欧州棲姫が身体から靄を発生した頃、制空権争いをしている空母組の2人は、より踏み込んだ教育に入っていた。
「私は何度も深海棲艦の艦載機と制空権争いをしてきたが、君はまだまだやれることが多いだろう。今この状態で拮抗まで持っていけているのだからな」
「そう、か。わかった。教えて、くれ」
まずグラーフが教えたのが、陽動。わざと視界をチラつくように動き回り、邪魔をしながら自分に注意を引いて、纏め上げてから全てを爆撃で破壊する。
そして次に教えたのは、自己増殖を封じる手段。あちらの艦載機は半端に破壊するとそこから増え、数が減ってくると同士討ちによって数を増やす。それを防ぐためには、そもそも撃たせないこと。
あちらの艦載機は、その増殖の性質を有効活用するためか、そもそも若干脆く、攻撃特化になっていることがわかったため、射撃で破壊される前に艦載機による体当たりによって破損させずに破壊する。
しかし、その力加減が絶妙だった。強く当たりすぎると破損してしまい、そこから増殖。弱く当たりすぎるとダメージはなく、その特化した攻撃力によって空母棲姫の艦載機が破壊されてしまう。
「こう、で、いいか」
「上手いものだ。流石は姫というところか。我々の艦載機では絶対に出来ないことなのでな。無茶を教えるようですまない」
「構わない。これで、勝てるのなら、お前に、従う」
だが、空母棲姫はいとも簡単にその力加減を理解した。グラーフ・ツェッペリンは自分が出来ず、敵対している敵空母にされたことを出来るかと聞いただけであったが、それすらも教育と見做して覚えて行った。
一部を迎撃に回し、一部は体当たりで増殖を防ぐ。そこにグラーフ・ツェッペリンの艦載機が飛び回り、爆撃を空中で霧散させたり、この空域から離れようとするモノを追い込んだりと縦横無尽にサポートをすることで、増殖する艦載機相手に拮抗どころか優勢が見えている。
空母棲姫の成長は、艦娘では考えられない程に早い。ここが深海棲艦の真骨頂とも言えるところ。
空母棲姫は、その力が他の者達よりもかなり高めだった。これまでのトレーニングで培ったものではなく、戦艦棲姫から旅の話を聞いていて、知ることを楽しんでいたことによるイメージ力の成長。それが、この戦場に影響を与えていたのだ。
そうでなければ、当人が見たことのないような服装をその場で作り上げて生活なんてしていないだろう。そこからが既にその前兆。
「射撃は急所と呼べる場所を狙う方がいい。あのタイプの艦載機ならば、視覚を司っているであろう目のような部分だ。破壊せず、そこだけ狙え」
「ん、わかった」
上空を見つめた時点で、
これにより、破壊されることもなく、分裂することもなく、そのまま落下してきた。そのまま落ちられても困るため、すかさずグラーフ・ツェッペリンの艦載機が爆撃で追撃して木っ端微塵に。
「上手いぞ。流石だ」
「大分、やれるように、なって、きた」
これを発艦している1機ずつに指示出来ているのが凄まじい。これはもう、空母棲姫が戦闘能力に覚醒したと言っても過言ではないだろう。
眠れる獅子を呼び起こしたグラーフ・ツェッペリンは、この空母棲姫が敵ではなくて本当に良かったと内心思っていた。この空母棲姫、グラーフ・ツェッペリンが知る限り、
「爆撃、射撃、直接攻撃と教えたが、最後に1つ、私の
「よく、わからないが、すごい技、みたいなもの、か。いい、のか」
「私なりの敬意の証だ」
3つの戦い方の最後、4つ目に教えるのは、艦載機ではなく、それを扱う本体を狙う方法。
通常なら射撃と爆撃があれば充分。直接攻撃で奇を衒うことで、より効果的に敵を殲滅することが出来る。これだけ覚えていれば、この空後棲姫であれば大概の戦場を乗り越えることが出来るだろう。
