吹雪と涼風の分析により、現れた最後の姫である防空巡棲姫は魂を混成された存在、しかもアトランタの他には複数の武蔵が入れられているのではないかということが判明した。そうでなければあの膂力は説明出来ないし、対空砲火が一斉射のような火力を誇るだなんて聞いたことがない。
「他にも混ざっていそうなのは」
「いるとは思うけど、わからないくらいに混ざってる。多分だけど、
それが何者かはわからない。混ざっているだろうアトランタは特徴的だったようだが、他の魂は見えないようである。しかし、それだけでは利かないくらいにあらゆる戦術を使ってきた。
防空巡棲姫と相対しているコロラド、川内、島風だけでは一切止まる気配がない。一斉射のような対空砲火、白鯨すら素手で止める膂力、さらにはこのタイミングで新たな戦術を見せる。
「鎖……!?」
身近であるコロラドは当然のこと、最も疎遠であろう川内すらも、合同演習の時に見た、錨が先端についた鎖を振り回す攻撃。打撃にもなりつつ、拘束にも繋がり、もしこれに捕らえられた場合は、両用砲から放たれる超絶火力をモロに喰らって即死。万が一避けられたとしても、白鯨すら止める膂力で引っ張られようものなら、縛られた場所が引きちぎられる。
この鎖の使い方は、どう考えても
「んなもん当たって堪るか!」
流石に危機感を覚えたか、川内が鎖の先端の錨を狙って砲撃。それは見事に命中し、鎖による捕縛は逃れることが出来る。
しかし、その瞬間にとんでもない速さで川内に近付いており、気付いた時には蹴りを繰り出した脚が川内の横っ腹に食い込んでいた。
「っぎ……っ!?」
咄嗟に腹筋に力を入れるが、そのダメージはとんでもない。まるで車に衝突されたかのような一撃を受けたことで、そこから海面に叩きつけられるように飛ばされる。
致命傷にはならずに済んだものの、骨がミシリと音を立てたかのような感覚。この一撃で中破と言ってもいいほどに。
「あの速さ……
気付いたのは、その戦場に立つ島風。根本的な速さが自分と同じと感じた。脚の使い方は少々見えづらかったものの、突発的な加速力と、その勢いは、紛れもなく島風の速さ。
それと同じことがやれたのは、かつてまだカタチを持っている時の龍驤。混ぜ込まれた島風の力を使い、砲撃に追いつくのではという速さを発揮していた。
「川内さん!?」
「ったた……大丈夫、まだやれる。軋むけど、死に足は踏み入れてないよ」
吹っ飛んできたところに追いついた雷が駆け寄るが、川内はまだ自分の足で立つことは出来た。痛みを堪えているのは一目瞭然だが、本人がやれるというのだからやる。
大塚鎮守府の教えを守り、感情を表に出さない。それは、痛みなども同じことだ。いくら痛かろうが冷静に乗り越えねばならないのが命懸けの戦場。仲間がいても、それが出来れば勝率はグンと上がる。
これだけやれば、防空巡棲姫に混ぜられたものが何かは誰にでもわかる。
それを言葉にしたのは、この2人の分析が僅かに聞こえていた春雨。防空巡棲姫を止められる場所を探すために周囲を動きつつ、吹雪と涼風の分析に加えるように意見を伝える。
「多分さっきの泥人形が全部混ざってるって考えた方がいいと思う。向こうには全員分のデータが残ってるみたいだし」
つまり、今まで敵対した者、白露から龍驤までの全員分が、あの防空巡棲姫に混ぜられている。能力をコピーした泥人形が作れるのだから、手駒として使った者達の能力は泥というカタチでバックアップ済み。そこからコピーして作り出した泥人形を魂の混成に使うことも出来たのだろう。
この土壇場でそこまでのインチキを繰り出してきたのは、嫌がらせ以外の何モノでもない。敗北を喫した艦娘達相手に、どこまで
自分を殺した武蔵を素材扱いとし、一度手に入れた手駒は最後の最後まで使い倒し、徹底的に自分の力ではなく大嫌いな艦娘の力を練り合わせたモノで艦娘達を始末する。この陰湿さ。嫌がらせの極致。
流石の春雨も、怒りを通り越して呆れてしまっていた。あくまでも自分の手を汚さない──混ぜるのには自分の手だから汚れてはいるのだが──そのやり方は、もう逆に感心せざるを得なかった。あまりにも徹底しているのだから。
「あれだけ混ぜられたら、感情なんかも消し飛ぶよ。私達はその
大量に混ぜ込まれているとわかるもう一つの理由が、ちょくちょく聞こえる防空巡棲姫の言葉である。あまりにも
身体からして、基礎の部分は防空巡棲姫なのだろう。しかし、大量の魂を混ぜ込まれて、自分が認識出来なくなり、結果的に全てを失った。泥人形まで入れられているのだから、壊れてしまうのも当然である。そこから、黒幕の傀儡として確立したのだろう。
施設を襲撃した2人の欧州姫のように忠誠を誓ったのではない。
