黒幕の拠点に偵察機を飛ばしたサラトガが苦い顔をした。無限にイロハ級が湧き続けるポイントを探し当てることが出来たのだが、その瞬間に偵察機が撃墜されてしまった上に、その実行犯が空母の天敵とも言える姫、防空巡棲姫であることがわかったからだ。
そのコードネームに『防空』と付けられた深海棲艦は、総じて空母に対して徹底した対空砲火を繰り出してくる難敵。その上で単体スペックも非常に高い。防空巡棲姫は軽巡洋艦ではあるのだが、その性能は戦艦を優に超えている。
「サラトガさん、どうしました」
ここで春雨達がサラトガと合流。海中から襲い掛かる潜水艦を的確に処理しながら、サラトガを守るために周辺警戒。
「イロハ級が湧いているPointは見つけました。見つけたんですが……そこを陣取っているのが防空巡棲姫なんです」
その名前を聞いた途端、龍驤以外はサラトガと同様に苦い顔をする。生まれた瞬間に黒幕の器として使われていた龍驤はその名前を聞いても脅威がわからないが、春雨達は艦娘の時に嫌というほど知っている。実際に戦ったわけではなくとも、全鎮守府にその恐ろしさは伝わっているため、この戦いが厄介な方向に向かったと気が滅入っていた。
「まずいですね……防空巡棲姫となるとサラでも厳しいです。艦載機は軒並み墜とされるようなもの……」
「拠点を空襲から守るために配備されているのでしょうね」
徹底して自分に害が無いように努めている黒幕のやり方に苛立ちが溢れかけそうになった春雨だが、先程の姉妹の教えを思い出して、すぐに深呼吸。腹は立てても、熱くならないように、せめてまだ今は冷静に。
「すまん、聞かせてほしいんやけど、その防空なんちゃらってのはどんな奴なん。ウチならそれがどんな奴かわかるかもしれへん」
RJシステムをさらにアップデートしながらも、黒幕のことを最も知っているであろう龍驤が、サラトガに問うた。
割と最近まで黒幕の下にいたのだ。しかも、黒幕が泥となってからかなりの期間を。敵に何者がいるかも知っていると言ってもいいだろう。
少なくとも、龍驤が泥化するまでには拠点に常駐するような深海棲艦はいなかった。故に、今でもこの場ではなく別の場所にいる部下はそれなりにいる。そのうちの誰かがわかれば良し。名前がわからない者も多々いるため、ここで特徴だけでも聞いておく。
「例えるのなら、
「トゲトゲ……ああ、おった、そんな奴おったわ。チラッとやけど見たことあるで」
やはりここで情報は正義。言われて思い出すくらいにしか見たことが無いようだが、少なくとも龍驤にはその姿に見覚えがあるようである。龍驤が既に器では無くなっていた時期に、知らない間に加わっていた者として認識しているようだ。
当時は自身の勢力を増やし、人海戦術で本来の器──中間棲姫の居場所を探るつもりだったようで、さらには今でこそ端末という自己増殖までする便利な洗脳アイテムがあるものの、その頃は黒幕自身、もしくは黒幕から切り離された一部が中に入らなければ手駒に出来なかった時期。
手当たり次第に切り離した泥を設置していた結果、古鷹のように近場を通ってしまったことで、もしくは近場に生まれてしまったために、その運命が捻じ曲げられた。
「そいつ、最終的にどうなったかは知らんけど、
「混成候補……?」
「ウチや白露みたいにな、魂混ぜて強化する候補っちゅーことや。より強い手駒にするための代表ってことやな」
苛立ちが増したため、春雨の深呼吸は止まらない。冷静でいたいのだが、黒幕のやり方が気に入らない。
魂の混成がされているということは、強化されている上に犠牲者がさらに増えているということ。大体4人の融合体として考えるのが妥当であるため、その防空巡棲姫にも3人入っていると考えていいだろう。潜水艦姉妹は例外だが。
