徐々に施設に接近してきているリシュリューと欧州棲姫の戦いに、さらなる乱入者が現れた。施設側からその姿を確認し、死の匂いを感じ取ってしまったことで発作を起こしかけていたコマンダン・テストである。
そして、現場に到着して怪我を負いながらも復讐心から戦いを続けるリシュリューと、顔面を殴られた程度でまだ戦意を一切失っていない欧州棲姫をその目にしたことで、完全に発作を起こしてしまった。
コマンダン・テストは欧州棲姫を睨みつけた。もうその時点で理性なんて無かった。死を撒き散らす者という認識は、コマンダン・テストの生への執着を異常に掻き立てる。
「
尻尾を生やしたコマンダン・テストは、躊躇なく突撃した。
そもそも、欧州棲姫という個体はコマンダン・テストの仇敵でもある。自身を死に追いやり、生への執着を植え付けた張本人。同じ顔の別人であることはわかっていても、リシュリューと同様に恨みを持っている。
いくら優しくておっとりとしているコマンダン・テストであっても、
こうなってしまうと、コマンダン・テストもリシュリューと同様に理性なんて何処かに投げ捨てていた。眼前の欧州棲姫を破壊するために
「似たようなのが増えたわね。でも、私は目的を達成するために動き続けるだけよ!」
同じように尻尾を振るうコマンダン・テストの攻撃はさらりと避ける。
すると、同じように欧州棲姫を狙って動いていたリシュリューとかち合うことになった。
同じ国出身のこの2人は、戦い方もよく似ていた。長い尻尾の艤装を使い、艦載機と砲撃、そして尻尾そのものを使った近接攻撃と、やれることも殆ど同じ。リシュリューの方が火力が高いが、代わりにコマンダン・テストは魚雷が扱える。そこが違うくらいで、基本的には大柄か小柄かの違いくらいしかない。
そんな2人が同時に理性を失い、たった1人の敵を集中攻撃しようとしたらどうなるか。その攻撃自体が、間違いなく
「っ……」
尻尾同士がぶつかり合ってしまい、欧州棲姫に当たることは無くなった。そのまま真っ直ぐ行っていたとしても、回避済みの欧州棲姫に当たることは無かったが、このぶつかり方は邪魔をされたと感じ取っても無理はない。目の前のモノを破壊し尽くす方向で暴走している2人にとって、それが仲間であっても、一緒に遠征に向かっている親友であっても、もう
以前、コマンダン・テストが暴走した時に、リシュリュー相手でも容赦なく攻撃をした時があった。それが今、リシュリュー側にも起きてしまっているのだ。
だが、それ以上に始末しなくてはいけない存在がそこにいるのだから、その怒りは欧州棲姫に全て向けられる。理性はなくとも、本能的に狙わなくてはいけない存在を理解していた。
「付き合ってられないわ。私は、あのお方のために、命を懸けて目的を達成するのよ!」
そんな中でも、欧州棲姫の目的はあくまでも施設へ向かって器を奪うこと。そのためにも、ここで戦闘に巻き込まれている余裕など無かった。
そのため、さも当然のようにリシュリューとコマンダン・テストに向けて艦載機を発艦。リシュリューの時のように適当にでも喰らわせておけば、足止めになる。
「させるわけないよ! お願い!」
そこに合わせるのは瑞鳳。合図を出したのは、忌雷に対してだ。忌雷もそれに応えるように歯をカチリと鳴らした。
深海忌雷に寄生され、それを春雨のマグマに書き換えられ、短い間ではあったが共存をしてきた。黒潮はともかく、瑞鳳は最初こそ慣れることが出来なかったものの、春雨の力が注がれているおかげか、忌雷は非常に好意的で、瑞鳳のためにその力を存分に発揮しようと奮闘する。服装の構築もそれの一部。
この戦場では、施設を守るために
それによって繰り出された艦載機の発艦──瑞鳳の場合は弓であり、その全てに忌雷の力も宿っている──は、真正面に放たれた欧州棲姫の艦載機に向かって一直線に突き進み、足りない練度を根性で乗り越えるべく、かなり無理矢理ではあるものの、低空の制空権を拮抗に持っていった。
「ナイスやで瑞鳳はん! ほんならウチ
