一方、鎮守府。槍持ちによる襲撃で傷を負った金剛は、入渠によって無事完治していた。ドックから出たところで腕をグリグリ回しつつ、ふぅと息を吐いて提督の待つ執務室へ。
「Hey、提督ぅー! 金剛、入渠終わったデース!」
「ああ、お疲れ様」
帰投が完了したのは夕方に差し掛かる直前くらい。そして今はもう夜である。深夜とまでは行かないものの、所属艦娘はそろそろ消灯の時間。秘書艦の五月雨も、もうその業務を終えている。執務室にいるのは提督のみ。金剛の入渠終了を待つため、この時間まで残っていた。
「こんな時間まで待たせてSorryネ」
「いや、仕方ないだろう。7人がかりで手も足も出なかったと聞いている」
金剛が入渠している間に、千歳と千代田からその時の様子を聞いていた提督。本来なら隊長である海風に聞くべき内容かもしれないが、案の定、海風はそれどころではない精神状態だったため、姉妹に引っ張られて強制的に休養を取らされていた。
あの戦場で最も余裕があったのは、艦載機に攻撃を任せている空母の2人。その戦闘のことを一部始終説明してもらったとのこと。
「謎の深海棲艦……砲撃と艦載機の射撃を槍で弾き飛ばすどころか、金剛の砲撃を斬り飛ばしたんだったね」
「Yes. しかも並の駆逐艦より速かったデスね。こっちは全速力で撤退しているのに、悠々と追いついてきたデス」
明らかなオーバースペック。まさに深海棲艦の姫と言わんばかりの性能。それを身を以て体験することになった。金剛も困ったような表情で笑い、どうしたものかと腕を組む。
実際、あの部隊で傷一つつけられなかったというのは非常に困る戦果だ。失われた駆逐隊の仇であろう深海棲艦も同様の力を持っていると見て間違いないのだから、仇討ちなんて夢のまた夢になってしまう。
今の力ではまだまだ勝利には程遠い。より強くならなくてはならない。焦りたくはないが、嫌でも意識してしまう。
「提督、海風はどうしましタ? あの戦いの後、海風はまた春雨と再会する前に戻ってしまったみたいになったデス」
「……ああ、五月雨にも以前聞いたし、山風からも直に話されている。海風の心は壊れかけているとね。山風が必死に食い止めているらしいが……」
その話は提督もちゃんと聞いていた。五月雨と山風は、共に姉妹姫からその話を直に聞いている存在。海風が意識していなくとも、この2人はそれについて意識している。
海風に黒い泥が付着しているのを見たのは、今のところ山風だけ。そして、今回の戦いの後にもそれを見たと提督に説明している。いつもなら執務室に来ることすら渋るような山風が、自ら率先して来て話したくらいだ。虚偽なわけでもないし、見間違いでもない。
だが、それを公表する、むしろ海風自身に伝えることは憚られている。それが最後のトリガーになってしまいかねないため、どうにかその事実を隠し続けながら、仇討ちを完遂させるのがベスト。海風のためにはそれくらいしか選択肢が無い。
「今は前と同じように休ませてるよ。山風が監視している」
「それなら安心デスね。あの子が一番不安デスから」
金剛も入渠中ずっと海風のことが気にかかっていたらしい。
戦場からここに帰投するまでの海風の様子は、誰が見てもおかしかった。復讐心に呑まれかけているような、捜索の時とは違ったベクトルの焦り方をしているような、そんな感じである。
春雨と再会出来たことでその日はかなり安定していたのだが、僅か2日でこの大惨事である。もっと休息の時間があれば、海風もまだ精神的な余裕を取り戻していたかもしれない。最低でも1週間は必要だったと思われるが。
「私も海風のことは気にかけておきマース。あの施設に行く時は、部隊に必ず私を入れてほしいデース」
「ああ、そうさせてもらうよ。山風からも似たようなことを言われているんだ。海風が出撃する場合は、二十四駆は必ず勢揃いさせてほしいとね」
「そうデスね。妹達がいれば多少は落ち着けるデショウし、それは必要だと思いマース。そこに私も加えてくだサイ」
古参であり、今までの鎮守府をずっと見続けてきた金剛になら任せられると、提督も快く許可を出す。
いつも明るく、周りを常に見て、
