空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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 まだ誰にも感知出来ないような場所の艦娘の気配を発見したことで、突如として動き出した槍持ち。そのままでは、再び艦娘を襲ってしまうため、その速さに追いつくことが出来た春雨がどうにか押さえ込み、薄雲の名前を出すことでその動きが止まった。薄雲とジェーナスが合流する頃には、春雨が押さえつけることなく大人しくなっている。

 これで槍持ちが艦娘を襲撃しようものなら、今までで得た信用も失われてしまうだろうし、最も避けたいであろう艦娘達との戦闘にまで発展してしまう。施設のためにも、ここで食い止めることが出来たのは喜ばしいことだった。

 

「槍持ちさん、施設に戻りましょう。薄雲ちゃんが迎えに来てくれましたよ」

「姉さん、大丈夫です。今から艦娘が来るんでしょうけど、敵では無いです。私達と仲良くしてくれる、れっきとした仲間です」

 

 薄雲が槍持ちに話しかけることにより、一層安定しているように見えた。春雨ももう押さえつけるために力を入れておらず、マウントポジションも緩めようとしているほどだ。

 先程飛び出して捕まえるまでにそれなりに時間はかかっているので、槍持ちが感知したであろう艦娘も大分こちらに近付いているはず。このままここにいたら、それを目の当たりにしてまた押さえつけることになってしまうため、合流してしまう前に早々に撤収をする。

 

「姉さん、立てますか」

 

 薄雲の言葉を受けても、起き上がることはない。先程は暴走したものの、止まってしまえばまた動かなくなる。流石にこのまま海面を引きずって帰投するというのもどうかと思われたため、3人がかりで槍持ちを持ち上げた。

 春雨は脚が無い分、高さがうまく合わせられないのだが、そこは薄雲もジェーナスも艤装を装備して海の上に立っている身。いくら槍持ちが艤装を装備していようが、2人である程度安定させられる。

 

「帰ったら着替えてもらった方がいいかしら。艤装じゃない服だからビショビショのままよ」

「そうだね。これは洗濯物に出して、新しいのを用意してもらった方がいいかも」

 

 春雨が押さえ込むためにマウントポジションを取ったことで、着ているシャツは海水でビショビショ。余すところなく濡れて、肌に張り付いてしまっている。本来なら不快感を持ってもおかしくないのだが、槍持ちは相変わらず無表情。

 せめて服を自分で作れるくらいにまで回復してくれたらと淡い期待を持ちつつも、無い物ねだりするのもどうかと思い、結局そのまま施設へと連れ帰った。

 

 帰投中に姉妹姫に報告を終えて追ってきてくれた戦艦棲姫に引き渡すことが出来たことで、槍持ちは身体を拭かれて替えのシャツを着せられ、そのまま薄雲と戦艦棲姫に連れられて私室に篭ることとなった。

 

 

 

 

 それから遅れること十数分。施設近海までやってきたのは、予想通り春雨の鎮守府の艦娘達だ。おそらくそれだろうと予測していた中間棲姫は、春雨とジェーナスを連れてそれを迎えに来ていた。

 そのまま施設に入ってこられた場合、また槍持ちが反応して襲いかかってしまう可能性もある。ここまで来ているのなら流石に感知し続けているだろうが、今は大人しくしてくれているため、なるべく離れた位置で事を済ませたかったというのもある。

 勿論、槍持ちがここにいるということも艦娘達に伝えるつもりだ。ここに来ると危険を伴うため、少しの間は施設には来ないようにしてほしいとも。

 

 海の向こう側にうっすらと姿が見えてきたため、春雨が大きく手を振ると、あちらからも反応が見えた。部隊の先頭にいたのは意外にも五月雨であった。秘書艦業務として、ここへの遠征をまた引き受けていた。

 しかし、今回は意外にも海風の駆逐隊はその中に含まれていない。五月雨の他には、いつもの千歳と千代田、金剛、そしてもう1人。万が一の時のことを考えて、さらに戦力として上昇させる存在。

 

「金剛お姉さまが信用出来るというのだから、この比叡も信用させていただきます! それが中間棲姫であろうとも、中身が違うのであればそれは()()中間棲姫ではありません!」

「あらあら、また元気な子が来てくれたのねぇ」

 

 金剛の姉妹艦、比叡。鎮守府の高速戦艦姉妹として、こういった重要な局面では度々駆り出される実力者である。

 金剛を心酔しているため、その言葉を全て鵜呑みにするという欠点があるものの、今回に関しては、その性質は施設にとってもありがたいことである。金剛が仲良くしようとしているのだから、比叡も仲良くしようと考えてくれる。

 

「比叡さん、お久しぶりです」

「うん、春雨久しぶり。お姉さまに聞いてたよ。元気そうで何より!」

 

