「それだけじゃないよ。アンタは違うだろうけど、あたしには仲間がいるんだ。こんなにもね」
北上に視線が向いたと感じた瞬間に、大井が合図を出していた。ジェーナスの体当たりを皮切りに、全員が一斉に攻勢に出たのだ。
「パワーが上がってるのはわかってんだ。でも、あたしらは今からそれを崩す。戦いは、パワーだけじゃあ無いのさ」
ジェーナスの突撃の衝撃で気がそちらに向き、他の仲間達も一斉に向かってきたことで余計に気を散らせる。ただでさえ忠誠を誓う黒幕をこき下ろすような発言をされて苛立ったところに、雪崩れ込むように突っ込んでくる敵の群れ。これで集中力を乱されない者など早々いない。欧州水姫も例に漏れず、苛立ちが強くなる。
「この……っ」
「いいねぇ、ちゃんと煽りは効いてるじゃん。愛しのご主人様がバカにされたら、いくらアンタみたいな奴でもキレ散らかすんだ」
ケラケラと笑いながら魚雷を投げる北上。意識が一瞬でも仲間の方に向いたならば、自分の攻撃はさらに命中しやすくなる。わざわざ近付いてきてくれているのだから、的も大きい。
「小癪だな、貴様は!」
「それで結構。アンタが強いから悪い。あたしゃ勝つためには手段を選ばないよ。使えるものは全部使う。状況も、
「ならば、私も見習わせてもらおうか!」
欧州水姫はその魚雷を爆破させることなく左手で掴んだ。ただ弾くだけではなく、繊細な動きでやんわりと止めることも出来るらしい。
さらには、その魚雷を背後から突撃してくる者達へと投げつけてしまった。当然ながら、これに直撃しようものなら致命傷は免れない。
「ぶっ壊すから、潜ってくだせぇ!」
それを即座に対処したのは漣だ。遠距離担当ということもあり、砲撃の精度をかなり高めており、突如投げられた魚雷だってすぐに対応出来る。
爆炎だけはどうにも出来ないが、むしろこの程度ならば日々の特訓で考慮されているため、少し髪が焦げる程度でもお構いなしに突っ込めるくらいの選択は出来る。
「こっちの手段がこっちに効くわけないでしょうが。そのお粗末な考え方も、アンタのご主人様のせい? それともアンタがそもそもお粗末?」
爆炎が巻き起こるということは、向かってくる者達の姿が見えなくなるということ。そして、そんな爆炎などお構いなしに突っ込んでくる者しかここにはいない。
「はっ、ならば全員蹴散らしてしまえばよかろう!」
後ろから突撃してくる北上の仲間達をどうにかするため、靄を撒き散らしながらも身体を捻り、その間を戦艦主砲を連射する。殆ど範囲攻撃みたいなもので、乱雑ではあるものの最も効果的な手段となる。狙いを定めることなく、点ではなく面の攻撃。これならば爆炎など関係なしに、範囲内の全員を始末出来る。
一転攻勢に出た仲間達は、ジェーナスを筆頭に殆どの者が欧州水姫の背後に回っている。北上に接近しているのだから、こうなるのは当たり前。そのため、面の攻撃は欧州水姫から見て後ろ半分にばら撒けば、ほぼ全員に影響を与えることになる。
「全員、私の後ろに!」
そこで1人壁となったのはジェーナス。何発喰らっても、まだあの戦艦主砲は重装艤装を貫くところまでは行かない。そのため、未だに鉄壁は健在である。靄による追加ブーストがかかっても。まだまだ受けることは出来るだろう。
そして、案の定ジェーナスにその砲撃が直撃する。ガギンと前よりも酷い音が鳴り響いたが、ジェーナスの艤装は少々凹んだだけで、後ろはともかく中にまでダメージを与えることは無かった。
いや、ジェーナスだけはどうしても消耗してしまう。艤装が凹めば凹むほど、ジェーナスの体力は持っていかれる。松竹姉妹を守るためにもう何発も喰らっているし、艤装の強度を活かした体当たりなんてことまでしているのだから、身体に怪我は無くとも、体力の消耗はかなりのものだ。
それでもジェーナスは意地でも倒れない。仲間を守るため、その艤装で矢面に立つ。それが自分の出来ることと理解し、この艤装が壊れるまでは自分が誰よりも前に立ち、全てを受け止める。
被害は自分だけでいい。それが一番いい。自己嫌悪が溢れているジェーナスにとって、自己犠牲で仲間を守ることが出来るのならば後腐れもなく気が楽。故に、十全の力で守りに徹することが出来た。
「
鼻で笑いながら煽る北上は、話しながらも魚雷の投擲を続ける。相変わらず主砲を持たないスタイルなので、先程と同じように利用されそうになるが、そこは同じ轍を踏まない。2本同時に投げ、かつそこに3本目を重ね合わせることで、掴んで別方向に投げ直すという回避方法を封じに来ていた。
