無事大塚鎮守府に到着した決戦艦隊。施設の防衛戦のことについて聞いて春雨の怒りが溢れたものの、何事もなくその打ち合わせは終了。少々気が立ってしまっているものの、ここからは明日の決戦に向けて休息と整備の時間となる。
春雨達は勿論のこと、金剛達堀内鎮守府の者達も、一部を除いて初めての来訪。ここを知るのは、元々属していた古鷹と、この鎮守府を救った江風、涼風、島風、吹雪。古鷹はともかく、後者の者達は交流らしい交流もしていない。
強いて言うなら合同演習で力同士をぶつけ合うことでわかりあったものの、まともな交流はまだである。
「打ち合わせは終わりましたか?」
執務室の前、少し苛立ちを隠しきれていない春雨の前に現れたのは鹿島である。ほんのりと甘い匂いを漂わせているため、今まで何をしていたのかがすぐにわかる。
「はい、たった今。ここからは私達も休息に入ります」
「それなら、よろしければこの後、交流会も兼ねてお茶会なんてどうでしょう。合同演習ではどうしてもピリピリしていましたが、今回は心を落ち着かせる時間ですし」
「なるほど、だから甘い匂いを。お茶菓子が手作りなんですかね?」
「その通りです。私もですが、夕雲ちゃんや雷ちゃんが手伝ってくれた自信作ですよ。ここに到着する少し前に作っておいて、今仕上げたんです」
休息としてよく使われる手段であるお茶会。施設でもジェーナスが主催となって、施設の外にテーブルを持ち出してまったりする時間を満喫する。堀内鎮守府では金剛が主催することが多い。
「Wao! それは是非とも参加しなくてはですネー。でも、私はお茶の味には一家言ありますヨー。私の舌を唸らせることは出来ますかネー?」
少し戯けるように、この空気を──特に春雨の怒りを抑え込むように、明るく振る舞う金剛。
この雰囲気に、春雨は自然と気持ちは安らぐ。堀内鎮守府でも決戦前には金剛がお茶会を開くことがあったことを思い出し、過去の思い出と仲間達と共にいる状況がうまく折り重なって、落ち着かせる要因となっていた。
海風も春雨が落ち着いていくのを感じ取ってホッとしていた。自分や白露の温もりだけでは抑えきれないところは、仲間との思い出でカバー出来る。やはり鎮守府に戻ることが出来て、仲間達と強く交流が出来たことは、春雨にとっては非常に大きい。
「私も是非参加させてください。心を落ち着けたいというのもありますし、皆さんとは世間話とかもしたいところですし」
「はい、勿論。こちらとしても、貴女達の話をもっと聞いてみたくて」
にこやかに話す鹿島。穏健派であり、本来の艦娘の心を失っていない者達であるとはいえ、一応は深海棲艦である。100%信用出来る存在として理解していても、それは今のところ戦闘でのこと。世間話が出来るようになって、初めて全面的な信頼が得られると、鹿島は考えていた。
勿論、それは春雨達から自分達への信頼もである。大塚鎮守府の艦娘は堀内鎮守府よりは交流が極端に少ない。それこそ、まともに一緒にいたのは合同演習と前哨戦だけ。故に、艦娘も信頼に値する存在であることを伝えたい。
それが最も簡単に出来るのが、全員で楽しめるお茶会ということになる。流石に決戦艦隊の全員──大塚鎮守府の艦隊も含めて総勢25名でやることは出来ないため、ある程度は分けてやることにはなりそうだが。
「それに、このお茶会はちょっと古鷹さんのためでもありまして」
「古鷹さんの……?」
「はい。こちらに参加する前に、提督さんとの時間を差し上げたいなと」
今は状況からして大塚提督に余裕は無かったが、決戦部隊の到着とその報告が終わったことで、一時的に時間が出来る。そこで、ようやくこの鎮守府に戻ってくることが出来た古鷹に、提督と話をする時間をあげたいと鹿島は話す。
大塚提督のやり方として、いくら古鷹がここに戻ってくることが出来たとしても、最優先は業務とすることはわかっていたこと。故に、辿り着いた工廠でも、声を上げることなく淡々とやるべきことをやっていた。それこそ、
感情を抑えることは、この鎮守府で学んでいる。こういう時こそ、普段通りを貫く。4人分の感情を持っている古鷹には相当過酷だったとは思うが、表情すら変えなかった。
「そういうことでしたら協力します。私も古鷹さんには帰ってこれた喜びを知ってもらいたいですから。私だけでなく、海風も白露姉さんも同じことを思っていると思いますよ」
「はい、勿論。居場所に戻れる喜びは、私もまだ覚えています」
「だねぇ。あたし、鎮守府に戻れた時にわんわん泣いちゃったくらいだし。古鷹さんも今耐えてると思うなぁ」
白露も似たような境遇だ。戻れるとは思っていなかった本来の居場所に戻れた時の4人分の感情は計り知れない。
海風だってそうだ。感情を溢れさせてしまった時点で鎮守府には戻れないと腹を括っていたところで戻ることが出来たのだから、その喜びは相当なもの。それも、愛する春雨と共になのだから余計にである。
「そもそも、みんな古鷹さんが戻ってきたことを力いっぱい喜びたかったんですよ。でも、そんなことをしたら普段通りの業務が出来ないからって私達だけで出迎えることになって」
「あはは……それだけしっかりしている人なんですね」
「ちゃんとその時間は与えると約束はしてくれているからいいんですけどね」