潜水艦姉妹とはまた違った育てられ方である。あちらは依頼というカタチで自分の思い通りにコントロールしていたが、防空巡棲姫はより手駒として扱っているイメージ。そこはやはり、自分でやっているにもかかわらず、武蔵が含まれていることが気に入らないからか。理不尽にも程がある。
「ということは、もう救えないってことでいい?」
非情ではあるが事実を述べる吹雪に、春雨は首を縦には振らない。春雨自身も怒りが溢れて殲滅だけを考えたいところではあるのだが、深呼吸と姉妹の温もりによって冷静さを取り戻してきている分、まだ他に選択肢が無いかを考えるくらいの余裕はあった。
とはいえ、そう考えているうちに仲間がやられるようなことがあったら、容赦なく叩き潰す。先程川内がやられたのを見たことで、また下げた怒りのボルテージが上がってきている。
しかし、防空巡棲姫の今の在り方を見ていると怒りよりも先に憐憫の情を覚える。
今までにもいたが、いいように使われて、本人の意思すら塗り潰されて、命すら摩耗され、ここの戦いのために散らされる。今までの情報からして、あの防空巡棲姫はこの戦いが終わったら燃え尽きるだろう。
勝っても負けても死ぬ。ただただ艦娘に対して恨みを持つ黒幕の手駒──
「救えるものなら救いたいよ。こんなにイライラしていても、あの防空巡棲姫は可哀想だって思えるから。でも、手を抜くなんて出来ない。だから……」
「救えれば救う。それでいいよ。救われないくらいに堕ちてるなら、死こそ救済になると思う。情を持ってたら勝てるものも勝てないからさ」
今まで数々の修羅場をくぐってきた吹雪からのその言葉には、春雨も頷かざるを得なかった。
意地でも救うという気持ちでやったら、傷付かなくてもいい者まで傷付く可能性があるのだ。一番守らねばならないのは仲間。言い方は悪いが、防空巡棲姫は仲間ではない。
ならば、今まで群れとして出てきて、今でも出てきては散っていくイロハ級と同じように殲滅の対象とした方がいい。意思があるから救うというのも不公平だろう。
「で、なんだけど、ちょっと作戦があるんだよね」
さらに吹雪は続ける。
「ここで全員が戦うのは得策じゃないと思う。防空巡棲姫……の裏側にいる黒幕の狙いは、こちらの手札を全部切らせることだと思う。あわよくば鏖殺ってところじゃないかな」
「あたいもそれは思ってた。それにあれ、まだ命燃やしてないと思うんだ。時間を使わせるっていうのもあるんじゃないかい」
「だね。それであそこまで強いってことは、命ブーストかかったら本当に手がつけられないよ」
あれでまだ全力では無い。それを聞いたらゾクリと悪寒が走る。それが本当ならば、魂の混成の最終系みたいなアレをどう止めればいいのだろうか。
それに、命まで燃やして戦い始めたらどうなってしまうのだ。それこそ、誰にも敵わないくらいの力を見せつけながら、屈指の戦闘力を持つ者達ですら瞬殺していくのを、ただ見ているだけにさせられるだけになりかねない。
「だから、ここで部隊を半分に分けるべきだと思う。ここで時間を食ってたら、もう黒幕は倒せないよ」
これは英断だ。全員で黒幕に行きたい気持ちはあるが、防空巡棲姫に全員で戦い、手の内を殆ど明かした上に消耗した状態で黒幕との連戦というのは、向こうの思うツボ。確実に勝てる状態で黒幕が現れるとしたら、もうそこから逃げられないと考えてもいい。
ならば、全力で戦える半数を黒幕に送り込み、全力で戦える残り半数で防空巡棲姫に立ち向かう方が勝算があると吹雪は考えた。
今でさえ、全力で立ち向かってもまるで太刀打ち出来ていない。まだ3人とはいえ、このままでは簡単に全滅させられてしまう。
「私はこっちの指揮をする。島風ちゃんもこちらに貰いたい。涼風ちゃんは黒幕方面に。あとは、黒幕と戦えそうなのを黒幕にぶつける。多分私の定石が通用しないからさ、いろいろ出来るヒト達を使うべき。代わりに防空巡棲姫は定石でどうにか出来そうだから、艦娘でもどうにかなる」
吹雪の目からは自信しか感じられない。救えるなら救うというのは、春雨でなければ出来ないことではない。
「わかった。多分艦種とかそういうのも関係ないと思うから、戦えそうなヒトを選出する」
「うん、お願い。それじゃあ……」
首を軽く回して、指をポキポキと鳴らす。そして、防空巡棲姫を見据えた。
「行きますか」
タンと海面を蹴った瞬間、島風と殆ど同じ、いや、それ以上の速さで防空巡棲姫に突撃した。
この移動方法は、春雨のやり方と同じ。一瞬脚部艤装を出す時の衝撃を使った跳躍。元々吹雪はそういう戦い方が出来るのだから、この手段も簡単にやってのける。
「悪いけど、貴女達の思い通りにはさせないから」