 帽子ごと頭をグシャグシャと撫で回す比叡に、懐かしさを感じながら受け入れる春雨。あの姉があってこの妹あり。

 金剛から古参特有の余裕を取っ払い、明るさに全て振ったような存在が比叡である。それ故に一切の嫌味はなく、されるがままでも不快感がまるで無い。

 

「えぇと、今日はどんな御用が?」

「あ、そうデース。五月雨、今日はすぐに本題に入りまショウ」

「ですね。こちらでいろいろと相談しまして、この施設にプレゼント……というか、和睦という間柄で必要だと思うものを持ってきました」

 

 そう言いながら五月雨が取り出したのは、いつも使っているものとは違うタブレット。どう見ても新品なのだが、艦娘達が使っているものとは少し違うそれを、五月雨の手から中間棲姫に差し出す。

 

「これは、この前提督くんとお話しさせてもらった時のモノかしらぁ?」

「はい。性能はほとんどオミットされているんですけど、これを使えば、私達の鎮守府と連絡が取れます。今からやってみてもらいたいんですが、いいですか?」

「そうねぇ、試してみなくちゃ、やれるかわからないものねぇ」

 

 早速タブレットを弄ろうとするが、中間棲姫には動かし方がわからない。そこでその説明は金剛と比叡が行なう。五月雨はこういう時に限ってドジったりしそうなのでと、満場一致の信用の無さである。

 五月雨もぷんすか怒っていたものの、本当に大丈夫かと言われた時に言い返せないくらいに自分の体質を自覚していた。

 

 渡されたタブレットは一応の防水仕様。勿論海の中に放り込むのは控えた方がいいが、ある程度はこの施設の環境に合わせたものが用意されている。海図を表示する機能などの艦娘が出撃するための機能は外されており、出来るのは通話のみ。

 代わりに、前回の対談と同じようにビデオ通話は確実に出来るようになっており、充電もこの施設の電力で可能であると判断されていた。念のためと電源タップまで用意されている気の配りよう。

 

「ここを、こうねぇ」

 

 言われるがままに画面をタッチして、いよいよ電話の時。小さな呼び出し音の後、画面が少しブレたかと思ったところで、その向こう側の提督の姿が画面上に現れた。

 

『もしもし、繋がったようだね』

「ええ、お久しぶり提督くん。これをプレゼントしてくれると聞いているのだけれど」

『ああ、以前にも話したと思うが、話のわかる上司と相談してね、そちらとは常時連絡が取れる手段を持っておいた方がいいという判断に至った』

 

 それを許可したのは、ここの提督と関係を持つあの老齢の貴婦人。大本営所属である彼女からの指示で、この手段を実行に移したと話す。

 

 またもや未知の深海棲艦による襲撃を受けたということで、流石にこれは大問題だと貴婦人に連絡を取ったそうだ。今回は全滅を回避することが出来たにしても、一度ならず二度までも()()()()()()()深海棲艦と交戦したとなれば話は別。

 そして、その窮地を救ってくれたのがこの施設の深海棲艦だ。元々和睦というカタチを取っているが、今回は明確に手助けしてくれたのだ。友好的な深海棲艦であることを如実に表した実例として、後世に伝えていかなくてはならないくらいの出来事である。

 

 そんな深海棲艦なのだから、また話をしたい時にアポ無しで施設に突撃するのは失礼に当たるのではと考えた。結果、事前に連絡が取れるようにそれが出来る機器を貸し出すべきと判断したという。

 電話だけで済むならそれでいい。今から行っていいかと子供の口約束のようなことでも、出来ればお互いに気も楽になるだろう。施設側から鎮守府に連絡をすることはそうそう無いとは思うが。

 

「なるほどねぇ。確かに、事前に連絡してもらえれば、こちらとしてはありがたいわぁ。今日もちょっと危なかったもの」

『そうなのかい? それは申し訳ないことをした。そういう意味でも、今後はこちらから使者を送る時は事前通達が必要だろう』

「そうねぇ。なら、次はこちらから連絡させてもらうわぁ。少しの間、艦娘がこの施設に近付くのは難しいかもしれないもの」

 

 ここで今度は中間棲姫から槍持ちについての話をする。あの時に艦娘達を襲撃した深海棲艦は伊47の手により沈黙させられ、現在は施設内で保護観察中であると。そして、薄雲を筆頭とした施設の者達により介護され、正気を取り戻す可能性が早くも見え始めていることを。

 しかし、たった今艦娘が近くに来たことを感知して襲撃に乗り出してしまった。事前に来ることがわかっていれば、私室から表に出さないように出来たし、薄雲と戦艦棲姫による監視がより強固になっていただろう。

 

『……なるほど。それは本当に申し訳ない。(くだん)の深海棲艦についてはこちらも注意して、この部隊を君達のところに遣わせたのだが』

「こちらも連絡の手段を持っていないんだもの。これは仕方ないわぁ。でもこれからは、事前にお話が出来るようになったんだもの。お互いにチャラにしましょうねぇ」

『寛大な配慮、度々感謝する。手伝えることがあれば何でも言ってほしい。出来る限り力になりたい』

 