そういうところはきっちりとしているのが大塚提督である。どういう状況下であっても鎮守府運営の根幹は揺るがない。
艦娘という兵器を使うにあたって、最高のパフォーマンスを引き出すためには、メンタルケアも重要であるとは考えていない。結果的に、
「では、席は用意していますのでこちらへ。前半の部は駆逐艦をメインにしています。金剛さんも参加していただいて問題ありませんからね。あ、龍驤さんはお茶とか飲めるのでしょうか」
「んー、茶はちょっと厳しいかもしれへんけど、茶菓子はありがたいわ。妖精さんの身体、甘いモンが原動力になるもんでな」
「でしたら都合がいいですね。少し多めに作ってありますので、英気を養ってください」
怒りが溢れたままでは、疲れは取れないだろう。そこを割り切るためにも、まずは一度鎮守府の艦娘達との交流会に参加して、互いに仲良くなりつつ英気を養うことになる。
これによって春雨は溢れ出す怒りを一時的にでも抑え込むことが出来るだろう。
春雨達が離れて少しして、大塚提督と電が事務処理をしている中、執務室の扉をノックする音。誰が来たかは、大塚提督のみならず電でもすぐにわかった。
「提督、古鷹です。今よろしかったでしょうか」
「ああ、こちらからも呼ぼうと思っていた。入ってくれ」
「失礼します」
鎮守府にいた時、むしろ身体に刻まれた礼儀をそのまま再現するように、執務室へと入る古鷹。その姿は、何かが混じっているわけでもなく古鷹であることを表した本来の制服姿。この時ばかりはどうにか抑え込んだか、春雨細胞の紅すら表に出てきていなかった。
色素は全て深海棲艦に染まってしまっていても、そこにいるのは正しく古鷹である。大塚提督も電も画面越しにしか見ていないため、直にこうして顔を合わせるのは初めてのこと。
「……提督、長く鎮守府を空けてしまって、申し訳ありません」
深々と頭を下げる。古鷹にはまずそちらの気持ち──
任務をほっぽり出して行方不明になり、さらには4人纏めて命を落とした挙句、敵対勢力に属して好き勝手していたのだ。救われた後でもしばらくは連絡を入れることも出来ず、特殊な手続きをしなければ施設から出て鎮守府に赴くこともままならない。
鎮守府のために戦う艦娘という名の兵器が、提督の管轄外で好き勝手動き回るだなんて許されるはずもない。そう考えた結果がこの第一声であった。
「頭を上げろ古鷹。俺はそんなことでお前をどうこうするような奴じゃあ無い」
小さく溜息を吐き、席から立ち上がる。ビクッと震えつつも、古鷹は言われた通りに頭を上げた。
「お前が言う言葉は、謝罪じゃないだろう。家に帰って来た者が最初に言う言葉はなんだ」
腕を組んで眼前に立つ。しかし、圧をかけているわけでもなく、ただ
「……ただいま戻りました。古鷹……並びに、榛名、最上、鈴谷、今ここに帰投しました」
「ああ、よく戻ってきた」
帰投を労われた瞬間、古鷹の目からは4人分の涙が溢れ出た。もう絶対に戻ってこれないと思っていた本来の居場所に立っていることを実感出来たことで、抑えておかなくてはいけない感情がどうしても抑え切れなくなる。
大塚提督はそんな姿を見ても咎めることはない。今の古鷹が鎮守府所属の艦娘では無いというわけではなく、こういう時に抑え込む方がストレスになってポテンシャルを落とすと考えて。
実際はそれだけで無く、こういう時に泣くなという方が
「よかったのですぅ! お帰りなさい古鷹さぁん!」
そして感極まって貰い泣きした電が古鷹に抱き着いた。最古参ではあるものの、こういう時に感情が抑えられるほど
「うん、ただいま、電ちゃん。ごめんね、心配かけて」
「大丈夫なのですぅ! 戻ってきてくれたのなら、電はそれで充分なのですぅ!」
ワンワン泣く電をあやすように撫でる古鷹。その撫でられ方に、電は古鷹では無く榛名の面影を感じ取った。
今の古鷹には、本人込みで4人分の魂が含まれている。白露ほど結合が強くは無いのだが、その思いなどは引き継いでいる部分もある。今まさに、それが表に出てきているようだ。
「古鷹。以前にも話した通り、今はお前の籍は消えてしまっている。だが、この戦いが無事に終わることが出来たならば、またここに戻ってきてくれて構わない。籍は後からでも付け加えることくらい可能だ」
無論、簡単なことでは無いだろう。深海棲艦の力を保有するというのは、それだけでもその鎮守府は危険視されかねない。いくらそれが穏健派であっても、手続き自体がかなり難しいだろう。
だが、そこは大将の手腕でどうにかしてくれる。この決戦の功労者に酷なことは絶対に強いない。
「はい、是非また、ここに戻らせてください。時間がかかっても構いません。そのためにも、明日は必ず生きて戻ります。
涙を拭い、決意した表情で提督に頷いた。
大塚提督はそんな古鷹を見て小さく笑みを浮かべた後、電にやりたいようにさせつつ自分の席に戻った。すると、不意に後ろを向きポケットからハンカチを取り出す。
「……今日は妙に暑いな。こんなに汗ばむとは」
そんなことを言いながら、眼鏡を外して顔を拭いているようだが、何をしているのかは丸わかりだった。
一番感極まっていたのは、実は大塚提督だったのだ。
大塚提督だって人間。感情を持つ生き物。