だが、今の敵である欧州棲姫はその大概から逸脱している存在。ならば、強大な敵に対する艦娘ならではの創意工夫を伝える。いわば『必殺技』だ。
「1機だけでいい。あの本体に向けて急降下させる。そして、スレスレのところで爆撃をしつつ、そのまま離脱する。これでいい。小さな的にも当てやすい」
「急降下、させて、爆撃」
言われるがまま、空母棲姫は制空権争いをしている艦載機の内の1機をそこから離れさせる。何かをすると察したか、欧州棲姫の艦載機がそれを阻止しようと2機3機と追ってくるが、それをさらに阻止するために他の艦載機が体当たりを決めた。
3つの戦術の学習によって、4つ目の技を確実に通すためのイメージ力が備わっていた。然るべき教育を順にこなしたからこそ、ここまでスムーズに事を起こすことが出来る。
「大まかでいい、狙いを定める。そしてそこに向かって急降下だ」
「わかった」
制空権争いから逃れた1機が欧州棲姫の姿を捉えた瞬間、一気に急降下。自然落下でもいいとグラーフ・ツェッペリンが言おうとした時には、加速しながら猛スピードで落ちていく。そして、
「こう、だな」
欧州棲姫が避ける時間すら与えず、爆撃を数発叩き込み、そのままのスピードで急速離脱。その艤装を爆破した。
「
「ぼんば……よく、わからないが、本体には、当たらなかった。難しい、な」
「いや、充分すぎる。むしろ我々がやるより威力が高い程だ。流石だと言っておこう」
いきなり爆撃を喰らった欧州棲姫は、艦載機からの攻撃は視界ではわかっていたが、この急降下爆撃には対応出来なかった。
艦載機とは思えない速度で一撃離脱をされたこと、それに加えてビスマルクの監査を意識させられたこと、さらには戦艦棲姫とその艤装が粘りに粘ることによって、意識せずとも神経をそちらに注いでしまっていたこと。全てが噛み合った結果がこの一撃に繋がった。
「なっ──」
流石の欧州棲姫も、これには表情を歪んだ。本体には殆どダメージが無かったとはいえ、艤装の一部が半壊するほどのダメージを受けたのだ。今まで余裕をもち、さらに盤石にするために靄まで発生させたのに、この体たらくである。
半壊した艤装は靄の効果により修復が始まるが、精神的なダメージは癒えることはない。不意打ちを喰らったという苛立ちは、嫌でも欧州棲姫に襲い掛かる。
「今ね」
「ええ、今よ。畳み込むなら!」
このタイミングを見逃さない。靄による艤装の修復には驚きはあるものの、これまでの敵がどれほどおかしなことをしてきたかは理解しているので、それほど大きな反応はせず、すぐさま突撃しながら泥刈機による波長の照射。
靄が消えれば自己修復も失われる。それが出来るのは、泥刈機だけ。
「っふ、ふふふ、まさかそんな隠し球を持っているだなんて、ね!」
艤装の修復が終わるまでは何もさせないと、大剣を振るって斬撃を飛ばす。あくまでもこれは泥を鋭く飛ばしているに過ぎないため、泥刈機の前では無力。2人に到達する前に霧散。突撃の速度が落ちることはない。
しかし、消されることを前提とした攻撃であり、そうされた直後にその場から移動。自己修復中の艤装からさらに靄が立ち昇り、一気に修復が完了する。
「これがあのお方の加護なのよ。貴女みたいに一度消してからなんてことはしなくていいの」
「私から見ればただ気持ち悪いだけよ。泥まみれの艤装だなんて、死んでも使いたくないわ」
「ふふ、そんなこと言って、本当は羨ましいんでしょう? 言わずともわかるわ。それがあのお方の祝福だもの。
相変わらず会話にならない。靄により修復されることが快楽に繋がっているのか、それとも黒幕の力を実感出来るからか、恍惚とした表情で勧誘を続ける様は、戦艦棲姫にとっては生理的に受け付けないモノとなってきている。
