空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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それぞれの決戦前夜

 決戦前夜。本当の前夜は施設の者達と堀内鎮守府の面々が大塚鎮守府に到着してからになるのだが、施設からしてみれば明日早朝から始まる最初で最後の大きな戦いとなる。

 決戦に向かう者だけでは無い。施設に残る者達も、島に迫る泥を対処するためにその源泉を叩きに行くつもりだ。

 

 ある意味、施設側からしても二正面作戦。攻撃の部隊と防衛の部隊を切り分け、同時に作戦を実行する。

 

「明日のために英気を養いましょうねぇ。リシュリューちゃんとコマちゃんが、腕によりをかけて作ってくれたわぁ」

 

 食卓に並べられたのは、歓迎会以上に豪勢な夕食。ここで気持ちを高め、風呂で身を清め、グッスリと眠ることで最高の状態で決戦に挑むため、まずは最高の食事から。

 勿論、この料理を作ったリシュリューとコマンダン・テストも防衛戦に参加することが決まっているのだから、同じように英気を養う。

 

Bon appétit(めしあがれ). これで力を蓄えて、明日は必ず勝つわよ」

Viande(お肉)もしっかり使わせてもらいました。これでVitalité(活力)も完璧、です」

 

 フルコースを一度に全部並べられているかのような豪華さに、みんなが目を輝かせながら着席し、思い思いに舌鼓を打つ。これまでに無いくらいに美味しく感じ、またこの食事を食べなくてはと思うほどに力が湧いてくる。

 それも目的だ。名残惜しいくらいに美味しい料理を食べることで、この世に大きすぎる未練を与える。まず無いとは思うが、命を懸けて戦うなんてことはしてもらいたくないという思いの表れでもあった。

 

「全部終わったら、またみんなでこうやって食べましょうねぇ。今度は祝勝会で」

「そうね。そのためには、誰も欠けちゃダメよ。怪我くらいならまだ治るからいいけど、命だけはどうにもならないもの」

 

 姉妹姫の言葉に、仲間達は全員強く頷いた。この美味しい食事をまた食べるため、誰も欠けることなく決戦を終えると誓う。この施設では、それが一番の平和。それを取り戻した証となるのだ。

 

 

 

 

 本日の深夜哨戒の当番は、薄雲、黒潮、瑞鳳に、島から空母棲姫。空母2人体制で近海の哨戒を強め、泥の接近をいち早く気付くために動く。明日に備えている深夜に泥に襲われるだなんて笑えないことにならないように、むしろ今まで以上に警戒を強めた。

 

 一方、明日の決戦組はお風呂で身を清め、あとは眠るのみとなった。豪華な食事で満腹となっているため、自然と眠気も訪れる。

 朝早くから動き出すことが確定しているので、眠れる者はいつもよりも早い時間から眠ればいいと中間棲姫が話していた。それに反する理由なんて何処にもない。

 

「……いよいよ、だね」

「はい、ついにです」

 

 ベッドの中、海風と向かい合う。今まで長く続いてきた事件も、明日で終わらせるのだ。眠気はあっても、少し昂揚していた。

 

 今はもう眠る直前であるため、海風は右腕を、春雨は四肢全てを消している。そのため、海風が春雨に温もりを与えるために腕枕のように手を回している状態。春雨は今はほとんど発作を起こさないが寂しさを払拭出来て、海風は依存を満たすことが出来る、いつも通りの眠る体勢。

 それでも、今は目を瞑ることなく最後の夜を惜しむように話をする。いつもならこうやって話している間にどちらか──大概は春雨──が眠りに落ちて、そのまま朝へというのが定番。

 

「最初の頃から比べると、もうあの時の私は影も形もないような感じに思えちゃうけど……」

「そんなことはありません。春雨姉さんは春雨姉さんです。幾分か変化はありますが、根幹は何も変わっていません。私が保証します」

 

 外見だけで言えば、最初の頃──施設に繭として流れ着いた頃──からはかなり変わってしまった。わかりやすいのは両腕。それ以外にも、瞳の奥に宿る怒りの焔や、その怒りを表すかのように紅が交ざる服装。それに、今は鳴りを潜めているが、表情も当時よりは冷たいモノになってしまっている。

