そして、朝が来る。外は雲ひとつない晴天。絶好の決戦日和。
いつもとは違う部屋での目覚めは、それだけでも少し違うものだった。幸いにも、枕が変わったら眠れないなんていう者も、決戦に対しての緊張感で目が冴えてしまったという者もいない。普段通りの生活が大塚鎮守府でも出来ている。
そもそも大塚鎮守府の艦娘達は、徹底した規則正しい生活が身についているため、定刻になればしっかり眠れる。堀内鎮守府の艦娘達も、翌日が戦いであることがわかっていれば、休息は万全。最も心配されたのは施設の者達だったのだが、そこは元々艦娘であり、鎮守府で生活していた者ばかりだ。その辺りはしっかりとしていた。
唯一例外となる叢雲は、少々興奮状態ではあったようだが、そこはどうにか寝た様子。むしろ、そんなことで寝不足にでもなろうものなら戦闘から外される可能性もあったし、何よりコロラドに何を言われるかわからない。そのため、プライドを捨てて白露や古鷹と共に寝たレベル。元々は因縁しかなかった相手でも、今は仲間意識もしっかり確立した、共に恨みを晴らす戦友。叢雲の怒りの対象では無くなっている。
「体調は万全。不調も無し。海風は?」
「勿論問題ありません」
着替えてしっかりと準備を整えた春雨と海風。義腕も義脚も不調は一切なく、むしろ今までで一番調子がいいくらいである。
いつも通りの制服に着替えて、食堂で腹拵え。ここで手を抜いたら本番で力が入らない。寝起きだから食べられないとかは無く、今までよりも少し多めの量を平らげていく。栄養を取り入れたことでより活力が増す。戦いに向かうための力が漲る。
この力が今から向かうこれまでで最も苦戦を強いられるであろう戦いを乗り越えるためのモノになるだろう。満腹で普段よりも動きが鈍るなんてことも無い。
「出撃する者達は工廠に集まれ。整備済みの艤装の最終チェックをしておくんだ」
大塚提督からの指示で、一斉に動き出す。ここからは流石に緊張感が漂い始めるが、だからといって誰もそれに押し潰されるようなことはない。もう全員が、この戦いを終わらせるために前を向いている。
「深海棲艦は艤装の整備は必要ないと考えてよかったのか」
「はい、私達は体調と艤装が密接に繋がっていますので、どれだけ破壊されても再展開である程度元に戻りますし、体調が良ければそれだけで艤装も修復されます」
「便利なものだ。その力には頼らせてもらうぞ。確実に斃すためならば、手段など選んでいられない」
本来ならば、艦娘達だけで決着をつけるべきなのだろう。だが、ここに集まった者達は皆、黒幕に因縁のある者達ばかり。ならば、力を合わせてこの戦いを終わらせたい。
最後の準備は十数分程度で終わり、整った者から出撃するために海上へと並んでいく。今回の部隊は総勢25名の大連合艦隊。全員が精鋭であり、確実に勝つための布陣。
ここまでそのメンバーを決めるためにも提督達が頭を捻り、敵の戦術を知る限り覚え、対策を立てて、勝率を限りなく上げている。それに、臨機応変に立ち回れるように、指揮力も持ち合わせた者を何人も採用している。
「準備は出来たようだな。では、少々見えづらいかもしれないが、これが最後の作戦会議だ」
電が鎮守府間の打ち合わせに使っているタブレットを持ってきて、いつものように接続。画面は小さいものの、そのカメラには並び立つ決戦艦隊を捉え、画面の向こう側の仲間達にその勇姿を見せていた。
この時には体調を崩していた中間棲姫も快復しており、飛行場姫と共にそれを見ている。それだけではない。施設側では、仲間達全員がなるべくそれを見ようとダイニングに集結していた。
『この決着は、貴女達に託されたわ。ここから応援することしか出来ないのは申し訳ないけれど、貴女達なら勝利出来ると確信している。だから、私達の分までお願いね』
大将からの激励に、より力が入る。この中では最も立場が上である大将にここまで言わしめているのだ。やる気が出ないわけがない。
