空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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仲間を守る拳

 施設の島近海。欧州棲姫は目的のために、猛スピードで接近してきている。充分すぎるほど近付いているため、島を包み込むバリアの範囲内には入っているのだが、それでも敵意を失っていないため、心の底から忠誠を誓っていることは嫌というほどわかる。

 また、命を燃やしたブーストはバリアでは剥がれないようで、今までの端末とは一線を画していた。死が終着点の強化であるため、最初から黒幕サイドの者に対しては、非常に相性がよかった。

 

「そろそろ、そろそろ到着するわ。そんな艦載機の攻撃なんて、効かないわよ!」

 

 施設から飛んできた飛行場姫の艦載機を見て、鼻で笑った。自身からも艦載機を発艦し、妨害を防いでいく。

 さらには背後からも艦載機が飛んでくるが、持ち前のスピードで全て回避。ジリジリとでも施設に近付いていた。

 

「ふふ、見えたわよ、あのお方の器!」

 

 そして、欧州棲姫の目に中間棲姫の姿が映った。声が届くわけでは無く、見えたと言ってもほとんど米粒程度。それでも、それが忠誠を誓う黒幕が欲しているモノであることはすぐにわかった。

 最後の仕上げは、体内に仕込んである()()()()()で侵蝕するだけ。ただそれだけで、ここまで来た全てが報われる。他の泥は島に近付けば近付くほど失われていることがわかったが、その最後の仕上げだけは、まだちゃんと体内に残っていることは確認出来た。

 器を取り戻してしまえば、自分の命なんてどうなっても構わない。あの施設は全て黒幕のモノとなるのだから、それでいい。それを望んでいるのだから、それでいい。

 

 だが、それを邪魔する者が現れる。護衛要塞を引き連れた、施設の最後の砦。

 

 恐怖が溢れた者、潮。そして、奇跡の船、宗谷。

 

「潮さん、大丈夫ですよ。私達は負けません」

 

 その声色は、不思議と潮の心を落ち着かせる。小さく、しかし深く呼吸をし、震える身体を整える。

 本来ならば戦場に出ることも無いような非戦闘艦。艦娘であるにもかかわらず、移動はクルーザー。物資の輸送や、調査隊としての任務を務め、そもそも兵装自体を持っていない。

 なのに、この場に艦娘として付き合ってくれている。それが、今の潮には心強かった。

 

 潮の周囲に浮かぶ護衛要塞も、まるで中間棲姫の意思を体現するかのように潮を守るために身体を揺らした。

 

「わ、私……ヒトを攻撃するのは、怖くて……」

「そうですよね。わかります。潮さんの拳は、モノを壊すためのものではないのでしょう。仲間を守るための拳ですから」

 

 震える拳をギュッと握りしめている。戦う以前に、ヒトを攻撃すること自体が出来ない。それは切り捨てるという行為となり、潮には最も忌むべき行動となるのだから。

 

 だが、それをしないと()()()()()()()()()()()()()()()()()()。どちらにしろ何かを切り捨てなくてはならないとしたら、どちらが大事か。そんなもの、聞くまでもなかった。

 敵を救うために、仲間を切り捨てるだなんて、潮でなくても絶対にしない。ましてや、その敵が元凶に忠誠を誓っているのなら尚更だ。

 

「でも、潮さんは決意してここに来た。勇気を振り絞って、自分の出来る限界を超えて。それなら、その恐怖は乗り越えることが出来ていると思いますよ」

 

 その勇気を後押しするように、宗谷は潮の背中を撫でる。温かく、力を分け与えられているような、不思議な感覚。

 

 宗谷にそういった特別な力があるわけではない。ただ単に、優しく思いを乗せただけ。恐怖からしか他の感情がわからない潮が、そういう思いに敏感なのである。

 この思いは怖くない。心が安らぐ。そして、勇気が湧き上がる。そんな感覚。

 

「別に躊躇なく攻撃をしろと言ってるわけじゃありません。潮さんは、その優しさを忘れないでください。いざとなれば、攻撃しなくても勝つ方法もありますからね」

 

 ニッコリ笑いながら語る宗谷を見ると、触れられる以上に心が落ち着く。

 そして最後に、震える拳を握られた。温もりを強く感じ取ることが出来て、その震えは自然と止まっていった。

 