忌雷によるサポートを受けられるのは勿論黒潮もだ。こちらも練度はまるで足りていないのだが、忌雷による無理のないブーストのおかげで、第一改装されているくらいには技量を獲得。弓を使う瑞鳳とは違い、胸に寄生した忌雷が触手を伸ばし、黒潮の腕に絡みついたことで、砲撃を確実にサポート。
半分深海棲艦化しているようなモノであるため、砲撃の威力も並の艦娘からは大幅に上がっている。その反動に耐えられる練度には達していないため、忌雷によって支えられることで砲撃を可能としていた。
この2人の尽力によって、欧州棲姫が発艦した艦載機は全てが駆逐され、リシュリューとコマンダン・テストに害を及ぼすようなことは無くなる。
「
理性が焼き尽くされた2人には、眼前にいる親友も敵になってしまっているが、それ以上の共通の敵を始末するため、連携とすら言えない強引な砲撃と雷撃で、欧州棲姫を狙う。
「そんなの当たるわけが──」
砲撃も雷撃も、今いる場所に対して放たれただけ。欧州棲姫には軽々避けられるような攻撃。
だったのだが、撃つと同時にリシュリューがその長くて巨大な尻尾を進行方向から薙ぎ倒すように大きく振り回した。
それだけならば良かったのだが、この攻撃は当たり前のようにコマンダン・テストを、そして砲撃で参加した黒潮すらも巻き込むような一撃。
欧州棲姫を始末するために周りが見えておらず、そのまま行ったら2人とも尻尾に轢かれて大惨事となってしまう。
「ちょぉ!? ウチらおるやん!?」
そこで黒潮は忌雷との連携で身体能力を一時的にブースト。巨大とはいえどうにかギリギリで跳び越える。こんな隙だらけな姿を本来は見せてはいけないのだが、その尻尾の薙ぎ倒しで欧州棲姫も猛スピードで回避していたので、そこに追撃を当てられることは無さそう。
かなり突発的なブーストであるため、黒潮にも反動が来てしまうが、まだ大丈夫だと、着水しながら忌雷を撫でた。
だが、問題はコマンダン・テストである。跳び越えることなんてまず出来ず、だからといって食い止めることが出来るかと言われれば、答えはNOだ。戦艦と水上機母艦の力の差は歴然であり、強引に尻尾で弾き飛ばそうとしても、質量の差で確実に競り負ける。生身で腕力を使うのは以ての外。
故にコマンダン・テストは、本来ならばしない選択をする。
「
尻尾によって自身の邪魔をするリシュリューに対して、躊躇なく、容赦なく砲撃を放った。止めなかったら相討ちで、2人とも死に至る。そもそも、コマンダン・テストとしては、リシュリューのこの攻撃方法も死を振り撒く忌むべきモノとして判断出来てしまうので、その破壊の対象にリシュリューが含まれるのは当然であった。
「
流石にその砲撃を喰らうわけにはいかないと、リシュリューは尻尾を一時的に消して再展開し、砲撃から身を守るための壁とした。これでコマンダン・テストは守られることになる。
このせいで、リシュリューはコマンダン・テストを、コマンダン・テストはリシュリューを敵として認識してしまい、理性が失われているせいで邪魔者しか目に映らなくなってしまった。
「なんなのアレ。私と戦いたいのか、仲間割れしたいのか、訳がわからないわ。まぁこちらとしては好都合だからいいけど」
欧州棲姫としても理解は出来ていないが、自分を狙う者2人が勝手に潰し合ってくれるならそれでいいと、回避した勢いをそのままに、さらに施設へと接近を始める。
「逃がさない! 行って!」
瑞鳳がもう一度艦載機を飛ばすが、欧州棲姫はもうそれすらも無視した。後ろから撃たれるわけでもなく、爆撃すら届かないのならば、相手をするより無視して突き抜けた方が目的達成に近付ける。
むしろ、見た目にはほとんど出ていなかったが、欧州棲姫の限界は近い。命を燃やすブーストは、最初から最後までフル回転させて、命が尽きたらそのままバタリだ。だから、そうなる前に全てを終わらせる。
「何やっとんねん! アンタらの怨敵が逃げとるやんけ! アホなことやっとらんと、早よ追わんかい!」
