春雨のみならず、吹雪もこの戦場のおかしな部分に気付いていた。2人がかりならば特に苦戦することなく撃破することが出来た泥人形だが、吹雪はそれに対して
拠点を守るために配備されている駒ならば、もう少し苦戦してもおかしくないだろうと考えていた。島になんて絶対近付かせないくらいにガチガチに守りを固めてきてもおかしくないくらいの引き篭もり。
「……この戦場を見てる。これは絶対に確実」
春雨はそこまではわかっていた。しかし、それをどうやって見ているかがわからなかった。視線を感じるが、その源が見えない。奇妙な感覚ではある。
「また上から見ているとかは」
「上は……無い。超高高度からの監視なら、絶対にわかる。それに、見られてるのは
海風からの質問に対して、春雨は残念ながらと否定する。上からの監視ならば、確実に上に目を感じるからだ。
それはまるで、全身を舐めるように見られているということ。今の春雨からしてみれば、非常に
全身に視線を感じるということは、全方位から見られていると考えてもいい。そうなると、結論は1つしかない。
「……
春雨はここに辿り着く。
「結界であると同時に、目でもあると」
「うん。叢雲ちゃんの感知が領海全部に拡がってて、しかもそれがもっと細かく見える……みたいな」
そもそもこの海には黒幕の結界が展開されており、拠点に近付くことが出来なくされていた。それをどうにかしたのがRJシステム。粒子化している泥を中和、消滅させることによって、敵対する者を弾く結界を無効化している。
だが、逆に言えば無効化出来ているのは
そこで春雨が直感的に考えたのが、無効化出来ていない粒子がまだこの海域に蔓延しており、それがこの戦場全てを監視しているということ。舐めるような視線というのは、事実粒子が
それこそ、この海域に入った瞬間に、夕雲がおかしな感じがすると言ったことと同じだ。過敏に反応出来るが故に、そのおかしさを知ることが出来る。そしてそれを春雨は、視線であると感じ取ったようだ。
実際は見ているわけでは無い。ほとんど触れているようなもの。それは結果的に、ただ見ているよりも詳細なモニタリングをしていると言っても過言では無い。
「私の力と一緒にされるのも腹が立つわね……」
「下手をしたら上位互換だからね」
「余計に腹立つわ。で、それをどうにかする手段は思いつかないわけ?」
イライラしながらも、打開策を問う叢雲。目に見えないことによって、こちらのやり方を調べられるというのが非常に気に入らないようである。これが気に入らなくない者なんてこの戦場にいるのだろうか。いや、いない。
「奥の手を出すことなく出来る限り処理して、もう全部無視して島に向かう……っていうのが多分妥当。黒幕を斃しちゃえば終わりだから」
見えない粒子の処理は簡単には出来ない。今の春雨が散布出来るマグマは、その視界に入った者にのみ作用する効果に加え、数が多くなりすぎると対応が出来なくなる。ただでさえ見えていないモノなのに、それがここには数兆という数が漂っているようなもの。
それはおそらく、卵が処理出来ずにここに来ていたら、そこにも激しく反応していただろう。強制的に孵化させられ、あっという間に侵蝕から再洗脳へ。しかも治療方法が無いときた。事前に対応出来ているから良かったものの、その危険性がここにあるというだけでも恐ろしい。
そして、その状況を打破する簡単な方法は、
「せめて無限湧きが無くなればいいんだけど、ね!」
話しながらも発生しかけている泥人形を事前に処理していく白露。春雨には今、考える時間が必要だ。そのために、春雨には害が及ばないように身体を張る。姉として、これくらいは容易いと的確な動きを選択し続けた。
勿論、海風もそれに続く。考えている姉に手出しはさせないと、激しい砲撃を繰り出していた。そのおかげか、春雨は怒りが溢れつつも冷静に現状打破の手段を直感的に拾おうとしていた。
「イロハ級の発生ポイントがわかれば、それを潰せるだろうけど、それが何処かは……それこそ叢雲ちゃんの感知か、空母のみんなに海域を徹底的に調べてもらうしか無いと思う」
直感的にわかるのは、その発生ポイントは拠点に近い場所であるということ。真下から突然現れるようなことはなく、水平線の向こうから次から次へとやってくるのみ。つまり、生まれたのは拠点という可能性が高い。
「それなら、サラの艦載機をここから先に向かわせましょう。少なくとも、見てくるだけなら出来ますよね?」
ここで動き出したのはサラトガ。千歳と千代田が2人でこの戦場の制空権を維持しているからこそ、少しだけでもサラトガはそちら側に注力出来る。
今この戦場で最も必要なのは、黒幕に対する情報収集だ。自身の情報をとにかく秘匿し続けていたのだから、まだまだ勝ちに向けての情報が少ない。現在どんな姿かもわからないし、どんな手段で戦うつもりなのかもわからない。
せめて何かしらの情報が手に入れば、ここからの方針が決められる。本当に欲しい情報が手に入るかはわからなくとも、先に進むことは出来るだろう。
「お願いします」
「Okay. それではサラの子達、お願いしますね」
発生源であると思われる方向に向かって、艦載機を発艦させる。その練度はやはり並ではなく、キーンと音を立てて真っ直ぐと突き進んだ。そのスピードもかなりのもので、周りに群がりそうな敵艦載機を軽々と回避し、それでも尚追随を許さない。
