鎮守府からの遣いである艦娘の部隊から、通信端末をプレゼントされた施設。一種の友好の証であり、お互いに連絡が取りたい時に自由に出来るようにすることで、困った時には力を合わせるという意思の表明にもなる。
また、春雨が海風と話すためにも使っていいということで、鎮守府の端末にもかかわらず私的利用も問題ないという好待遇である。鎮守府側の艦娘と施設の元艦娘、どちらのメンタルケアにも使える可能性がある。
艦娘の部隊が帰投後、通信端末は施設で最もヒトがいるであろうダイニングに配置されることになった。なんだかんだで誰かしらいるのがその部屋であり、誰かが応答出来れば最終的には姉妹姫のどちらかに伝わる。そういう意味ではここが最適な場所。
「これを使えば、また鎮守府の子達と話せるのよね」
「うん。登録されてるのは鎮守府の番号だけみたいだから、本当にここと鎮守府の通信だけのモノみたい」
ダイニングに配置しながら、春雨とジェーナスはこれについて話していた。
この端末を特に使うことになるのは春雨だろう。海風から連絡が来るだろうし、自分からも寂しさを紛らわせるために話をしたくなるかもしれない。逆に、あの鎮守府に用があるものが施設にいないというのもある。
基本的には、施設側から連絡を取ることの方が少ないだろう。何と言っても、施設側から話さなくてはいけないことが無いからだ。この端末を使ってすることなんて、言ってしまえば交流だけ。たわいないお喋りで精神的な癒しを得ることくらいである。
「顔を見ながら話が出来るっていうのが嬉しいね。声だけだとやっぱり物足りないもん」
「そうね。やっぱり顔を見ながらお喋りしたいわよね。それで一緒のお茶が飲めれば最高!」
「あはは、確かに。画面越しでもティータイムをしたいね」
あちら側にそんな余裕があるかはわからないし、こちらと違って鎮守府では管理も提督が行なっているだろうから、簡単にそういうことは出来なそうである。望むくらいはいくらでもするものの、それが叶うかは今はわからない。
「そのときは、ウスグモや槍持ちも一緒に出来ればいいんだけれど」
「……そうだね。私もそうしたい」
薄雲は今、槍持ちの部屋で暴走しないように監視中。春雨達が艦娘達と話をしていたとき、槍持ちがどういう反応を示したかは知る由もない。しかし、何事もなく対面し、端末を渡されて帰投するまで、施設では何も無かったようなので、再びの襲撃は抑え込めたようである。
「まずは槍持ちとティータイムよね。どんな子かもわからないんだもの」
「うん、槍持ちさんも入れて、4人で楽しみたいね。人数が増えれば増えるほど、寂しくなくなるから」
「ええ。ハルサメもウスグモも、寂しいなんて思わせないわ!」
そんなことを話しながら、ジェーナスはいつものように紅茶を淹れていく。いつもならここにいる人数分なのだが、今回はジェーナス自身と春雨の分に加え、追加で3人分の紅茶を用意していた。先程部屋に引っ込められていた槍持ちのところに持っていくつもりのようだ。
ジェーナスは普段のダイニングでのティータイムから趣向を変え、槍持ちの私室でそれをしようと考えていた。薄雲と戦艦棲姫にも振る舞いたいというのと、槍持ちも含めた仲間達でそれを楽しみたかったからである。
「お茶菓子もOkay. ハルサメ、持ってもらっていい?」
「うん、いいよ。カートとかあればいいんだけど」
「大丈夫大丈夫。これくらいなら軽いものよ」
5人分のお茶が入ったティーポットとカップをお盆に載せ、軽やかなステップで槍持ちの私室へと向かうジェーナス。春雨もお茶菓子を手にそれを追った。
ジェーナスの前向きな行動は空気を明るくする。今はテンションが低いわけではないので、余計に楽しくなれた。この施設の成果を体現するのがジェーナスなのかもしれない。
槍持ちの私室。部屋の前に紅茶を持つジェーナスが現れたことで、薄雲も戦艦棲姫も快く中に通した。ちょうど甘いモノが欲しかったと、2人の来訪に小さく喜んでいるようである。
