古鷹が執務室で涙の再会を果たしている中、春雨達は大塚鎮守府所属の艦娘達と交流を進めた。
お茶会という場を用意してもらい、和やかな空気の中で心が安らぎ、春雨は怒りが完全に薄れている。ゆっくりと腰を据えて話をしたことがなかった雷や夕雲、長波と、戦いとは一切無関係な話で盛り上がれるのは非常に大きい。
残された時間は、一時的にでも戦いのことは忘れて、楽しい時間を過ごすべき。ずっと緊張状態で半日以上過ごすのは、それだけで十全の力が出せなくなるくらいのストレスだろう。
決戦に確実に勝利するためには、心身共に休まっていなくてはならない。不安を消し去り、心配事は解消し、仲間意識をより高める。これが最善の道。辿り着く者として、春雨もこの方針には全く異議はない。
「うわ、マジだ。すげぇ」
「普通の妖精さんとは違うんですねぇ……」
そんな中、盛り上がっているのは山風の頭から降りて茶菓子をモフモフと食べている龍驤である。長波がテーブルに張り付くように動いている様子を見て感心していた。夕雲も長波ほどではないものの、舐めるようにその姿を眺めて驚いていた。
何処の鎮守府でも妖精さんというモノは相当数確認されている。工廠にも装備にもドックにも、あらゆる場所にその技術を遺憾無く発揮してくれている最高の仲間。それが、同じように見えて全く違う存在としてここに立っている。春雨達のメンタル維持もお茶会の重要な目的ではあるが、龍驤にもそれは該当した。
堀内鎮守府ではもう仲間意識を無理にでも植え付けられたようなものだが、大塚鎮守府の艦娘達とはこういう場で交流しておかなければ当日に息を合わせることが出来ないかもしれない。やることが範囲技みたいなものなので、合わせる息も無いかもしれないが、事務的よりは仲良くなった方が戦いやすいだろう。
龍驤の後ろ暗い経緯は、大塚提督と電くらいは知っているが、他の者には伝わっていなかったりする。洗脳が解けなかったから再洗脳を施しただなんて知ったところで支障しかない。感情を抑え込めるかもわからなくなる。
そのため、大塚鎮守府の面々からしたら、龍驤は救出困難となった龍驤をどうにかして救おうとした結果、
「まぁ、ウチもいろいろあってなぁ。こういうカッコでもみんなの力になれるようになったんはありがたいこっちゃ」
「その小さな身体だと不便なのでは?」
「不便じゃないっつったら嘘になってまうけど、これでええねん。艦娘や深海棲艦の時とはいろいろ変わっとるからな、これはこれで楽しく生きていけとるんよ。まぁウチの明石が無茶する方やさかい、その面倒を見るんは結構しんどいんやけど」
話しながらも楽しそうな龍驤に、ほっこりしていく大塚鎮守府の面々。春雨達も和解済みであるため、龍驤がこうして生きていることは納得しているし、わざわざ掘り返すこともしない。
「それにしてもホンマに美味いやんコレ。雷が作ったんか?」
「そうよ! お休みの日に練習してて、最近はみんなが喜んでくれるくらいになったの!」
「今まで食った中でも一二を争うレベルや。食通の叢雲はどう思う?」
ここであえて叢雲に話を振る。龍驤としては因縁を持たれていてもおかしくないと思いつつも、まともに話が出来るようにしておきたいために、こういう場でもまともに話したい。
実際、堀内鎮守府から大塚鎮守府に出向するまでに、龍驤はRJシステムのことについて話すと同時に、軽めではあるが話をしていた。その際に叢雲は、怒りが溢れているために、それがわかるように小さな苛立ちに苛まれているような雰囲気を出していたものの、毛嫌いするようなことなく、龍驤と普通に会話は出来ていた。
とはいえ、その話というのが黒幕を斃すための手段についてだ。戦闘関連だからこそ、自分の意思を乗せることなく話すことが出来ていたのかもしれない。
「そうね……美味しいと思うわよ。でも、うちの薄雲のクッキーの方が美味しい」
「それ、姉妹補正かかってるでしょ。叢雲、もっと公平に審査しなよー」
「うっさい。島風はどうせ何でもかんでも美味しい美味しい言いながら食べるタイプでしょうが」
「だって美味しいもん。雷、これすっごく美味しい! お茶にも合って最高!」
「ありがとう島風。なら、次は叢雲も唸らせなくちゃいけないわね。気合入ったわ!」
ニカッと笑いあう雷と島風。その間に挟まれた叢雲も、せいぜい頑張れと口角を上げていた。
そんな光景を見ながら、春雨は心を落ち着けることが出来ていた。明日が最後の戦いであることは忘れることなんて出来やしないが、この和やかな空気は施設にも通ずるものがある。
「春雨姉さん、笑顔が戻ってきています」
春雨の表情を見て、海風も嬉しくなっていた。海風も春雨に満面の笑みを向ける。
施設の防衛戦のことを聞いて怒りが溢れたためか、また少し
故に、鹿島が開いてくれたこのお茶会は、いいタイミングだと思った。春雨自身も乗り気だったのがさらにいい方向に進んでくれた。これならきっと、またいつもの笑顔を取り戻してくれると感じて。
そして、それは現実となる。本来の居場所に戻れた時に取り戻した心からの笑顔が、決戦前でも出ていた。仲間達との交流は、確実に春雨を癒している。
「そうかな。でも、この時間がすごく楽しいから、かな」
「ですね。みんなでゆっくりとした時間を過ごすことは施設でもありましたが、こういう時間はとても癒されます」