 だが、その根幹の部分。真面目で心優しく、仲間思いな春雨は、これだけの波瀾万丈な生き方を強制されても失われることはなかった。溢れた寂しさの中には仲間を切実に求める思いが強く、溢れた怒りの中でも仲間に対しての思いは焼滅するようなことは無かった。

 

 春雨は、春雨のままで、今を生きている。海風はそう断言した。

 

「この戦いが終われば、春雨姉さんはより穏やかになれます。逆に言えば、黒幕が存在している限り、春雨姉さんの心はどうしても曇ってしまうでしょう。私は、海風は、春雨姉さんにはいつも心が晴れていてほしい。勿論、春雨姉さんだけじゃない、この施設の仲間達にも、鎮守府の仲間達にもです。黒幕の脅威が無くなれば、みんな笑顔になれるでしょう。私はそのためにも、全力で戦いたいと思います」

 

 海風も黒幕には深い憎しみがある。愛する姉に対して叛逆させられたという、絶対に許すことが出来ない恨みが。それがある限り、海風は見た目は開き直れていたとしても春雨に対して申し訳なさが出てしまう。それも黒幕が斃されれば多少は気が晴れるだろう。

 

「うん、私も頑張るよ。みんなのために」

 

 春雨も黒幕に対しては許さない程の怒りを持っている。その怒りが晴れれば、さらに穏やかに日々を過ごすことが出来るはずだ。

 

「そのためにも、しっかり寝て、万全な状態で明日を迎えなくちゃね」

「はい。それではいつものように失礼して」

 

 抱き枕のように春雨を抱き締める。その温もりに春雨は癒され、その存在に海風は癒される。いつもの通りではあるのだが、決戦前ということでそれはとてもよく染みた。

 

「……頑張ろうね」

「はい……姉さん、死なないでくださいね」

「当たり前だよ。死んだら美味しいご飯が食べられないもん」

 

 冗談めいた春雨の言葉に、海風も笑顔。少し前まではこんなことすら言えないくらいに怒りに呑まれていたが、今ではそれも薄くなっている。

 

「全部終わらせて、鎮守府に戻って、たまにこの施設に帰ってきたりして、楽しく生きたいって思うよ。そのためにも、みんな無事で終わらせよう。そういう海風も」

「死ぬわけがありません。春雨姉さんを置いて逝くわけにはいきませんから。もう()()()姉さんを悲しませません。私は、海風は、これからもずっと姉さんの傍にいますので」

「……うん、お願いね。ずっと一緒にいてね」

 

 少しだけ寂しさが表に出始めていたが、温もりですぐにそれも薄れる。

 

「それじゃあ、また明日。おやすみ、海風」

「おやすみなさい姉さん。いい夢を見られることを祈ります」

「海風もね」

 

 そしてそのまま眠りにつくことになる。2人ともこの夜は穏やかに眠ることが出来た。

 

 

 

 

 鎮守府の夜。作戦前であることから、こちらも決戦参加組は早めの休息。今日を最後の詰めとしていた者は多く、その疲れを取るために誰も夜更かしなんて考えていなかった。いつもはそれなりに夜の時間を楽しんでいる涼風も、ギリギリまで演習を続けていたためか、何をするでもなくすぐさま眠りに落ちてしまうほど。

 

 そんな中でも、徹夜とは言わないものの遅くまで明日の準備を続けている者がいた。決戦に参加しない代わりに、全員のバックアップをしている明石である。

 

「よーし、これで大方終了かな」

 

 軽く汗を拭って作業を終えた明石。ズラリと並ぶ装置は、施設のために作られたバリアの小型版。これがあれば、突然泥が島に押し寄せても、ある程度は守れるはず。八方に配置することでほぼ隙間なくガードが出来るようにはなった。

 ちなみに予算は大将持ちである。全てが終わった後は解体して別の装置へと生まれ変わるのだとか。

 

「これで島は大丈夫、のはず。みんなの装備の調整は終わってるし、龍驤の改修も」

「終わっとるで。黒幕の泥のデータも入れといたわ」

「オッケー。これでRJシステムの効果範囲が増えたね」

 

