施設への連絡を終えた鎮守府側は、大塚鎮守府への出向の準備を整える。施設側に不安が出てきてしまったが、あちらはあちらで何とかしておくと言うのだから、それを信じてやらねばならないことをやっていく。
決戦に参加する者は、今この鎮守府にいる者だけで12人。その準備を万全にし、一切の不備が無いことを確認していくとなると、どうしても時間がかかってしまうもの。
真っ先に整備されたRJシステムは山風に搭載され、同時に山風も準備が整っていたおかげで、施設との通信に割り込むことが出来ていた。
その結果が、かつての龍驤が黒幕に提供したという2人の姫、欧州棲姫と欧州水姫が施設へと泥をばら撒いている者であることが判明した。
「送り込まれたことはもうどうにも出来ない。今わかることはそれだけだ。それに関しては、施設側の人材で対処してもらおう。ビスマルクが何とかすると話していたんだからね」
「そうね。むしろ、得手不得手を知っているビスマルクとグラーフが援軍に来てくれていたのは僥倖と言えるでしょう。姉姫達と協力して、どうにかしてくれると思うわ」
堀内提督と大将は、その強力な敵に対して勝てない相手では無いと考えていた。
無論、その2人の姫も泥によるブーストがかかっており、以前に戦った時よりもより強力かつ凶悪に変貌している可能性は非常に高い。しかも、端末だけではなく黒幕自身の泥も含まれている可能性がある。そうなるともう未知数だ。
それでも、素体が変わっていないのならば、そこまで大幅な変化があるとは思えない。ならば、勝手を知る者達を中心にして戦えば、どうとでもなる。問題点は泥のみだが、そこを考慮した戦術もその場で考えられるだろう。
「不安なのはそこだけじゃないです。むしろ、戦闘は何も不安は無いと思います」
そこに春雨が割り込むように口を出す。そこの戦闘に危険が迫っているという直感は今のところは無い。しかし、施設にいる者ならば
「リシュリューさんです。さっきもビスマルクさんが話していましたが、リシュリューさんには欧州棲姫がいることはなるべく知ってもらいたくはないです」
「復讐心が溢れるから、かしら?」
「はい。それに、私達は暴走したリシュリューさんを知らないんです。本人曰く、誰にも抑制出来ないくらいになるということですが……リシュリューさんのあの艤装を展開された状態で暴れられたら、妹姫様くらいでしか止められないんじゃないかと思いますね……」
リシュリューの艤装は、本人の身体のおおよそ5倍の大きさを持つ。コロラドの白鯨よりは小さくとも、その次に大きいと言っても過言ではない。それが激しくのたうち回るようなものだ。余程のことが無ければ止めることは出来ないだろう。
飛行場姫なら止められるかもしれないが、海に出られたらそれも不可能。飛行場姫の次に可能そうなのは、困ったことに潮である。仲間が暴れているのを止めるために手が出せるかはわからない。恐怖心が勝ってしまう可能性もある。
「それに、コマさんも発作を起こす可能性がありますよね」
海風に言われて、春雨が小さく頷く。ここにいる面々は春雨も含めてコマンダン・テストの暴走を知る者はいないのだが、少なくとも死をきっかけとして暴れ回るということは知っている。特に白露や古鷹は、自分が死にかけた時に親身になってくれるくらいに、死に対して過剰に反応する。
リシュリューとコマンダン・テストの両方が暴走してしまった場合、面倒臭いことになるのは目に見えていた。今の施設の中では上位に入る力を持つ2人だ。島の上ならば基本的に飛行場姫がどうとでも出来るが、海上だと手がつけられない。
「それ、もしかしてお互いがお互いに殴り合わない……?」
白露の言う通り、最悪を危惧するならばリシュリューとコマンダン・テストの
コマンダン・テストがリシュリューを
「ならば、君達は施設に戻るかい?」