「うん。本当に……落ち着けるなぁ」
溢れていた怒りも悲しみも鳴りを潜め、それこそ今の春雨は艦娘春雨と言えるくらいにまで落ち着いている。例え見た目は違えども、春雨は春雨なのだという証明。
こんな時間が長く続いてほしいと思いながらも、そうするためには明日の戦いを確実に終わらせなくてはならないというところに繋がる。
気が張っていたら疲れてしまう。決意は固く、しかし今は心身共に休める。明日のために。
大塚鎮守府での1日は速やかに終了。身体は完全に休まり、心も安らぎ、食事も風呂も終わらせて、後は明日を迎えるのみとなる。
堀内鎮守府や施設から出向してきた者達は、2人で1部屋を与えられていた。春雨には勿論というか、満場一致で海風と同じ部屋になる。
ベッドは2つだが、その特性上、1つのベッドの上に座る春雨と海風。もうあとは眠るだけということで、互いに寝間着姿。海風は右腕を消した状態である。春雨はバランスが取れないので今は四肢を出したまま。
「……明日で終わるんだよね」
一言目は春雨からだった。昼はお茶会などで交流を深め、心を落ち着ける時間となったが、この夜は緊張感がどうしても湧き上がってくる。
ここで眠って、朝になったら出撃。今まで散々なことをしてきた黒幕と決着をつける戦いだ。
その黒幕は、未だに全容が掴めないという謎多き存在。知っていることに対しては全て対策を取れているものの、それでもまだ実力をいくつも隠していることだろう。艦娘に対する嫌がらせに特化している陰湿な性格から考えて、こちらの神経を逆撫でするような戦術をまだ幾つも隠し持っている可能性は高い。
「終わらせます。春雨姉さんも重荷を下ろせるはずです」
ギュッと春雨の手を取る海風。不安を取り除くように、落ち着かせるように。
しかし、その海風の手も震えていた。春雨のみならず、海風だって明日の戦いは不安でいっぱいだった。
海風は一度、大きなトラウマを刻まれている。その時は春雨のおかげでどうにかなったものの、決戦でも似たような戦術をしてくることは明白だ。黒幕は自分の手を汚さず、そこにいるものを自分の駒として扱うことはやめないだろう。
そうならないように対策していても、またああなってしまう可能性もある。海風にはそれが怖くて怖くて仕方なかった。
その震えに気付いたことで、春雨は軽く海風を引き寄せた。自分が落ち着くだけではダメだ。海風にも落ち着いてもらわなくてはならない。
「一緒にこの戦いを終わらせようね。終われば、私はこの力を捨てられる。普通の春雨に戻るんだ。そうすれば、何のしがらみも無くなるからさ」
頭を抱え込むように抱きしめて、後頭部から頭を撫でる。強めに温もりを感じられることで春雨が癒され、春雨の温もりを与えられて海風も癒される。これぞWIN-WINの関係。
本当ならここで、飛行場姫のボディスーツ姿になってより温もりを強めるなんてこともするのだが、今やそれすらも海風のトラウマを抉る行為になってしまうため、寝間着のままで。
「春雨姉さん……勿論です。私は春雨姉さんの隣に居続けます。何があっても、どうなっても、必ず春雨姉さんと共に生きます。二度とあんな醜態は見せません。春雨姉さんの心を乱すような行為を、私がすることはありません。春雨姉さんを悲しませるようなことをする者は、私が全て殲滅します。これ以上は春雨姉さんが悲しむことはあってはいけないことですから」
「うん、ありがとうね、海風」
「私は春雨姉さんに常に笑顔でいてもらいたいですから。戦っている時の凛々しい表情も素敵ですが、やっぱり落ち着いた地母神のような微笑みを見せる春雨姉さんが一番素敵だと思いますね。周りをも笑顔にする優しい雰囲気は、春雨姉さんにしか出せません。私はそれを落ち着いて感じたいですね。黒幕という心のつっかえがあるから、姉さんはまだ本当の笑顔を取り戻せていないと思います。でも、それさえ終われば、春雨姉さんは怒りも寂しさも無くなるでしょう。私はそれを、笑顔を取り戻したい。だから、全力で戦います」
いつもよりも強めの熱弁。海風とて、春雨にはより強く正しく戦えるようにあってほしい。
「本当にありがとう海風。私、海風がいなかったらここまで来れなかったよ。何処かで絶対に壊れてた。だから、これからもずっと、私の隣にいてほしい、かな」
その笑顔は、海風の知る一番の笑顔だった。心のつっかえがあったとしても、その笑顔を引き出すことは出来た。
だが、これだけでは足りない。もっと、もっと、心の底からの満面の笑みを、みんなの前で見せられるようになれば、それが一番だ。
「それじゃあ……寝よっか。明日のために」
「はい。最後の休息です。春雨姉さんもゆっくり休んでください」
「海風もね。いい夢を見たいかな」
春雨は四肢を消してベッドに横に。それを抱き枕にするように海風が抱きしめて、布団を被せる。いつもとは違う布団と枕ではあるが、互いに心を落ち着けて温もりを感じていれば、目を瞑ったらすぐに睡魔に襲われることとなった。
なんだかんだで身体は疲れている。明日のために、万全な状態を作るために、2人はそのまま眠りについた。
夜も更けていく。朝が来れば、もう決戦の時。誰もが明日のために決意を固め、最後の戦いに挑む。
次回から最終決戦。ついにここまでずっと不明だった黒幕の姿がお目見えになります。すぐではないですが。