北上達の連携により、欧州水姫を追い込むことに成功したかと思いきや、何やら黒い靄が溢れるように身を包み、それが晴れた時には本気へと移行していた。
今までも欧州水姫は比較的黒い見た目だった。艤装も服装も黒く、違うところと言えば髪と肌とマントの内布くらい。しかし、黒幕の泥をさらに溢れさせたからなのか、髪も黒く染まっている。また、晴れた靄は微かにだが身体から立ち昇っており、どう見ても近付くのはまずいと感じさせる
「ここまで出させたのだ。光栄に思うがいい。私も貴様らに敬意を表し、全身全霊、全力で向かわせてもらおう」
数人は見覚えのある紫色の炎が瞳に灯ったかと思えば、ヒビの入っていた左腕の艤装が修復されていく。さらには、たった今ジェーナスが決死の覚悟で飛び込んだことによりひしゃげさせた戦艦主砲すらも元に戻っていった。
「マジか……自己修復とかいつの時代のやべぇ奴だよ」
小さく舌打ちをする北上。過去に自己修復をする敵というのがいたことを思い出していた。決着をつけることが出来ずに戦いが翌日にもつれ込んでしまった時、破損させた艤装がある程度修復されるというとんでもない個体。思い出したくもない過去の遺物。
それとほぼ同じ能力を、目の前の欧州水姫は発揮してしまった。しかも、修復の瞬間を目の前で見せるという絶望感。おそらく本気となったことで破損がリセットされたものだとは思われるものの、ここからはまた同じように全員の力を合わせても無駄になる可能性があるかと思うと、弱気な者なら心が折れるような光景。
「壊しても直るってなら、もう一度壊してやるわよ!」
しかし、ここにいる者達はそんなことで心は折れない。それを証明するように叫んだのは曙。恐怖を振り払っているようにも見えるが、むしろこの状況で溢れてくるのは怒りだ。
生まれてすぐに侵蝕され、トラウマを植え付けられ、それでもそこから解放されてまともな艦娘としてようやく成長してきたところに、敵わないような敵が眼前にいるという事実が耐えられなかった。
勝ち気で反抗心が強い曙にとって、それは怒りにしかならない。理不尽に対する怒り。もう少しこの溢れた感情が多かったら、叢雲のようになってしまっていただろう。いや、この場でもし欧州水姫に殺されかけるなら、間違いなく感情が溢れる。
「ぼのたんの言う通りじゃい! こんなところで折れるわけにゃあいかんのじゃ!」
「当たり前。朧達は、これ以上の辛いことを知ってるんだ。こんなことで折れるわけが無い!」
曙に呼応するように漣と朧も叫ぶ。自分に活を入れるように。
曙も含めた北上組には、勝ち目が見えない敵くらいで簡単に折れるような心は持ち合わせていない。これよりも怖いこと、
3人が3人、全く闘志を失っていない瞳。勝ちを掴み取るためならばなんだってやってやるという決意と、強大な敵に立ち向かうための勇気が滾っていた。
「いいね、流石はあたしの教え子。こんなことじゃあ挫けるわけないか。アンタ達はどうだい。薄雲、ジェーナス!」
ニヤリと笑いながら、深海棲艦の仲間達に声を上げさせる。無論、その心は折れていない。
「そんなの決まってるわ! ここで挫けたら、私達の居場所が危ないもの! まだ負けてないんだから!」
「はい、ジェーナスちゃんの言う通りです。施設を守るためにも、崩れるわけにはいきません!」
あれだけのことをやってようやく通った攻撃が、数秒で無駄にされた。これは辛いところではある。特にジェーナスは、あそこまでやったのに無かったことにされたことが、内心では泣きそうなくらいに気分が悪い。
だが、曙の言う通り、修復されてしまったとしても、もう一度破壊して仕舞えばいい。一度上手く行ったのだから、また上手く行くはずだ。なればこそ、ここで立ち止まっているわけにはいかない。
