施設での事後処理はひとまず終了。怪我人は手当てが済み、松竹姉妹とリシュリューは自室で安静にするということで落ち着く。艦娘も消耗が激しいため、一休みしてから鎮守府に戻ることになったのだが、その前に鎮守府への連絡となる。
その場に立つのは姉妹姫の他には大井とビスマルク。本来なら北上が話をする予定だったのだが、欧州水姫との戦いで大きく消耗していたため、まだ比較的動ける大井が代打となった。その北上は帰投の前に一旦休息ということで、北上組と共にゆっくりとしている。ビスマルクも休息が必要なはずなのだが、そこは任された仕事をするのだとプライドの高さで乗り切る。
通信先は、いつもの面々。しっかり山寺提督も含まれており、大将は堀内提督の鎮守府に滞在しているので、そこに相席するカタチで座っていた。山寺提督の画面以外には、その隣に秘書艦の姿もある。大将の場合は吹雪が決戦部隊であるため、望月が代理としてそこにいた。
山寺提督は当たり前のように『sound only』の表示。この状況でも自分のスタンスは崩さない。その画面を見て、ビスマルクが小さく溜息をついたのは誰も見逃さなかった。
『先に伝えておく。まだ決戦部隊は俺の鎮守府には到着していない』
『こちらからは出発しているから、もう少し時間はかかるだろう。準備をして全員で向かったことは伝えているからね』
『ああ、想定通りだ。そちらとこちらはそれなりに距離がある。前回の出向から考えれば、あと小一時間ほどはかかるだろう』
施設の現状を伝えるにあたり、今出向している春雨達に伝えられないのは少々残念ではあったが、到着と同時に大塚提督からこの件を聞くことになるはずなので、伝わらないことはない。
「それじゃあ、話をさせてもらうわねぇ。ついさっきまで、防衛戦をすることになったわぁ。結果は見ての通り、施設を守ることが出来たんだけれど、その時の相手は、亡骸も残らず消えてしまったわぁ」
なるべくいつものペースをそのままに、中間棲姫がつらつらと述べる。飛行場姫には、空元気で無理をしているのはわかっているものの、この施設の主として、施設に起きたことは自分の口で語ると言って聞かなかった。
例え辛い思いをしたとしても、施設の責任は自分の責任と矢面に立つ。余程のことが無い限り、飛行場姫に任せ切るということはしない。
やはり発生した防衛戦。しかも、本来出てくるであろう北上が大井に代打を頼むほどなので、余程の戦闘が行なわれたのだろうと察した。よく見れば、中間棲姫も疲れた表情をしているため、勝利までの過程は相当なものだったのだろうと推測される。
「相手はこうなる前に伝えていた通り、欧州棲姫と欧州水姫よ。どちらもとんでもない強化を受けた個体だったわ」
ビスマルクが付け加えていく。実際に戦った者からの言葉であるため、リアルな感想が語られた。欧州棲姫に関しては、一度屠っている相手であるため、そのあまりのイレギュラーさは語らずにはいられなかったようである。
何より知ってもらいたかったのが、命を燃やした強烈なパワーアップのこと。侵蝕無しで忠誠を誓っている個体であるせいで、バリアや泥刈機による端末の消失があってもお構いなしに敵対し、死すらも厭わず敵対を続ける。今回の2人がそうだったのだから、拠点に何者かがいるのならば、同じような者である可能性は非常に高い。
『命を糧にした強化か。効率はいいだろうな。褒められる行為では無いが』
『本当に褒められないわね。命を何だと思っているのかしら』
『何とも思っていないんじゃないですか? 自分以外はどうでもいいと考えていそうですね黒幕とやらは』
黒幕のやり方から考えれば、これは最高効率だろう。これまでのこと──駒として使っていた者達が侵蝕を解除されて敵対する──を考えれば、黒幕もそこに策を講じてくるのは当然のこと。
部下のことをまだ