ここで、暴走による内輪揉めに巻き込まれかけた黒潮がキレた。理性を失ったことで周囲を全て破壊するだけの存在になっている2人に対し、新人ながらも思っていることを包み隠さずぶちまけた。
施設を守るという信念の下、みんなで力を合わせて戦っていこうというのが今回の最初で最後の共同総力戦だ。姉妹姫すらも出張り、全員が同じ方向を向いているからこそ成立する。
それなのに、力を合わせられないどころか、仲間にすら手をかけようとしている。そういう溢れ方をしているのは事前に聞いているにしても、この最悪な現状に導いているのは、間違いなくこの2人だ。
「付き合ってられんわ。アンタらのせいで施設ぶっ壊れたら、正気に戻った後でもぶっ殺したるからな!」
そんなことを言っても正気に戻るわけがないことはわかっていた。だが、言わないと気が済まなかった。
この穏やかな施設の仲間にそんなことを言わなくてはならないことに、黒潮は少し涙目になってしまっていたが、それだけ吐き捨ててすぐに欧州棲姫を追う。練度が低いことは自覚しており、追ったところで追いつけるかどうかはわからなかったが、それでもやれることはやる。
「瑞鳳はん、もうアカン。ウチらだけでも追うで」
「そ、そう、だね。うん、島に近付かせちゃダメだから!」
届かないかもしれないが、最後まで諦めない。瑞鳳はありったけの艦載機を発艦させ、黒潮は出来る限りのスピードで欧州棲姫の背中を追う。
欧州棲姫に恨みがあるから暴走しているのに、その欧州棲姫がその場からいなくなっても目の前の親友を邪魔者──
「貴女達……危惧していたこととはいえ、何やってるのよ……」
その光景を見て頭を抱えたのは、ようやく追いついたビスマルクとグラーフ・ツェッペリン、そして空母棲姫である。欧州水姫は駆逐艦達と新たに加わった潜水艦隊に任せ、最も重要な存在を始末するために動いていた。
「空母棲姫、欧州棲姫に艦載機!」
「もう、やってる。それに、妹姫も、艦載機を出した」
欧州棲姫を止められるのは、もう施設に最も近い者達しかいない。それを察して飛行場姫が動き出しているということを知り、少しだけ安堵。
だが、目の前で起きているさらにまずい状況をどうにかしなければならない。このままでは戦力が落ちているだけでなく、仲間同士なのに殺し合いが進み、片方、最悪両方が失われてしまう。
ビスマルクとしても、グラーフ・ツェッペリンとしても、旧友2人がこんなことになっているのを、手をこまねいて見ているだなんてしたくない。ならば、身体を張って止めるしかない。
敵はここにはいない上に、仲間をどうにかする余裕なんて何処にも無いのに。
「貴女達……っ、いい加減に、しなさい!」
疲れを惜しみながらも、全力で突撃し、リシュリューに一発強烈なビンタをお見舞いするビスマルク。リシュリューもここでさらに横槍を入れられるとは思っていなかったため、防御することも出来ずに見事に一撃入れられた。
これで正気に戻るとは思えず、むしろ自分も敵として認識される可能性は高いが、ビスマルクはこれをやらねば気が済まなかった。
自分の知るリシュリューは、少しプライドが高く頑固なところはあるが、冷静で気高く仲間を守ることに全ての力を注ぐような、尊敬に値する艦娘だった。
だが、今はどうだ。そういう溢れ方をしているにしても、そのトリガーとなった者を差し置いて、最も近いモノを攻撃するだけの
それがビスマルクには許せなかった。敬意を持っていた相手がここまでの暴走をしていることが。
「今はそんなことしている場合じゃないでしょう。あっちを見なさいあっちを!」
そして、強引に頭を捻り上げ、施設に向かう欧州棲姫を視界に入れる。
「正気じゃないなら正気じゃないでいいわ。でも、やることはやりなさい! それでもわからないなら、勝手に滅ぼしあってなさい!」
それだけやって、ビスマルクは欧州棲姫を追う。グラーフ・ツェッペリンも空母棲姫も、施設の方を優先した。
この一発で、リシュリューの中で何かが変わった。