欧州棲姫の持つ弩は大剣へと変化し、その一閃は戦艦棲姫の艤装の腕を両断した。
戦艦棲姫とビスマルク、そして艤装の3人がかりの砲撃もあたり前のように回避して迫撃してきた上に、その勢いに任せたわけでも無く軽々と大剣を振り回す。さらには、深海棲艦の艤装をも簡単に斬り裂いてしまう鋭さ。艤装でコレならば、本体ならばより簡単にやられてしまうだろう。
この一撃を受けて、戦艦棲姫は再展開を試みる。しかし、一度消すということは、今のままでも厳しいのに、攻撃を分散させる人員が1人減るということに繋がる。即座にそれを選択するのは難しい。
加えて、戦艦棲姫は艤装の展開が
「……っ、オッケー。貴方の意思は伝わってくるわ」
戦艦棲姫は艤装の意思を汲み取る。それは、再展開せずにこのまま戦わせてくれというモノ。後ろに回ってしまっては、主が守れないと。
「頼んだわよ。すぐに元に戻すから」
故に、片腕が落とされた状態での戦闘を選択した。余裕が出来るかはわからないが、タイミングとしては今では無い。欧州棲姫の未知の力を見てからでなければ、タイミングを測ることも出来やしない。
「近接攻撃まで出来るわけ!?」
ビスマルクも流石にこれは想定していなかった。以前に戦った欧州棲姫は、あくまでも弩で艦載機を発艦させるのみだった。
それなのに、見た目通りに変化させて、何よりも攻撃力の高い必殺の武器になっている。近付かれたらまずいどころか、砲撃よりも致命傷になるだろう。
「ふふふ、この力に屈するだけで、貴女達の命は保証してあげるわ。でも、抵抗するなら残念だけれど、ここで死んでもらうしかないわね」
すかさず大剣を弩に切り替え、かなり至近距離だというのに追加の艦載機を発艦する。空母組が対処している艦載機はそのままに、さらに増やしてきた。
この艦載機も当たり前のように増殖の機能を有しているのだが、そんなことよりも砲撃でも避けられるかわからないような距離で発艦されたことが一番の問題。避けることがかなり難しく、直接ぶつかってこられるだけでも厳しいのに、当たり前だが射撃や爆撃まで繰り出してくるだろう。
「止めなさい!」
すかさず戦艦棲姫は艤装に指示。欧州棲姫に最も近い位置にいる艤装が、残された腕を振り回して、至近距離で発艦された艦載機を強引に止める。
それと同時に戦艦棲姫はバックステップし、泥刈機による波長の照射。今の戦艦棲姫には艦載機の構成要素はわかっていないが、至近距離にいるのだからうまく作用するはずと、自分の艤装の陰から泥を消し飛ばす。
すると、波長は自身の艤装に影響を与えることなく貫通し、発艦した艦載機が見事に消滅した。完全に泥で出来ていることを証明することとなる。
「あら、残念ね。でも、無理矢理止めたんだもの。それが代償となるわ」
その声が聞こえた時には、欧州棲姫の持っていた弩は再び大剣に切り替わっており、風圧を感じるほどの斬撃の後。戦艦棲姫は艤装を前に出していたのでその目に映ることは無かったのだが、ビスマルクはしっかりと目に焼き付けていた。
その刃が、戦艦棲姫の艤装を袈裟斬りにする瞬間を。
肩口から腰に向けてバッサリ。腕よりも分厚いはずなのに、いとも簡単に、何の力も加えているようにも見えず、当たり前のように一刀両断。
そして、まるで居合斬りで斬られた巻藁のように、ズルリと艤装の身体が傾く。艤装だからまだマシかもしれないが、今まで艦娘や深海棲艦と同様に活動していたような艤装がこうなったのだ。ビスマルクは目を見開いていた。
「捕らえろ!」
