空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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末妹の悩み

 一方、堀内鎮守府。最終決戦までの残り1日は、最後の詰めに使っていた。決戦出撃メンバーに選ばれた者はギリギリまで自分を鍛え、最高の状態で明日に臨む。

 特に力を入れていたのは、北上からその才を見出だされ、今は武蔵に鍛えられている涼風。恐ろしいことに、一切兵装を装備せず、ただひたすらに回避をし続けるというトレーニングである。回避性能を上げ、涼風が持つ力を120%引き出せるように身体に教え込んでいた。

 

「っべぇ……頭痛くなってきやがったぜい」

 

 回避は出来ても、そうするために頭を使う。それを長い時間繰り返していれば、自然と頭が痛くなってくるもの。涼風はそこに、電探を使って周囲の状況を把握しつつ、今までの経験と照らし合わせた先読みまでしているため、余計に頭を使っていた。それに加え、武蔵のあまりにも容赦のない猛攻を必死に回避することになっているため、身体的な疲労も相当なもの。

 しかし、涼風は一度も音を上げていない。むしろ、もっと激しくていいと言い続けた結果が、武蔵の全力である。模擬弾でも当たればかなり痛く、駆逐艦の身体では吹っ飛ばされることもある。それでも、自分を追い込むことでより強い力を得ようと努力している。

 

「涼風よ、貴様のその意気込みには感服する。だが、少し休もうか。頭が痛いんだろう」

「え、わかるのかい」

「わかるさ。この私を誰だと思っている。吹雪の頭痛の主だぞ。他人が頭を痛めているタイミングを理解することなど造作もない」

 

 笑いながら言うことでは無いだろうと呆れながらも、気遣ってもらえたことは素直に喜び、ならばお言葉に甘えてと休憩に入った。

 既に涼風は全身が模擬弾でビショビショ。強烈な砲撃を何度か直撃しているため、少し打身のようにすらなっていた。

 

「いてて、重いの貰っちまってるから、結構身体中痛ぇや」

「それでも頭はしっかり回っていたようで何よりだ。どうだ、視野は拡がったか」

「おうさ! 前よか大分見えるようになったよ。みんなのおかげさー」

 

 武蔵に鍛えてもらう前からも仲間達に協力を仰ぎ、経験と視野を拡げ続けていた。合同演習でもその場に立つことも外部から眺めることもさんざんやった。明石に作ってもらった最新の電探を使いこなし、北上に見初められた空間把握能力も鍛え続けている。

 それでも足りないと、出来ることは全てやる。今はあらゆる方向性の艦娘がここに集まっているのだ。武蔵の前には島風とも演習を繰り広げ、その速さに目を慣らしている。

 

「その空間把握は、私のところの吹雪に匹敵するほどだろう。誇っていいことだ。身体能力も随分と上がっていると思うぞ」

「そうかな、でも、あたいにゃまだまだ上があるはずなんだ」

 

 ほんの少しだけ俯いたように見えたが、小さく首を振ってから笑顔を()()

 

「あたいは白露型の末っ子、どうしても姉ちゃん達にゃ力が劣る。白露姉や海風姉みたいな統率力も無けりゃあ、夕立姉や江風みたいなパワーも無ぇ。五月雨みたいに秘書艦やれるほど上手く立ち回れないし、山風姉みたく仲間の感情を読み取るみたいなことなんて以ての外だ。時雨姉みたく冷静でも、村雨姉みたく器用でも無ぇ。努力の数でも、春雨姉にゃ絶対勝てねぇ。多分、白露型の中じゃあ一番下っつっても過言では無いと思ってる」

 

 笑いながら自虐的な言葉をツラツラ並べる。そして最後に、それを振り払うために自分を鍛えると。

 実際数値化すると、涼風の力はどうしても9人の姉よりも若干劣る部分はあった。春雨と五月雨を除いた姉達は改二改装も施され、差は広がる一方。五月雨は秘書艦という立場と無意識ながらのパワーアシストのコントロールというとんでもない才能があるし、春雨に至っては言わずもがな。今やこの戦いのキーマンだ。艦娘の時からも努力の結果が姉達に追いついて第一線を駆け抜ける存在である。