「大井っちは、聞くまでもないね」
「はい、私は北上さんと共に行きますから」
いつの間にか北上の隣まで移動してきていた大井は、ほぼ無条件で北上に賛同。むしろ、隣に北上がいて、当人がやる気満々なのだ。こんなところで折れる理由なんて無いし、それどころかやる気を見せる北上というだけでもそれなりにレアだったりするので、大井としてはそんな北上の隣に立つことで充足感を得られている。
「私が見ていないと危なっかしいですしね」
「苦労をかけるね。あたしの性分でさ」
「いえ、こちらも私の性分なので」
ニコッと笑って拳を突き合わせる。そして、未だ靄が湧き立つ欧州水姫を睨みつけた。
「皆、ここで死ぬ覚悟は良さそうではないか。ならば、望み通りにしてやろう」
「いいねぇ、痺れるねぇ。でも、あえてここは言わせてもらおうかね」
北上から笑顔が消えた。基本的に何処かヘラヘラしているイメージが強い北上が、ほとんど見せたことのない真剣な表情を見せたことで、欧州水姫のみならず北上組や施設の仲間達すら悪寒が走った。
それを知るのは大井のみ。この顔を見せた北上は、
「かかってこいよ真っ暗な姫」
「よかろう、ならばその鼻っ柱を折ってやろうではないか。この私の直感が告げている。貴様を真っ先にやらねばならないとな!」
その悪寒を払拭するためか、靄が脚に回ったかと思った瞬間に爆発的な加速。今までその場に止まる防御的な戦い方から打って変わって、突撃を主体にした攻撃型の戦い方に。その速さは脚の伸縮を利用する春雨や、艤装の展開を利用するジェーナスの速度に近いモノ。それを戦艦の身体で行なってくるのだから、
しかし、北上は一切動こうとしない。視線も逸らすことなく、その動きを観察する。
今一番警戒しなくてはいけないのは、欧州水姫の身体から立ち昇る靄だ。それはまるで湯気のように身体の表面を揺らめき、黒く染まった髪と共に真っ白な肌を黒ずんで見せる。それが今まででも強力だった身体性能をより底上げし、自己修復までやってのけてしまった。
「常に漏れ出てる、か。なら、時間をかければガス欠を起こすだろうね」
その突撃を止めるために、真正面に魚雷を放り投げる。今までよりも鋭く、速く。欧州水姫が突撃する速度も合わせれば、今までの数倍の速度が出ているように錯覚する。
「甘い、甘いぞ! この私が力を失うのを待とうというのならば片腹痛いな! そうなる前に貴様らを殲滅することくらい、造作もないことだ!」
だが、靄を纏った欧州水姫は一味違った。魚雷すら左腕の艤装で殴り飛ばし、爆破させてしまった。そうしても身体どころか艤装も無傷。いや、無傷では無い。ヒビが入った瞬間にその位置に靄が強く立ち昇り修復してしまっている。
完全な自己再生。ほぼ無敵と言えるくらいの肉体を得てしまった。
「いや、出来ないね。その身体、相当無理してるタイプだろ。長く保たない」
真っ直ぐ見据えて突撃を回避する北上。余裕なんてないが、口だけはいつもと変わらず。また、避けながらも他の仲間達に小さく合図していた。指の動きと、ステップで。
それを解析出来るのは大井だけ。常に傍に立ち続けるからこそ、その一挙手一投足の意味を瞬時に判断出来る。北上が最も頼りにしているだけあった。
ある意味、海風の目指すカタチがそこにある。ここにいないのが惜しいくらい。
「その靄、
パッと見ただけでここまで分析していた。本気でここにいる者達を皆殺しにするために、後の事を考えずに出せる力を出してきていると感じたのは、靄の出方。最初の自己修復と、今の自己修復の時、左腕の艤装は欧州水姫の内側から漏れ出した靄を吸収して
