空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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引き金は旧友

 潮と宗谷の善戦により、ついに欧州棲姫を追い詰める。施設にはかなり近付いてしまっているものの、これ以上行かせないように取り囲むところまで来た。

 

 そこには、つい先程まで暴走していたリシュリューとコマンダン・テストの姿もあった。

 理性を失い、親友である互いを敵として認識してしまっていた2人だったが、リシュリューに放たれたビスマルクのビンタによって、何かが変わっていた。

 

「貴女達、仲違いしていたんじゃないの?」

「残念ながらね。でも、もうRichelieuはあんなAbomination(醜態)は見せないわ。Commandant Testeもね」

「Oui」

 

 リシュリューが正気に戻ったのは、ビスマルク達があの現場を離れようとした時である。

 

 

 

 

 暴走していたリシュリューへの一撃は、ビスマルクすらも敵として認識するに至るモノ。その後、強引に首を捻り上げられたことで欧州棲姫を視界に入れることになったが、それだけではリシュリューの理性は戻ってこなかった。

 コマンダン・テストは引き続き邪魔をする敵にしか見えないし、むしろビスマルクという新たな敵まで増えている。目につくもの全てを破壊するまで止まらないが、優先順位は()()()()()()()()。理性が無いのだから、順序を作ることも出来ない。

 

 しかし、その後の()が、リシュリューに違う道を示した。

 

『正気じゃないなら正気じゃないでいいわ。でも、やることはやりなさい! それでもわからないなら、勝手に滅ぼしあってなさい!』

 

 少しキツめで、しかし仲間のことを思い、叱咤激励をする真面目そうな声。凛として、いつも前を向いている自信満々な声。リシュリューはそれを知っている。理性を失っていても、それは強く強く心に刻まれていた声。

 

 発作を乗り越えるために有効なのは、()()()()()()()()()出来事であった。

 

 ここまで激しい発作を起こしたことがあるもの自体が少ないのだが、近しいのは春雨。2度目の溢れ──怒りに呑まれている状態でも、鎮守府に戻ることが出来たことで、とても穏やかに戻った。故郷がキーだったと考えられる。それと同じだ。

 リシュリューにとっては、欧州棲姫に沈められる前の記憶、旧友が、発作を抑えるキー。全てを破壊し尽くすまで暴れ続けるか、もしくは深海棲艦化する前に知り合った者の声と温もり。これがリシュリューを止めるための数少ない手段だったのだ。ビンタも、首を捻るのも、ビスマルクの手がリシュリューに触れる行動。それも実際は功を奏していた。

 

「……何をやっているのよRichelieu」

 

 自分で自分を叱咤する。自分でも理解していた発作により、本当に久しぶりに会えた旧友を、よりによって敵として見てしまうなんて、なんて醜態を晒してしまったのだと苛立ちを覚えた。

 復讐心は勿論ある。欧州棲姫の姿を見たのだから、殺意は異常に湧き上がっており、破壊衝動のようなものまで感じられる。だが、見境なく破壊するようなことはもうしない。そんなことをしたら、次はビスマルクに愛想を尽かされる。むしろ、討伐対象にすらされてしまうかもしれない。

 

「Merci, Bismarck. 自分を見つめ直すことが出来たわ」

 

 既に行ってしまったビスマルクの背に礼を言いながら、自分の頬をバシンと叩く。今までに無かった刺激は、リシュリューを数段先に進ませることになった。

 

 奇跡的な噛み合いによって、リシュリューは正気を取り戻した。ならば、次はコマンダン・テストである。

 こちらの発作を抑える手段は、リシュリューが熟知している。命ある仲間の温もりを、直に伝えること。そしてそれは、リシュリューが最も適している。

 

「Commandant Teste…… Richelieuに引っ張られてしまったのね。Pardon(ごめんなさいね)

 