 そんな姉達の背中を追いかけ続けていた涼風。古参ならではの経験の数と、全ての姉を見続けてきた視野、そして学んできた戦闘術で格段に強くなってきた。

 

「たはは、あんま弱気なとこ見せたくないんだけどさ、どうしてもさ」

 

 しかし、これだけやってもコンプレックスというのは簡単には治らない。自分に自信があるような物言いをしても、内心ではそんな自分ではまだ足りないと力を求める。これはもう()()の類だ。

 この渇望は、この事件が始まってから急激に涼風を蝕んでいる。最初はまだ良かったのだが、勝てるかもわからない、存在すらも曖昧な黒幕という不明瞭な敵との戦いで芽生え、決戦間近となったことでそれはもう溢れるのではないかという程になっていた。

 

 そんな涼風を目の当たりにして、武蔵は涼風の頭を撫で回す。グワングワンと頭がシェイクされて目が回りそうになった。

 

「うおおお!?」

「貴様は何処まで謙虚なんだ。いいか、よく聞け」

 

 ひとしきり撫で回した後、視線を合わせるようにしゃがみ、肩に手を置いて武蔵は涼風を見つめる。その真っ直ぐすぎる視線に涼風は目を逸らしそうになるが、よく聞けと言われたのだから見つめ返す。

 

「確かに貴様には改二改装は無い。それは事実だ。だが、それで上下関係が決まるわけがなかろう。現に、貴様は仲間達に頼られている。自覚するべきだ」

「あたいが頼られてるのかい?」

「当然だ。これはあまり口外するなと言われていたんだがな、貴様がそういう思いを持っているのなら知っておくべきだと、私は()()()判断する」

 

 それは、この大詰めの演習が始まる前のこと。涼風が武蔵に鍛えてくれと願い、武蔵もいいだろうと快く承諾した直後。涼風が準備をすると工廠に駆け出していった後、武蔵に駆け寄ってきたのは山風だった。そして、武蔵に涼風に対する思いを伝えたのだという。

 

「貴様のその視野の広さには、山風も信頼を寄せていると言っていたよ。山風はあくまでも顔色を窺うことに特化しているようなモノだと、自分で話していた。対人関係での感情の起伏は誰よりもいち早く反応出来るが、それだけなのだとな。だが貴様は違う。全てに対して反応出来ている。手合わせして、私も貴様の実力には驚かされた」

 

 今まで何度も演習やトレーニングに付き合ってもらっていたが、今のように1対1(タイマン)での演習は初めてだった。そんな武蔵も、涼風の視野の広さ、空間把握能力に驚いていた。

 本来の居場所である大将の鎮守府で度々吹雪と演習をしている武蔵だが、その時と似た感覚を得ていた。吹雪まで洗練されているものではないかもしれないが、それでも匹敵するのではないかと。

 しかし、この姉に対する少し後ろめたい気持ちというものが、本当の力を発揮するのを邪魔しているようにも思えた。無意識にセーブしているというか、強くならなくてはと気が急いているせいで本領が発揮出来ていないというか。そして、そのせいで追いつけないと思いさらに悪循環を始める。

 

「この武蔵が認めてやろう。貴様のその実力は、姉妹にも認められる程に高まっている。だが、今まで一度も本気が出せていないだけだ。山風はそこまで看破していたぞ」

「うおお……流石っちゃ流石だなぁ」

「だから、貴様に自信をつけさせてほしいともな。おっと、これは言わない方が良かったか」

 

 クククと笑いながら話す武蔵。だが、涼風はそこまで考えてもらえていることを知ることが出来たため、気持ちの入り方が違った。

 

 むしろ、山風からは頃合いを見て自分がこういうことを言っていたと口外してくれとも頼まれていたのだ。口外するなという体裁で。武蔵はその策に乗ったに過ぎない。

 