「で、だ。金剛から見て、その槍を持った深海棲艦はどうだった。千歳と千代田からは、正直二度と戦いたくない相手だとまで聞いているが」
「アー……ちとちよの言いたいことは嫌なくらいわかりマース。私も出来ることなら二度目は嫌デスね」
他の面々とは違い、傷まで負った金剛だからこそ感じたこともいくつかある。その1つが、駆逐艦とは思えない膂力だ。
槍を扱っているというのもあるためか、金剛が掴んでその攻撃を捉えた時、戦艦の膂力と拮抗することが出来ていた。さらにその状態から新たな武装、主機に主砲を構築させてゼロ距離砲撃まで仕掛けて来た。
槍を押し込みながら砲撃をするのはかなり難しい。戦艦と拮抗しながらなら尚更だ。なのに、槍持ちはそれをやってのけた。
「アレは間違いなく戦艦に匹敵……いや、凌駕する駆逐艦デス。一筋縄ではいかないデショウネ。1対1ではまず勝てまセン。もっと重い編成で押し潰すことが出来るかどうかという感じデスね。それも全て躱されてしまいそうデスけど」
「ふむ……途中で増援が来たようだが」
「ハイ。ヨナ……伊47が来てくれなかったら、私達はあの場で全滅してたと思いマス。駆逐隊の二の舞デシタ」
その伊47は、金剛達が大苦戦した槍持ちを圧倒する程の力を持っていることも付け加えた。千歳と千代田もそのことは話していた。
「最後どうしたかは確認出来ていまセンが、おそらく勝ってると思いマース。沈めたのか鹵獲したのかはわかりまセンがネ」
「あちらのことだ、おそらく鹵獲だろう。僕達にはまだまだわからないことだらけだが、あの中間棲姫や飛行場姫には、ああいう深海棲艦をどうにかする力があるのかもしれないしね」
提督の予想は半分正解と言ったところか。鹵獲はしているが、姉妹姫も槍持ちをどうにかすることは簡単ではない。今でこそ深海棲艦に囲まれているため、無反応を貫いているようなものだが、艦娘が近付けば沈めるために動き出す可能性は高い。
とはいえ、手も足も出なかった相手を鹵獲出来る程の実力を秘めているのは確かだ。苦戦している様子もなく、撤退が完了するように立ち回っても余裕すら見せた。
だったらと、金剛は突拍子もないことを言い出した。
「施設のヒト達に演習とかお願いできませんかネ。ヨナがあれだけの力を持っているんデス。他の子達も相当だと思うんデスヨ」
確かに、圧倒された敵を圧倒する力を持つ者がいる施設だ。そこの誰かに鍛えてもらうというのは、結果がどうであれ今以上に強くなれることは確定しているようなもの。一度も勝てないにしろ、特訓としてはこれ以上ないくらいだろう。
しかし、施設の深海棲艦は戦いたくないからああいう場所にいるわけで、演習も擬似的とはいえ戦いである。中間棲姫が引き受けてくれるとは限らないし、むしろ話題を持ちかけたら難色を示しかねない。今の関係を崩すことになる可能性すらある。
「手段の1つとして考えておく。僕としてはいい案だとは思うが、それであちらの機嫌を損いたくない」
「デスヨネー。でも、一応こういうのもあるっていうのでお願いしマース」
金剛としても、案を出すだけ出したがそれだけ。提督の考えていることは金剛も理解しており、一応言ってみた程度の考えだったようだ。
あの施設の者達と少しだけでも交流したことで、その信用度はかなり高い。春雨がいるというのも相まって、その言動に嘘が無いことは充分理解している。だからこそ、その信用を損なうことはしたくない。
だが、案として必要であると考えるのなら、それを口には出しておく。本人の前でそれを言うかはさておき、
「ともかく、今よりも力を付けなくてはいけないのは確かだ。別に今まで何もしていなかったわけではないんだが、次の戦いの相手が強大であることは間違いない」
「Yes. 私もそう思うネ。明日からは、うんと特訓するデース!」
「いきなりハードにするのは皆のためにならないからね。少しずつ、だが確実に練度を上げていこう」
鎮守府の方針としては、槍持ちに勝てるくらいの力を得るために日々努力するということになる。今まで通りとはいかないだろう。しかし、確実に前進するためには、堅実な行動が必要になる。
その頃、海風。部屋に押し込められて、山風がしっかりと見張っている状態。今回は山風だけでなく、江風と涼風も同じ部屋にいる。これは山風が呼び込んだもの。
