命を燃やして施設へと突撃していった欧州棲姫と欧州水姫。その片方、欧州水姫は潜水艦隊の奮闘によってどうにかその場に押し留めることが出来たのだが、その隙を見て欧州棲姫はさらに突出。ついには、施設からかなり近い位置にまで来てしまう。まだ島自体は見えていないのだが、島の者達の哨戒機の範囲には入っていた。
そして、それが災いした。欧州棲姫という存在が視界に入った時点で暴走が確定する者が施設にいる。よりによって、施設の中で真っ先に気付いてしまったのがその者──リシュリューだった。
艦載機から見えるその姿を認識した瞬間、あっという間に理性は蒸発。誰かが止める間も無く駆け出し、海に飛び出した。
「
その瞳には、目の前の怨敵を殺して殺して殺し尽くすまで止まらない、圧倒的な殺意が宿っていた。
滅多なことでは発作を起こすことがないリシュリューの溢れた感情、復讐心。欧州棲姫という限られた個体をその視界に入れることで
その発作は、滅多に起きない代わりに、
「まだ邪魔をするのがいるのね。でも、今は構っている時間なんて──」
「
欧州棲姫の言葉なんて聞く耳を持っていなかった。眼前に立ち塞がるリシュリューに対して、邪魔そうにスルーしようとした時、その視界が全て艤装に埋め尽くされた。自身の数倍は大きな尻尾による薙ぎ倒しを即座に繰り出していたのである。普通ならば避けられないだろう。その圧倒的な質量に轢き潰され、跡形も無く破壊される。
だが、欧州棲姫は現在、命を燃やして最大級の力を発揮出来る状態。もう長く保たないという最上級のデメリットを抱える代わりに、全スペックが上昇している。
「無茶苦茶ね。私を止めないでくれる?」
かなり強引な主砲の発射で、尻尾による一撃をギリギリで食い止めた。風圧だけでブレーキを踏まざるを得なくなったようだが、確実にノーダメージで済ませている。
この質量による一撃を止められるとは思っていなかったが、リシュリューは止まらない。反動を使って尻尾を逆回転させて、もう一度叩きつけようと振り回す。
ここまで強引な攻撃をしてくる相手を、欧州棲姫は見たことが無かった。流石に二度目は砲撃で弾き飛ばすという非効率的なことは避け、持ち前のスピードを使って大きくバックステップし、その範囲からすぐさま離れた。
「だから、貴女に構っている暇は──」
「
間髪容れずに今度は砲撃しながら叩きつける。振り回すよりも尻尾の効果範囲は狭いが、砲撃も加わったことによって逆に攻撃範囲は拡がっており、回避も難しくなっている。
欧州水姫ならば、左腕の艤装で弾き飛ばしているかもしれないが、欧州棲姫にはそういうことは出来ない。しかし、それを補うように手に入れているスピードは、回避性能を格段に上げている。
「全く、ここまで荒っぽいのは初めてよ。私は目的のために貴女を無視させてもらうわ」
砲撃も尻尾も掻い潜り、爆発的なスピードで一気に施設に向かう。だが、リシュリューはもうその間に欧州棲姫しか入っていない。溢れ出る殺意を隠そうともせず、そのスピードも気にすることなく、周囲のことすら気にせずに砲撃を乱射。
一発一発が超火力である上に、その攻撃範囲が非常に広いため、真っ直ぐ施設に向かおうとすれば間違いなく避けられない。避けるのならば、進路を一度大きく変え、迂回するルートを選択しなければいけないだろう。
だが、欧州棲姫は現在進行形で命を燃料にし続けているのだ。それ以外の手段も選択出来る。
「時間が無いというのに、厄介極まりないわね」
命を燃やしているとしても、目的達成のためには、ここで死ぬわけにはいかない。どうせ死ぬのなら、施設に辿り着いてから。そう考えている欧州棲姫は、かなり強引にその弾幕を抜ける手段に出た。
自身も同じように砲撃を乱射し、自分に届かせないようにしながら、施設に向かう道を突き進むことにしたのだ。
「貴女には構っていられないのよ。ほら、見えてきたわ」
ここで欧州棲姫は察する。眼前のリシュリューは、行動を止めに来たわけではなく、単に
そうで無ければ、砲撃の乱射なんてやっていられない。流れ弾が施設に飛ぶ可能性があるような射線になってきているのに、むしろ弾幕自体は厚くなってきている程だ。
理由はどうであれ、これは利用出来ること。理性も燃やし尽くされつつある欧州棲姫でも、目的達成のためならば使えるモノは全て使うくらいの思考能力はある。
「撃ったら島も壊してしまうかもしれないわね」
水平線の向こうに島が見えるところまで来たことをリシュリューに伝える。今のままだと流れ弾が施設に届くかもしれないぞと脅すように。
事実、リシュリューの放つ砲撃はかなりの威力であり、射程も長い。やろうと思えば、水平線の向こう側の施設にも被害を与えるような攻撃が可能である。
欧州棲姫も、眼前にリシュリューがいなければ、施設に向けて砲撃を放っていた。黒幕の器たる中間棲姫はその程度では死なないだろうし、どうせ今は器の周りに器を守るための者達もいるはず。守護者は体を張って器を守るだろうから、どれだけやっても器は壊れない。そう踏んでいた。故に、島への攻撃には躊躇がない。