「が、頑張り、ます」

「はい。頑張りましょう。ここが正念場ですから」

 

 最後に1つ深呼吸をして、潮は向かってくる欧州棲姫を見据えた。トラウマを抉るような姿──侵蝕された漣達と同じ姿──をその目にしたことで、やはり恐怖を感じてしまうが、ここで何も出来なかったら、自分を認めてくれたヒト達の居場所が無くなってしまう。居場所が無くなるだけならまだしも、命すら無くなってしまう。

 

 そんなのは、嫌だ。

 

「これ以上、行かないでください!」

 

 潮は主砲も魚雷も使えない。溢れた恐怖のせいで、()()()()()()()は使えない。それは、勇気を振り絞っても無理だった。何せ、潮は出したいと思わないから。

 その分、飛行場姫に鍛えられた拳がある。龍驤の甲板を纏めて突き破る程に強靭となったそれは、今は潮の感情も乗り、宗谷の思いも乗り、最高潮に達していた。

 

「何も持たずに私の前に立つだなんて、死にたいのかしら。でも、いいのよ。素直に命を散らすことは、あのお方に貢献しているようなもの。屈したいと思うのは当然よ。一思いに、轢き潰してあげる!」

 

 そんな潮に対し、欧州棲姫は砲撃を放ちながら突撃。砲撃も普通以上の火力を持っているのに、突撃の勢いと圧を乗せてきた。

 

 今までの潮ならば、恐怖に震えてその場に蹲り、その全ての攻撃を無防備で受けていただろう。だが、今の潮は違う。その突撃を真正面から受け止めるつもりでここに立っている。

 

「大丈夫です。潮さんには、()()()()()()()()()()()

 

 根拠が無いような宗谷の言葉を、潮は信じることが出来た。そしてそれは、すぐに現実のものとなる。まるでその砲撃が意思を持っているかのように潮から逸れた。いや、撃った瞬間から潮に向かってくることはなかった。

 理由は非常に簡単。欧州棲姫が狙いを定めている時に、()()()高めの波が発生し、放つ時には波にあおられていたのだ。

 急ぎながら撃っていなかったら、多少高い波が来たところで照準は合わせられる。だが、欧州棲姫は目的が近くにあるということで、ほんの少し気が逸っていた。ここを越えれば、器がある。その気持ちが、この照準のズレを生み出している。

 

 それはそれなのだが、ここで波が立つのは運である。無かったら気が逸っていたところで砲撃の照準がブレることはない。この広い海で、故意に波を起こすことは容易ではない。それなのに都合よく起きた。

 これが、宗谷の豪運。潮のために起きた、宗谷にとって都合のいい空気の流れ。調査隊の時の小さな豪運とはわけが違う、命を拾う、最大級の豪運。意図的に起こしたわけがない。

 

「行ってください、潮さん」

「はい……! 潮、行きます!」

 

 怖い。本当に怖い。向かってくる欧州棲姫が怖くて仕方ない。でも、今は手も足も震えていない。その全ての力が拳に宿っている。恐怖を振り払うため、その元凶たる者を、その拳で討ち払う。

 

「妹姫さんに教えられたこと、やってみます。私は、自分を守るために、みんなを守るために、鍛えられたんですから!」

 

 涙目ではあるが、強く拳を握り締め、全力で突き出す。直に触れるのはまずいかもしれないと考え、思いつく限り最善のグローブを纏って。

 

「この私に、そんな攻撃を? 轢かれたいってことよね。そういうことよね。ならば、あのお方への生贄として、貴女がまず肉塊となりなさ──!?」

 

 近付いて理解した、この潮の拳の危険性。喰らってはいけない。貰ってはいけない。触れてはいけない。瞬時に頭の中で警報が鳴った。直撃は死を意味すると、直感的に気付いた。

 ならばとかなり強引に潮を避けようと曲がり、さらには弩を大剣に変えて、擦り抜け際にその身体を両断してやろうと画策。

 

 しかし、それは叶わない。ここで()()()()突風が吹いた。波が水飛沫となり、()()()()欧州棲姫の目に入る。

 

「なっ」

「たぁあああっ!」

 