合理的に考える大塚提督は、これに対して効率がいいとは言う。だが、倫理的に考えればそんな力は使えない。より合理的に考えるならば、そんな使い方をするよりは長持ちするように運用する方が遥かに強いからだ。
結局のところ、山寺提督が言う通り、自分以外はどうでもいいと考えているからこんな策が思いつく。本当に勝ちたいのならば、もっとやりようがあるとまで。
「救えなかったことは悔しいわぁ……。私の中身にそういう感情を持っているのだとしても、話し合えばわかってくれるかもしれないのに……」
「話し合いで解決したら良かったけど、そんな余裕すら与えられなかったものね……」
眼前とまではいかなかったが、かなり近付いてきた欧州棲姫は、そのままの勢いで話すらすることなく中間棲姫を侵蝕しようと画策していた。故に、中間棲姫も武力を全て取り払う渾身の一撃を放ったのだ。
あそこまで命を食い潰す前に同じように出来ていたならば、もしかしたら話し合える時間が作れたかもしれないが、それは無理というもの。それに、今更である。
『決戦部隊には、その能力については話しておく。命を削る超強化のことを事前に知っておけたのは良かった。いざ戦いでそれを知っても手遅れかもしれないからな』
『拠点を守る者ならば、同じような存在である可能性は高いか。むしろ、拠点の近くであるがために、より強力な可能性すらある』
『ああ。自分のことしか考えていないという前提があるのなら、俺はそう考える。自分の周りにこそ最も強い駒を配置するとな』
今までの傾向から考えれば、自分の身を守るために力を割いていると考えるのは間違いでは無いだろう。最悪攻め込まれたとしても、その最大の力を持つ部下を使って始末してしまえばいい。
今まで鎮守府が戦ってきた深海棲艦達も、その傾向はあった。強力な側近を並べ立てて自分を守るという戦い方は、むしろ深海棲艦の常套手段。
「眼鏡くん、うちの子達にも、勿論艦娘ちゃん達にも、気をつけるように言っておいてちょうだいねぇ」
『勿論だ。死なずに確実に敵を始末することが最善であり最高効率であることは間違いない。命を懸けて斃すだなんて非効率だ。死ぬくらいなら戻ってこいというのが、俺のやり方なんでね』
艦娘を兵器として見ていても、それを失うのは合理的では無いと考えるのが大塚提督だ。誰一人欠けることなく勝利せよというのが基本。これは何処の鎮守府でも言えることである。方針は違えど、堀内提督も同じ気持ち。
『ところで姉姫、少し顔色が悪くないかしら』
ここで大将が話を遮るように口を出した。画面越しでも中間棲姫の不調を感じ取った様子。
「……そう、かしらぁ……」
「アタシじゃなくてもそう見えるんだもの。それだけバレバレなのよ。お姉、今日はもう休みなさい。事情は説明しておくから」
「でも……」
「でもじゃない。お姉が倒れたらこの施設は終わりなんだから、みんなに休めと言われたら休むの。むしろ一番休まなくちゃいけないのはお姉かもしれないんだから、とっとと休む。誰かお姉連行して」
このままウダウダとしていたら休めと言っても休まなそうだからと、中間棲姫の意思とは関係無しに自室に連行することとなった。みんな疲れているのはあるのだが、こういう時は力を貸すと、さりげなく部屋の外に待機していた戦艦棲姫と空母棲姫が打ち合わせに乱入。戦艦棲姫の艤装が中間棲姫を優しく掴み上げると、のっしのっしと自室に退場させた。
「え、ちょっと、私は」
「何度も言わせないでちょうだい。お姉は一番自分の身を案じなくちゃいけないの。これ、施設の全員が満場一致だから。はい、行った行った」
「悪いわね姉姫。私も貴女には休んでもらいたいの。話は聞いてるから、心の前に身体も休めてちょうだいね」
「え、えぇえ……」
