激戦続く防衛戦。欧州水姫に一方的に嬲られていたジェーナスと松竹姉妹は救われ、怪我の状態があまりよろしくない松竹姉妹はその場から離れる。撤退するわけでは無く、戦いに巻き込まれない位置で待機するという程度だが、一時的に戦線離脱。
残された仲間は北上達を含めて7人。深海棲艦化によるスペックアップをしているのはジェーナスと薄雲の2人のみであるが、北上と大井という熟練者と、その2人に鍛えられて一人前に仕上がった漣、曙、朧の北上組が参戦しているため、一概に不利というわけではない。
「さて、癖はおおよそ掴んだよ」
「流石っスね北上大先生」
「元々知ってる欧州水姫の定石は捨てたけど、うん、ひとまずはね。ただし、簡単に突破出来るとは一言も言ってないよ」
わかったからと言って、あっさりと攻略出来るわけではない。事前に大概の対策が出来ており、かつそれ以上のことをしてこなかった龍驤の時とは話が違う。そもそもの力が何もかも上。単騎で戦ったら、如何に北上といえど何も出来ずに殺されているだろう。これだけ仲間がおり、漣と共に魚雷を投げつつ、薄雲が鎖による牽制をしてくれているから均衡を保つことが出来ているだけだ。
ここまで見ている中でも、欧州水姫が異常なのはとにかく防御性能である。北上達が出来る手段──戦艦には程遠い砲撃と一流の雷撃、そして薄雲などの搦め手──を全て使ったとして、おそらく突破は無理。
ここに大井達が加わったところで、真正面からぶつかっても無意味な攻撃になる。出来ることは今挙げた要素の範疇に収まってしまうからだ。
「でも、付け入る隙はある。例えば、アイツの左腕」
「ヒビが入ってますな」
「あれ、松竹がやってくれたんじゃないかな、薄雲」
「そうです。ただ、そのせいで松ちゃんも竹ちゃんも」
「殆ど相討ちみたいなモンであんだけしかダメージらしいダメージ入んないのかよー。なんちゅー硬さだ」
しかし、それだけ硬くてもヒビを入れることは出来ているという事実が大事である。条件さえ整えば、欧州水姫の鉄壁の防御にもダメージを与えることが出来るということに他ならない。
「アレを使わせるくらいに攻撃の密度を上げないとなぁ。でも、魚雷は主砲で全部撃ち落とされちゃうし、砲撃はより壊すまでに至らない。薄雲が縛っても、むしろ好都合って言わんばかりに振り回されるし」
ここの部隊で指揮を出すのはもう北上くらいしかいない。それ故に、この戦場のど真ん中、強大すぎる深海棲艦を前に、それを斃す手段を探し続けていた。あらゆる行動に対して、どのような手段をとって防御回避するか。
魚雷を投げているだけでは全てを理解することが出来ないため、漣や薄雲にある程度複数の行動をしてもらうようにしていた。そのおかげで癖はある程度把握出来ているつもりである。
まだ隠し球がある可能性はかなり高いが、現状をどうにかしない限り先には進めない。一歩ずつでも前に進むためには、せめて今の欧州水姫をどうにかする必要はある。
「魚雷がダイレクトに直撃するぐらいでないとダメとなると、あの主砲が厄介だな……」
まず気付いたのは、あくまでも左腕で防ぐのは砲撃だけということ。魚雷くらいの火力ならば、防ぐことも出来ないということなのかもしれない。
実際、竹の魚雷による直接攻撃を受けたことであのヒビが入っているのだ。魚雷ならば、左腕の抑えられるダメージの数値以上の威力があるということ。ここにいるメンバーならば、全員が魚雷を扱える。欧州水姫に絶対に勝てないという理屈にはならない。
しかし、それを補うように戦艦主砲と右腕の主砲を扱い、弱点となり得る攻撃は全て防いでいる。魚雷は間違いなく届かず、そもそも近付くことも容易では無い。竹はその中でも、その身を犠牲にして突っ込んだのだが、それでもヒビを入れるくらいで終わってしまった。
