空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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壊れた心の埋め方

 仲間達が時間を稼いだことによって、無事RJシステムのアップデートが完了。周囲に散布されていた黒幕の粒子が除去され、舐めるような視線のように感じた視線が失われた。

 これでこちら側の手段をこれ以上解析されるようなことは無くなる……と言いたいところだが、まだまだ敵が周囲に湧いて出てくるような状況だ。潜水艦隊も全滅させたわけではないため、今でも海中からの脅威は取り除かれていない。

 

 しかし、まだ100%安心することは出来ない。端末を消す領域よりはかなり小さめの範囲であるため、山風達を守るために近付いてきた春雨達は範囲内に入れているが、この戦場全域にまでは到底届いていない。

 

「まだ見せていない手段は見せないでください。上や下から見られている可能性がありますので」

 

 そこは春雨が念を押した。敵が減っていないということは、その敵の目を使って黒幕が情報収集を続けている可能性がある。

 少なくとも、今の脅威は潜水艦。海中からの監視は確実にあり得る。粒子によるモニタリングがメインで、傀儡の目がサブと言ったところだろう。

 

「爆雷くらいなら大丈夫でしょ。艦娘としても潜水艦への当たり前な手段なんだからさ!」

 

 そして、白露がすぐさま爆雷を投下。やはり龍驤を搭載している山風が狙われやすいようで、足下には潜水艦が集ってきそうだった。

 

「すまん、もうちょい範囲拡げる。これ上手くいったら泥人形を始末出来るかもしれへん!」

 

 泥人形が周囲に漂う粒子と同じ成分を持っているのならば、RJシステムの領域が拡がれば拡がるほど有利になる。基本的には龍驤を中心にした球形。その半径がどれだけ大きくなるかになる。今でこそ解析したばかりで波長を飛ばせる範囲にも限界があるが、システムをより最適化することによって、そちらに回せる容量が増やせるため、端末を消す領域と同じくらいに出来るだろう。

 そしてそれが上手くいけば、近付いた時点で泥人形は分解され、そのまま消滅することになる。戦わずして勝利する。これが最もいい勝ち方であり、黒幕の拠点に向かうための体力もしっかり残すことが出来る最善。

 

「やるにしても動きながらで。山風、サラトガさんの方へ」

「わ、わかった」

 

 次に狙われるであろう者は、偵察機を出しているサラトガだ。自分を知られたくないという性質から、偵察機なんて以ての外だ。あちらはあちらで防空の手段を持っているかもしれないが、それでも根幹から潰そうとしてくるのは目に見えている。潜水艦が山風を狙ったことからも明らか。

 

「向かってくる潜水艦は、あたしと海風で退かしておくからね!」

「はい、勿論。山風と涼風には傷一つ付けさせませんよ」

 

 それは妹だからというところも大きかった。誰がやられたってダメなのだが、実の妹なのだから、より情があるのは当然のこと。

 

 海中から相当な威力と精度を併せ持つ魚雷が向かってくるが、これは一斉に回避。そして、それと同時に白露が爆雷を放る。ソナーも相まって、投下した位置はドンピシャ。

 爆発したことで潜水艦諸共木っ端微塵……とまでは行かずとも、息の根を止める程の威力であることは間違いない。

 

「っし……死体も浮かんでくることは無さそうだね。だから泥人形ってことになるかな」

「ですね。ソナーの反応が無くなるだけです」

 

 白露と海風が少しだけ安堵の息を吐いた。この攻撃そのものが大惨事のトリガーにならなかったことが。

 

 潜水艦の全てが泥人形であると春雨は言ったものの、何かの手違いで侵蝕された艦娘や深海棲艦がいる可能性だって考えられた。今までの黒幕のやり方からしたら、むしろ速攻で投入してきてもおかしくはない。

 そもそも、海中とはいえ既に端末を消滅させるRJシステムの範囲内だ。侵蝕されている艦娘や深海棲艦だったら正気に戻っているだろう。その上でまだ狙ってくるというのなら、昨日に施設を襲撃した2人の欧州姫と同じ、心の底から忠誠を誓っている者になる。