「小賢しい!」
その魚雷に対しては、右腕の主砲。怒りを露わにしながらも、それを瞬時に判断出来てはいる。それではまだ思い通りには動いてくれないと、北上はもう少し煽る方向へ。
「あの黒幕に何の思い入れがあるかは知らないけどさ、アンタには損しか無いと思うけどね。どうせ事が済んだら捨てられるよ。アレはそういう奴だ」
「貴様に何がわかる」
「わかるね。これまでどれだけ戦ってきてると思ってんの。こんだけ見てれば、性格くらい分析出来るんだよ」
実際、北上は黒幕の性格分析をしているわけでは無い。ただ、ここまでのやり口を見る限りでわかることは多々ある。その1つが、自分の
「部下に思い入れなんてあるわけがない。そもそも、最初の器で一番可愛がっていたであろう龍驤が負けて戻ってこなくなっても、自分から取り返すって考えに至らない時点で、全員使い捨ての駒くらいにしか考えてないね」
そのおかげで鎮守府は研究が進んだのでラッキーではあるのだが、それは黒幕の在り方に繋がるモノでもあると考えている。
本当に大事なら、間違いなく自分から取り返しに来るはずだ。なのに、龍驤がやられても拠点から出てこない。取り返すための部下を送り込んでくるわけでもない。やられたらやられっぱなし。そのくせ、やられたことに対して復讐心を燃やして力を上げているのだからタチが悪い。
「それがどうした」
しかし、欧州水姫はそれだけ言われても折れることは無かった。むしろ、攻撃の精度は更に上がる。
侵蝕されていなくても忠誠心を持つ欧州水姫は、現在侵蝕されているのだからより強い忠誠心を持たされているだろう。そのため、自分が駒であると言われたところで、それを受け入れてしまうくらいに洗脳されていた。
主を馬鹿にされていることには怒りを見せるが、自分の扱いに対しては疑問すら持たない。
「ホント哀れよね。駒であることに誇りを持ってんの? クソすぎよ」
そんな欧州水姫に対して、曙すらも憐れみの目を向けていた。自分も経験があるからこそ、同じ境遇、いや、それ以上に堕ちている者を見たら、こんな顔もしてしまうもの。
「使い捨てにされて喜べるなら、あたしが直々にゴミクズにしてやるわ! 救うだなんて意味がない!」
ジェーナスの陰から飛び出した曙が、一気に間合いを詰めた。戦艦主砲では近すぎて照準を定められないような位置まで突撃し、殆どゼロ距離というところまで来たところで、徐に取り出したのは小型化された泥刈機である。近接戦闘を得意とする曙のために作り出された、至近距離で治療をするための波長照射装置。
掠めても泥が増殖して意味が無くなるかもしれないが、身体の中心に撃ち込んでやれば話は変わるはず。しかも、出力MAXならばそれだけでもダメージになる。
「甘く見られたものだ、なっ!」
しかし、至近距離であるということは、欧州水姫の左手も脚も届くということになる。
蹴りは先程モロに喰らっているものの、その時は靄を纏っていなかった。今は靄による追加のブーストがかかっているため、その蹴りは先程よりも速く、威力も高い。それが腹にまともに入ってしまい、曙は猛烈な吐き気に襲われる。さらには、骨が数本イカれた音まで聞こえた。
「学習、しないわね……。さっきのこと、もう忘れたのかしら……!?」
それだけされても、曙は再度脚を掴み拘束する。これならば、波長を直に叩き込む事が出来るだろう。
それに、欧州水姫の体表を漂う靄は、曙が掴んでいる脚からは失われていることがわかった。これは、ここにいる全員が身につけている、泥避けのバリアの装備が影響している。
身体中全六箇所に装備されたバリア発生器で靄が消えたということは、侵蝕性の泥と同様の性質を持つモノだということ。至近距離であればあるほど、欧州水姫のブーストは失われるということになるのだ。
「小癪な。華奢な貴様に、この私を、今の私を、止められると──」
「曙ちゃんだけなわけ、無いですよ!」
すかさず飛んできたのは薄雲の鎖だ。先程は膂力で外されたりしたものの、今回は一味違う。曙の決死の特攻により、装備しているバリアが通用することがわかったのだ。
それ故に、薄雲も博打に出た。自分も渡され、両腕に装備していたバリア発生器を、何と鎖の先端、主砲に括り付けていたのである。