 提督のその言葉に、そうだと思いついたように中間棲姫が笑みを浮かべる。

 自分達には動くことが出来ず、この提督なら信用して託すことが出来るお願い事。

 

「それなら、1つ調べてほしいことがあるのよぉ」

『僕達で出来ることならば』

「今保護している子……こっちでは槍持ちちゃんと呼んでいるんだけれど、あの子の素性を調べてもらっていいかしらぁ。おかしなところがあるのよねぇ」

 

 それは、第二第三の槍持ちを生み出さないための一手。

 中間棲姫が見る限り、槍持ちの溢れた感情は『怒り』であり、特に艦娘に対して憎悪を抱いていることがわかっている。それを生み出した原因を探してほしいと伝えた。

 それが駆逐隊全滅に繋がるかはわからない。しかし、槍持ちの存在がその事件の犯人に繋がる可能性が無いとは言えない。

 

『その槍持ちという深海棲艦は、元は何者なのかはわかるのかな』

「えぇと、薄雲ちゃんはあの子のことを叢雲と呼んでいたわねぇ」

『叢雲……駆逐艦叢雲か。了解した。こちらの上とも掛け合って、必ず素性を突き止める。これは我々だけの問題では無さそうだからね』

 

 それこそ、貴婦人の大将が話していた艦娘を酷使するような鎮守府が関わっている可能性がある。

 酷使に耐えられず、怒りが溢れ出し、この世の全てに恨みを持ってしまった、なんてことが考えられるため、槍持ちの素性を突き止めるのは鎮守府だけではなく大本営にもいい影響を与えるはずだ。

 

『では、少しの間は使者を遣わすことを控えさせてもらう。何かがあったら、この端末を使って連絡させてもらうよ』

「ええ、そうしてくれると嬉しいわぁ。ここに来た子達も、もてなしたいのは山々なのだけど、今は施設に入れてあげることが難しいの。ごめんなさいねぇ」

「いえいえ、構いません。こちらもアポ無しで来ているんですから、門前払いでも文句を言えない立場です。むしろ、ご迷惑をかけてごめんなさい」

 

 改めて五月雨の方からも謝罪。本心からの言葉であるため、より一層の信頼を勝ち取っていくのだが、これは本人の知る由もないことである。

 

「貴女は初めてなのに、こんなことになってごめんなさいねぇ」

「大丈夫です! この目で見れば、ここの()()はわかります。この比叡、貴女のことは信頼出来る相手だと確信していますから!」

「比叡はこういう子なのデース。元気が有り余ってマスけど、素直で優しい子デスから、仲良くしてあげてくだサーイ」

 

 比叡は中間棲姫としっかり握手までして、またここに来ると宣言した。

 

「あの……海風はどうしていますか」

 

 ここで春雨が気になることを聞く。

 どういう状況であれ、春雨に会うためにここに来るのが当たり前のようになっていた。珍しく部隊には海風達がいないのは、どうしても気になった。

 

「海風は今、山風の監視の下で療養中。また心にガタが来てて……」

「……そっか。なら、海風と話をするためにも、この端末はあって嬉しいかも。司令官、そういうカタチで使わせてもらってもいいですか」

『ああ、僕としてもそれはありがたい。海風の憔悴は正直見ていて辛いからね。春雨と話すことが出来れば、また改善されるだろう』

 

 通信端末はそういうカタチでも使えるだろう。声だけでなく姿も見せられるのだから、海風にとってはありがたいことこの上ないはずだ。

 

「それなら、この端末はダイニングにでも置いておきましょうかぁ。でも、これをそんな私的利用みたいにしちゃってもいいのかしらぁ?」

『一向に構わない。艦娘達のメンタルを管理するのも僕の仕事だ。それが最善だと言うのなら、多少のリスクは考えないものとするよ。それに、君達は信用に値する存在だ。リスクにもならない』

「ふふ、ならありがたく使わせてもらいましょう。世間話が出来るというのも、いい刺激になるわぁ」

 

 これにより、鎮守府と施設を繋ぐホットラインは確立される。今後何かあった場合、即座に連絡が取れることで、迅速に事の解決に動き出すことが出来るようになった。

 

 

 

 

 しかし、演習の依頼については出来ず。施設も今、槍持ちという存在でそんなことを言っている余裕が無いのは確かである。部隊の者達も、これに関しては余計なことを話さずで終わった。

 今はまだ、鎮守府だけで戦う力を鍛え上げる必要がある。少しハードになるかもしれないが、未知の敵に打ち勝つためには多少の苦難は考慮しなくてはならない。

 




電話だけの端末を作り上げたのは、おそらく鎮守府所属の明石。
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