 そうなると、それが艦娘であろうが深海棲艦であろうが、もう手遅れだ。しかも、命を燃やしているということは、遅かれ早かれ息絶えることが確約済み。途中で止めるなんてことは、()()()()以外には出来やしない。

 

 春雨が救いたいと思っていなければ、それでも殲滅は止めないだろうが。

 

「やべぇ、全部山風姉を狙い始めてっぞ!」

 

 涼風が察知した敵の動き。これまではそこにいる者達を満遍なく攻撃して足止めし、その戦術を監視していたが、それが龍驤を中心に見えなくなったからか、その元凶を潰しに来ている。

 それを春雨が感じ取っていないわけがなく、妹達が狙われているという事実でさらに怒りが溢れ出していた。白露と海風が殲滅するだけでは漏れが出てしまっていたため、そこをサポートするように対潜行動に出る。

 

 その時の春雨は完全に無表情。しかし、激情に駆られているのがわかるくらいに、怒り任せに爆雷を投げ込んでいた。それこそ豪速球を叩きつけるかのように。

 

「春雨、苛立つのはわかるけど、ちょっと抑えな。あたしも気に入らないけど、敵の戦術としては間違ってないから」

 

 そんな春雨を宥めるのは白露である。ここは冷静な時雨の気質を使って、この場を正しく見据えていた。

 

「わかってます。私だって同じ状況ならその根幹を潰しに行きますから。それでも、手駒の命を雑に使って自分の障害を潰そうとするその性根が気に入りません。それで妹が狙われているなら尚更です」

 

 黒幕が自分の手で龍驤を止めに来るのならまだしも、手駒を使い、しかも自爆特攻みたいなことを平気でやらせていることが気に入らないと春雨は話す。そうしながらも爆雷は的確に投げている分、冷静でいられなくても技術が劣化することは無い。しかし、あからさまに激情を表に出しているため、山風は少しだけ怯えてしまっていた。

 

「今の春雨がそういう性質になっちゃってるのはわかるけど、こういう時こそ頭を冷やすんだよ。頭が熱くなってたら、いくら辿り着く者でも判断をミスるかもしれないよ」

「その時のためにあたいがいるんだけどね! でも、春雨姉がこの戦いのど真ん中にいるなら、もうちょい冷えててほしいかな!」

 

 怒りによって逆に頭は冴えていくものの、怒り任せに動いてしまうのは変えられない。それが毎度正解の動きかもしれないが、いつかそれも出し抜かれるのでは無いだろうか。毎度毎度最善の動きを取るというのは、裏を返してみれば()()()()()()()()()()()ということになる。

 

 黒幕が微生物の群衆である場合は、望む答えに辿り着く力でもコントロールが出来ない。これは龍驤の時に実践済み。

 そんな相手が春雨の動きすら監視してきているのだ。最善の動きを()()()ことで出し抜こうとする可能性はある。

 

「だからさ春雨、その怒りは否定しないけど、あたしとしては()()()はうまく変えた方がいいと思うよ。まぁ今のアンタにはあたしのこんな言葉も苛立ちに繋がるかもしれないけどさ、お姉ちゃんの言葉は素直に聞いてみるのもいいと思う、よっと」

 

 海中からの魚雷を軽々と避けつつ、山風にそれを回避させて潜水艦を迎撃。一撃でしっかり沈めた後、泥人形であるが故に消滅したことを確認する。

 

「あたいも白露姉とおんなじかな。春雨姉が怒るのもわかんだけどさ、もっと頭冷やしてみるのはどうだい。アレだ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()って感じ」

 

 ニカッと笑う涼風。この切羽詰まった戦場でも笑顔を忘れない。戦いに余裕がなくとも、気持ちには余裕を。思考の全てを戦いに置いていては、いざという時に即座に対応が出来ない。だからこそ、すこしだけでも余白を作る。白露や涼風はそれが出来ていた。

