防衛戦は、施設側の勝利で幕を下ろした。ギリギリまで命を燃やし続けた欧州棲姫が施設に接近したが、中間棲姫による迎撃で一撃の下に敗北。中間棲姫は戦いを止めるために放った武力を吹き飛ばす最も優しい攻撃だったが、黒幕の
「……私が……トドメを刺してしまったのね」
艤装を元の位置に戻して、施設を復旧させる中間棲姫。時間としてはそこまで長い時間では無かったため、食材がダメになるとかそういうことは無いだろう。しかし、その顔は浮かない。欧州棲姫の最期は、自分が引き起こしてしまったと思い込んでいるからである。
実際はそうではない。中間棲姫が何もしなくても、欧州棲姫はあそこで息絶えていた。それだけギリギリの状態だったのだ。しかし、それを待っていたら間違いなく島に上陸されており、中間棲姫は侵蝕されていた。それは施設側の敗北であり、全体的に考えても完全に勝ち目が無くなる。
この中間棲姫の決意と行動は、褒められこそすれ、悲しむことではない。施設の仲間達も、貶すことは絶対に無い。
「お姉、今のは仕方ないわ。むしろ、あれだけされても殺す気なんて微塵も無かったわよね。だったら、それはアイツが自滅したの。お姉のせいじゃない」
「そう……かもしれないけれど」
「かもしれないじゃない。そうなの」
飛行場姫が少々強い言葉で中間棲姫を慰めた。それくらい言わないと、姉は勝手に落ち込んでいく。
ただでさえ、黒幕が引き起こした事件を自分のせいだと思ってしまうくらいに優しい性格をしているのだ。今の自分の攻撃が欧州棲姫の死の直接的な原因で無かったとしても、黒幕に関わっている者の死というだけで自分が悪いと考えてしまう。
中間棲姫の悪い癖であり、どうしても治せない癖でもある。それが全面的に悪いことではない。それだけ心優しい存在であることを証明しているのだ。しかし、それで常に落ち込んでしまうのはいいことではない。
「今は、島の外で戦ってくれたみんなを出迎えましょ。施設を守ることが出来たんだもの。そんな辛そうな顔をしていたら、みんながいい思いが出来ないわよ」
「……そう、そうよね。施設を守ることが出来たんだもの。喜ばなくちゃ……いけないのよね」
どうしても喜ぶという感情は湧かなそうなので、飛行場姫は小さく溜息を吐きつつも、姉の背中をパンと叩く。
「シャンとしてよね。アタシ達はね、お姉のおかげで救われてるんだから。今までも、今も、勿論これからもね」
スッキリしない勝利ではあるが、勝ちは勝ちだ。施設は救われ、現状の脅威は失われた。
海上では、出撃していた全員が集まっていた。最も遠くにおり、かつ怪我を負ったり消耗が激しかったりする松竹姉妹やジェーナス達もようやく施設近海にまで戻ってこれた。
「終わったみたいね……」
「ああ、一安心だぜ。これで松姉ぇがこれ以上傷付くこたぁないんだろ」
「竹もね。お互い、ボロボロね」
この中でも特に怪我が深刻なのは松竹姉妹だろう。松は脚が、竹は腕を抉られており、かたや骨にヒビが入り、かたや半身に火傷と大惨事。完治するにも時間がかかるくらいの大怪我。
それでも生きているし、これ以上戦うこともない。それを喜び、互いの艤装の上で抱き合って、生きていることを実感した。痛みがあるということは、死に近付いていないということに他ならない。生きていれば傷くらいそのうち治る。
楽天的と言われればそうかもしれないが、この姉妹にとって、最も大切なのは姉妹の無事。痛みくらいそれで乗り越えられる。
「いやぁ、今回は大変だったねぇ」
「お疲れ様でした」
飄々としているように見える北上も、欧州水姫との戦いで随分と消耗しており、今は大井に航行を手伝ってもらっているレベル。
