戦艦棲姫率いる第二部隊が、北上に指示された通りに海を駆け抜けたところ、本当に2人の姫がそこにいた。
片方は水上バイクのようなものに乗った姫君という風格。手に持つ大剣のような
戦艦棲姫は貰っているインカムのボタンを押し、全域に対して姫を発見したことを伝えた。これで少しすれば第一部隊が援軍としてこの海域に現れるだろう。
また、中間棲姫の哨戒機がギリギリ届く位置にはあるので、いざという時は島からの援軍も出来ないわけではない。リシュリューを呼ぶわけにはいかないのだが。
「本当にいたわね……流石に驚いたわ」
艤装に構えさせながらも、自身も主砲を準備する戦艦棲姫。薄雲は鎖付きの主砲を握りしめ、ジェーナスはいつでも重装に出来るように構えた。
空母棲姫、松竹姉妹は、艤装に腰掛けるタイプの艤装であるため、堂々と構えるということはしないが、睨み付けるように2人の姫を見つめた。
「貴女達が、私達の居場所を壊そうとしている輩かしら?」
「そんなこと見てわかることでしょう。そんなことをわざわざ聞いてくるだなんて、バカなの? 愚かなの?」
水上バイク上の艤装に乗った姫、欧州棲姫が、戦艦棲姫を煽るような物言い。この程度で精神的な安定が揺らぐことはなく、むしろ泥にやられていることが嫌というほどわかるため、
「貴様達の言う通り、我々は居場所とやらを破壊しに来た。これでいいか」
目深にヘルメットを被る姫、欧州水姫が補足するように話す。欧州棲姫ほどおちょくってくるような物言いはしないものの、雰囲気としては自分達の方が優位に立っていると考えているように見える。
表情が見えないのでどういう目で見ているかはわからないが、少なくともこの対面に恐怖などを感じているようには到底見えない。
「あらそう。で、少なくとも人数差はこちらにあるわね。多勢に無勢というヤツよ。それでも随分と余裕があるようだけれど」
「ヒトを見る目はあるのかしらね。私達に数なんて関係無いもの」
「ああ、貴様らが何匹群れようとも、我々には敵うまい」
明らかな慢心であり、自信に満ち溢れた言葉。しかし、あまりにも揺るぎない言葉に、見た目以上の力を持っているのではないかと勘繰ることになる。
事実、泥によるブーストは確実にある。本来以上の力を引き出され、想定以上に強くなっている可能性は否めない。
さらに、ここまで来ているくらいなのだから、今までの端末だけでは終わらないだろう。泥による改造を受けているなんてことだって考えられる。そもそも黒幕の拠点にいたはずなのだから、何をされていても疑問はない。
「見た目は多分だけど何も変わっていないのよね。あの忌々しいコスチュームじゃないもの。だから、私達が受けたような侵蝕では無いと思う」
「ですね……わざわざ服を替えるのは、多分当てつけだと思いますけど、あの服からは泥を感知出来ません。身体の中に反応が見えるだけです」
戦艦棲姫達は知らないことではあるのだが、欧州棲姫と欧州水姫は各鎮守府でも登録されている姿そのままで今ここに立っている。故に、自分達がされたような、端末による侵蝕だけではないのはわかった。薄雲が泥感知の眼鏡によって見えているのは、体内に含まれていることだけ。
「先制攻撃、仕掛ける」
ここで一手目を繰り出したのは空母棲姫。今ここにいる者の中で、最も回避しづらい攻撃が繰り出せるのは、間違いなく空母棲姫。ありったけの艦載機を展開して、隙間なく空爆に費やす。
空母棲姫も扱える艦載機は相当な数がある。姉妹姫には手が届かないにしても、艦娘達が扱える搭載数は優に超えており、それが一斉に襲い掛かってくるのならば、普通ならひとたまりも無いはずだ。
だが、空母棲姫がここに辿り着くまでに口にした言葉、『知らない、艦載機、見つけた』が、ここで利いてくる。欧州棲姫が徐に弩を真上に持ち上げると、猛烈な勢いで艦載機が発艦され、次々と空母棲姫の艦載機を撃墜していく。
誰も知らない艦載機、それこそ欧州棲姫と相対したことがあるビスマルクでも知らない、超高スペックなモノが欧州棲姫には積まれていた。おそらくこれが、泥によるブースト。