 近づこうとすれば攻撃を受けるが、そんなことを気にすることもなく突っ込む。その尻尾の耐久性を遺憾無く発揮し、コマンダン・テストからの攻撃は全て跳ね飛ばし、そして尻尾を使いつつ力強く抱擁。以前の夜の戦いでもやった、コマンダン・テストを宥める手段。

 脇腹からは血が流れるものの、そこは機転を利かせて、服を替えて強めのコルセットを巻き付けることで止血。深海棲艦の特性を全て使い、コマンダン・テストを安心させる。

 

「大丈夫よ。もう大丈夫。Richelieuは死なないわ。怪我をしていても、死には至らない。だからCommandant Teste、正気に戻りなさい。正気に戻った貴女に謝らなくちゃいけないんだもの」

 

 抱きしめながら頭を撫でる。これがいつもの落ち着かせ方。今回もその方法でコマンダン・テストに温もりを送り込む。

 

「貴女もGraf Zeppelinに顔向け出来なくなるわ。昔の知り合いは大切にしなさい。Richelieuが言えた話では無いけれど」

 

 グラーフ・ツェッペリンの名前が耳に入ったことで、コマンダン・テストも一気に落ち着きを取り戻した。過去の自分を思い出すことで、その時に身体を合わせようとするような、そんな落ち着き方である。

 やはり、強すぎる発作というのは、過去と向き合うことで落ち着くことが証明された瞬間でもあった。難しい問題ではあるが、可能であればコレが最善の治療法と言える。

 

「Richelieu……私……」

「いいのよ、Commandant Teste……もう大丈夫。お互い、難儀な性質ね。本当にごめんなさい」

「……本当に、そう、ですね。こちらこそ、申し訳、ございませんでした」

 

 互いに、大きく深呼吸。頭に上っていた血を下ろすように酸素を取り入れ、身体の熱を取り払う。復讐心による熱はまだ完全に失われたわけでは無いが、それでも充分に理性は取り戻せている。

 今ならば、欧州棲姫を目の前にしても、正気を失うことはない。次はその戦場にビスマルクもいる。旧友に醜態を見せるまいというプライドが、発作を抑え込むことが出来るはずだ。

 

「行きましょう。決着をつけるために」

「……Oui. 私達の居場所を、守るために」

 

 

 

 

 そして、今に至る。欧州棲姫の姿を見て、復讐心はグツグツと沸き上っているものの、正気を失うことはない。普段通りはいかなくとも、見境なく攻撃することもない。

 そこに旧友がいるのだ。また醜態を晒すなんて、プライドが許さない。もう発作なんて起こさない。

 

 それともう1人。正気を失っている時に全力の叱咤をした者に対して視線を向ける。それを感じ取った者──黒潮は、少し申し訳なさそうに目だけを向ける。

 

「クロシオ、これで殺されなくて済むかしら」

「ちゃんと聞こえとったんですか。正気に戻ったんなら、また頼らせてもらいますわ。さっきの無礼、すんません」

「いいわ、むしろ貴女が言いたいことはわかるもの。むしろこちらもごめんなさい。納得していても、あの醜態は許し難いものだもの。Richelieu自身でも、ね!」

 

 後腐れの無いように謝罪しあって、早速リシュリューが欧州棲姫に突撃する。復讐心を乗せながら、しかし正気は持ったまま。

 それは、リシュリューの行動全てに影響を与えた。力が全身を駆け巡り、スペックを数段階上げるに至る。命を燃やしているわけではない。単純に、()()()()()()()()()()に過ぎない。

 

「さっきより、速いじゃない……!」

「貴女相手だからよ。よく見えるわ……その憎たらしい、Richelieuの仇の顔がね!」

 

 リシュリューはここで理解する。本当に恨みのある相手に対して、正気を失ったまま攻撃するのは()()()()ということを。ちゃんと復讐の相手を見据えた状態で決着をつける方が、気が晴れるというもの。

 それはどちらかと言えば負の感情ではあるが、今はそれでも構わない。そこで見境が無くなるあたり、発作が起きているようなもの。

 