「ウチが出て行っている間に混ぜられとったのかもしれん。いろいろされたんは、多分ウチが泥になってからや。それまでも疎遠だったけど、何がどう混ざってるのかはスマンがわからへん。実際は誰も混ざってないかもしれへんし」
それくらいしか情報が出せなくて申し訳なさそうな龍驤に、大丈夫だと返すのは春雨……ではなく涼風だった。今の春雨は冷静になるのに忙しい。深呼吸をしながら、白露と海風の手を握っているくらいだ。
姉妹の力を借りてでも冷静になろうとしているのはいいことであるため、誰も否定しないし口も出さない。
「とにかく強い、と考えればいいですね。空母にはかなり重荷であることは間違いありません」
「せやな……いや、ウチはもう空母じゃあ無いんやけど、対空の怖さはわかるわ」
全てが高水準な上、対空性能は群を抜いているのだから、空母にとっては天敵どころの騒ぎではない。
「……ふぅ、すみません時間を貰いました。まずは現状を打破して、ほぼ全員で向かいたいところですね」
ようやく落ち着くことが出来た春雨が、ここからの流れを大まかに考えた。
空母が厳しいというのなら、他の者達でどうにかするのが普通。それほどまでに強力な姫ということならば、出来ることなら戦艦には来てもらいたい。
「システムの拡張はもうちょいや。それが出来たら泥人形もある程度は抑制出来ると思う。そこで一気に押し込む……っちゅーのはどうやろか」
話しながらもRJシステムの範囲は拡張され続けている。最初は半径も数メートルというところだったが、秒単位で拡がっていき、あと数分もすれば端末を消滅させる範囲と同等までになるだろう。
それまでの時間は、押し寄せてくるイロハ級と泥人形を殲滅し、前進する余裕を作る方がいい。そろそろ武蔵と大和の一斉射も厳しくなってくる頃合いであるため、力を温存するためにも、なるべく早く前進したいところ。
「それが一番でしょうね。行かねばならない場所もわかりましたし、ここにいるモノを全て殲滅した後、真っ直ぐ向かいましょう。ある程度は斃し切らなくても、進まないと話になりません」
「あたし達は潜水艦をどうにかして、あとはみんなに頑張ってもらおう。それまでにシステムの拡張は出来るはず」
「ですね。じゃあ、潜水艦は手分けして殲滅で。山風と涼風は、出来る限り回避に専念でいい?」
「がってんだ! 今はシステムの拡張が優先だもんな!」
山風は対地のために温存。あくまでもRJシステムの搭載艦として、今は生存を優先。涼風は全体を見極めるために攻撃よりも回避を優先。これでこの戦場を自分達に有利な場へと変えていき、勢力を確実に前進させる。
サラトガのおかげで向かわねばならない場所がわかったのだから、最短距離を進める。こうしている間も、サラトガは次の偵察機を発艦させ、他にも無限にイロハ級が湧いているポイントが無いかを確認する。1箇所だけと高を括っていたら、実は回り込まれていましたとなったら大惨事だ。複数箇所あるのなら、部隊を分けて対処するか、全員で纏まって行くかを考えなくてはならない。
湧いて出てくるイロハ級を一網打尽にしている武蔵も、流石にここまで長々と一斉射をすることは無かったため、一時的にそれを止めた。大和も初めての一斉射であったこともあり、武蔵に倣って一斉射を中断。
これによって、眼前の敵はことごとく粉砕されたことを2人は自覚した。あまりに撃ち過ぎると、爆炎と爆音で目の前が見えなくなるようである。
「大和、そちらはまだ行けるか」
「勿論。まだまだ行けるわ。そちらこそバテてない?」
「論外だな。これでも今まで艦娘の頭を張り続けていたのだ。この程度で疲れを見せるわけがない」