それでも、戦艦棲姫はギリギリまで艤装に指示を出す。再展開の余裕が無いのならば、最後の最後まで力を振り絞る。酷使しているわけではない。本体と艤装の盟約がそうなっているからだ。戦艦棲姫だって、艤装がやられたことに何も感じていないわけがない。
戦艦棲姫の艤装は意思を持っている。主である本体を守るため、紳士的に守護し続けることを、自ら望んでいるのだ。再展開すればある程度の損傷が失われる艤装とは違い、本体が死んだら元も子もない。故に、このような消滅寸前の状態でも、忠義を尽くし続けた。
「素晴らしい忠誠ね。それはあのお方に向けるべきだと思うのよ。勿体無いわ」
しかし、伸ばした手も返す刀で斬り飛ばされ、そのまま艤装が倒れ伏す。そして、そのままサーッとその存在が消えた。戦艦棲姫はそのまま残しておくわけにはいかないと生体艤装だけを一度消したのだ。両腕を失ってしまっては、もう何もすることは出来ない。
ここから再展開をしたいところだが、こうなってしまうとなかなか難しい。展開の際に確実な隙が生まれてしまう。それを狙われるのは、火を見るより明らか。
そもそも、ここからは艤装が失われて2人で戦わなければならない。今までも厳しかったモノが、余計に厳しくなるだろう。そこでそんな隙を見せるわけにはいかない。
「くっ……いや、まだよ。再展開は出来る」
「構わないけれど、そういうのはある程度余裕を持った状態の方がいいと思うわ」
すかさず砲撃も繰り出す欧州棲姫。いくらバックステップをして間合いを取っていたとしても、艤装を斬り払えるくらいには近付いているのだ。その砲撃の回避は至難の業。
艤装を背後に展開する一瞬の隙をつかれるのは明白。水上バイクに乗っているのに瞬時に詰め寄られる速さは既に知っている。
だが、戦艦棲姫の心は折れるどころか強く燃え上がっていた。再展開出来るとはいえ、自身の艤装があそこまでやられたのだ。怒りが湧かないわけがない。
「どれくらい時間を作ればいい」
そんな戦艦棲姫を見たビスマルクが、泥刈機から波長を照射しながら問う。ここまで近付かれている状態で、砲撃と斬撃、そして超至近距離からの艦載機発艦を回避しながらでも、ビスマルクは的確な回避方法を選択していた。むしろ、少しずつだが精度を上げているようにすら見える。
「ほんの少しでいい。1秒も要らない。再展開して、前に出すだけの時間をちょうだい」
「Gut. このビスマルクに任せなさい。奴の動き、充分に
ニッと笑みを浮かべた瞬間、ビスマルクの手には
ビスマルクは戦艦娘の中でもかなり珍しい、魚雷を扱える戦艦だ。とはいえ、専門家である
だが、ビスマルクはこれを戦術に取り入れることにした。そう考えた理由は、ほんの少し前。欧州水姫に立ち向かう北上を見たことである。魚雷はあくまでも砲撃をサポートするモノという認識だったビスマルクに衝撃を与えた、投擲という突飛すぎる戦術。それはこの状況にも有効だと判断した。
「初めてでもそつなくこなすのが、このビスマルクよ。貴女が艤装を展開する余裕くらい、私がしっかり作ってあげる」
言いながらも魚雷を投擲。まるでダーツのように欧州棲姫へと向かっていくそれは、北上のコントロールには及ばなくとも、初心者とは思えない的確な場所へと見事に飛んでいく。
「あら、今度は貴女? じっと見ているだけでも良かったのに」
「見ていたからこそわかることがあるのよ。私が監査役を受け持っている理由を、貴女の身体に直接刻んであげるわ」
ビスマルクが投げた魚雷を軽々回避した欧州棲姫は、お返しと言わんばかりに砲撃を放つ。その砲撃は魚雷を巻き込んで爆発させたが、ビスマルクは当然、それを回避して突撃。
「近付くということは、今の艤装と同じ目に遭いたいということよね。それとも、ようやくあのお方の偉大さに気付いて跪きに来てくれるのかしら」
