ついに欧州棲姫に泥刈機の波長が直撃。体内の泥諸共全てを消しとばし、波長によるダメージも入る。
「っ、あぁあっ!?」
初めて悲鳴らしい悲鳴もあげる。しかしそれは、ダメージを受けたことではなく、自分の中から泥──
泥刈機がバージョンアップしていても、波長は泥を捻じ切るように回転しているため、欧州棲姫にもそのようなダメージが入っていた。深海棲艦であるがために頑丈だったというのもあるが、それでも泥が失われたことで本来の身体となり、その状態で出力MAXを喰らったのだからタダでは済まない。身体の前面、特に腹の辺りがズタズタになり、靄も失われているせいで回復もない。
「やって、くれたわね」
明確に怒りを露わにした表情。
侵略者気質だったとしても敵意はあるかもしれないが、それは黒幕に対してもあって然るべきであり、戦艦棲姫達にはそこまでの敵意を見せなくてもいいはず。一時的な共闘だって考えられる。
しかし、この欧州棲姫にはそういう気持ちがカケラも無い。眼前にいる者達は、忠誠を誓う黒幕の敵であるという認識は変えず、ここまでされてもまだ逆転の目を探している。
「絶対にここから逃がすことは無いけれど、これ以上はやめておきなさい。死ぬわよ」
「死ぬことなんて怖くないわ。あのお方のお役に立つためだもの。命を散らすことに躊躇いなんて何も感じない。あのお方のためならば、私はなんだってする」
血塗れでもその忠誠心は何も変わらない。泥が失われても、濁った瞳で黒幕への想いを説く。力は先程よりも格段に落ちているはずなのに、戦艦棲姫は少しだけ恐怖を感じた。
自分を利用している者に対して、ここまで親身になれることが理解出来なかった。いくら威光にあてられたからといっても、捨て駒にされることを喜べる者なんているとは思えない。ただ戦うのが好きだとか、死に場所を求めているだとか、そういう者ならば話は変わるのだろうが、欧州棲姫は違う。
「まぁ、その信念が正しい方向なら、私も評価していたわ」
小さく溜息を吐きながら、ビスマルクが欧州棲姫を睨み付ける。
「黒幕の信念は、かつて敗北した艦娘への復讐。自分を殺した者に報復するため。ここまでならまだ譲歩は出来るわよ。私達だって、深海棲艦に仲間をやられたら復讐したくなる気持ちはわかる」
かつての自分、そして今でも激しい復讐心を持ち、トリガーが引かれてしまったら暴走不可避なリシュリューのことを思い、復讐については理解はする。黒幕の復讐心は、正当とギリギリ言える範囲。
結果的に、ビスマルクはその復讐に成功している。リシュリュー達の仇を討つことが出来たから、今は平常心でいられる。
「でもね、やり方が狡いのよ。復讐は自分の手でやりなさい。やれないならまだしも、貴女の敬愛する黒幕は、
そう言って、この欧州棲姫を徹底的に否定する。そもそもが自分の相手した仇討ちの相手の同一個体。気に入らないものの、その時の欧州棲姫はただの侵略者であるがために、納得は出来ていた。この戦いの中では、艦娘が沈むのも無いわけではない。それがたまたま身内になってしまっただけ。それで敵を否定することはしない。
しかし、この欧州棲姫は違う。生き方が歪んでいる。歪まされたと言った方がいいのかもしれないが、もう自ら進んで歪んだようなもの。黒幕のやり方に賛同し、侵略だけではなく艦娘達への嫌がらせ、尊厳の破壊も是としている時点で、もう救えない。
「だから、黒幕と同じように貴女も否定する。恐怖も感じずに死ぬことに躊躇が無いのなら、ここで海に還してあげるわ。野放しにしても、いずれ戦うことになるもの。脅威のままならば、ここで排除する」
これ以上言うことは無いと言わんばかりに、ビスマルクは主砲を構えた。
一方、北上達の奮闘によって体内の泥を全て消し飛ばされた欧州水姫も、一切の侵蝕とブーストが失われた。欧州棲姫のような重傷を負っているわけでは無いため、まだ戦う余裕はある。
欧州棲姫と同様に、侵蝕が無くとも黒幕に忠誠を誓っているタイプであるため、これまで以上の力は出ていないが抵抗はする。
「まだだ、まだ終わっていない!」
破壊された戦艦主砲は自己修復されず、薄雲からの拘束を強引に引きちぎる程の膂力も失われた。左腕の艤装で砲撃を弾くことも出来ない。今出来そうなことと言えば、右腕の主砲を放つことくらいである。しかし、それも北上が拘束しているため、まともな砲撃にはならない。
「終わってんだよ。泥のブーストも無くなった状態なら、ここから解放されることも出来ないでしょ」
砲撃の衝撃が北上に伝わるが、やはり表情すら変えず、まるで説得するように欧州水姫に話しかける。撃たれれば撃たれるほど体内にダメージが溜まっていくのだが、北上は素知らぬ顔である。
事実、欧州水姫の砲撃も、先程までとは雲泥の差。泥も靄も無くなったことにより、元々の効果である力の前借りのデメリットが訪れていた。先に使った分の代償が泥のない身体を襲っているのだから、今の欧州水姫の砲撃は駆逐艦のそれ程度にまで落ち込んでいる。
それくらいしか威力が無いのなら、蓄積されるダメージは微々たるもの。元々ある分のせいで痛みは上乗せされるものの、それを表に出すほど北上は弱くはない。
「何をそこまで黒幕に忠義を感じてるのかわからないね。捨て駒にされていることに気付いていても、それを良しとするのはなんでさ。あたしにゃそこまで偉い奴には思えないよ。狡いし」