今のままで泥を投げつけられたら、薄雲は侵蝕されてしまう可能性が非常に高い。バリアが不十分であるため、肌に張り付いたらアウト。その心の傷は決して癒えることはない。
それでも、ここでやるのならこうするべきだと、トラウマを振り切った。
「ぬぅっ!?」
曙が脚を拘束してくれているおかげで、薄雲の鎖は欧州水姫の胴と左腕を縛り上げる。そして、バリア発生器が括り付けられた主砲は欧州水姫の背部の艤装に絡まった。
「貴様……この私は拘束出来なかったろうが──」
「出来るよ。今の貴女は、さっきよりも弱くなってる」
さらに躍り出たのは朧。左腕が封じられたことを確認したため、中距離からの砲撃に切り替えた。そこに装填されているのは、実弾ではなく模擬弾。大塚鎮守府でも使われた、被弾した瞬間に泥が失われる治療薬を内包する必殺の弾丸。
心の底から忠誠を誓っている欧州水姫には無意味かもしれないが、今ここで勝利するためには、治療してしまえばブーストは失われる、体内の泥を消すことが優先だ。
「ぬああああ!」
吼える欧州水姫。バリアに包まれブーストが失われつつある状態でも、本来の膂力で強引に引っ張り、朧からの砲撃を辛うじて避ける。
その力は尋常では無かったが、薄雲は動かさないようにと必死に鎖を引っ張った。鎖を握る手のひらに血が滲むが、知ったことではない。
「力んだね。なら、今はそれに一生懸命ってことだ」
しかし、近くに北上がいるということを忘れてはいけない。魚雷を扱うだけではなく、近接戦闘までしてしまうのが北上だ。久しぶりに魚雷を逆手に持ち、スクリューを限界まで激しく回してゼロ距離へ。
「巫山戯るなぁ!」
欧州水姫も抵抗はやめない。北上が至近距離に来たことを見越して、今度は右腕。砲撃だけでは止まらないと察したか、そのまま殴りつける方向に持っていった。むしろ、北上が持つ魚雷を叩き落とすためにも、それを狙って主砲を突き出す。
それが北上の狙いだ。
「っし、こうすりゃいいね!」
北上は魚雷を使わなかった。殴り飛ばされる瞬間に魚雷を消し、突き出された拳を受け止め、そのダメージを受け流すように身体を移動させた後、そのままその腕を絡め取る。いわゆるアームロックの状態。
欧州水姫の膂力から考えれば、いくら艤装のパワーアシストがあっても完璧なロックにはなっていない。それでも、右腕に密着しているということは、北上が装備しているバリア発生器の影響をモロに受けているということ。靄は一層薄れる。
「貴様らぁ!」
「悪いね。これはチーム戦なんだよ。勝ちゃいいのさ勝ちゃ」
北上への苛立ちは最高潮に達したか、拘束されて当たらないにもかかわらず、右腕の主砲を連射。実際、これで衝撃を何発も受けることになるのだが、北上はびくともしない。砲撃の熱で身を焼かれていても、顔色一つ変えない。
「お前らぁ! もう少しだぞぉ!」
北上の咆哮に、より一層力が入る。逆に、欧州水姫にはついに焦りが見えてきた。現在3人に身体を拘束されて、発揮した靄がどんどん薄れていくのが嫌でも理解出来た。
「まだだ、まだ終わらん!」
両腕と片脚を封じられたことで、欧州水姫が扱えるのは拘束されていないが自分を支えている片脚、戦艦主砲、そして第三の腕である錨の尻尾のみ。
ならば、錨の尻尾で北上を刺し貫いてしまえばいい。これだけ近いのだから、外すことも無いだろう。
「これは使っちゃダメダメよぉ!」
それを真っ先に察知した漣が強引に拘束した。のたうち回られたら厳しいが、一瞬でも隙が作れれば充分。
「このっ、小賢しい! ならば──っ!?」
残された戦艦主砲を放ち、その強烈な衝撃をゼロ距離でぶち込もうとした瞬間、その主砲が突然爆発した。何が起きたのかとそちらに視線を向けると──
「私達の、こと……」
「忘れんなよな!」
一歩引いた位置にいた松竹姉妹が、戦艦主砲に向けて砲撃を放っていたのだ。深海棲艦化したことで強力になった砲撃が、見事に主砲を破壊する。
退避させて意識の外に置いたことで、完全な不意打ちとして機能した。完璧なタイミングでの復帰。
指示をしたのは当然大井。
「流石大井っち。あたしの意思をしっかりわかってくれるね。最高だよ、相棒」
「勿論です。これくらいしなくては、北上さんの隣には立てませんからね」
そしてその大井は、拘束されていない最後の片脚へと近付いて触れる。
この瞬間、欧州水姫を包み込むバリアが、体内の泥を全て掻き消した。これにより、靄は完全に消滅。欧州水姫の力を底上げする源は、完全に消え去ったのである。