槍持ちは相変わらずベッドの上でぼんやりとしていた。午前中よりもほんの少しだけ熱を得たような雰囲気はあるのだが、正気を取り戻すまでにはまだまだ程遠い。
「私達がみんなと話してるとき、どうだった?」
「一度落ち着いたからかな、何事も無かったよ。戦艦さんの艤装も陣取っててくれたんだけど、姉さんはずっとこんな調子だった」
扉の前には槍持ちが部屋から出ていかないようにと戦艦棲姫の艤装が待機していた。流石の槍持ちも、この図体の艤装相手に部屋から抜け出すことは出来ないだろう。
窓から飛び出すというのも考えられるものの、そもそも薄雲が手を握ったままだ。一応薄雲相手には何らかの反応を見せるようになった槍持ちが、その手を振り払ってまで本能に忠実に行動するかは何とも言えない状態。
薄雲としては、そんなことをしないと信じているからこそ、ただ手を繋いでいるだけで、この部屋に繋ぎ止めることが出来た。
「一度春雨ちゃんが抑えてくれたから、姉さんはまた暴走しちゃうようなことは無かったのかも。ありがとう、春雨ちゃん」
「ううん、困ったときはお互い様だもん。力になるからね」
「私もよウスグモ。力を貸してほしかったら、何でも言っていいんだからね!」
槍持ちの存在があったとしても、この3人組は仲がいい。春雨が望んだように、槍持ちが正気を取り戻したら、この輪の中に入れて4人組にだってなれるはずだ。
「ねぇ、ウスグモ。私槍持ちの分のお茶も淹れてきたのよ。飲んでもらえるかしら」
「どうだろう……でも、ご飯も食べられたから大丈夫かも。お水はコップからだと難しそうだからストローを使ったんだけど、ちゃんと飲んでくれたんだ」
流石に淹れたばかりの紅茶をストローで啜らせるわけにはいかないと、みんなと同じようにカップに注いで薄雲に渡した。
「姉さん、ジェーナスちゃんが紅茶を淹れてくれましたよ。飲めますか?」
薄雲は渡された紅茶を、まだ反応があるかはわからないものの、槍持ちの口元に近付けてみた。そのまま飲ませたら火傷必至なので、まずは匂いだけでも堪能してもらうように。すると、槍持ちの鼻がヒクリと動いた。その香ばしい匂いに反応したようである。
飲むことは出来ないまでも、視線は薄雲の方に動いた。薄雲の声掛けにも反応するようにはなっていたが、今回はそれに加えて匂い。聴覚と嗅覚を刺激することで、その凍りついた思考回路を溶かしていた。
「うーん、流石に飲んでくれないか。仕方ないわよね。でも匂いはわかってるみたい」
「姉さんって、ちょっとだけその、美味しいものに目が無くて」
「
「食べられるかなぁコレ。少し硬いものでもちゃんと噛める?」
「ど、どうだろう。今まで流動食ばかりだったから」
和気藹々とした光景に、戦艦棲姫も穏やかに微笑んでいた。今までいろいろなところを旅してきたが、
今までの施設とは少しだけ違う感覚ではあったものの、子供達がわちゃわちゃと暮らしているところを見ると、母性本能が刺激されるような感覚を覚える。自然と笑みが溢れるようなそんな生活も悪くはないかもと思えるほどに。
「ふふ、楽しいわね」
念のため扉前を陣取っていた艤装の顔を撫でた。艤装もその雰囲気を楽しむかのように小さく頷いた。
そんなこんなで夕食時。準備をしている最中に、ダイニングに設置されている端末から突然着信音が鳴り始めた。
今日の夕食当番は飛行場姫。その手伝いに春雨とジェーナスがいたため、早速来たかと飛行場姫がそれを取る。一応使い方は聞いており、そもそもがかなり簡単な設定なので、画面をタッチするだけで電話を取ることは出来た。
「はいはい、早速かけてきたのね」
『時間は大丈夫かな』
「問題ないわ。今から夕食の準備をするところだったから」
『なるほど、では今後はこの時間を外すようにしておこう。我々のせいで食事が遅れるのはよろしくないだろう』
そういったところに気が使える提督に、飛行場姫は少なからず好感を覚える。これで図々しく用件を伝えてくるようなら、軽く叱ってやろうと思っていたくらいだ。
「それで、何か重要なことかしら」