『こちらでやれることは全てやった。負ける要素は全て排除してある。それに、ここまでの努力は誰もが理解しているはずだ。その全てを発揮してほしい。だが、当たり前だが一番守ってもらいたいことは、命を粗末にしないことだ』
堀内提督からの指示に、その鎮守府所属の者達以外も強く頷く。当然、この戦いで命を捨てようなんて思ってはいない。黒幕を斃したことで得られる平和を享受するためには、命を落とすなんて以ての外。怪我だって控えたいところだ。
「我々の思いは1つだ。ここで勝利し、海の平和を取り戻すこと。それに一歩でも近付く戦いになると、俺は考えている。ならば、勝たねばなるまい。お前達にはそれだけの力がある」
大塚提督からの発破に、艦隊の気持ちは1つになる。勝たねばならない。その決意が漲る。
そして、最後。
『貴女達の帰るべき場所、戻りたい場所は、ここにあるわぁ。だから、必ず戻ってきて、元気な姿を見せてちょうだい』
中間棲姫からの願いに、誰もが気合が入った。防衛戦で心身共に消耗した施設の主が、ここに戻ってきてくれと願ったのだ。その願いを聞き入れなくてどうする。
黒幕の呪縛に囚われているのは、中間棲姫も同じ。器として勝手に捨てられ、自我が芽生えた後に取り戻そうと仲間達を虐める。平和を打ち壊してしまった黒幕の存在に、中間棲姫はずっと心を痛めていた。
これが終われば、中間棲姫は多少は解放されるはずだ。ここまでのことをされても、救えるものなら救いたいと言い出すのが中間棲姫。黒幕はこれまでで最も救われない存在であっても、元は自分と1つだった存在。自分を捨てた者だとしても、思うところはある。しかし、救うということが出来ないくらいに罪を重ね、さらには確実にそれを後悔することが無いのだから、ここで決着をつけるしかない。中間棲姫もそれは割り切っていた。
「勿論です、姉姫様。私達は必ず、誰一人として欠けることなく戻ります」
この春雨の言葉は、上がりきった士気をさらに上げることになる。
「よし、時間だ。これが最後の戦いになるだろう。我々はお前達に託す。頼んだぞ!」
鬨の声を上がる。もう、この勢いは止まらない。これをこのままに、黒幕との戦いを終わらせたいところである。
一斉に出撃した決戦部隊。その先頭は、拠点の場所をおおよそでも知っている大塚鎮守府の艦隊。
記憶を持ったままであるため龍驤も知ってはいるのだが、そこはあえて発言していない。RJシステム装備中の山風が前に出てはいるのだが、龍驤は結界突破のためのシステムを自分の中で構築している最中。元々明石に仕込まれているのだが、現場で使うための最適化は現場に来なくてはわからない部分もある。
「この辺りですね。座標はここで間違いありません」
旗艦である大和が一旦振り返る。しかし、少しだけ妙な顔をした。
「大和よ、何か問題があったか?」
「前に感じた違和感のようなものが無くなっているみたいで。最初に気付いたのは夕雲でしたね。何か感じますか?」
「……何も感じません。肌に纏わりつくような感覚が、何も無いように思えます」
それを聞いて若干不安になる一同。これがもし本当なら、この期に及んで黒幕が拠点から移動した、もしくは結界を張らずにどうにかしようとしているということになる。
だが、それをひっくり返したのは、最適化を終えた龍驤の言葉。
「いや、ここであっとる。結界の中にも入っとるで」
龍驤が虚空に手を置くように話す。まるで龍驤には
「肌で感じられなくなったのは、身体ん中から卵が無くなったからやな。むしろ、誰か何か感じ取るのはあるやろか。その方が危ないで」
以前に敏感に気付き、言われたら確かにと違和感を覚えたのは、一度侵蝕を受けた者達。つまり、
実際、拠点に近付けば近付くほど、体内の卵は身体に悪影響を与える可能性があった。それこそ、強制孵化による再洗脳だってあり得た。それを事前に対策したことによって、結界の場所を肌で感じることが出来なくなってしまった、
とはいえ、結界を知るために卵を持ったままにするだなんて危険なことは出来るわけが無い。事前にそれを知っていたとしても、後のことを考えれば除去一択である。
