空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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拠点を守る者

 春雨が選出したメンバーは、吹雪達の力によってイロハ級の群れと防空巡棲姫が陣取る戦場を突き抜けることに成功。その後を追ってこようとした敵も、あちら側の仲間達が食い止めてくれた。

 これにより、選ばれた12人はそのまま黒幕のいる拠点へと一気に近付くことになる。

 

「みんなの思いを背負ったんだから、ここで必ず勝たなくちゃ」

 

 少し気負ってしまいかけている春雨だったが、怒りを晴らすのとは違う理由で深呼吸。ここで緊張していては、せっかく十全の力を出せるように送り出してくれたのが意味が無くなってしまう。

 

「大丈夫です。ここまで来ることが出来たんですから、苦戦はしても敗北はしません。気持ちを強く持てば、春雨姉さんが負けることはありませんから。緊張するのは仕方ないことです。落ち着かないのでしたら、私を、仲間を頼ってください。みんな春雨姉さんを信頼してここにいてくれているんですから」

 

 海風がより温もりを与えるように両手で手を握った。駆け抜けながらでは少々危なそうではあるものの、そこは海風、春雨に一切負担をかけないように確実に落ち着かせる手段を選択している。

 そんな海風のおかげで、深呼吸の回数は自然と減っていった。緊張も取れ、いつもの春雨に戻る。今は怒りもそこまで表に出ていない。格好はもう替えるつもりは無いようだが。

 

「大丈夫デース。春雨、みんなが春雨を信頼しているように、春雨もみんなを信頼してくだサーイ。いや、言わなくても大丈夫ですヨネ?」

「勿論です。私もみんなを頼ります。みんなで、平和を取り戻しましょう」

 

 そこに金剛も加わる。この選出された決戦部隊の中では唯一の純正の戦艦、かつ、堀内鎮守府で屈指の力を持つ者。心身共に支えとなる大きな存在。

 そんな金剛に後押しされれば、安心感はより一層強くなる。姉妹の温もりと、仲間からの信頼。これだけあれば、春雨は極限まで安定することが出来た。

 

「春雨、無意識のうちに()()()()()()()()()()()()()もしてるね。白露型、全員揃ってるもんね」

 

 そんな春雨を見て、春雨の耳に入らないように白露がボソリと呟く。それが耳に入った山風が小さく頷いた。妹のことをよく見ている長女と、感情の機微に敏感な八女は、春雨のその感情にすぐさま気付いた。

 

 実際、ここにいる白露型は全員が黒幕に対して通用する力を持っているだろう。艦種なんてもう関係ない、通常の海戦とは全く別モノの戦いが繰り広げられることがわかっているのだから、火力などでは無く対応力、応用力を重点に選出している。砲撃や雷撃、航空戦や対空砲火、近接戦闘までをも網羅し、それをその場に合わせたカタチに切り替えることが出来る白露型姉妹は、今回の作戦にはもってこいな性質であろう。

 だが、それ以上に春雨の怒りと寂しさを鎮静化させるためには白露型姉妹が必要である。勿論、他の仲間達だって近くにいてくれれば落ち着けるのだが、姉妹との繋がりはそれだけでは収まらない。安心のレベルが違う。

 

「なら、その分あたしらもしっかりやらなくちゃね。春雨の期待に応えなくちゃ」

「当たり前でしょうが。春雨のためでなくても全力で挑むに決まってるわよ」

 

 そんな白露に対して、叢雲がツッコんだ。しかし、その声色からは怒りが若干薄れ、最後の戦いに向けての意気込みに溢れている。

 向かう直前のコロラドの活が効いているようで、やってやるという気持ちが止まらないようだ。それは怒りではなく、心の底からのやる気。ただでさえ黒幕を絶対に始末してやるとここに立っているのだから。

 

「ここで確実にぶちのめす。今まで姿すら出さなかったことを後悔させてやるわよ。どんなカタチになっていようが知ったことじゃない。今日まで好き勝手やってきた報いを受けてもらうわ」

 

 槍を握る手がより強くなり、ギュッと聞こえてくるほどである。白露は槍で泥を貫けるだろうかと思いつつも、そんな野暮なことは言わないでおいた。この気持ちをこんなところで折るのは無粋。

 

「偵察機、敵拠点を発見」

 

 ここで敵の群れを突き抜けた時くらいから艦載機を発艦していた大鳳からの報告。このまま直進すれば、黒幕の本拠地に辿り着けるということ。

 