「難しいところですね……。こういう言い方は良くないとは思うんですが、私達が帰ったところで何も変わらないと思います。むしろ、信じて送り出してくれたのに、そういう理由があるからと戻ったら、その思いを無下にするような気もします」
これは施設から見ても攻撃と防御を同時に行なう二正面作戦。何が起きたと防御側の部隊は施設の者達だけで何とかしようとしているからこそ、春雨達はハイタッチで送り出されたのだ。
ここでもし戻ったとしたら、もう送り出してはもらえない気がする。この1回のみの覚悟と決断だ。
「なので……私達は戻らず、黒幕を撃破することに専念します。島のみんなを信頼していますから」
これも春雨達の覚悟。施設に未練がないとかではなく、施設に残っている者達、そして援軍達の力を借りれば、この危機も脱することが出来るだろうという
春雨がこう言ったからというわけではなく、他の仲間達もそれでいいと頷く。施設に残った者は、施設を守るためにそこにいるのだ。そして、そこまで弱い者達ではない。
「そうか……わかった。ならば、こちらは予定通り準備を終わらせ、大塚鎮守府へと出向してもらう。もうそこまで時間はかからないだろう」
「はい、よろしくお願いします。大塚鎮守府に到着したらまた姉姫様に連絡をしますので、その時に状況を把握します」
「ああ。いざという時は、こちらからさらに増援も考えておく。君達は予定通りに黒幕を斃すことに専念してくれ」
堀内鎮守府の準備もあと僅か。小一時間もしない内に全員が整い、またここから送り出されることになる。
施設のことに不安はあれど、信頼しているのだから振り返らない。自分達は、成すべきことを成す。
施設、鎮守府との通信を終えた後、小さく息を吐く中間棲姫。
「どうしようかしらねぇ。それを聞いてしまうと、リシュリューちゃんには参加してもらいたくはないわぁ」
施設防衛の際に相対する黒幕の刺客が、リシュリューの理性を失わせる復讐の相手だと知ってしまうと、そんな辛い思いをさせるわけにはいかないと思うのがこの施設の主の考え方。
そもそも今回の敵もそうだが、狡猾な相手に対して理性無しで立ち向かえるほど甘くはない。それこそ手玉に取られてしまうのが目に見えている。『観測者』ですら追いつけないくらいに動き回っているような相手なのだから尚更だ。
「姉姫、あの子が発作を起こした時、一体どうなるのかしら」
素朴な疑問をビスマルクがぶつけるのだが、中間棲姫は苦笑を浮かべるのみ。リシュリューの名誉のためには話しづらいようである。しかし、知っておいてもらわなくては止めることも出来ないだろうから、少し悩みつつも語ることにした。
「簡単に言えば、見境なく壊そうとするって感じねぇ。それこそ、目に付くモノ全てを。ただ、その時はそのきっかけになった子がいなかったからというのはあるかもしれないけれど」
おそらく、その復讐の相手が眼前にいれば、如何なる状態であってもその1人に対してその暴力性をぶつけるのだろうが、当時はそれをぶつける特定の相手がいなかったことで、目に付く全ての深海棲艦由来のモノを破壊しようとしたようである。
繭から孵り、深海棲艦と化したリシュリューか溢れさせた復讐心は、当初は深海棲艦全てに振りまくモノであったため尚更だった。施設内だというのにあの巨大な艤装を展開してしまう程に錯乱しては、飛行場姫にかなり強引に止められるというのを何度か繰り返し、ようやく自分も深海棲艦であるというところで復讐心が相殺された。
「私はねぇ、今回敵になってしまっている子も、泥のせいだと思うの。だから、出来ることなら救いたいと思っているわぁ。端末の泥と、黒幕の卵を全部消してあげれば、本来のその子に戻れるはずよねぇ」
「そうね。理論上は」
「艦娘ちゃんでも、
あまりにも澄んだ瞳でそれを語る中間棲姫に、ビスマルクは少し気圧されてしまった。救うことが当然であるという強い意志をぶつけられたようなもの。今まで戦ってきた深海棲艦とは全く違う者であることは一目瞭然であり、より信用出来る発言。