ただ見てくるだけならば、超高速で駆け抜け、島だけを見て帰ってくるだけでいい。無理して攻撃までする必要もない。それ故に、ただ速度だけを追求した偵察機を使用した。
「ですが、わかったところで何も変わらない可能性はありますよ。
「ですね。これの発生源がわかっても、それをどうにかする段階までいけないかもしれない。そもそもこの纏わりついてくるような視線をどうにかするには至らないですから」
手っ取り早く解決する方法は黒幕を斃すなのだが、それが簡単に出来れば苦労はしない。一応こうやって対策を考えながらも、無限に湧いてくるイロハ級と撃ち漏らしから発生する泥人形は処理しながら前には進んでいるのだが、そのスピードは微々たるもの。押し込まれているわけではなくとも、このペースだと確実に消耗させられ、うまく拠点にまで近付けたとしても十全の力で戦うことは出来やしない。
むしろ、それもあちら側の目的かもしれない。数で押しながらその力を発揮させ、それを観察しながら時間を稼ぎ、勝っても負けても自分の糧にして、アドバンテージを取っていく。こちらは消耗、あちらは強化。やはり時間をかければかけるほど勝ち目が薄くなる。
「せめてこの監視だけでもどうにか出来れば……」
手の内を晒さないように戦うのは至難の業だ。そんな余裕なんて無いし、こうしている間にも泥人形自体が強化される可能性すらある。
そして、あちらもこちらの手の内を知りたいのだろう。最も出てもらっては困る泥人形が現れてしまった。
「……
ギリッと歯軋りしながらその泥人形を見据えるコロラド。そこに現れたのは自分と瓜二つの傀儡。
つまり、そこから繰り出されるのは決まっている。
「ここで出したくは無かったんだけど!」
コロラドが咄嗟に白鯨を展開する。同時に泥のコロラドも白鯨……いや、泥で出来た白鯨、
春雨の細胞によりスタミナ不足はある程度改善されているものの、コロラドとしてはこの白鯨を展開すること自体がかなりの消耗に繋がる。こんなところで出していたら、黒幕との直接対決の時に使うことは難しくなる。
「ムラクモ、アンタこっち来なさい! 私の
「手間かけさせんじゃないわよ! こっちの手の内晒したくないのよ! アンタみたいにバレバレじゃないんだから!」
「どういうことよ!?」
領海の現状を把握しているのは、基本的には春雨のみ。その近くにいた海風、白露、叢雲がひとまずは理解し、制空権争いの中で偵察機を出したサラトガも一応は理解。そして、直感的に何かがおかしいと考えている吹雪も勘付いている節がある。
ここでそれを言葉にすることがいいことかどうかはわからない。黒幕は見ているだけで聞いていない可能性はある。あくまでも粒子を纏わりつかせてその行動を監視しているのみであり、この粒子から音まで拾っているかどうかまではわからない。
だが、春雨は言葉くらいなら問題ないと判断した。おそらくこの粒子は自分達の行動をリアルタイムで観測しているが、音まで理解出来るほど高度なものではない。口の動きから何を話しているか判断するなんて芸当もやってのけそうではあるのだが、それならそれで構わない。思惑を看破したことを知られたからと言って、こちらもあちらも方針を変えることはしないだろう。
「私達の行動が逐一モニタリングされています! あまり新しい行動をしたくありません!」
「はぁ!? Monitoring!?」
ただ、これを知ってしまうと動きが悪くなる可能性が高い諸刃の剣。意識してしまうとどうしてもギクシャクしてしまうだろう。
「そうか、そういうことやったんか。なんか変な値が感知出来てると思うたわ!」
この春雨の言葉に反応したのは、山風の頭の上にいる龍驤。今もずっとRJシステムをフル稼働させて結界の粒子を消しとばしているのだが、それでどうにも出来ないモニタリングの粒子に関しても僅かながら別の値を感じ取っていたらしい。
ここが領海だからということで何かがわからず、こうしながらもずっと解析したいたのだが、春雨が看破したことで方向性を理解した。
こうなったら龍驤の本領発揮である。
「……出来る?」
「おう、だいじょーぶや。ウチがここにいる理由を、敵さんに教えたらんとなぁ!」
山風に言われて龍驤はバッと手を広げ、自分にすら纏わりつく粒子を解析していく。自分達をただ見るだけの粒子ということさえわかれば、アクセスする方法は龍驤の中にいくらでも組み込まれている。
明石もこういうことを見越してRJシステムをバージョンアップし続けているのだ。体内に埋め込まれた卵のデータも勿論入っているし、春雨の細胞に関しても全て登録済み。そこからは応用を利かせて、この場で明石並みの分析を開始した。
これを現場で行なうこと。これがRJシステムの真骨頂。明石を出張させることを目的とした調整をされたのが龍驤である。再洗脳により知識まで与えられ、今や龍驤は第二の明石である。
とはいえ、明石ほどの狂気は入れられていない。そこは大淀が自重させた。明石のコピーは2人もいらないと。それに、制御役を作れという指示を素直に聞き入れていた。
「ちょい時間かかるから、それまで粘ってくれや!」
明石であっても分析には時間がかかる。龍驤だってそれは当然だ。僅かにでも時間がかかるならば、それまでは持久戦になる。
この分析が終われば、この事態は好転するだろう。先に進めるか否かは、龍驤に託された。