そして、欧州水姫は基本的に回避という行動をとっていない。何もかもを迎撃で済ませている。つまり、回避まで入れられたら手がつけられないということになる。
「お喋りは済んだか。全く、一方的に魚雷を投げ続けるだなんて聞いたことがない。しかし、戦術としてはこれがいいのだろう。現にこの私が攻勢に出れなんだ」
欧州水姫の砲撃がより激しくなる。今までは魚雷の投擲という本来あり得ない攻撃方法を繰り出されたことで様子見をしていた部分もあったが、いい加減に慣れてきたようで、北上を止めるために集中砲火に切り替える。
戦艦主砲の威力は生半可ではない。投げた魚雷は、その衝撃波を受けるだけでも軋み、そして爆発する。その爆炎爆風すらも欧州水姫に届いていないところに、その防御を攻撃に転じてきた。
「まぁ普通の奴ならアレだけすりゃあ結構怯んでくれるんだけどさ、アンタはずっと冷静で困るよ」
「無論だ。獅子は兎を狩るにも全力を尽くすと言うらしいではないか。この私は、相手がどうであれ出し惜しみはしない。貴様のような兎でも、獅子たる私は手を抜くわけにはいかない」
「わかってんじゃん。じゃあ、こんな言葉は知ってるかな。窮鼠猫を噛むってね」
欧州水姫の集中砲火を紙一重で避けながらも、北上はまだ余裕を持ったまま話しかける。当然砲撃の衝撃波も掠めているせいで、一撃一撃で身体が軋むようなダメージを受けているのだが、それも効いていないようなフリ。
そうすることで、欧州水姫の視線は北上に集中していく。漣の砲撃も薄雲の鎖も片手間に弾き飛ばしながらも、直感的に真っ先に北上を始末しなければまずいと思わせていく。
「自らを鼠と称するとは謙虚だな。しかし、所詮は鼠だろう」
「鼠は数集まってデカイのを始末出来るんだよね。これぞまさにジャイアントキリング、大番狂わせってヤツだ。アンタはただのデカブツになってくれるかな」
ここで北上は何を考えたか、欧州水姫ではなくその頭上、照準としてはすっぽ抜けているような場所に魚雷を投げた。まるで手を滑らせたかのように。
明確な視線誘導。冷静な欧州水姫は、当たらない魚雷に対しては視線すら向けない。自分に害を為さないならば、無視で充分。しかし、北上が自信満々に上に投げるというのなら、何かしらの意味があるのだろう。視線は向けず、意識だけは向ける。
そして、これが合図となる。
「っらぁあっ!」
欧州水姫の視線と意識を一瞬でも集中させたその瞬間を狙ったのは、北上組の切り込み隊長、近接戦闘担当の曙である。砲撃が跳ね返され、魚雷も爆破されるのならば、自らを飛び込ませて生身を狙う。同じ砲撃でも、ゼロ距離ならば反応出来まいと、出来る限りのスピードで突撃していた。
「む、こちらにも鼠が1匹」
「2匹だよ」
視線が曙に向いた時には、中距離担当の朧がさらに飛び込んできていた。曙がしゃがみ込んで脚を狙い、朧はその上を狙うように魚雷投擲の構え。
「何言ってんの、3匹だねぇ」
そして、長距離担当の漣が砲撃の構え。三点同時の攻撃。魚雷が直撃すれば、懐に潜り込んだ曙もかなり危険なのだが、そこは北上組の連携が冴え渡っており、爆発の瞬間に曙はそこから離れるくらいは出来る。
「させぬよ。その程度でこの私が、やられるわけが……!」
曙には蹴り、朧には右腕の砲撃、漣には左腕による防御、そして北上には戦艦主砲。三点同時には、四点同時をぶつけることで対処しようと繰り出した。
だが、ここで欧州水姫はふと意識を真上に投げられた魚雷に移した。あの時、北上は何故投げた。この攻撃の合図のためにか。それともそれ自体が攻撃に繋ぐためか。
