ついに、その時が来た。
まだ空が白み始めるくらいの時間に春雨は目を覚ます。決戦当日だから眠れなかったというわけではなく、体調を十全にするためにグッスリと眠ることが出来ている。これで幸福な夢を見ることが出来れば精神的にも癒されていただろうが、そこは体調を完璧にすることを身体が優先したか、一切夢を見ることなくこの時間まで眠ることになっていた。
隣の海風も春雨と同じタイミングで目を覚ましたようだ。2人で目を覚まし、向かい合い、微笑み合う。
「おはよう、海風。まだちょっと早いかな」
「おはようございます姉さん。少し暗いですが、朝は朝ですね」
「眠気は……正直無いよね」
「はい。もう本当にスッキリしています。万全と言っていいでしょう」
このまま眠ることは出来なそうなので、もうここで起きることにした。ベッドから降りて、いつものように義腕義脚を生やし、白露型の制服姿に。海風もそれに倣って制服に着替える。
「流石にまだ誰も起きてないかな。出発まではまだ時間あるよね」
「そうですね。いつもよりも早めに朝食を摂る予定ですけど、それでももう少し時間はあると思います」
「なら、散歩でもしようか」
「いいですね、お供します」
決戦前に疲れるわけにはいかないのだが、散歩くらいなら大丈夫だろうと、あまり音を立てないように外へと出た。
日の出の時間まではもう少し時間があるが、外の風景がハッキリと見えるくらいの明るさ。もう少ししたら、水平線の向こう側に日の出が見えるだろう。
暑くもなく寒くもない、穏やかな温度であるため、散歩をしていても気分がいい。
「あ、空母さん、哨戒の方はどうですか」
散歩の途中で空母棲姫と顔を合わせる。深夜の哨戒担当であるため、出せる限りの哨戒機を展開して、施設近海全方位を確認している。
「おはよう、春雨、海風。泥は、やっぱり、何度かあった、ようだ」
少し眠そうではあるが、真剣に哨戒機からの情報を取り入れて抜けが無いように確認中。
やはりこの夜にも流れ着いてくる泥は確認したようで、大惨事になる前に哨戒部隊が対処している。結果的には島の平和は守られている。
「2人は、早起き、だな」
「グッスリ眠ることが出来まして、2人揃ってスッキリ目を覚ましました。早く寝たからですかね」
「かも、しれない、な」
空母棲姫も穏やかな表情。何事もなく朝を迎えることが出来たことを喜んでいる。
「2人とも、そろそろだ」
「そろそろ?」
「ああ、東の空、見てみるといい」
言われてそちらを向くと、水平線の向こうが眩しく光り輝く。ちょうど日の出のタイミングだったようだ。この輝きは、施設の未来を示唆しているようにも見えた。
「私は、この時間の哨戒で、コレが一番、好きだ」
「わかります……これは何度も見たい風景です」
「ですね。とても綺麗……」
徐々に周囲も明るくなり、日の出の瞬間は終わりを告げる。ほんの少しだけの天体ショーに、今まで以上にやる気が満ち溢れるようだった。力が漲る。それでいて、心はより静かに穏やかに。これならば、心身共に万全と言えるだろう。
「帰ってくれば、また見れる。次は、哨戒なんてしていない、時にだ」
「はい、その通りです。またこの景色を見るために、必ず無事に戻ってきます。勿論、みんなで」
この朝日をまた見るためにも、決戦には勝たねばならない。また帰らなくてはいけない理由が出来た。
早めの朝食を摂り、休む間もなく出発準備。早めに堀内鎮守府に到着し、今度はそこから大塚鎮守府に移動しなくてはいけないのだから、やることはなるべく早い方がいい。
「準備はいいかしらぁ?」
「忘れ物……は考えなくてもいいわね」
お見送りは勿論姉妹姫を筆頭とした、施設の全員。深夜哨戒組も、今は寝る間も惜しんで見送りに来てくれている。
当然ながら準備は万端。誰一人として体調を崩すようなことも昨晩も眠れないなんてこともなく絶好調。決戦に向かうには今しかないと言うくらいに完璧な仕上がり。
叢雲やコロラドは少し気が立っているところはあるものの、それが絶好調とも言えるので何も問題ない。
「貴女達は私達の代表。島の平和のための
「みんなは私達の帰る場所。島の平和のための
少しだけ島から離れるが、向いている方向は全く同じ。島の平和を守るために元凶を叩く。その隙を叩かれないように施設を守る。やることは正反対でも、目的は何事もない明日を迎えるため。そのために、一致団結して戦いに挑む。
「また鎮守府に到着したら連絡をちょうだいねぇ。逐一無事を報告してもらうことは過保護かもしれないけれど、念のため、ねぇ」
「はい。そちらの様子も聞けたら聞きたいですしね」
念のため、堀内鎮守府に到着、そして大塚鎮守府に到着しても、施設に一度連絡を入れることにしている。おそらく翌日の決戦前にも連絡することになるだろう。施設の無事も知っておきたい。
だが、春雨達がここから向かってから、防衛戦に打って出るのだ。連絡したら誰も出ないなんてことが無いとは言えない。それだけ敵が強大である可能性だって十分ある。それでも、連絡はすると決めていた。これで決戦前に帰る場所が無くなっていましたという大惨事があった場合、モチベーションはどうなってしまうのか。
とはいえ、春雨はそこの心配を一切していない。直感的に、連絡が取れないとは思っていなかった。ただそれだけでも、施設側としてはとても心強い。
「それじゃあ……うん、行ってきます」