『いや、そちらの姉姫にも話しているが、世間話程度の電話のつもりだった。いや、ただただ話したいという子がここにいるのでね』
画面がガタッと揺れると、提督から映像がグルリと切り替わり、執務室の逆側が映し出される。
そこには、早速
飛行場姫から見ても、海風の表情はまた疲れが溜まっているように見えた。初めてこの施設を訪れたときの焦燥感や憔悴は薄れているものの、それがまた蓄積されているようにも感じる。
「なるほどね、ちょうど良かったわ。これをこのまま運んでいいのよね確か」
飛行場姫も端末をそこから外し、キッチンへと運んだ。そこには和やかに夕食の準備をしている春雨とジェーナス。海風がある意味望んでいる映像が映し出される。
「あ、海風! あんまり調子が良くないって聞いたから心配したよ」
『うっ……すみません……』
提督から端末を渡され、海風のアップに。その画角に入ろうと、江風や涼風が後ろから顔を押し付けていた。
『いぇーい、春雨の姉貴、元気にしてるかい?』
「うん、大丈夫。ここで楽しく生きてるよ。今もほら、妹姫様に教わりながら、お刺身を用意してるの」
『うへぇ、すげぇな姉貴。どンどン腕上げてンじゃン』
話しながらもしっかりと刺身の切り出しは止めない。元々料理が出来る春雨だが、ここに来てますます腕を上げている。飛行場姫の他にも、リシュリューとコマンダン・テストという達人のおかげである。
『こっちはこっちで元気にやってんだけどさ、海風姉がこんなだから、春雨姉にちょいと元気付けてやってほしいのさ』
『涼風……春雨姉さんだってやることが……』
「ううん、それくらいならお安い御用だよ」
キリがついたところで包丁を置き、ちゃんとカメラを見据えてから海風に言葉を紡ぐ。
「私、みんなが鎮守府に帰った後、また発作起こしちゃったんだ。みんなと話せたことが嬉しくて、それが無くなったから寂しくなっちゃった」
『姉さん……』
「だからさ、また元気な姿でここに来てね。今はちょっと難しいけど、きっとまた会えるようになるから」
映像の海風が複雑な表情を見せる。春雨に声援を受けて嬉しいのと、こんな言葉をかけてもらえた申し訳なさ、不甲斐なさが入り交じって、素直に笑えなかった。
「海風、私も約束してほしい。絶対に無理をしないで。死んだら元も子もないんだから」
『……はい。私も、姉さんと直に話したいです。映像だけじゃなく、触れ合いながら話したいです』
「私もだよ。だから、その時が来るまでは無茶はダメ。身体に一番気を遣って、毎日を生きてほしい。大丈夫、私はずっとここにいる。もう心配なんてかけさせないから」
ニッコリと笑みを送ると、海風は少し涙目で頷いた。
これで本当に無理をやめるかと言われれば何とも言えないのが現状だが、最も尊敬する春雨からの激励を受けたら、その言葉を守るために尽力しようと考える。
「山風、江風、涼風。海風のことをよろしくね。私はここで応援することしか出来ないけど、みんななら大丈夫。きっと困難にも打ち勝てるよ」
『うっす。春雨の姉貴にそう言ってもらえたなら百人力だぜ!』
『あたいらなら大丈夫。みんなでしっかりやってくからさ』
山風も無言で頷く。むしろ一番力が入っていたのは山風である。海風がこれ以上酷いことにならないように、春雨の思いを継いで、ここにいる。
『そンじゃあさ、今から時間があるなら海風の姉貴と話しておくれよ。海風の姉貴、春雨の姉貴と話をするだけで元気すっげぇ出るからさ』
『ちょ、ちょっと江風!?』
「うん、いいよ。時間が許す限り、お喋りしよっか。海風が元気になるのなら、私も嬉しいからね」
通信端末の初めての利用は、海風のメンタルケアに使われることになった。これにより春雨も楽しむことが出来て一石二鳥。
この端末を準備出来て良かったと、提督はそれを見ながら喜んでいた。私的利用でも、艦娘がより伸び伸びと生きてくれているのならそれでいい。少しずつでも前に進めているのだから。
海風の快復もこれである程度は望めるようになりました。槍持ちも少しずつは良くなっています。前へ前へと進めていることは確か。