しかし、ブーストが激しくなっているのは事実だ。出力を倍近くにしているために、あらゆるスペックが跳ね上がっているのは否定出来ない。当たり前だが、どの攻撃が当たっても致命傷になり得るし、掠めるだけでも靄の分だけ威力や影響力が上がっている。
「その靄、黒幕の泥なんだろ。加護だか祝福だか知らないけど、身を滅ぼすものなんて加護とは言わないんだよ」
殴りつけつつも戦艦主砲を北上に向ける欧州水姫。北上の言葉を聞いても、眉一つ動かさず、黙々と殺すために行動。
近付いてからの戦艦主砲は回避が極めて困難であり、直撃を避けたとしても激しすぎる衝撃でダメージを与える策。
案の定、この至近距離での砲撃は北上の身体を蝕むように軋ませる。その激痛に顔を顰めるが、視線はあくまでも欧州水姫から外さない。視線だけで射抜くように。
だが、顔を顰めた瞬間を見ていたため、欧州水姫は追い込むならば今だと判断した。至近距離での戦艦主砲の連射は、一発一発が北上の身体を軋ませる。直撃は免れていても、ダメージは積み重なっていく。
さらにはそこに両腕による攻撃まで含まれるのだから、北上は回避に専念せざるを得なくなった。
「ったた、そんなにあたしばかりに集中していいのかな。まぁ目が離せないのはわかるけどさ。あたしから目を離した瞬間に、その首を掻き切るからね」
「ぬかせ。だが、貴様はこの中でも最も危険であることは私でも理解出来る。最初に潰さねばならない存在だ。それだけ認めているのだよ」
「そりゃあ光栄だ。だけど、あたしはアンタを認めない。結局のところ他人の力に頼ってる。アンタの力だけならあたし1人にも勝てないってことだ。あのお方とやらの力で、その身を削って頑張らないと勝てない。しかも、身を削ってるってことは、祝福なんて言いながらアンタも使い捨ての駒ってことだ。そんなヤツに忠誠を誓ってるだなんて、敵のあたしから見ても惨めなんだよねぇ。誇りはあんのか誇りは」
ここで北上節が炸裂する。自分のことならまだしも、主のことをバカにされているような言い分に、欧州水姫は若干だが気分悪そうに怒りを見せる。
琴線を見つけたと北上はほくそ笑み、ここで畳み掛ける。北上の真骨頂、口撃の時間。
「あの黒幕は自分以外はどうでもいい、ただの我儘なお姫様だ。暴君っつってもいい。そんなヤツに仕えてるアンタ達が可哀想で仕方ないよ。しかも、泥の侵蝕が理由なんじゃなく、それが無くてもなんでしょ? まるでインチキ宗教にハマってる哀れな信者って感じがしてさ。いやいや、それを頼らなくちゃいけないくらい切羽詰まってたのかな。いや、申し訳ない。心神喪失状態の相手をバカにするみたいなことをするのはあまりよろしくなかった。悪いのは全部インチキ宗教の教主様である黒幕だもんな。アンタは悪くない。他人様を利用して思い通りにしようとしている嫌がらせの達人である黒幕がぜーんぶ悪いんだ。ゴミカスみたいな偽神はあたし達が始末しておくから、目を覚ましなよ哀れな子羊」
話しながらもニヤついてきた北上に、欧州水姫は苛立ちが強くなる。それこそ北上の思うツボ。
「貴様は口だけはよく回るようだな」
「お陰様で。ずっとこういうカタチでやらせてもらってるんでね。そうすれば、アンタみたいなヤツでも、あたしに目が向くでしょ」
ニヤリと笑う。その瞬間、猛烈なスピードで突撃してきたジェーナスが背後から戦艦主砲に体当たりをぶちかましていた。
「っく……また貴様か」
「それだけじゃないよ。アンタは違うだろうけど、あたしには仲間がいるんだ。こんなにもね」
北上に視線が向いたと感じた瞬間に、大井が合図を出していた。ジェーナスの体当たりを皮切りに、全員が一斉に攻勢に出たのだ。