やはり、欧州水姫の右腕をロックしている時に主砲を乱射されたことが効いてきた。致命的なダメージは無くとも、積もり積もって体力をゴッソリ持っていかれている。大井もそれを察して戦いが終わったとなった瞬間に肩を貸したほど。
「え、潮ここまで来てる!? ちょっと大丈夫なの!?」
これまた消耗が激しい曙だったが、施設で待っているであろう潮が戦場に立っている事に気付き、疲れを忘れてしまったかのように駆け出す。同時に漣と朧も潮を心配して駆け出した。
その潮は一切の消耗を見せていない。スタミナに関しては誰よりもあるため、逆に少しでも消耗らしい仕草を見せていたら心配してしまうほどである。実際は、消耗ではなく恐怖の兆候。
「う、うん……大丈夫……。でも、今更だけど、手が、震えてきちゃった……」
今までは施設を失う恐怖が優っていたため、欧州棲姫ともまともに戦えていたのだが、その恐怖が失われた今、最も恐怖を感じるのは
自ら進んでやったことなので発狂する程の恐怖では無いにしても、恐怖自体は払拭出来るようなものではないため、その場でへたり込むくらいに震えてしまっていた。
そんな姿を見たため、曙が慌てて駆け寄るが、それよりも先に潮の側に潜水艦姉妹が浮上してきた。
「潮、大丈夫」
「もう怖くない」
いきなり現れた姉妹に曙は腰を抜かしそうになるものの、流石にそんな醜態は見せられないと踏ん張った。漣はそういう仕草を見逃していないが。
潜水艦隊も海中から追いついたようで、姉妹の次には巨大な伊47の艤装がゆっくりと浮上してくる。ミシェルはそこに便乗しており、浮上したところでジェーナスを探し、見つけた瞬間に駆け寄った。
「ジェーナスちゃん、大丈夫ぴょん!? 痛いところ無いぴょん?」
「Michelle, 大丈夫よ。すごく疲れちゃってるけど、私はまだマシな方だから」
「よかったぴょん!」
流石に抱き着くのは憚られたようだが、ジェーナスが手をバッと開いたため、飛び込むように抱き着いた。やはり個別に動いて戦場を駆け回るのは寂しかったようで、ミシェルに戦闘はあまりよろしくないと感じる。
だが、もうこんな戦いは起こり得ない。ミシェルにとっては、これが最後の戦闘となるだろう。ここからは施設で平和に暮らせる。
「怪我人はかなり多いですね。こういうこともあろうかと、クルーザーに応急処置のための道具は多めに積み込んであります。深海棲艦の方々は回復が早いとのことなので、確実な処置をしておけば大丈夫でしょう」
ここからは宗谷が取り仕切った。最も体力を失っておらず、この中では医療に関しても理解があるため、怪我人をまとめて処置していくようである。
少なくとも全員激しく消耗しているが、明確に怪我をしているのは半数にも満たない。松竹姉妹が特に酷く、次点が脇腹から血を流しているリシュリュー。この3人に関しては、すぐにでも処置をしておかなければならないだろう。
「大丈夫よCommandant Teste、Richelieuはこの程度では死なないわ」
心配そうに付き従うコマンダン・テストに、リシュリューが痛みを堪えながらも笑みを向けた。この怪我は死には至らない。安静にしていれば完治にまで時間はかからない。そう教えるように。
「姉姫も心配しているでしょう。早く戻って、安心させてあげましょ」
そして、ビスマルクの号令で全員がゾロゾロと島へと戻っていく。誰もが疲労しているため、早く休みたいという気持ちが強かったようだ。
だが、1人だけ、空母棲姫だけはその場から少し動かなかった。その視線の先には何もない。いや、
「……一つ、間違えれば、私も、ああなっていたのだろうか」
欧州棲姫や欧州水姫の死に様は、亡骸すら残らず、この世界から存在が消えるような終わり方。初めて
