空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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姉妹姫の苦悩

 島の岸。姉妹姫と潮が水平線を眺めながら戦闘が何事もなく終わることを祈っていた。戦艦棲姫からの通信があった時から心配になり、潜水艦隊への指示が耳を劈いた後からはその気持ちがより強く。そして、艦載機で欧州棲姫を見てしまったリシュリューが島を飛び出して行ってしまった後からは心配から不安になる。

 

「……お姉、敵がかなり近付いてきてるわ。そろそろここからでも見えるくらいになる。アタシも艦載機を出すわよ」

「ええ、お願い。でも、救えるように、ね」

「善処するわ。でも、加減したせいでこの島に……お姉に何かあるようなら、アタシは容赦しないから」

 

 潮に少しだけ離れさせ、飛行場姫はありったけを発艦。こちらに向かってくる欧州棲姫に向けて、一斉に嗾ける。

 だが、飛行場姫にはもう1つの問題点が見えていた。欧州棲姫がこちらに近付いてきているだけでなく、リシュリューとコマンダン・テストが発作を起こして仲間割れをしていること。なるべく欧州棲姫と離そうとしていたのに。施設を飛び出していったのを止められなかったことが、暴走を引き起こしてしまった。そもそも、欧州棲姫のことを伝えておかなければならなかったか。いや、暴走を見越して抜け出せないように拘束するべきだったか。考えられることはいくらでもあった。

 

 起きてしまったことを悔やんでいても始まらない。まずは現状を打破するためにも、耳元のインカムを操作して、知ることが出来る情報があるのなら仕入れておく。マイクが繋がった瞬間、戦闘音がどうしても耳に響いてくるが、これは我慢するしかない。水中の音が大きく聞こえるため、伊47がかなり激しい戦闘を繰り広げていることがわかる。

 

「緊急時に悪いんだけど、情報をちょうだい。端的でいい。この敵は、()()()()?」

 

 中間棲姫がピクリと震える。これで救うことが出来ないと言われた場合、決断を余儀なくされる。

 

『正直厳しいわ。2人とも、泥が無くても黒幕に従っているような輩だもの。しかも今、命を使うことでとんでもない力を手に入れてる。耐えれば自滅するだろうけど』

 

 やっぱりと、飛行場姫は小さく苛立ちを見せる。その飛行場姫にピッタリと引っ付くように立っていた潮も、その苛立ちを感じ取ったからビクッと恐怖に引っ張られそうになった。

 島にここまで近付いているということは、すでに設置済みのバリアに身が晒されているということになる。だというのに、欧州棲姫は止まる気配がない。つまりそれは、心の底から侵蝕が無くとも黒幕に従っているということに他ならない。

 

『見えていると思うけれど、欧州棲姫を見てリシュリューが暴走したわ。それに釣られてコマンダン・テストも発作を起こしてる。最悪なことに、理性を失っているせいで仲間割れ状態よ』

「ええ、それはこちらからも確認出来たわ。悔しいけど」

 

 飛行場姫にはビスマルクの姿も見えているため、リシュリューとコマンダン・テストを引っ叩いた瞬間も知っている。それで止まれば苦労はしないのだが、リシュリューの動きがほんの少し変わったように見えたので、あとは天に任せるしかない。

 

「ヨナ、余裕が無ければ大丈夫よ」

『ほ、報告! 欧州水姫の、方は、ヨナ達と、駆逐艦のみんなで頑張って止めてるヨナ! でも、でもこのままだとこのヒトもそっち行っちゃう!?』

「無理だと思ったらすぐに撤退しなさい。生きていることが一番大事よ。いざという時はこちらに来させてもいいから」

 

 そして欧州水姫をどうにか止めている伊47率いる潜水艦隊。追ってきた北上組の3人と薄雲も加わり、かなりの人数でどうにかしようと奮闘しているようである。

 消耗している者も一部は追い付き、無理のない程度にそれを手伝っていた。北上や戦艦棲姫もこちらに加わっている。

 

 三者三様、しかし、出来ることなら聞きたくなかった言葉のオンパレードである。特に最初の戦艦棲姫からの言葉、救うことが厳しいというものは、飛行場姫にはともかく、中間棲姫には重い言葉。