「む……拮抗……」
「んならオレも手伝うぜ!」
航空戦、制空権争いは互角。ならばとすかさず竹が膨大な数の魚雷を放つ。
元来、竹は雷撃が得意な艦娘であり、深海棲艦化したことでそれはさらに顕著となっていた。駆逐艦では本来出来ない先制雷撃、しかも仲間が前方にいてもそれを縫うように放つ器用さまで身につけ、後方支援でありながらもその場所から動くことなく2人の姫に雷撃を繰り出す。
「ふっ、甘い、なっ」
しかし、敵は欧州棲姫だけではない。マントを翻した欧州水姫が立ちはだかると、軽く手を振るだけで魚雷が次々と破壊されていく。
右腕を包み込むような手甲には機銃のような小口径の主砲が装備されており、それを目にも止まらないスピードで連射したことで、超密度で襲い掛かる魚雷を破壊したようだ。一部誘爆もあるものの、魚雷は1本たりとも欧州水姫に届くことは無かった。
「まぁ一点集中させればぶっ壊されるのはわかっていたけどよぉ」
「それだけ水柱が上がれば、こちらの姿なんて見えないでしょう!」
竹の雷撃は最初から破壊されることを見越していた。むしろそれで立ち昇った水柱が目眩しになった瞬間を狙っていた。
竹と完璧な連携が出来る松が、最も層が厚いところに向かって砲撃を放つ。欧州水姫のみならず、欧州棲姫にも照準を合わせて。
「なるほどな。だが、まだまだヌルい。ヌルすぎる!」
しかし、そんなことはどうでもいいと言わんばかりに、水柱を突き抜けて突撃してくる欧州水姫。松の砲撃は真っ直ぐ完璧なコースで向かっていたのだが、恐ろしいことに左腕に装備された手甲のみで砲撃を弾き飛ばしてしまった。
いくらなんでもそこまで出来るのは考えていない。砲撃を弾く者は何人かいても、それは盾を使ってだったり、砲撃を重ねたりで凌いでいるにすぎなかった。それを、腕を振るだけで無効化である。松の砲撃も駆逐艦のレベルを優に超えているのだが、その程度なら埃を払う程度に弾いている。
このままだと松まで接近されてしまう。砲撃すら弾き飛ばす左腕で掴まれたらひとたまりも無いだろうし、魚雷を噴き飛ばす右腕で撃たれても危険。そもそも背中には戦艦の象徴である大口径の主砲も鎮座しているのだ。接近なんてされようものなら、あらゆる手段を使われて肉塊にされる。
「Stop it!」
それを食い止めるため、ジェーナスがその突撃を前に重装へと艤装を変化。身体を包み込む球体の装甲でそれを妨害する。
駆逐艦という艦種を完全に超えている強固な壁は、生半可な攻撃では傷一つ付かない。唯一、春雨によって最も脆い一点に衝撃を与えられるという神業を決められた時には粉々にされたが、力業で粉砕されることはまず無い。
「甘い、甘いぞ、その程度でこの私が止められると思っているのか!」
手甲の左腕でジェーナスの装甲を殴りつける。ガゴンと鈍い音が鳴り響き、その一撃だけでジェーナスはその場に立っていられない程の衝撃を受けた。さらに追撃と言わんばかりに右腕の主砲を放ち、その衝撃でさらに吹き飛ばす。
普通ならばその場に止まれるくらいには力が入るのだが、あまりの威力にジェーナスは足が浮いた。見た目通りのボールのように扱われ、その場から退かされるような感覚に。
「What!?」
「ジェーナスちゃん!」
欧州水姫がさらに追撃しようとする動きが見えたため、それを止めるために薄雲が鎖付きの主砲を振るう。胴に巻き付けて前進させないようにすれば、ジェーナスへの威力は減るはずだ。
だが、そんなことでは止まらないのが欧州水姫である。薄雲の思惑通り、主砲は胴に巻き付いたのだが、それをそのままにして突撃を繰り出したことで、薄雲ごと持っていかれる、
「えぇっ!?」
「いい加減にっ」
「止まれよ手前ぇ!」
流石にまずいと感じたか、松と竹までもがそれを止めようと砲撃と雷撃を繰り出した。距離的にまだ吹き飛ばされたジェーナスからは離れているので、撃つなら今しかないと完全に同じタイミングで放っている。
「止まらぬよ!」