そのまま中間棲姫は打ち合わせの場から退場。いくら中間棲姫といえど、戦艦棲姫の艤装に掴まれている状態から脱出することは出来ない。さらには、ここの中間棲姫は戦艦棲姫に攻撃してまで抜け出そうとも考えないので、なすがままに連れ去られた。
自室に寝かされた中間棲姫は、気が気でなかった。しかし、横になったら起き上がれないくらいに消耗していることに気付いてしまい、自分でも知らない内にここまでになっていたのかと溜息を吐いた。最後の一撃は心身共に大きな負担がかかっていたらしい。
武力を全て吹き飛ばす空気砲という、ここの中間棲姫にしか出来ないであろう一撃必殺の攻撃に、何も負荷がかからないわけが無かった。そこからさらにこの施設の維持を優先しているのだから、本体にさらなる影響があってもおかしくない。
「……無理……していたのかしら……」
本来することのない戦闘。それが中間棲姫の身体を蝕んでいる。そこにさらに、欧州棲姫にトドメを刺したという精神的なダメージがのしかかり、余計に体調を崩している。優しすぎるが故に、戦闘という行為そのものがダメージに直結していた。
しかし、その性格上、全てを仲間達に任せることも出来ない。自分の施設なのだから、自分が矢面に立たなくてはならないと責任を感じてしまっている。一番やられてはならないのにもかかわらずだ。
この呟きに対して、返事をするものが突然現れた。
「君の優しさは間違ってはいないよ」
中間棲姫の自室の入り口。そこには、いつの間にか『観測者』が立っていた。道化すらも近くに置かず、本当に一対一。
あまりにもビックリしすぎて、中間棲姫はベッドから飛び起きる。ここまで驚く中間棲姫は今までに無いため、『観測者』は少々驚きつつも苦笑した。
「え、ど、どうやってここに」
「妹姫が私を呼んだのだろう。艦娘達の目を盗んでここに来たのだがね」
こっそり施設に入ってくる『観測者』を想像して、少し笑ってしまった。
「何度でも言おうか。君の優しさは何も間違っていない。こうなってしまったのは、君のせいでは無いよ」
「……でも、彼女は結果的に私が……」
「君が撃たずとも、彼女はああなっていた。非情かもしれないが、あの力の使い方は、命を粗末にするモノだ。遅かれ早かれ、その身体を崩壊させていた」
理解は出来るが、納得は出来ない。優しいが故に、敵であろうと欧州棲姫の死は、自分のせいだと感じてしまう。黒幕がやったことも自分のせいだと考えることは無くなってきたものの、死まで見てしまうとどうしてもその感情がぶり返す。
「いいかい、姉姫。全ての方向に優しさを向けること悪いことでは無い。故に君は間違っていない。だが、今回は少々勝手が違う。どちらかを選ばなければ、どちらかが命を落とす状況だ。君にとっては辛い決断だっただろうが、私はその決断を評価するよ」
中間棲姫がいるベッドに近づき、膝をつく。
「仲間を取るか、全ての命を取るか。これはあの戦場では誰でも不可能だった。辿り着く者の力でも無理だ。無論、この私でもね。ならば、私も、辿り着く者も、君と同じ選択をしていただろう」
救われない者を救うことは不可能だ。どうしても取捨選択をしなければならない。それが酷くストレスとなってしまっても、決断は必要だった。『観測者』はそれを
「落ち着けるまでは、私が傍にいよう。中立ではないかもしれないが、決断した者が落ち着くまで見守るのは……
「親……そうなのかしら」
「君を育てたのは私だからね。ただ、親というよりは、君は私と同列の
クスリと笑って頭を撫でる。こんなことをされたのは、まだ空っぽの時くらい。何処か懐かしさを感じて、中間棲姫も笑みを取り戻した。
まだ本調子になることは無いだろうが、少しはこれで気が晴れるだろう。まずは本調子になるところから。
艦娘に見つからないように施設の中に入ってくる観測者様。多分、事前に上手いこと道を開けてもらっているんだと思う。