 救わないという選択肢は取りたくない。しかし、そのせいで仲間達が辛い思いをするのはダメだ。

 

 手が届く範囲の命は全て救いたいし、そこに敵味方なんて関係ないというのが中間棲姫の考え方だ。本来なら敵対されてもおかしくない艦娘や、そこに繋がる人間ともうまく付き合えているのだ。同胞(はらから)ならば、もっと上手く行くはず。

 だがおそらく、今敵対している2人は()()()()()()()()なのだ。手を伸ばしても払われる。それは、届いているとは言わない。

 

「お姉、酷なこと言うけど、聞く限り無理よ。アタシだって辛いけど、さっきも言った通り。アタシの優先順位は敵じゃなくて仲間なの。だから……()()()()()()やるわよ」

 

 心を鬼にして、飛行場姫は艦載機をコントロールし続ける。欧州棲姫からの艦載機も現れ、邪魔をされつつも足止めだけはするために。

 時間を稼げば自滅するのだから、最悪それでもいいと考えた。しかし、タイムリミットがいつかはわからない。あまり無茶は出来ない。

 

「止まらないわね……なんて力なのよ。とにかく速いわ」

 

 欧州棲姫の姿は、もう水平線の向こうに見えていた。明確にこちらを見据えているのもわかる。飛行場姫だけでなく、空母棲姫やグラーフ・ツェッペリンの艦載機もその足を止めるために奮闘するのだが、その速さのせいでどうにも出来ず、嫌でも接近を許してしまう。

 

「……い、妹姫、さん」

 

 震える潮の声。敵がここまで来てしまうという恐怖。仲間達が必死に抵抗していることを察したことによる恐怖。そして、今までに見たことのない切羽詰まった飛行場姫を見ての恐怖。あらゆる恐怖が溢れ出して、外に出てきていた。

 そもそも恐怖が溢れている潮には、こういった防衛戦はあまり向いていない。自分から向かうより恐怖が大きいからだ。

 

「安心なさい。アンタのことはアタシが守るわ」

 

 飛行場姫がそれを察し、優しい声色で潮を宥める。今にも泣きそうな顔をしている潮の恐怖を少しだけでも和らげるため。

 

 しかし、潮からの次の言葉は、飛行場姫も想像していない言葉だった。

 

「わ、私が、私が食い止めます」

 

 震えながらも、涙目ながらも、潮は強い意志を以て施設のために動きたいと決意した。溢れた恐怖は止められない。そういう性質なのだから。それでも、この施設のために戦いたい。一度戦えたのだから、守るためならばもっと戦える。

 

「……出来るの?」

 

 そんな潮の決意を、飛行場姫は否定はしない。しかし、震えながら言われても説得力がない。

 

「や、やります。私も、ここが無くなるのは嫌です。戦うことよりも、そっちの方が、怖いです。だったら、一番怖いものを、無くしたい」

 

 ぐっと涙を拭いて、力強い目を見せる。当然恐怖は薄れていないが、その方向性が違った。戦うことへの恐怖は鳴りを潜め、施設が、居場所が無くなることへの恐怖しかない。

 

「アタシもお姉もついていけないわ。アンタは1人で立ち向かわなければならない。まぁ向こう側からみんなが追ってきているけど、それでもこちらからは1人。それでも」

「だったら私がついていきます。大丈夫ですよね?」

 

 そう言ってきたのは、なんと宗谷である。この施設に残っている海上艦は、もう宗谷しかいない。しかし、宗谷は非戦闘艦。戦いには最も不向きというか、向く向かないの問題ではないはずだ。それなのに戦場に共に出ると言い出した。

 

「いや、アンタは」

「雑務は終えました。反対側はもう大丈夫です。なので、真正面の敵だけをどうにかしないといけません。それが可能になるならば、この宗谷、少々無理をさせてもらいます。大丈夫ですから」

 