上を止めれば下が、下を止めれば上が直撃するという状況下だが、欧州水姫はそれすらも気にしない。右腕が主砲、左腕が手甲と、わかりやすく攻防一体の艤装を持つため、身体を捻りながらどちらの攻撃もいなす。むしろ身体を捻ったことで薄雲も振り回される羽目になる。
3人を同時に相手取っても一切怯まず止まらない。そして、未だに背中の戦艦主砲は使っていないとまで来ている。
あまりにも強大な力に驚きを隠せなかった。泥によるブーストとは思えないくらいに強化されているとしか思えない。
「相手は彼女だけではないのよ」
さらには、欧州棲姫自身も攻撃を開始した。空母棲姫との制空権の取り合いが拮抗しているということは、艦載機以外の手段を持たない空母棲姫がその場に張り付けられているようなモノになっているということ。そうなると、欧州棲姫の対処は戦艦棲姫の仕事となる。
「させるわけないでしょう。各個撃破出来るならしたいんだもの」
「その程度の実力で各個撃破とは笑わせるわ。纏めてかかってもこれだというのに」
本体と艤装による同時砲撃。本当は生かして決着をつけたいのだが、欧州水姫を見る限りそんなことは言ってられないことは確実。慢心などせず、余裕などなく、眼前の敵を殲滅するために初回から全力を使っていく。まずはこれに対してどういう反応をするかで、次の行動を考えていかなければならない。
「お前は私と一騎討ちが御所望?」
欧州水姫は砲撃を弾き飛ばしていたが、欧州棲姫は逆にそれを軽々と避ける。乗っている水上バイクのような艤装の機動性能が非常に高く、隙が比較的ある戦艦棲姫の砲撃では、一筋縄ではいかない。
そして、回避しながら艤装に備え付けられた主砲による砲撃も開始。欧州水姫のそれよりはほんの少し小振りではあるが、威力は見た目に反して超高火力である。戦艦棲姫の艤装といえど、当たればかなり厳しい。ガードではなく回避を選択。
「空母! 少しはこちらに回せる!?」
「難しい。今は、爆撃させないことで、手一杯」
空母棲姫が食い止めていなければ、この戦場には爆撃の雨が降っているだろう。そんなことまでやられていたら、完全に防戦一方になる上に、下手をしたらそれすらもままならなくなる可能性すらある。
艦載機の扱いに一点集中している空母棲姫がいるからこその、現在の戦況。数的優位はこちらにあるのに、それをことごとく乗り越えてくる。
「泥の効果か。本当に厄介極まりないわね!」
言っていても仕方ないと、今度は砲撃ではなく突撃に切り替える。欧州棲姫からの砲撃は勿論回避しながら、自身の身体を直接ぶつけるために。
欧州棲姫からは泥の反応も見えているため、ある程度近付くことが出来たらそれを消滅させるために泥刈機を使うつもりだ。半分以上の出力で使うことで、戦闘不能にしつつ体内の泥を失わせる。そうすればブーストが失われると同時に、良ければ侵蝕すらも無くなるはず。
「今度は何をするつもりかしら」
「こちらの技術の粋よ。喰らいなさい!」
砲撃を掻い潜り、ある程度の距離まで詰めたところで泥刈機を展開。欧州棲姫に向けて波長を放つ。これは一種の見えない攻撃だ。直感的にまずいと思っても、掠めたかどうかもわからない。
そのため、初見の欧州棲姫は避けようとはしたものの、何かを発射されたわけでもないので、戦艦棲姫の行動を嘲笑う。
「何をしたのかは知らないけど、本当に愚かなのね。不発弾かしら」
「貴女には見えてないだけよ」
その攻撃は、しっかりと欧州棲姫の腕を掠めていた。その瞬間、そこにある泥の侵蝕は失われていく。しかし、掠めた程度であるため、体内で増殖した泥がそれを補完し元通りに。
この時の感覚は欧州棲姫にも伝わったか、少々嫌そうな表情で戦艦棲姫を睨みつける。
「……見えない攻撃と考えればいいのね。直撃を喰らえば、
その言葉に眉を顰める。泥の侵蝕を加護と言ったが、戦艦棲姫達にとってみればそれは
「貴女は真っ先に始末しましょうか。どうせならこちら側に来ない?」
「冗談はやめてちょうだい。一度喰らって最悪な気分になったの。むしろ貴女を解放してあげるわ。あっちの奴もね」
たった2人でも、遊撃隊がここまで押し込まれる難敵。泥のブーストまで入った姫2人は、これでもまだ実力を隠しているようにすら思えた。