「ウチはその可能性も考えられとった。結界の性質からして、黒幕の細胞……卵の成分が分析出来とるから、そこから結界を消すことは可能や。中和させるんやけど、な!」
龍驤が手をバッと広げる。その瞬間、RJシステムが起動し、山風を中心とした広範囲の黒幕の成分が中和されていく。誰の目にも見えない処理ではあるのだが、これは確実に効果的であり、敵対する者を弾く効果は失われる。
あれ自体、目に見えない程の粒子となった泥が気付かないうちに範囲内に入った者の思考を操作し、真っ直ぐ進ませなくするという仕組みだ。それを中和して道を作ったことで、思考操作も失わせる。
この空間内ならば、卵と同質の黒幕の細胞のみならず、侵蝕して他者をコントロールする端末も完全にシャットアウト出来る。つまり、突然の侵蝕によって仲間が敵対することは無い。
当然ながら油断してはいない。あちらも今までさんざん侵蝕をしてきているのに、こちらが強引に解除し続けているのだ。そう出来ないように調整してきている可能性は非常に高い。RJシステムだけでは足りないかもしれない。
そうなった時のために、龍驤は今も再計算を続けている。常に周囲の状況を確認し、新たに見えた要素があればすぐさま分析し、演算する。ここにいる誰もが、二度と嫌な思いをしないように。
「もう行けるで。何にも惑わされずに、黒幕のところに一直線や」
「了解。流石はRJシステムですね。では、行きましょう。私達の鎮守府で割り出した座標まで」
ここからは再度、大和を先頭についていくカタチで突き進む。ここまで来たらもう迷わされることもない。真っ直ぐ、黒幕を殴りに行くだけだ。
しかし、妨害が無いわけではないのはわかっている。あくまでも、黒幕は自分で戦おうとしない引きこもり。駒を使って自分の手を汚さない。
拠点であろう島が見える前に、そこには防衛のために繰り出された深海棲艦の群れが待ち構えていた。
「妨害はあるでしょうね。救えるようなモノですか?」
「いや、ありゃあ救えれへん。もうウチのシステムの効果範囲内やけど、敵対心はまるで消えとらんわ。言うてイロハ級やからな……黒幕の威光に照らされて、心の底から変わってしもうたんやろ」
中にはヒト型もいるが、あくまでもイロハ級。しかし何処か違うのは、中和されずに纏わりついている泥の存在。端末とも卵とも違う、ただただ黒幕を守るために強化されていると考えられる。
あれこそが、命を吸い尽くして力を数倍に膨れ上がらせる黒幕の泥。欧州姫は長く耐えられたが、イロハ級ではそこまで保たないだろう。故に、あくまでも捨て駒。
「やり方が汚いですね。文字通り」
怒りが溢れ出してきている春雨は、早速戦闘モードと言わんばかりに服装が変わる。泥まみれのイロハ級に触れるのは危険ではあるが、普段使いの鉤爪も展開された。
だが、イロハ級はそれだけでは終わらなかった。群れの中から数体のイ級が前に出てくると、その泥が増幅し、グチャグチャと纏め上げていく。複数体いたはずなのに、組み合わさっていくごとに1体の質量になっていく。
それを知る龍驤や、覚えておらずともそれをされた白露達はあからさまに嫌そうな顔をした。
「ありゃあ……アカン、イ級といえども混成されたら強化されるぞ」
「ならば終わる前に始末するさ!」
龍驤の言葉に合わせて、待ってましたと言わんばかりに武蔵が砲撃を放つ。しかし、それに立ちはだかるかのように、盾持ちの戦艦がそれを守った。このイロハ級の混成はそれだけ重要ということなのだろう。
イロハ級の戦艦だというのに、大戦艦武蔵の砲撃を受けて一撃で沈まなかっただけでも相当な強化をされているのがわかる。
「硬いな。それほどまでに強化されるか」
小さく舌打ちしつつも、楽しそうに舌なめずりまでする武蔵。
しかし、次の瞬間にその表情は一転させられる。
「……何、あれ」
泥同士で結合し、混ざり合ったイ級達がさらにカタチを変えていき、最終的にはヒト型にまで昇華した。そして、その泥が内側へと吸収されると、その姿が露わになる。
一番見たくないカタチとなって。
「……白露……姉さん……!?」
その泥の塊は、