 涼風のエンジンは、これまでずっとかかりきっていなかった。それは山風から見ても明らかだった。北上に見出だされることによって戦い方を先鋭化させてきたが、それでもまだ足りない。気持ちが乗っていないのだから、本当の力は発揮出来ない。

 だが、ここで最後の一押し。武蔵というわかりやすく最強の一端に認められること、そして、背中を見つめ続けている姉達から頼られていること、これを自覚出来た時、涼風の奥底に眠る真の力が表に出てくる。

 

「そっか、あたいはちゃんと出来てたんだ」

「当然だ。むしろ、ちゃんと出来ていない時なんぞ一度たりとて無かったろう。なんだ、死と隣り合わせの戦場で手を抜いていたのか貴様は」

「そ、そんなわけあるかい! あたいはずっと本気も本気だったさー! ぶっ斃さなくちゃいけねぇ奴にも、救わなくちゃいけねぇ奴にも、出せる限りの全力を出してたさ!」

「ならば、自覚しろ。貴様は頼られている。貴様は弱くなんてない。山風だけではないぞ。江風も、荒潮も、貴様のことを頼りにしている」

 

 姉妹で馬鹿をやっている江風はともかく、荒潮もかと涼風は驚いた。海風が抜けて3人となった駆逐隊に編入された天才すらも、涼風のその力には敵わないと武蔵にこぼしたそうだ。

 

 荒潮が天才的なのは成長性。ありとあらゆる技術を取り入れ、砲撃も雷撃も対空も対潜もあっという間に身につけた。しかし、空間把握能力に関しては年季の入った涼風にはまるで追いつけない。それは当然、実践経験の差が響いている。

 それ故に、荒潮はその自分に足りない部分を仲間に頼る。涼風にだって当然頼る。むしろ羨ましがっているかもしれない。持ってないものを持っていて。

 

「貴様に面と向かって話すことは無いだろうな。だが、私経由ならばいくらでも言うだろう。それだけ私は奴らのトレーニングに付き合っている。休憩中にその気持ちを吐露することくらいある。疲れ切っているから自分を隠す余裕すら無いようだ」

 

 ここまで暴露してしまっていいのだろうかと涼風は逆に引いているくらい。これからあの仲間達とどうやって顔を合わせればいいのか困るレベル。

 

「いいか、涼風。貴様は貴様が思っている以上に力を持っているんだ。先程も言ったが、この武蔵も認めている」

「……そっか、そうだね。うん、そんなに言ってもらえてるなら、あたい、もっと自信を持ってみる」

 

 涼風はもう自分を弱いなんて思わなくなるだろう。ここまで思いを伝えられたのだから、それに応えなければならないと。だからといって力んでしまっては意味がないのだが。

 それを解すためか、武蔵はニヤリと笑って軽く押して突き放す。

 

「それを今、証明してみせろ」

 

 ここまで話していたのだから休息は取れたなと、武蔵は全開で艤装を展開。今すぐ演習再開だと言わんばかりに砲撃を放つ。

 

 だが、みんなの思いを受け取った涼風は、鍛えられたことによる身体能力と、これまでの実戦経験を一気に解き放ち、次の行動を即座に計算、全砲撃に対して最も適した回避方法を選択し、全てを紙一重で避けていた。

 もしこの武蔵の攻撃に泥が含まれていたらという考慮までして、その水滴が一雫も身体に付着しないギリギリの場所。体力まで温存した、その時のベストな動き。

 

「ほう……今だけは吹雪と同じだったぞ。ハッハハ! 面白い、面白いな涼風!」

「急にぶちかましておいて高笑いとか頭おかしいんじゃあないかい!?」

「褒め言葉だなぁ!」

 

 明日の決戦に向けて、大詰めの演習は続く。

 

 

 

 

 涼風はもう大丈夫だ。頼られていることを知り、それに応えたいと真の力を発揮出来るようになった涼風は、もう手がつけられなくなるだろう。

 




だから涼風に改二をください(切実)
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