「ええ、行ってらっしゃい。貴女達の帰りを、私達はここで待ってるわぁ」
徐に中間棲姫が手を上げる。出撃する者をどうやって送り出せばいいのかはわからなかったので、思いついたのがハイタッチ。これなら時間もかからず、全員と触れ合える。
握手というのも考えたが、それだと
本当は向かってほしくない。しかし、行かなければ平和は取り戻せない。だからこそ表情には出さず、送り出すことに専念する。
「必ず戻りますから」
その意思を察した春雨が、中間棲姫とハイタッチ。それに続くように、今から決戦に向かう者達が次々とタッチしていく。
これだけでは足りないと、仲間達がそれに倣って中間棲姫の隣に並び、最終的には全員とタッチすることになった。ここにももうかなりの人数がいるため、そのハイタッチだけでもそこそこ時間が掛かるようになってしまったものの、これが戦いのための後押しになってくれるのはわかっているのだから、やらない理由がない。
タッチする時に各々が声援を投げかける。頑張れ、戻ってこい、必ず勝てと様々な言葉を貰い、より一層やる気が出た。
「それじゃあ改めて、行ってきます!」
そしてそのまま、海へと出て行った。次にこの島に戻ってくるときは、全てを終えた後。勝利の凱歌と共に。
鎮守府への道中。今回も海風の案内により真っ直ぐ最短の航路で向かう。なるべく早く到着し、大塚鎮守府への出向を早くしたいところ。
「……みんなのためにも、頑張らなくちゃね」
ハイタッチした手を見つめつつ、ギュッと握って力を入れる。ここまでしてもらったのだ。負けるわけがない。
「仕方ないとはいえ、艦娘の制服は苛立つわね……」
相変わらず叢雲が愚痴るものの、こればかりは仕方ない。深海棲艦ではあるものの
しかし、春雨細胞の効果でどうしてもうっすらと紅く染まってしまうのは直しようがないらしい。治療された証であるのだが、このデメリットは無意識の部分に刻み込まれているらしく、意識しても紅く染まるとのこと。
「少しの間だから我慢しなよ。現場で戦うときは好きな格好でいいんだからさ」
「わかってるわよ。ったく、鎮守府ってのは本当に面倒臭いわ」
そんな苛立つ叢雲を白露が宥めた。叢雲の悪態は止まらないが、これが平常運転なのだから誰も何も文句は言わない。こうだからこそ叢雲だとみんなわかっている。むしろ愚痴が出るならば絶好調。
「……ん? 正面から誰か来るわ」
そんな叢雲が感知範囲に何者かが入ったと話す。このタイミングで誰かが来るとしたら、大概誰だかわかるもの。
「ああ、クルーザーの反応もあるわ。鎮守府の増援か」
「だね。私達が抜けるところを埋めてくれるみたい」
そう話している内に、水平線の向こうに増援部隊の姿を確認。事前に誰が来るかは聞いていなかったが、メンバーを見てすぐに納得出来る。
陸上施設型には若干不利な雷巡である北上と大井、そしてその
「おー、やっぱ同じ航路使ってんだからかち合うわな」
「お疲れ様です。施設のこと、よろしくお願いします」
「あいよー。ちゃんと守っておくから、アンタ達は何も心配せずに戦いに専念しなー」
いつもながら、のらりくらりとしている北上と、それを支える大井。施設への増援だというのに、のんべんだらりとした態度は相変わらずである。それがまた安心出来るのだが。
「春雨氏、潮の様子はどうっスか」
「うん、調子はいい感じだよ。怖がるのは仕方ないけど、安定してると思う」
「そりゃよかったですわ。久しぶりにまた会いたかったから」
漣も増援と言いつつも潮とまた会えることを楽しみにしていた。北上と同様に緊張感が無いが、こちらは曙と朧にツッコまれる。施設を守れなかったらどうなるかわからないと脅しまでかけられていた。
「宗谷さん、そちらにいろいろと?」
「はい、施設を守るための装置を明石さんが作ってくれましたので。ある程度は手助け出来るかと思います」
非戦闘員ではあるものの、艦娘ではあるため、設置などの手伝いは出来るそうだ。宗谷はそれらのことで戦闘のサポートをする。
役割としてあくまでも調査隊の隊長であるため、どちらかといえば姉妹姫と同様に陸から動かない方針。
「ビスマルクさんとグラーフさんはそちらと合流してとかではないんですか?」
「そうみたいだね。あたしらも聞いてなかったから、多分島で現地集合なんじゃない? ちゃんと来てくれればどうだっていいよ」
「まぁそうですけども。あのヒト達が遅刻とかは無いとは思います。行ったら意外ともういたりするかもしれませんね。航路が違うからわかりませんが」
山寺提督の艦娘達、監査組の2人は、堀内鎮守府経由ではなくダイレクトに島へ向かうとのこと。前回は案内が必要だったが、2回目ともなると不要だそうだ。
2人で泥があるかもしれない海域を突っ切ってくるというのは少々不安だが、そこは山寺提督の部下、既に堀内鎮守府の明石から聞き及んでいる装置の開発を終え、2人に持たせて出向をさせていることだろう。装置が増えるのもいいこと。
「そんじゃ、そっちも頑張ってねー」
「はい。よろしくお願いします」
こうして二正面作戦は始まる。戦闘のタイミングはズレるかもしれないが、前哨戦以来の共同作戦。そして、施設始まって以来の総力戦だ。
これに勝たねば、未来はない。
準備万端、整いました。長かったこの話も、ついに佳境に入ります。最終決戦だけで何処まで行くのか。