だが、欧州棲姫の言葉は、リシュリューに届いていなかった。復讐心に呑み込まれたリシュリューは、もう周りなんて気にしていない。施設が壊れようが、仲間が巻き込まれようが、知ったことではなくなっている。
欧州棲姫が殺せればそれでいい。その気持ちだけがリシュリューを突き動かしている。
「
故に、一層砲撃が激しくなる。その攻撃は島の方にも届くほどに。欧州棲姫もこうしながらジリジリと島には近付いているため、より内側にまで被害が出るようになっていくことだろう。
ここまで周りが見えていないなら、逆に目的達成の障害としてこれ以上ないくらいの存在となるだろう。
そんな欧州棲姫の思いなど知る由もなく、リシュリューは乱射しながら接近。目は常に欧州棲姫を捉え、絶対に逃がさないという気持ちが強く溢れ出ていた。
ただ殺すだけでは足らない。壊して、潰して、砕いて、裂いて、その肉片を一片も残さずにグチャグチャにするまで止まらない。
周りなんてどうでもいい。自分のこの復讐心を晴らすためには、何も必要ない。怒りに任せて、目に見えるモノ全てを破壊する。
「しつこいわ。いい加減に──」
欧州棲姫も黙ってはいない。命を燃やした全力の砲撃をリシュリューにぶつけ、邪魔をやめさせる。目的を達成するのに邪魔となる者は、早急に排除しなければならない。何せ、もう時間は残されていないのだから。
「しなさい!」
砲撃と同時に爆発的な加速を以て突撃。弩は既に大剣へと変化。飛ぶ斬撃も復活しており、砲撃の着弾と共に直撃するように放たれる。
「
それを当たり前のように尻尾で防ぐ。だが、多少危機感を持ったのか、ただ防ぐだけではなく二重に折り畳むようにしてさらに強固な壁とした。
だが、その時だけはリシュリューからの砲撃が無くなる。欧州棲姫にとってはチャンス以外の何物でもない。
「私達の目的の邪魔をしないでちょうだい!」
飛ぶ斬撃はあくまでも泥をウォーターカッターの原理で飛ばして殺傷力を乗せているだけなので、強固な艤装に阻まれた場合は傷をつけることも難しい。現に、リシュリューの尻尾は砲撃を受けてもびくともせず、飛ぶ斬撃を受けても泥に戻るだけ。艤装にべったりついたところで本体に付着しているわけではないため侵蝕されることはなく、むしろもう少し近付けば、施設に設置されているバリアでそれ自体が無効になる。
故に、直接大剣で薙ぎ払った。いくら強固すぎる艤装といえど、鋭利な刃である大剣ならば行けると判断して。
しかし、欧州棲姫の目論見は外れる。
「なっ……っ」
リシュリューが尻尾を消していたのだ。近付いてきたことを利用して、綺麗に斬撃を躱した挙句、復讐心と怒りが乗った拳を、欧州棲姫の顔面に叩き込んでいた。
咄嗟に顔を背けるが、その拳は頬に直撃。自身の勢いも乗っていたため、強烈な一撃となり、首ごと持っていかれるかというほどの衝撃となった。
「か……はっ……」
脳が揺さぶられ、一瞬白目を剥きかける。だが、こんなことで気を失っていては、目的を達成することは出来ないと、意地でも意識を繋ぎ止めた。
同時に、渾身の一撃になると、大剣を弩に変化させ、ほぼゼロ距離での艦載機発艦。それはまともにリシュリューの腹に食い込み、さらには射撃まで放った。
「っ……」
当たりどころが良かったものの、リシュリューは脇腹を撃たれることになり、血がドクドクと流れることに。復讐心で全身が興奮状態になってしまっているせいで、血の流れ方も激しい。
しかし、その目から殺意は無くならない。反応はしたが、痛みなど感じていないかのように振る舞い、全く怯むことすら無かった。
そもそも、ビスマルク達が4人がかりで止めていた存在を1人で相手取っているのだ。無傷で終わるわけがない。
「っの……やって、くれるわね……!」
血が滲んだか、口からペッと吐き出し、リシュリューを見据える。
だが、その時にはリシュリューの尻尾が襲いかかっていた。まるで止まる気配がなく、より勢いと殺意を増して動き回る。動くたびに脇腹から血が滴り落ちるが、まるで気にしていない。復讐心によって、痛みも恐れも何もかもを失っている。
そして、さらにこの戦場に乱入者。
「Richelieu……」
現れたのは、死の匂いを感じ取ってしまったコマンダン・テストが、この場に現れてしまった。
「アカン、アカンてコマはん!」
「施設を守らないと!」
黒潮と瑞鳳が焦りながら追従してくるが、この状況を見てしまったコマンダン・テストはもう止まらない。
発作を起こすのはリシュリューだけではない。必ず誰かが死ぬような戦場は、コマンダン・テストにとっては発作のトリガーしかない。
コマンダン・テストは欧州棲姫を睨みつけた。もう理性は飛ぶ。
「
尻尾を生やしたコマンダン・テストは、躊躇なく突撃した。