全ては黒幕のせい。自分に繋がることは全て消し去る主義がここにも影響を与えていた。全ての武力を吹き飛ばされても、命の使い方がまずかったか、黒幕の思惑通りに痕跡すら残さなかった。最後まで忠誠を誓っていたとも考えられる。
空母棲姫の言う通り、一つボタンを掛け違えていたら、空母棲姫がこうなっていた。龍驤がどちらかの身体を器と決めて、空母棲姫を黒幕の下に送っていた場合、忠誠を誓うかはわからないが、こうなっていた可能性が無いとは言えない。
この死に方は誰から見ても悲惨だ。そこにいなかったものとして扱われるのは、今まで生きてきたことを否定されているようなもの。弔うことも出来ない。
「気にしちゃダメよ。貴女は解放されたんだもの」
それを宥めるように戦艦棲姫が寄り添う。これからの旅の仲間として、メンタルケアは自分の仕事だと考えて。
これから生きていくのに、このようなことが起きることはもう無い。ここからは楽しく生きていけるはずなのだが、最初にここまでのモノが心に刺さってしまうと、開き直ることは難しいだろう。人生経験が豊富な戦艦棲姫でも、この終わりは刺さるモノがある。
だからこそ、これを塗り潰すくらいに楽しく生きてもらいたい。そして、戦艦棲姫はその手段を知っている。戦いから離れ、好きに世界を見て回ることで、自然と心は癒されていく。
「今は仕方ないかもしれないけれど、すぐに楽しませてあげるわ。この戦いがちゃんと終わったら、私と一緒にいろいろ見て回りましょう」
「……そう、だな。戦艦の話は、面白い。私も、見てみたい」
「ええ、一度行った場所なら案内も出来るもの。貴女はもっとこの世界を知りましょ。それがいいわ」
しばらくは失われた命の痕跡を見つめ続けていたが、これも乗り越えなければならないモノとして、空母棲姫は呑み込んだ。留まるよりは、前に進んだ方がいい。ここで自分が終わるわけではないのだから。
施設はそこからも大忙しである。怪我人の応急処置から始まり、中間棲姫の艤装展開による施設への影響調査。あとは本当に被害が無いかどうかを確認して、戦いが本当に終わったかどうかを確認。
これだけ激戦を繰り広げた後に、実はもう一手と言われたら洒落にならないため、まだ比較的消耗が少ない空母棲姫とグラーフ・ツェッペリンが哨戒機を飛ばしている。飛行場姫も哨戒側に回ろうとしたものの、今は姉についてやれと周りからさんざん言われたため、施設内の仕事に専念する。
やはり中間棲姫の表情は暗い。いや、笑顔ではあるのだが、空元気のようにも見える。心配させないように明るく振る舞おうとして、それが周りにすべてばれているような表情だ。
「……お姉、気にしちゃダメよ」
話しかけるが、悲しい笑顔でそうねと応えるだけ。心に突き刺さった棘は、そう簡単には取れない。
あの後、欧州棲姫のことは、どうあっても救えない者であり、何かあれば確実に中間棲姫を出し抜くために動くような存在だとみんなから聞いている。だからといって死んでいいとは思っていないが、死ななければこの施設が危ない存在ではあった。
どうすれば姉がいつもの調子を取り戻してくれるかと思案する飛行場姫だが、ふと1つ思いついた。
「……そうだ。アタシの声も届かないなら、お姉にも届かせる声があったわ。今なら呼べば来てくれるかも」
「……?」
「あ、でも艦娘達もいるからすぐには無理か。全部終わったら来てもらいましょ。お姉、落ち込むのは今日いっぱいにするわよ」
そう言われても中間棲姫にはわからない。気持ちが前を向いていないせいで、周りがあまり見えていない。
「妹ちゃん……来てもらうって、誰に……?」
「そんなの決まってるでしょ」
ニヤッと笑って答える飛行場姫。
「『観測者』よ」
主人公不在でほぼ1ヶ月近く続いてきた施設防衛戦も、そろそろ終了となります。姉姫様に刺さった棘は、きっと『観測者』様が抜いてくれるでしょう。