「見たところ、海路上に何かあるようには見えません。海の色も何も変わらない。海中に罠を仕掛けているのか、それともここまで来て真正面から迎え撃とうと思っているのか……」

 

 てっきり島の周りは泥だらけかと考えていたが、そこは思ったよりも綺麗。むしろ、見た目だけで言えば黒幕が潜んでいるようには見えないようだった。

 

 それもそのはず、自分の姿を見られることを極端に嫌っている黒幕が、いくら結界があったとしても自分の痕跡を残すような真似はしない。島自体も近海も綺麗なものである。むしろ、少し前までは結界すら無かったのだから、綺麗にしておくのは当然だった。

 そのため、逆にこの綺麗さでも泥が忍び寄ってくる可能性は考えておいた方がいい。見えないところから襲い掛かるのは黒幕の十八番。むしろ、海水に見えて実は泥でしたというのも考えておいた方がいい。

 

「なるべく新しい要素は逐一解析しとる。ウチなら何処に何があるかくらいはわかるから、何かあったらすぐに言うで」

 

 龍驤は自身のシステムをフル稼働中。端末は常に蔓延しているため消滅させており、監視の目もアップデートにより機能させていない。しかし、それ以外の要素も当然ながら感知の範囲内に入ってきているため、わかる範囲でその場で解析、カウンターを狙っていた。

 少なくとも、今この場で侵蝕の泥が現れても、RJシステムによって回避出来るようにはなっている。だが新たな泥で侵蝕出来るという状態になっていたら話は変わる。それこそ、黒幕そのものに対しては卵の解析しか出来ていないため、確実な回避が出来るかと言われると少々厳しい。

 出来ることなら黒幕そのものを消滅させるシステムにアップデートしたいところだが、如何に明石でも出来ることと出来ないことはある。龍驤と殆ど同じ構成のはずなのだが、実際はまるで違うモノである可能性は非常に高い。それに、泥の原点ともなれば解析出来るようなモノでも無い可能性がある。

 

「今までと同じなら、強めの砲撃で霧散はさせられる。量が増えてもそれ相応の火力を撃ち込めばどうにかなる。でも、コアを破壊しない限り、泥も永遠に出続けてくると思う」

 

 ここからの流れを考えていくと、やはり勝利の鍵は黒幕のコアの発見だ。まず間違いなく見える場所には置いていない。島の何処か、奥のさらに地下に拠点を構えているというのだから、そこにあると考えるのが正しいだろう。

 ならば、ここからやるべきことは島に上陸して、その入り口を探すこと。龍驤はその場所を知っているはずだが、もしかしたらその場所自体を変えているかもしれない。

 

「対地攻撃……やっぱり戦車隊と内火艇?」

「そうね〜。あとWG42(ヴェーゲー)は持たせてもらってるわぁ」

 

 荒潮が補足的に説明。今出来る対地攻撃は、いわゆる上陸支援舟艇と内火艇、そしてロケットランチャーと、どちらかといえば海上から陸上を攻め立てるために使用する装備。その島には木々が生えていることを考えると、上陸してから使用すると自分も巻き込まれかねないため少々怖い。

 だが、使い方次第では致命的なダメージを与えることも出来そうなのが対地装備だ。戦車隊や内火艇は島を蹂躙出来るだろうし、ロケットランチャーは邪魔な木々を噴き飛ばしつつ、地下への入り口を表に出すことが出来るだろう。

 そして、今回は空母の爆撃も有効だ。それこそロケットランチャーと同じように地下への入り口を探すためには邪魔なモノを噴き飛ばすためには使いやすい。むしろそれが嫌だから防空巡棲姫という対空が最強クラスの姫をここに置いていたとすら考えられる。

 

「島が見えたぜ……!」

 

 正面を見続けた江風が声を上げる。それに合わせて全員がそちらを見ると、言われていた通り木々が生い茂った島が水平線の先に見えた。

 後ろから追ってくるイロハ級もおらず、突き抜けてから順調に黒幕の拠点とされた島が見えてきた。ここに来るまでとんでもなく時間をかけてしまったが、ようやく辿り着くことが出来たのだ。

 

 ここまで近付いたのなら、黒幕も春雨達の進軍なんて確実に気付いている。故に、上陸を許すわけがなく迎撃が始まるだろう。

 

