午前中の哨戒でも泥を発見したことを姉姫に報告した松竹姉妹。飛行場姫はその瞬間を哨戒機から見ているため、この事実は知っており、決戦前の深刻な問題だと感じている。
「今からってのはしんどいかもしれねぇっスけど、決戦と並行で対処した方がいいっスよ」
「私も竹と同じ意見です。ここでどうにかしておかないと、もし決戦に勝てたとしても大変なことになるかもしれませんから」
松竹姉妹もその危険性は哨戒中に勘付いていた。もし泥を垂れ流し続ける何者かがいたとすると、もし黒幕を撃破することに成功したとしても、そちらに植え付けられた卵が何かしらの悲劇を引き起こすことを。
その場で命を奪われるかもしれないが、暴走して第二第三の黒幕へと変化を遂げてしまった時には最悪だ。せっかく斃したのに、この施設に泥を流し込むことが出来るくらいに近くにいる者が同等の力を持ってしまう可能性があるのだから。
「そうねぇ……何処かの誰かだとしても、その子も救っておきたいわよねぇ」
「ただ、アタシの哨戒機では見当たらなかったわ。それよりも離れた場所にいると考えてもいいでしょうね」
「私も見たことがないわぁ。空母ちゃんもよねぇ?」
たまたまそこにいて話を聞いていた空母棲姫も首を縦に振る。哨戒機を使って島の近海を見て回っている3人全てがその存在を確認出来ていないということは、かなり離れた位置からずっと泥を生成し続けているということ。無論、叢雲の感知にも引っかかっていない。
こうなると、何処にいるかを探すためには施設側も人海戦術を使うしかなくなるだろう。決戦に参加しないメンバーを総動員して、施設の平和を脅かす者の居場所をその日中に探し出すのだ。
「明日には提督くんのところから艦娘ちゃん達が来てくれるわぁ。それに、音声くんのところの監査の子達も来てくれるそうだから、頼ることになるわねぇ」
「本当に総動員で行くしか無いわね。せめて今日中には当たりをつけておいた方がいいかもしれないし」
近海と言っても、当然ながら海は広い。適当に探してもまず間違いなく見つかるわけがなく、だからといって何処にいるかわからないのだから、ローラー作戦で片っ端から見ていくしか無いだろう。
さらに言えば、敵だっておそらく移動する。陸上施設型だったらそうはならないが、泥の発見地点がまばらであるため、複数人いるか、常に移動をし続けているかのどちらか。どちらにしろ厳しい戦いであることには変わりない。
「1人だったらまだいいんだけれど、何人もいるとなったら怖いわねぇ」
「いるとしたら、1人……いや、
哨戒の話をしているところに割り込んできたのは春雨である。時間的にそろそろ昼食時。ティータイムも一旦終わり、昼食のためにダイニングに来たところで話し声が聞こえたため、思ったことを口にしたとのこと。
「何人もいたら、もっと泥が早く多く流れ着いていると思います。流石の『観測者』様も、複数人からの泥の流出を
「彼のやり方を私達は知らないから何とも言えないけれど、道化ちゃん達も入れると3人しかいないんだものねぇ。泥を撒き散らす子が何人もいたら、まず対処出来ないわよねぇ」
春雨が直感的に思ったことをつらつら述べていく。実際は、少し考えてみれば確かにと思える現状である。
例えば、島を四方八方から囲めるくらいの場所に泥を生成し続けるだけの敵が陣取っていたとする。それに対して、現状で動いているのは『観測者』一行の3人。その3人が常に処理をし続けているとしても、それだけ人数がいれば今頃もっと泥が流れ着いてもおかしくない。八方向の内の一方向しか抑えられないようなものだ。
だが、今は頻度は増えてきているものの、いきなり極端な量が流れ着くことが無いのだ。そこから考えるに、『観測者』一行に見つからないように移動しながら泥をばら撒いているか、それ以上のスピードで動き回ってばら撒いているかのどちらか。『観測者』の手が届かないなんてことは無いだろうから、このどちらかとしか考えられない。
「なので、1人じゃなくて2人以上が固まって動いているんだと予想します。その……言いにくいことですけど、
言われてみればと納得した。最初に戦った白露と古鷹もそうだし、直近だと龍驤は1人のように見せかけて、瑞鳳や黒潮達ドロップ艦を侵蝕して待ち構えていたくらいだ。最終的には1人になるが、最初から1人ということはなかった。
つまり、今この泥を垂れ流し続けているのは、1人ではなく1組。少なくとも2人はいるが、バラけての行動ではなく、常に連れ立っての行動。
「2人、もしくは3人かなと。それこそ、こちらの哨戒部隊のように」
「そいつらが泥吐きながら逃げ回ってるってことか。攻め込んでも勝ち目が無ぇから、泥で圧倒してガタつかせて。随分とお行儀のいいこって」
嫌気を隠そうともせず、竹が忌々しそうに吐いた。
「それでも『観測者』まで振り切るとなると厄介ね。『観測者』をまけるほど速いのか、それとも『観測者』すらも手玉に取れるくらいの
腕を組んで考える素振りを見せる飛行場姫。提示したどちらだとしても、戦いにくい相手であることは間違いない。まだ前者の方がマシではあるが。
「『観測者』様は『観測者』様で別のモノに手間取っている可能性もあると思います。あのヒトはあくまでも中立を守らないと命に関わるようなヒトですから」
「そうよねぇ。手を出しても構わないなら、あのヒトが黒幕をどうにかしてくれているはずだものねぇ」