 明石がこの時間まで仕事をしているということは、龍驤もそれに付き合わされているということになる。妖精さんの身体であるため、休息の時間は艦娘よりも少なくて済むのだが、それでも決戦メンバーみたいなものなのに遅くまで起きているのはよろしくないので、ここまでやったら明石と共に休息に入る。

 

「これはウチが敵に近付きゃ全部吹っ飛ばせるんか?」

「基本的には仲間を守るためのシステムにはしてるんだけど、効果範囲内に入れれば侵蝕されてる相手を解放することは出来ると思う。ただ、あちらも流石にもうセーフティ仕込んでそうだよね。黒幕本体をシステムで消し飛ばすなんて簡単なことは出来ないと思ってるよ」

「せやろなぁ。それが出来りゃ苦労はせんわ。少なくともアレやな、敵対するモンを弾く結界は、ウチの力で消し飛ばせるやろ」

 

 今までの侵蝕されてきた者のような存在ならば、RJシステムを使えばその侵蝕を引き剥がすことは出来る可能性が高い。少なくとも、仲間達が侵蝕されることは無いように調整はしているため、そこは心配ないのだが、()()()()()()()()()()を対象にすることは考えていなかった。

 とはいえ、今までのシステムの集大成ではあるから、何かしら効果が出ることは予想が出来る。それこそ、泥刈機のシステムも踏襲しているのだから、海上に浮かんでいるような泥でも消し飛ばすことが出来る。端末による侵蝕は無いと考えてもいい。

 

「あの黒幕の卵が領域内でどうなってるかって感じやな。あの細胞のデータは突っ込んどるけど、それこそウチがどうにか出来るかもしれへんし、どうにも出来んかもしれん。あの波長出す懐中電灯はある程度使っとるんやろ?」

「勿論。近接戦闘出来るヒトに持ってもらおうと思って、4つは作っておいた。ただ、孵化した卵がどうなってるか……だよねぇ。今持ってるデータとは違う者に変質していたら、それはもう()()()()()になっちゃうから」

「そん時はそん時や。やれることはやる。やれへんことは……妥協するしかあらへん」

 

 今の明石がわかっていないことは、体内に仕込まれた卵が孵化した時に、媒介となっている艦娘や深海棲艦がどうなるか。それこそ、明石がこれに対処出来なかった時の、植え付けられた者の末路は、今持つ対策でどうにか出来るか。

 出来た場合はいいとして、出来なかった場合だ。もうそれは今回の事件の犠牲者として処理するしか無くなるかもしれない。それが辛いところである。

 

 明石は、何も殺すつもりで対策を作っているわけでは無い。救うために作っているのだ。そのためなら手段は選ばない。洗脳が解けないから再洗脳するという無茶苦茶なことをやってでも、それを良しとする。生きているのだから。

 

「はぁ……悔しいね。ここまで自分を隠し続けてる相手なんていなかったからさ、解析がここまで来ても完璧じゃないとかさ」

「それでも、ほとんどを救ってきたんや。ウチも救われとる方やろ。だったら誇れ。お前は手が届く範囲は全部救えとるんやからな」

 

 明石がいなければ救われていない者が沢山いるのだ。今は救われなかった僅かな者のことでマイナスの感情を持つくらいなら、救われた殆どの者のことでプラスの感情を持てと、若干非情な物言いではあるが龍驤が慰める。

 勿論、救われなかった者達のことを忘れろとは言っていない。むしろ、龍驤は自分の行いで命を散らせた者達のことだって忘れることはしない。

 

「そう、だね、うん。今出来る最高最善の対策は出来たはず。ここまでやったんだから、みんなは負けないよ」

「せやで。それに、お前の最高傑作であるウチが戦場に出るんや。お前が戦場に出とるようなもんやぞ。胸を張れ、誇れ、いつも通りちゃらんぽらんに生きとけ」

「最後のは失礼じゃないかな!?」

 

 ケラケラ笑いながら、黒幕対策の研究をこれで閉じる。明石がやれるのはここまで。あとは仲間達に託すのみ。

 

 

 

 

 それぞれの決戦前夜はこうして終わる。そして明日は、ついに決戦となる。

 




長かった話ですが、次からは最後の戦いです。敵拠点と施設の二面作戦となります。
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