ニヤリと笑みを浮かべながら一斉射ではなくピンポイントの砲撃で現れたイロハ級を一撃で粉砕する。その砲撃は融合をするイロハ級くらいならば纏めて焼き尽くしてしまうほどに強力。むしろ障害が無ければ融合を促して纏めて始末する方が効率がいいとすら思える。
しかし、そう簡単には行かないのがこの戦場。強化された戦艦が武蔵の砲撃を盾で防ぐくらいはするのだ。無防備な融合中を狙わせてくれるわけが無い。
「だが、そろそろ前進しないとまずいな。まだ黒幕の島も見えていないぞ」
「このまま消耗させられる……と考えるのが普通よね」
あまりここで足止めを喰らうと、ただただ消耗させられ、いざ黒幕との決戦となった時に体力が尽きて何も出来ないという可能性もある。
武蔵と大和は特に火力が高いため、最終決戦でもその力を遺憾なく発揮したい。逆に言えば、黒幕側から考えれば真っ先に消耗させておきたい存在でもある。
勿論一番に排除したいのは自分のことを探ってくる者のようだが、その次となると火力が高い順となるだろう。
「だが、敵の動きが変わってきたな。龍驤の力が発揮されてきたか」
もう一度砲撃を放ったところ、先程はその砲撃を受け止めた盾持ちの戦艦が受け止めきれずに吹き飛ぶ。粉砕とまでは行かなくとも、先程はその場で持ち堪えられていたことを考えると、泥による強化が微妙になっていると感じた。
命を燃やすブーストにもRJシステムが効き始めており、敵の猛攻は少しずつだが抑え込まれている。それは、この戦況をひっくり返すには充分だった。
「大和、ど真ん中をぶち抜いてやれ!」
「ええ! 今まで止められてきたんだもの、一掃するわ!」
武蔵の砲撃が簡単に通用するのなら、大和の砲撃は尚更だ。改二改装されたことで更なる力を得た大和は、今や武蔵のそれを超えている。
その砲撃は群れを一網打尽にし、一直線に道を作るほどであった。火力が上がっているのではなく、敵が脆くなっている。それがすぐにわかるほどだ。
「行ける、行けるぞ。これならばこの群れを突き抜けることが出来る!」
「私達が道を作ります! どちらに向けて撃てばいいですか!」
最大の火力を以てして、無限に湧くポイントまでの道を作り上げる。多少撃ち漏らしがあっても、今の弱体化が入れば2人ほどの火力が無くても問題なく処理が出来るはずだ。
現に、同数での戦いをすることになった比叡と大鳳のペアも、RJシステムの拡張によって弱体化した泥人形の隙を見逃すことなく、一瞬で斬り捨てた。これはもう粘り勝ちと言えるくらいである。
「案内します。サラの艦載機に続いて!」
偵察機を続けながらも、サラトガの艦載機の1機がチカチカと光で合図を送り、ポイントがあるであろう方向を指し示した。
「大和、もう一回だ。一斉射で土手っ腹に穴を空けてやるぞ!」
「それで行きましょう。それじゃあ、一斉射!」
ポイントまでの一点に集中するように、武蔵と大和は砲撃を放つ。これまでの一斉射も激しかったが、周囲を一掃するのではなく、一点突破の猛烈な火力。戦艦の盾であろうが、他のイロハ級の身を張った妨害だろうが、一切お構いなく薙ぎ倒していき、最終的にはまるでモーセの十戒の如く道が開く。
時間をかければまたその道が閉じてしまうだろうが、そこは2人が機転を利かせ、開いた道をさらに拡げるように一斉射を左右に拡げていく。これによって、道は徐々に大きくなっていった。
そしてその先、道の向こう側に、イロハ級とは違う姫の存在が確認出来た。群れによって見えていなかったというわけでは無いのだが、サラトガの艦載機を処理するうちに若干前に出てきていたのだろう。
刺々しい両用砲を身に纏った姫、防空巡棲姫。その姿を捉えた。