その言葉に、欧州水姫は鼻で笑う。
「貴様らは、あのお方をその目で見ていないからそう言っていられるのだ」
「見れるわけないでしょ。引きこもりがツラ見せないんだから。探し出しても探せないようにまで仕組んでおいて、姿を見ていないから理解出来ないとかちゃんちゃらおかしい」
北上に煽られても、欧州水姫は堪えることなく続ける。
「その目に入れば嫌でもわかる。あのお方には敵わないとな。今ここにいない者達は、あのお方と直接顔を合わせるのだろう。そこで知ることになる。そして屈する」
欧州水姫が黒幕の何を見たのかはわからない。だが、欧州棲姫もそうだが、黒幕をその目にしたことで忠誠心を持ったのだから、余程の存在なのだろう。
島を拠点にし、むしろ自らを島にしているくらいなのだから、それこそいろいろと考えられる。純粋なパワーなのか、知能なのか、それとも見た目なのか。どうあってもおかしくはないだろう。
だが、北上は断言出来た。
「そりゃあ無いね。絶対にない」
逆に鼻で笑う北上に、欧州水姫は小さく苛立ちを見せる。
「威光だろうが何だろうが、ヒト様を顎で使っておいて、自分は島の奥で引き篭もってるような奴に屈するなんてあり得ない。それが初見ならまだしも、こちらはどれだけ痛い目見せられてると思ってんの。アンタ達とは経験が違うんだよ」
未だ乱射し続ける欧州水姫の右腕を折るレベルで絞めあげる。艤装に包まれているため、北上の腕力でどうにか出来るものではないが、それでも砲撃が止まるくらいにはダメージを与えることは出来たようである。
「それに、あたしらは恨み持ってる奴に鞍替えするほど安い女じゃあ無いんだ。あたしはうちの婆さんより凄い奴を知らない。あ、ここ最近は増えたかな。施設の姉姫と、これだけのことになっても心が折れない春雨は、尊敬出来る奴だよ」
言いながらも一発、欧州水姫の顎に拳を叩き込む。これ以上話していても無駄だと感じたか、それで脳を揺さぶり、一撃で落とそうとした。
だが、歯を食いしばりそれを耐える。単純な耐久力があるため、消耗した北上には気を失わせるまで持っていけなかった。
「平行線だ、なっ」
ここで欧州水姫は力を振り絞るように身悶え、何処からそんな力が出たのかわからない勢いで拘束している者達を振り回した。欧州水姫は戦艦、対する北上組は殆どが駆逐艦。元々の膂力の差があるせいで、艤装が半壊していても相当な力を発揮する。
「うわっ!?」
「ちょぉっ!?」
脚をロックしていた曙、錨の尻尾をロックしていた漣が振り回されたことで弾き飛ばされた。力の前借りによる消耗をしているはずなのに、まだまだここまで動けるのは想定外だった。
いや、おそらくそれだけではない。何か仕掛けがあるはず。
「まさか、アンタ──」
「この私がここで敗北するわけにはいかんのだ! あのお方の悲願を達成するまでは、なっ!」
ゴウッと、力の奔流のようなものを感じた。欧州水姫が命を懸けてでも黒幕の願いを叶えるのだと決意したことで、体内に埋め込まれた卵がその場で孵化してしまった。
バリアでは泥は消滅させることが出来ても、埋め込まれた卵は除去出来ない。専用の装置を使わなくてはならなかったが、先程までは拘束するのがやっと。装置を使う暇など無かった。力の前借りによる消耗が見えた時点で、即座にやっておけばまだ間に合ったかもしれない。しかし、それでも何処に埋め込まれているかの判断が難しかったため、除去は出来ていなかった可能性がある。
「まずい、一回離れるよ!」
北上の号令と共に、拘束していた者達は欧州水姫から離れた。間一髪だったか、それと同時に欧州水姫の身体から泥が溢れ出す。それはまるで、感情が溢れ出すかのように欧州水姫の身体を包み込み、あっという間にヒト型の繭となった。
「ま、マジか。ここに来てまだあんのかい」
流石の北上もここまでは予想していなかった。そして、
「負けん。私は、負けん! 目的を、達するまで、なっ!」
すぐさま繭が崩壊する。その中から現れた欧州水姫は、理性すらも泥に食い破られ、黒幕の目的を達成するためだけに変質した存在と成り果てていた。
今までは自分の意思があったから、知っている欧州水姫の姿であったのだろう。しかし、今の欧州水姫は思考から何もかもを黒幕の思い通りに支配されているのか、数人のトラウマを抉る混沌のレオタード姿。その瞳からも紫色の炎が燃え盛るように溢れ、ついには泥の涙や唾液まで垂らす程に。
これはもう力の前借りどころではない。命を燃やし尽くしている姿。
「っふふ、はははっ! 私も命を燃やす時が、来たようね!」
その姿が目に入ったのだろう。ビスマルクに主砲を突きつけられている欧州棲姫も、突然身体中から泥が溢れ出す。
「っ、ビスマルク!」
「躊躇なんてしないわ」
その様子にまずいと感じた戦艦棲姫が声を上げるのと同時に、ビスマルクが砲撃を放った。
しかし、あっという間に繭に包まれて、砲撃すらも弾き飛ばしてしまった。強固すぎるその繭に、ビスマルクは思わず舌打ち。
「あのお方のために、あのお方のために、私は、命くらい捨てるわ!」
そして繭が崩壊。欧州水姫と同様に、欧州棲姫もレオタード姿に変化。さらには、先程撃ち込んだ波長による傷も全て回復していた。
靄による力の前借りではなく、命を燃やした最後のブースト。これを耐えきれば、2人とも自壊する。おそらく長く保たない。
しかし、2人の目的はもう違うところを見ていた。