「いい加減に、してもらえるかしら!?」

 

 対する欧州棲姫は、その強大な尻尾には流石に敵わないと、すぐさま範囲外に退避。

 

 だが、それを見越していない者がいないわけが無かった。今、欧州棲姫に最も近い位置にいるのは誰か。

 

「ダメです! 施設に、近付かないで!」

 

 その退避方向は、潮のいる方向。完璧な攻撃のタイミングを()()()拾うことが出来たため、そのまま拳を突き出す。宗谷の豪運は未だ健在。

 流石の欧州棲姫も、潮の恐ろしさは嫌というほど理解している。艤装はことごとくを破壊され、身体に触れられたら拳なら肉を抉り掌なら内臓をやられる。特に後者は欧州棲姫にとっては大きな痛手だ。()()()()()を吐き出す羽目になる可能性が高い。

 

「貴女こそダメよ! いい加減に邪魔はやめてくれないかしらね!」

 

 その拳をギリギリで避けつつ、大剣は弩となって潮に狙いを定める。ゼロ距離からの発艦は、先程リシュリューがやられた一撃。場所が悪ければ脇腹どころか致命的な一撃となる。

 だがそれは当たることはない。その一撃は、護衛要塞がしっかり引き受けた。1つは発艦する直前にその身体をぶつけ、2つは潮を守るように寄り添う。これによって潮は完璧に守られた。

 

「ここで、終わって、もらう」

 

 次は空母棲姫による急降下爆撃。回避した瞬間を見計らった、数機による特攻。命中率はやればやるほど上がっていき、この爆撃もほぼ完璧な位置取り。

 

「終わらないわ! 私は、目的を達しなければならないんだもの!」

 

 猛烈なスピードで急降下してくる爆撃機に対して、欧州棲姫は主砲を真上に向けて放った。三式弾というわけではないのにしっかりと対空砲火となり、空母棲姫の艦載機を的確に撃墜していく。

 そうなると今度は本体がガラ空きになる。そこにすぐさま狙いを定められるのは、黒潮と瑞鳳だ。

 

「今やな。行くでぇ!」

「了解! 私も直接!」

 

 黒潮は忌雷の力を借りた精密な砲撃で、瑞鳳は艦載機を発艦させる矢でダイレクトに、現状最も避けづらいであろう腹を狙う。一撃で始末しなくてもいい。だが、動きさえ止められればそれでいい。

 

「このっ、まだよ!」

 

 しかし、それすらも大剣を振り回すことで弾かれてしまった。ここに来て、欧州棲姫の精度は上がりに上がっている。見えているもの、見えていないもの、本来ならば反応出来ないようなもの、その全てに対応出来ていた、

 

 それは、()()()()()とすら感じられる。

 

「あのお方のために、私はぁ!」

「いい加減にしてちょうだい。こちらはそれで迷惑しているのよ」

 

 欧州棲姫の言葉を聞き終わる前に、ビスマルクが主砲を放った。回避されるのを覚悟してでも、攻撃の手を休めることは出来ない。

 焦っているわけではない。しかし、早急に斃しておかなければならない。何故なら、

 

『ビスマルクさん、そっち、行っちゃったヨナ!』

 

 潜水艦隊が、欧州水姫に抜かれてしまったからだ。あちらはあちらでギリギリの戦いをしており、相当踏ん張ってくれていたのだが、ここでついに力尽きてしまった。幸いにも誰も重傷を負うことは無かったようだが、それでも消耗は激しい。

 突破力だけで言うのなら欧州棲姫よりも欧州水姫の方が上であった。何よりあの左腕が相当だったようで、それに追加で命を燃やすブーストまでかかっているのだ。ある程度の足止めが出来ただけでも充分。

 

 

 

 

 欧州水姫が合流する前に斃すことが出来れば、まだ勝ち目はある。しかし、合流してしまった場合、ここからでも厳しい戦いになるだろう。

 

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