北上が繰り出した行動に、意味がないことなんて無い。これまでの戦いと口振りから、北上は基本的には何かを企んでいる。全ての行動に、自身を追い込む何かを含んでいる
「グッド。注意力散漫になってくれるだけで充分」
そこからの、大井による砲撃。北上の投げた魚雷を撃ち抜いて、欧州水姫の真上で爆発を起こす。光と音で意識を惑わせたところに、さらに北上が魚雷を放っていた。投げるのでは無く、海中へ。
前から漣、後ろから曙。横から朧、そして下から北上。さらには注意力への攻撃として上から大井。三点ではなく、五点の同時攻撃。ここまでしたら、最後に放たれた北上の魚雷が直撃するはず。
「っあっ、行けぇ!」
モロに蹴りを受けた曙だったが、その瞬間に脚を掴み、ダメージを受けながらもその場から避けられないように動きを固定する。
「素晴らしい。だが! この私に、通用すると思うなぁ!」
欧州水姫の咆哮と同時に、腰から尻尾のように錨が伸びる。欧州水姫の隠し球、ある意味
「鎖なら、私にも得手があります!」
そこに薄雲が重ねる。同じ鎖でも少々細いが、狙いを外させるくらいの力はあるのだから、強引な投擲でも意味がある。
鎖が絡み合い、本来の意図から外れた位置へと移動させたことにより、朧の投げた魚雷は止まらず欧州水姫へと向かう。
「甘い! 甘すぎる! その程度では止まらん!」
北上に向けていた主砲を朧へ。既に魚雷を放った北上本体を狙う必要はないと瞬時に判断したようで、魚雷を処理するために戦艦主砲を放つことでそちらも避ける。
「いや、充分だよ。こっちの意図、読み取ってくれたね。流石大井っち」
北上がニヤリと笑った。その瞬間、欧州水姫の真上に突然、大きな影が出来た。それが何かが、欧州水姫にはすぐにわからなかった。
「
真上から降ってきたのは、重装艤装を展開したジェーナス。春雨を参考にした艤装展開による超加速を使った跳躍で欧州水姫の上を取り、北上が投げて大井が撃ち抜いた魚雷の爆炎に紛れて最後の一撃。
「き、貴様ら……!?」
「上への視点は一番薄れるでしょ。だから、大井っちに合図しておいたのさ。どうにか上から攻撃出来ないかってさ」
魚雷を投げつつも、北上は大井にアイコンタクトを送っていたのだ。上から頼むと。魚雷を上に投げたのもその一環。
そこから大井が思い付いたのが、ジェーナスそのものを武器とする手段。アレだけの砲撃を受けてそのカタチを保っていられるくらいの強度ならば、上から落ちれば欧州水姫にもダメージが与えられると判断。
「ぬお……っ!?」
その目論見は上手く行き、欧州水姫の真上から押し潰すように叩きつけ、そのまま質量によって戦艦主砲をひしゃげさせた。曙もその時には拘束を解いてそこから離れていたため、ジェーナスに巻き込まれたのは欧州水姫のみ。
「そのままっ、潰すから!」
「こんなところで、この私がやられるわけがなかろう!」
しかし、戦艦主砲はやられたかもしれないが、欧州水姫から突如黒い靄が溢れ始めた。まずいと感じた北上は、すぐさまジェーナスに離れるように促し、それを聞いたジェーナスは艤装の展開を利用して欧州水姫から離れる。
それもダメージになるはずなのだが、まるでブレることなく靄に包まれていった。
「こっからが本気ってことかい。今まで随分と出し渋ってくれたねぇまったく」
北上の顔に冷や汗が流れていた。ここからまた勝ち目を探さなくてはいけないと思うと、骨が折れそうだと嫌そうな顔。
「ここまで出させたのだ。光栄に思うがいい。私も貴様らに敬意を表し、全身全霊、全力で向かわせてもらおう」
靄が晴れた時には、欧州水姫の姿はより黒く染まっていた。