監査として動いているからこそ、そこの感情を読み取ることは容易だった。そこに一切の後ろめたい感情は無く、本心からの言葉であることを。
故に、ビスマルクの回答は決まったようなものだった。
「貴女の言うことは何も間違っていないわ。ワガママかもしれないけど、その意志は崇高なモノよ。私は否定しない」
「ああ、私も貴女のその意志を肯定する。救える者は救いたいと思うのは、我々と同じだ」
ビスマルクと共に、グラーフ・ツェッペリンもその意志を否定することは無かった。
中間棲姫の考え方は間違ってはいない。それは、人類の平和を取り戻すために行動する鎮守府側の信念と同じモノ。範囲は狭くとも、同じ未来を目指していることは理解出来た。
「ただ、リシュリューちゃんが今回どうにかしなくちゃいけない子を見ちゃった場合、その子が元に戻って私達と仲良くしようと思っていても、容赦なく攻撃してしまうと思うわぁ。そういう子なんだもの」
救いたくてもそこがネックだった。そのリシュリューの在り方を否定するわけでは無い。そうなってしまうのは仕方ないくらいの人生を歩んできたのだし、一度壊れた心はどうあっても元には戻らない。特にリシュリューはトリガーがあまりにも限定的だったため、
それでも、この施設にいればそんな思いを二度とすることなく生活出来ると思っていた。それが、こんなカタチで打ち砕かれるだなんて、誰が予想しただろうか。
「救いたいけれど、ここにいることは出来ない。そういうことね」
「ええ、そういうことねぇ」
「なら、うまく救うことが出来たら私達の鎮守府が引き取ってあげる」
ビスマルクがとんでもないことを言い出した。深海棲艦を鎮守府が引き取るだなんて、普通は絶対に言わないことだ。
しかし、その根拠を聞けばそれが出来る裏付けもしっかりしていた。
「どうせこの戦いが終わったら、ここにいる子の一部は元いた鎮守府に戻りたいと言うでしょう。つまり、鎮守府に深海棲艦が住むことになるわ。それを良しとするためには、先に同じことをしている鎮守府がある方がいいじゃない。だったら、私達の鎮守府が先駆者になるってだけよ」
「欧州棲姫は強大な力を持つ深海棲艦ではある。だが、それが協力者として我々と共存してくれるのならば、穏健派の深海棲艦の存在をより強く証明出来る。これは我々の
山寺提督の考えとして、今回敵として存在している深海棲艦が
とはいえ、その欧州棲姫が完全な侵略者気質であり、どうあっても共存が不可能であるならば、残念ながら討伐というカタチになってしまうだろう。それも中間棲姫に伝えると、悲しそうな表情をしたものの、仕方ないことと割り切ってくれた。
言ってしまえば、今も何処かで艦娘と深海棲艦が命を懸けた戦いを繰り広げ、そのどちらかが命を落としているのだ。それを考えると、ここで発見されたからと言って何があっても命を奪わないでくれというのは少々勝手が過ぎる。
そもそも、野放しにしていたら人類を滅ぼそうとする輩を艦娘が放っておくわけがない。中間棲姫が何と言おうと、まず確実に始末する。共存する案を出した山寺提督だって、始末という選択をするだろう。
「方針はこれでいいわね。それじゃあ、動くなら早い方がいいと思うから、今すぐここの子達と作戦会議をするわ。リシュリューとコマンダン・テストにはうまく隠しながらでいいわね?」
「ええ、そうしましょう。そろそろ装置の準備とかも終わっていると思うもの」
ここからは難しい戦いになる。一番の問題点が仲間内にあるというのが、辛い現実だった。
黒幕との決戦に先立って、施設の防衛戦が始まる。迫り来る2人の姫を対処するため、またもや艦娘と深海棲艦の共同戦線が展開されることとなった。
まずは防衛戦から始まります。日程的にもそうなるのは当然のことですね。