「でも、本当に勿体ない。貴女なら確実にあのお方にも気に入られるというのに。今以上の力も得られて、ずっと最高の気分でいられるのに。何をそこまで拒むのかしら。一度知ったのなら、尚更わかるはずだけれど」
「何度も言わせないで。私は貴女とは違うの。誰かに仕えるだなんて真っ平御免なのよ。あの経験は、私にとって捨てたいほどにいらない記憶よ。腹立たしい」
戦艦棲姫の艤装が迫撃。自己修復が完了した瞬間に飛び込み、壊れかけた腕で全力の攻撃。こちらの腕はまた壊れてもいいと、火花を散らしながらも致命傷を与えるためのパンチを繰り出す。
「同じことを二度も三度も。ただ大きいだけで、私に敵うとでも?」
当たり前のように大剣を振り上げ、そのパンチを根元から斬り払う。
「わかってるわよ。でも、その子はそれを選んだ。敵うと思っているからよ」
その斬り払われた腕をもう片方の腕で掴んだ艤装は、それを武器にして再度叩き込む。その攻撃速度は上がる一方。自身の身体の特性──
救うなんて気持ちは最初からない。それ故に、一発一発が死に至る威力をもっている。当然、この自身の腕を武器とした攻撃も、直撃すればほぼ確実に致命傷。
「だから、もう同じことは」
「それが効かなくても、こちらにはまだ人数がいるのよ」
艤装のもう片方の腕も斬り払った瞬間、その陰から現れたのはビスマルクである。大剣を振るった直後はすぐに攻撃に転じることは無い。そう見切って、あえて超至近距離へと接近していた。
ここで先程は強烈な蹴りをお見舞いしていたが、今回は違う。ビスマルクが扱う少々小さめな魚雷を投げ込んでいた。
「まだまだ。祝福を受けている私には、その程度」
しかし、当たり前のように急加速でバックステップ。艤装の修復が完了しているのだから、その速度が出るのは当たり前なこと。そして、主砲も修復出来ているのだから、砲撃も可能。
これだけ近くに来ており、深海棲艦ではなく艦娘であるビスマルクには、ほんの少しの擦り傷も致命傷となる。
欧州棲姫はここまで話していても慢心はしていない。同じことを繰り返すということは、勝ちに繋がる何かを持っているからだと判断していた。警戒は怠らない。一度やられているのだから、二度もやられるわけにはいかない。
故に、確実に始末するために上も確認する。先程の急降下爆撃は、このタイミングで飛んできてもおかしくはない。
「もう、一度、だ」
しかし、知っていても、見ていても、避けられないものは避けられない。空母棲姫が繰り出す急降下爆撃は、意識を向けていてもとんでもないスピードだった。艦娘が繰り出すそれとは雲泥の差。砲撃と殆ど同じくらいの速度で落下し、しかも対空砲火をことごとく避け、爆弾を数発叩き込んだと思ったら、生物でも出来ないような動きで急上昇する。
その速度が乗った爆撃は、ただ落下させる空襲とはまるで違う速度。それこそ、真上から放たれた戦艦主砲の如く突っ込んでくる。
「今度は当たらないわよ。見ているんだもの」
辛うじて、本当に辛うじて、欧州棲姫はその爆撃を回避することに成功した。艤装を掠めることなく、それの直撃を免れる。
だが、そうしたということは、一時的にでも全神経を空爆の回避に注いだということ。半壊した戦艦棲姫の艤装を乗り越えて、戦艦棲姫本体が飛び込んできていることには気付かない。
「悪いわね。新興宗教はお断り。さっさと
僅かな隙を見て、波長を最大出力で照射。それは、靄を消し飛ばすだけでは終わらず、欧州棲姫の体内に巣食う泥すらも消しとばし、その衝撃で欧州棲姫本体にも大きなダメージを与えた。