり増えてんなぁ」
「そうね。また泥が見えるなんて」
朝からまた泥を消すことになっていた。日に日に辿り着く泥の量は増えており、対処が必須な状態が続いている。『観測者』だけでは間に合わないレベルになっているということは、竹が以前に話していた通り、泥を吐き出すために作られた敵もいるのかもしれない。
何せ、今やもうあちらは施設の場所を感知出来るようになってしまっている。それこそ、島を八方から包囲した状態で延々と垂れ流している可能性だってある。
「施設としても、最後の攻防戦はいるかもしれないわね。守りながらも打って出るくらいに考えないと」
「そうっスね。あいつらが明日出て行った後、どうにか誘き出してやりてぇっスわ」
「あまり危険なことはしたくないけれど、万が一のことを考えると、ちゃんと対処しておきたいですよね。脅威は無いようにしたいです」
施設側もやり方を考えなくてはならないだろう。ただ防衛に徹するだけでは終われない。泥の源泉を全て排除することで、島に対しての脅威を全て排除する。そこまでしなければ、黒幕を斃したとしてもまだどうなるかわからないだろう。
それこそ、源泉にされている者も卵が植え付けられているはず。黒幕を斃すことで命まで奪われるのならまだしも、それが暴走して第二第三の黒幕に生まれ変わられたら厄介極まりない。そのためにも、周囲の状況は確実に調べておく必要がある。
「戻ったら提案しましょ」
「ウス」
施設の方針も固まりそうである。守り続けるだけでなく、泥の脅威を根本から消すのだ。
守ってばかりでは後からまずいことになりかねないですからね。施設にはそれだけ出来る力もある。そこに援軍が確定しているのだから尚更。