複数の、しかも実の妹達の監視の目があれば、いくら海風とて無茶はしない。春雨ほどでは無いにしろ、その存在で心落ち着けるはずなのだ。
「……山風、何もそこまでしなくても」
「ダメ。海風姉、焦りすぎ。反省したって言ったの嘘?」
「……何も言い返せない」
それこそ落ち着かせるために、山風は常に真横にいる。寝るときも添い寝の方向で考えている程である。
「でも、強くなンなくちゃいけねぇのは、江風もわかンだよね。アレはマジで強すぎだぜ」
「だよなぁ。砲撃弾くって何さ。何もさせてもらえないってことじゃん」
この駆逐隊の中では好戦的な江風と涼風は、こうしながらも槍持ちに対しての対策を考えていた。
最終的には提督の判断になるのだが、戦うのは提督ではなく艦娘。そういうこともあり、提督は艦娘の意見を積極的に取り入れる。それが間違ったことならば、ピシャッと否定もする。
そういうカタチで提督と艦娘の関係は良好。お互いに言いたいことを言えて、良いも悪いもしっかり判断出来る。お互いに腹の内を全て晒しているので、一切の不安がない。故に信頼出来る仲となっている。
「駆逐艦で戦艦に勝つ場合はどうすンだっけ?」
「小回りを利かせて、隙を突くのが定石」
「さすが海風の姉貴。教科書通りの答えならすぐ出てきてくれるぜ」
事実、戦艦というのは駆逐艦よりも身体は大きい。施設で出会った戦艦棲姫も、生身は駆逐艦より当然大きいし、艤装はさらに大きい。強固な装甲であるのも当たり前なことである。
その代わりに、高速戦艦といえど駆逐艦の素早さと小回りには劣る。それを活かして、攻撃を全て避け切ってチマチマと攻撃を当てるのが定石。隙さえあれば、魚雷だって使う。
しかし、今回の敵はそうはいかない。戦艦と同じ力を持つ駆逐艦である。その駆逐艦よりも速いのだから、この定石は通用しない。それに加えて、攻撃を弾き飛ばすという今までにない行動までしているのだ。
今までの常識は全て捨て去って、新たな戦い方を編み出すしかないのかもしれない。そうなると、簡単には思い浮かばないだろう。
「せめてアレより速く動けるようになれりゃなぁ。まだ勝ち目はあるぜ」
「それなら、缶とタービンでも積んでみるかい」
「そうすると今度は武装が積めなくなンじゃン。ダメージ入ンないンじゃないか?」
「確かになぁ」
対策はパッと思い浮かばない。あまりにも強大な敵となると、思考停止しているわけではないにしろ、袋小路に入ってしまう。
だが、ここでその話を聞いていた山風が何かを思いついたように話した。
「……春雨姉、春雨姉に特訓してもらう……とか」
伊47がアレほどの力を持っているのだから、同じような存在に生まれ変わった春雨も近しい力を持っているのではないか。山風はそう考えた。奇しくも金剛のアイディアと全く同じ考えが、この場でも生まれていた。
「それイイネ! 山風の姉貴、ナイスアイディアじゃン!」
「いや、そりゃダメだろ。あっちは和睦協定結んでるんだよ。戦いのために力を貸してくれってのは、なんか違う気がしないかい」
「かもしれねぇけど、今は結構切羽詰まってるって。あっちのヒト達もわかってくれるンじゃね?」
このアイディアが強くなるためだけではない。
海風の心を癒す存在が春雨であることは、山風も承知の上。実際、施設に一晩滞在しただけで、劇的に改善されているのだ。それをまた引き起こしたかった。
「……今は何を言っても状況は変わらないから。明日、今の話を提督に話してみましょう」
「だね。海風の姉貴の言う通りだ。打診だけはしていいンじゃね? ダメならダメって提督なら突っぱねてくれるさ」
「そうさね。最後の判断は提督に任せるしかないし、今こんなこと言ってても始まらないか。あたいにゃ判断出来やしないよ」
海風の一言で、江風も涼風も納得。明日にでも打診してみようということになった。金剛との話のことは、当然知らない。
鎮守府でも、未知の深海棲艦に対しての行動が始まろうとしている。それが施設にとっていい方向に向かうのかは、定かではない。
ここの古参勢、金剛と涼風は、一般的なそれよりもちょっと賢い感じ。