むしろ、その中立性のせいでこうなってしまっているという可能性もあって複雑な気分に。
逆に言えば、中立性を以てして抑え込んだ結果がこれだとすれば、こちらにはまだ対抗出来る策があるということだ。本当に無理ならば中立が保たれていないため、『観測者』がさらに力を上げることになるはず。
「ともかく、こちらでやれることを全力でやらなくちゃねぇ。それなら、私はこの施設を守るために力を尽くすわぁ。みんなの力を貸してちょうだい」
「ったりめぇだぜ。オレ達の居場所を潰そうとする奴にゃあ絶対に後悔させてやるからよ」
「せっかくここまでやってきたんだもの。こんなところで潰されても困るわよね。私も竹と一緒に全力を尽くします」
決戦を前に、基本は朗報を待つのみだった施設組も居場所を守るために戦うことになる。
午後イチ、哨戒を始める前に、決戦に参加しない面々が集まって、当日の打ち合わせを実施。その時には北上組と監査組が来島してくれるため、戦力としてはかなり上がる。とはいえ、行き当たりばったりで進んでも時間だけが過ぎるだろう。大まかにでもいいので、泥を垂れ流している何者かの場所を知りたいところではある。
「今まで泥を見つけたところとなると、どの辺りになるかしらぁ?」
中間棲姫が纏めながら、一旦現状の情報を整理する。もしかしたら泥の発見場所に関連性があるかもしれない。
一応ではあるが、この島の周辺を海図のようなものにしてホワイトボードに描き、哨戒を繰り返した者達がそこにチェックを入れていくこととした。
「オレ達が今日見つけたのはココだ。あと前の夜に見つけたのはココとココ」
「私達もこの辺で見つけたわ」
竹とジェーナスが海図に書き込んでいく。鎮守府に帰投していく艦娘達も発見したと聞いているので、その航路上にもあると仮定してさらに記入。すると、自然と見えてくるものがあった。
「まんまるを描くぴょん?」
ミシェルが言う通り、配置されている場所が大体ではあるものの施設を取り囲むように円形を作り出し始めた。正確には円ではなく半円。鎮守府方面に弧が薄い形状。
「これは……大体鎮守府とは逆方向って感じねぇ」
「まだ範囲は広いけど、少なくとも捜索範囲が半分には絞れたわね」
全方位で調査することは無くなったとはいえ、まだまだ当たりをつけるには広大である。
そもそもこれが正解がどうかもわからない。泥が配置されているからこちらにいると思わせる陽動の可能性すらある。しかし、こう見えているのなら、こちらを調査せざるを得ない。そうしている間に島に近付こうだなんて考えているかもしれないが。
「私達はこの島から出られないから、他のみんなで見てきてもらうしか無いわぁ。少なくとも、この範囲は哨戒機を飛ばして見ておきましょうかぁ」
「そうね。哨戒機の範囲から外にいるとは思うけど、やらないよりはマシね。アタシとお姉は島から飛ばす。空母、アンタはアタシ達の哨戒範囲から外に飛ばせるように、海に出てちょうだい」
「わかった。超高高度で、いいか」
「ええ、見えないところを見えるようにお願い。今回は島を守るだけじゃなくて、敵に打って出るんだから」
姉妹姫は、あくまでも島から出ずに。しかし、空母棲姫はその機動性を活かしてさらに広範囲を確認する。
それに加えて、海上と海中の調査を実施する。今回の泥は海中でも発見しているため、その敵の部隊に潜水艦が交じっている可能性は非常に高い。
「ヨナ、あと姉妹、海の中はアンタ達にかかってるわ。頼んだわよ」
「任せて」
「ここを守る」
「大丈夫、ヨナも頑張るヨナ」
潜水艦姉妹が力強く頷く。この施設を守らなければ、親身になっている潮が恐怖でまた壊れてしまう。それだけは許せない。それ故に、持てる力全てを尽くす。
伊47も当然、施設を守るために戦う。今はどちらかと言えば辛い状況、どんなに仲間達と交流があっても、幸せアレルギーは発症しない。ならば、何処までも全力を出せる。数少ない潜水艦としても、伊47は屈指の力を持っているのだから、姉妹姫も頼りにしていた。
「あとは、うまく均等に割り振って外に向かっていきましょう。細かいことは明日、鎮守府から艦娘ちゃん達が来たら決めましょうねぇ」
北上組と監査組は、それだけでも大きな戦力だ。特に、いろんなことをのらりくらりとやってのける北上は、ここでの作戦なども立案してくれるだろう。やる気がないように見せかけて、屈指の頭脳派である。本人は否定するが。
「それじゃあみんな、よろしくねぇ」
全員がおーと腕を上げる。施設を守るため、より一層全員のやる気は上がった。
「まさか、こんなことになるなんてねぇ」
全員がまた各々の持ち場──この日は休息と哨戒──に戻り、中間棲姫も施設近海全域に哨戒機を飛ばす仕事を進めながら、ポツリと呟く。
ずっと維持されていた平和が、ことごとく脅威に晒されているのはどうしても辛いし悲しい。しかし、それを守るための力が自分にあることも理解している。ならば、戦いたくなくとも戦わなければならないだろう。
「でも、みんなのためなら頑張れるわぁ。そのためにも、哨戒をしっかりやっていきましょ!」
意気込みも新たに、中間棲姫はその力を遺憾無く発揮した。今までに無い程に哨戒機が飛び回り、休息している者達は何が起きたのかと驚いたという。
黒幕どころか、泥を吐き出す輩も何処にいるかわからない現状、施設はついに人海戦術へ。