「冗談ばかり言うのね貴女は。私はビスマルク、敵に
ビスマルクが接近してきたために、弩は大剣へと変化。触れただけでもズタズタに斬り裂かれてしまい、艤装で防ぐことすら出来ない程の鋭さを持つそれに対して、ビスマルクは臆すことなく真正面から向かう。
その立ち位置は、欧州棲姫の視界から戦艦棲姫を隠していた。艤装を展開する余裕は十二分に与えられる。しかし、ただ展開するための時間を稼ぐために、その身を犠牲にするのは違う。
「ビス──」
「心配しなくていいわ。もう私には、欧州棲姫の動きは
欧州棲姫はビスマルクの突撃に対して、当たり前のように大剣を振るう。その上半身と下半身を分離させるかのように、砲撃をしながらもかち上げるような斬撃。
モロに喰らえば、脇腹から真横に真っ二つである。艤装すら盾にならない。さらには回避ルートを砲撃で潰されており、それも直撃してしまったら木っ端微塵。
「だから、見えていると言っているでしょう」
しかし、ビスマルクはその砲撃と斬撃の僅かな隙間を潜り抜け、艤装すら消して飛び込み、その胸に蹴りを叩き込んだ。
「っ……!?」
さらに、蹴りが当たった瞬間に脚部艤装を展開。その衝撃により、欧州棲姫を大きく蹴り飛ばすことに成功した。
この蹴りは、穏健派の深海棲艦の情報として展開された対龍驤戦の映像から、春雨が決めた心臓を一瞬止める蹴りを参考にして繰り出された。
ほんの一瞬だけ脚を伸ばすということは艦娘であり五体満足であるビスマルクには出来るわけがないのだが、脚部の艤装の展開ならば可能。
奇しくも、誰も知らないであろう吹雪の近接攻撃と同様の効果が発揮される、渾身の蹴りとなった。
「大剣は使い慣れていないわね。振るのは速いけれど、一度避けてしまえば二撃目はすぐに来ない。砲撃は艤装に備え付けていて手に持っているわけでもない。懐に入れば射線から外れる。弩のままなら艦載機で迎撃出来ただろうけど、艤装の切り替えをするつもりはなかった」
その眼力により、この欧州棲姫の行動の分析は、ビスマルクの中では出来ていた。勿論、自分の力を超える動きをされてしまったらどうにもならなかっただろう。それでも、分析の末に、斃せずとも一度は突き飛ばせると判断。今それを実行するに至る。
監査役を担っているビスマルクは、監査相手の一挙手一投足から、その行動を読み取る。万が一、監査中に攻撃の意思を見せた場合、それを瞬時に見抜いて返り討ちにするくらいの実力は持ち合わせていた。
それがビスマルクの力として昇華されている。相手の行動から、次の行動を予測する能力。直感的に動ける春雨や、今までの経験から次を先読み出来る吹雪や涼風とは違う、その場で監査して癖を見抜く能力。
「これでいいわね!」
「ええ、最高よ!」
ビスマルクの蹴りによって吹っ飛ばされた欧州棲姫を追撃したのは、艤装の再展開を完了させた戦艦棲姫。先程よりもやる気に満ち溢れた艤装が、吹っ飛ばされた欧州棲姫に対して全力で砲撃を撃ち込んでいた。
「ごめんなさいね。私のこれは、ある程度監査……観察しなくちゃいけないのよ」
「いえ、そのおかげで助かったわ。でも……」
あれだけ撃ち込んでも、まだ終わっていないと理解出来る。爆発はしているが、欧州棲姫の声はまるで聞こえない。むしろ、まったくの無傷である可能性もある。
そして、すぐにそれがわかることになる。
「本当に素晴らしい力だわ。やっぱり、貴女達はあのお方に従うべきよ。その力はあのお方のために使いなさいな。それが貴女達のためなのよ」
黒い靄に包まれた欧州棲姫が、爆炎の中から現れた。当たり前のように無傷で。