「絶対何かが来る……! みんな、備えて!」

 

 言われるまでもなく、全員が突き進みながらも何が来てもいいように警戒。前からだけでなく、横からも上からも下からも何が来るかわからない。最悪な場合、その不意打ちが致命傷になる可能性もあるのだから、警戒しないわけがない。

 

 その時、島の上、鬱蒼とした森の奥から、人影が出てきたように見えた。防空巡棲姫だけではなく、もう1人拠点防衛のために残していたのかと考えたものの、その姿は誰がどう見ても深海棲艦でもなんでもなく艦娘。

 しかもそれは、意図してか偶然か、誰もが見たことがある姿だった。

 

「……知らん、あんなんおったなんて、ウチは知らんぞ。知っとったら真っ先に伝えとる」

「なら、つい最近何処かで捕まえたってことですか。『観測者』様からも伝えられていませんから、下手をしたら昨日今日に」

 

 その姿を見て苛立ちが抑えられないのは春雨。そしてそれ以上に動揺が隠せないのは、海風だった。

 

「なんで……こんなの、こんなのって……」

「海風、落ち着きな。アンタの大好きな春雨はこちらにいる春雨だ。だから……」

 

 白露も少しだけ動揺していたものの、小さく息を吐き、すぐに心を落ち着ける。

 

()()()()()()()()

 

 そう、黒幕の拠点の奥からやってきた艦娘は、春雨。艦娘春雨である。

 

 同じ顔の別人が多々いる艦娘なのだから、春雨が別にいてもおかしくない。ただし、それが黒幕の拠点にいるとなると話は別。

 龍驤が知らなかったということは、本当につい最近捕らえられたと考えるのが妥当。春雨が言う通り、『観測者』にそれを伝えられていないところから見れば、これは下手をしたら春雨達の出撃の直前くらいに捕らえられた可能性すらある。

 

「侵蝕されているように見えないけど……いや、わかンないか。システム的にはどうよ」

「あれは艦娘や。純粋な。泥は入っとらん」

 

 江風の質問に龍驤が答える。RJシステムの中でも初期から実装されている端末の除去の範囲は、既に黒幕の拠点も含まれている。それもあるため、目の前の別の春雨は端末による侵蝕はされていない。それどころか、卵が植え付けられているような反応もない。

 故に、何も変わっていない純粋な艦娘。心の底から忠誠を誓っているならわからないが、実際はそれも違うだろう。

 

 何故なら、その春雨はフラフラとした足取りで森の中から脱出してきたようにも見えるからだ。

 そして、疲労困憊のような表情で縋るように手を伸ばしてきていた。あちらの春雨からもこちらの春雨達の部隊が見えたのだろう。助けが来たと感じてもおかしくはない。

 

「た、助け──」

 

 救いを求めた瞬間だった。誰の目にも入る状況になった時、森の奥から混沌の色をした泥が雪崩れ込んできた。

 

「えっ……」

 

 疲労している身体でそれを回避することは出来ず、あちらの春雨が一気に呑み込まれる。そして、泥は次から次へと春雨に吸収されていき、纏わり付き、その存在そのものを侵蝕していく。

 悲鳴すら上げることが出来ず、むしろそれは恐怖から快楽へ、上げたかった悲鳴は嬌声へと変わった。

 

「……最悪な当てつけですね。アレが私であったことは本当に偶然だったのでしょう。誰でも良かったのでしょう。でも、たまたま、本当にたまたま私だったせいで、ここまで当てつけになるなんて……」

 

 春雨の怒りのボルテージは一気に上がる。それだけではない。その光景を見せられている仲間達も、黒幕に対する苛立ちや、目の前で救えなかった悔恨が押し寄せてきていた。

 

 そして、泥がそのまま消えていく。中から現れたのは、完全に侵蝕された別個体の春雨。海風にとっては最も見たくなかった敵。

 トラウマとして心に刻まれているセーラー服とレオタードを身に纏い、その快楽に身を震わせたことでロンググローブとニーハイソックスまで完成。艤装も侵蝕されたことで禍々しい形状へと変化していた。艦娘であるのに、瞳には紫色の炎が灯った。

 

 

 

 

 もうそれは、艦娘とも言えない。中間のような歪な存在。しかし、姿形は完全に春雨。精神的な攻撃としては最上級の最後の砦として、春雨達の前に立ちはだかった。

 

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