 溢れて心が壊れ、その余白が感情で埋め尽くされてしまっているのがよろしくない。それでもこれまでは戦えてこれたし、仲間もいたのだから負けることは無かったが、今ここはアウェー。黒幕の本拠地。未だに何をしてくるかわからないのだから、余白はかなり重要。

 

「……春雨姉、白露姉や涼風が言うの、あたしも間違ってないと思う……。だって……すごく辛そうだもん」

 

 そして山風。怒りに任せた春雨は無表情だが、そこからも感情を読み取っていた。その怒りの向こう側に、微かにでもその感情、辛さが見えている。

 本来の春雨からはかけ離れた感情。それが完全に消え去っているわけでは無い。現に、鎮守府に帰ってこれた時に本来の優しさと笑顔を取り戻せているのだ。ならば、この戦場でももっと()()()()()()()()振る舞えるのでは無いか。

 

「……大丈夫。あたしも、涼風も、こんなところで沈むような……やわな艦娘じゃないから」

 

 簡易爆雷を海中に落としつつ、龍驤のことも多少は気遣いながら回避行動を続ける山風は、春雨が鎮守府で最後に見た時よりも格段に勇ましくなっていた。

 

 山風だって辛いことはいくつもあっただろうに、ここでは気丈に振る舞っている。姉達が鎮守府から離れてしまい、調査隊の隊長に任命され、今はRJシステム搭載という堀内鎮守府のキーマンだ。今までならプレッシャーに押し潰されていてもおかしくない。

 それでも、涙ぐむこともなく、山風は戦っている。海風の後ろに隠れて様子を窺うような、もう弱気だなんて言えない。

 

「春雨姉さんの怒り、海風にはわかります。強く正しい姉さんだからこそ、この黒幕のやり方には怒りを覚えて当然です」

 

 最後は海風。話しながらも周囲に目を遣り、海中のみならず海上にも意識を向けながら、龍驤の邪魔をする者を処理。潜水艦にもやはり的確な対潜攻撃を繰り出し、被害無しに食い止めている。

 

「ですが、冷静になるべきというのはみんなの言う通りです。少しだけ、少しだけ深呼吸をしてみませんか。酸素を取り入れて、頭を回し、怒り以外の感情に目を向けてみませんか。出来なくても、するという行為が新しい道を開くかもしれません。大それたことを言っているかもしれませんが、何卒」

 

 春雨至上主義であっても、春雨が今以上の存在になるというのならば、今の状況を多少は否定する。春雨のためを思えばこそ。

 

「……ごめん、ちょっと深呼吸」

 

 ここでさらに怒りが増すことはなく、姉妹からの言葉は素直に聞くのが春雨。言われた通り、一度呼吸を正す。頭に酸素を回し、熱くなった脳を冷やすように空気を取り入れた。

 それだけで溢れた怒りが鎮静化することは無い。だが、熱くなり、怒り以外の感情を燃やしていたことで無表情になっていたものが、少しだけ表情を取り戻した。

 怒るのも、ただ熱くなるだけではダメだ。要所は熱く、要所は冷たく、どちらも共存させて真の怒りとする。いくら溢れていても、そこは忘れてはいけない。

 

 壊れた心を、仲間に、姉妹に埋めてもらう。それにより、この戦場でも静かな心を取り戻していく。それこそ、春雨がまだ艦娘だったときのように。

 

 

 

 

Found it(見つけた). イロハ級が発生しているPoint、発見しました!」

 

 ここでサラトガが声を上げる。偵察機が、イロハ級が無限に湧いているポイントを発見したようだ。しかし、

 

「っ……通信途絶……対空砲火を受けたようですね。守っている者がいるようです」

 

 すぐにその偵察機が墜とされたと気付く。その一瞬、艦載機の妖精さんからの通信は、サラトガに嫌な顔をさせるのに充分だった。

 

 

 

 

「……防空巡棲姫……ですか」

 

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