 妙に漲る自信。今までのクルーザーで荷物を運ぶ調査隊の仕事ではなく、正しく艦娘として出撃するという意志。

 その瞳からは、何故だか失敗するという予感が無かった。宗谷ならば、潮を戦場に送り届け、共に戦ってくれると感じることが出来た。

 

「……お姉、いいかしら」

 

 飛行場姫はこれで良しとした。ならば、中間棲姫は。

 ここまであまり口を出すことが出来なかった中間棲姫だが、仲間の誰もがこの施設のために動いており、恐怖に震える潮や、非戦闘員の宗谷ですら参戦すると言い出したのだから、もう後には引けない。

 

 むしろ、中間棲姫もこの施設のために何かしなくてはと思う。守ってもらってばかりで本当にいいのかと、ずっと考えていた。

 勿論、今向かってくる敵だって、命を奪いたくない。救えるものなら救いたい。その信念は揺るがない。だがそれで仲間達が命を散らすのは、絶対に許せない。自分が許せなくなる。

 

「わかったわぁ。でも、2人だけじゃなく、護衛も一緒についていってもらうわねぇ」

 

 パンと手を叩くと、中間棲姫の傍に3体の球体状の艤装が現れた。艦載機を数回り大きくしたような外見であり、口をカタカタと動かしつつも中間棲姫に懐いているように身体を擦り付ける。

 

「それは、護衛要塞、ですか?」

 

 宗谷はその存在について知っていた。姫級、特に陸上施設型の深海棲艦が侍らせていることがあるという深海棲艦。かなり脆くはあるのだが、主を守ることに特化している、まさに()()の存在。

 そういう個体だと思っていたが、中間棲姫のそれは個体ではなく()()()()()という扱いのようだ。今まで表舞台に出てこなかった理由は、中間棲姫が本気で艤装を使う必要があるから。つまり、

 

「貴女達はそう呼んでいるのねぇ。私がこの子達を使うためには、施設の電力をカットしなくちゃいけないの。だから、今頃冷蔵庫の中身がちょっと怖いわぁ」

 

 施設の運営に影響が出るからである。今でこそ全員出払っているような状態ではあるが、長く使い続ければ、当然施設の各所に害が出るだろう。それこそ、冷蔵冷凍している食料がダメになる可能性だってある。

 

「大丈夫ですよ。もしものために、運んできた氷塊を入れておきましたので。宗谷印の南極産……というのは誇大広告ですが、姉姫さんに何かあっても食料に害がないようにしておきました」

「あらぁ、ありがとうねぇ。それなら心置きなく使えるわぁ」

 

 護衛要塞を撫でて指示をすると、それは小さく頷くように傾いた後、潮と宗谷の周囲を飛び回るようになった。

 

「私も艦載機で応戦するわぁ。だから、潮ちゃん、行ってきなさい。でも怖かったらすぐに戻ってきていいからねぇ」

 

 潮も撫でて、ニッコリ笑う。その時に潮は気付いた。中間棲姫も少し震えていた。施設の主人も、今は仲間達が戦火に巻き込まれることに恐怖を持っていたのだ。

 それが、恐怖を最も知る者として決意を後押しする。元々の心優しい性格も相まって、恐怖には非常に敏感であり、仲間の恐怖は自分以上に辛い。自分はまだいいが、仲間が同じ感情を持つのは許せない。

 

「はい……では、行って、きます!」

「無理だけはしちゃダメよ。でも、アンタの決意、アタシは見届ける」

 

 グッと拳を握り締め、潮は駆け出した。今行かなくては、恐怖に呑み込まれてしまいそうだったから。決意が揺らぐ前に、前に進む。

 それを後押ししてくれるのが、宗谷と護衛要塞。潮の恐怖を和らげ、共に並んでくれる。それが非常に頼もしい。

 

 

 

 

「……妹ちゃん、これで良かったのかしら」

 

 潮達の背を見送りながら、ボソリと呟く姉。それに対して妹は、少し悔しそうにしながらも、それを振り払う。

 

「大丈夫よ。お姉の決断は、間違ってない」

 

 姉の涙目を見て、妹は強く拳を握りしめるだけだった。

 

 

 

 

 これで本当に最後。施設防衛戦は、佳境へ。

 

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