 そのほんの少しの隙が命取り。潮の拳は、ついには音を置いていく程にまで極まっていた。学んだことを忘れない潮が、飛行場姫からの教えを全てその拳に乗せて、渾身の一撃。

 

「っ」

 

 欧州棲姫は咄嗟に大剣を守りに使った。言っても拳は拳、砲撃とは違う。まだそれで耐えられると考えて。

 

 その考えが甘い。

 

「なん……っ!?」

 

 大剣を軽々突き破り、触れたところから粉々に砕いていく。艤装如きでは潮の拳は止まらない。これが生身に触れれば、一切の容赦なく、その全てを抉り取るだろう。

 これには当たるわけにはいかないと、かなり強引に身を捻る。しかし、拳の圧は凄まじく、空気を巻き込むように繰り出されているためか、それでも脇腹を抉り取る一撃となった。

 

「っか……この……っ」

 

 すぐさま砕け散った大剣を再展開し、潮を薙ぎ払おうと振るう。しかし、それを守るのは中間棲姫から託された護衛要塞だ。潮に向けられる前に体当たりをすることで強引に向きを変えた。その剣筋は潮から大きく外れ、一切の被害無し。

 

 そしてその時には、潮が次の一撃のために強く海面を踏み込んでいた。次は拳を握るのではなく、指を伸ばして強く振り払う。そんなことをしたことで普通ならば何も起きないのだが、飛行場姫ならばそれだけでも鋭い一撃となり、生身にくらいならば傷をつけることが出来るだろう。

 潮にそこまでの力はないかも知れないが、先程の拳のこともあり、あらゆる攻撃が一撃必殺に見えてしまう。欧州棲姫はまずいと判断し、すぐさま潮から離れた。

 

「貴女に構っている暇なんてないの。私にはあのお方から託された目的があるのよ。だから──」

「その目的が、私達の居場所を奪うことなら、ここで、止めます!」

 

 手刀が避けられたところで潮は止まらない。さらに強く踏み込み、今度は手を開いた状態で欧州棲姫に再接近。それを欧州棲姫に押し当てるように触れる。

 

「貴女の目的は、姉姫さんですよね。だったら、ダメです。絶対、ダメです!」

 

 そして、さらに強く踏み込む。それはもう、発勁と同等。内臓を激しく揺らし、猛烈な吐き気を催すことに。

 ここで吐き出してしまったら、最後の詰めである()()()()()を外に出してしまうこととなる。そのため、欧州棲姫は嫌でも吐き気を抑え込んだ。吐くならば、器に向けて。それだけで目的は達するのだから。

 

「貴女も同胞(はらから)なのよね。なら、人間につくより、あのお方についた方がいいわ。偉大なるあのお方ならば、貴女も正しく導いてくれる」

「……私の拠り所は、妹姫さんですから。それに、この施設のみんな、ですから! 貴女みたいな怖いヒト達には、ついていきません!」

 

 互いに信念を譲らない。

 

「そうよ、潮! ここでそいつは、止めなくちゃいけないわ!」

 

 ここでビスマルク達が追いついた。潮と宗谷による足止めのおかげで、戦力は集結。

 

「ヒト様の、居場所を、荒らすな。いい加減に、帰れ」

 

 空母棲姫もありったけの艦載機を発艦し、上空から欧州棲姫に向けて急降下させる。学んだ技は早速使っていく。

 

「貴女達はどこまで……どこまであのお方の邪魔をするのよ!」

 

 その艦載機を自身の艦載機で迎撃しながら、欧州棲姫はその思いを叫ぶ。誰もが同じことを思っただろう。

 

 

 

 

 それを代表して、1人が全員の言葉を集約して伝えた。

 

「貴女が言わないでちょうだい」

 

 その言葉と同時突っ込んできたのは、巨大な尻尾。叩きつけるように欧州棲姫に襲い掛かる。

 

「っ……貴女は……っ」

 

 それを辛うじて避けた欧州棲姫が睨み付けるその先には、リシュリューがコマンダン・テストを引き連れて立っていた。

 




支援絵を頂きました。ここで紹介させていただきます。

【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/101667056
358話『監査役』の1シーン。グラーフの真摯な態度がわかったのと同時に、海風の情緒が不安定になった瞬間。
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