黒幕の拠点で泥に侵蝕された別個体の春雨は、白露と叢雲の突撃を島に溢れる泥を使ってカウンター。足下が波打ち、次々と泥が溢れてくる。その泥が壁のように隆起し、自身の周りを守る。
今までと違い、陸の上を陣取っているため、そんな手段を扱える。黒幕の拠点なのだから、泥は無限に供給されるようなものなのだから、いくら別個体の春雨がドロップしたばかりの練度0だとしても、次々と泥を注ぎ込んで、さらに陸地を唸る泥を操らせて、この拠点を守り切ろうという算段のようである。
「ここから先は、行かせないから」
薄く微笑みながら、波打つ泥をコントロールして迎え撃つ別個体の春雨。手をスッと上げるだけで、周囲の泥がまるで触手のように持ち上がる。
性質が違うため、RJシステムでは掻き消すことは出来ず、しかし存在が同じであるため、春雨の力では止められない。それでいて、それに触れた場合に侵蝕される可能性すらあるとなると、迂闊に動けない。
「厄介やな……泥の中に土や草が混ざっとるせいで、簡単に消せん。成分がグッチャグチャや」
システムの範囲、龍驤の手が届く範囲に陸がギリギリ入ってはいるのだが、その成分解析が難航している。監視の目のような粒子と違って、拠点に蔓延る泥そのものとなると、その濃度の差からか解析がかなりしづらいようである。陸と混ざり合っているのもそれに拍車をかけており、何も仕掛けがない自然物が混入していることで、その成分がどうしても邪魔をしてくるらしい。
泥そのものが微生物の群衆のようなモノであるため、別の物質を巻き込んで性質を変えるようになっているようだった。そのせいで春雨の力が通らないというのもある。泥は生物の集合体であっても、内部に無機物が混入しているため、思い通りにいかない。
「春雨ちゃん、1つだけいいかしら〜」
ここで荒潮が春雨に問う。いつもは戦闘中でもマイペースな表情を崩さない天才だが、今はあの敵を見せられたことでそれも薄れている。
「直感的に答えてくれていいわ。あちらの春雨ちゃんは
勿論、目の前でこんなことが起きたとはいえ、別個体の春雨は艦娘であり、自分の意思とは関係なく黒幕に取り込まれて侵略者と変えられているのだ。今でこそその治療方法がわからないが、元に戻すことが出来るのなら当然それも選択肢に入れる。
救うのならば、撃破しても殺さない。侵蝕性が無ければ鹵獲して鎮守府に連れて帰ることが出来る。そうしたら、明石の力によってこの侵蝕も取り除けるだろう。それに、何かまた
ここでの春雨の返答は、直感としてもかなり迷った結果。
「救えないとは言わないよ。多分何か出来るはず。それこそ、私が瑞鳳さんや黒潮ちゃんの時みたいにマグマを叩き込んだりしたら、何かしらの状況は変わると思う」
「なるほどねぇ。なら、救えるということね〜?」
救えないとは言わない。つまりは救える。今回の答えは0か1を求めていたため、春雨が0ではないと言うのなら、この現状は1。
「それに、救わなくちゃいけないわよねぇ。ドロップ艦が巻き込まれてあんなことになってるんだもの。私だってあんなの見せられたら気に入らないわ〜。まるで昔の自分を見ているみたいだし」
荒潮も現状に苛立っている1人。あの別個体の春雨を見ていると、ジェーナスを貶めたときの自分を思い出してしまい、気分が悪いようである。
この場で何も感じていないものなんて誰もいない。そして、その感情は全員が同じであった。
怒り。これに尽きる。
「ああなったらもう駆逐艦じゃなくて陸上施設型と見てもいいと思う。アレはもう、海の上に出てくるつもりなさそうだ。春雨姉、どうだい?」
涼風の問いに、春雨は首を縦に振った。海上で戦うのなら魚雷も効果があるだろうが、その被害を減らすために別個体の春雨は陸から外に出るつもりは無さそう。そちらの方が泥をコントロールするという攻防一体の手段も使えるため、力が増すのもわかる。それ故に、別個体の春雨は陸上施設型と見做していいだろう。
ならば、普通に攻撃するよりは対地攻撃で叩いた方が効果的ではないかというのが涼風の考え。戦車隊や内火艇を別個体の春雨に直撃させるのは流石に拙いかもしれないが、島に蔓延る泥を排除するという意味でも、そちらの方向での戦いをするのはあながち間違ってはいないのではなかろうか。
兵器で自然を破壊するのは忍びないが、別個体の春雨が陣取る岸よりも向こう、黒幕が潜む森を焼き払う意味でも、この攻撃は必要となる。わざわざ森の中に入っていくのは自殺行為だし、地面がああなっているということは、木々にも泥が混ざり込んでいてもおかしくない。
「……うん、それでいいと思う。涼風は今を打開するのはそれが一番だと思ったんだよね?」
「ああ、救うにしても、まずはあの足下の泥をどうにかしなくちゃいけねぇって。アレがある限り、もし取り除けたとしてもまた注がれるんじゃないかい」
「そうだね。むしろ、アレだと足下から常に注がれてるって考えてもいいかもしれない」
別個体の春雨が立っている場所は、特に泥が多い。陸上だというのに泥が波打つせいで脚部艤装で安定させているようにも見えた。
ならば、救うためにまずやらなくてはならないのは泥の足場から動かすこと。それこそ海上にまで引き摺り出し、泥の供給を取り除くことが大事。
「あたいは吹雪からも任されてんだ。指揮ってわけじゃあ無いけど、あたいが状況判断して、作戦を立てる。春雨姉、今はあたいの指示があってるか間違ってるかだけを直感的に判定頼んだ」
そう言うと、涼風は自分の扱う電探をフル稼働させながら、戦況把握と演算を開始。自分の持つ知識と経験、そして思いつく限りの戦略をこの場で組み立てていく。
別個体とはいえ春雨が堕とされ、それを見た海風が崩れ落ち、現状の打破を試みた白露が姉の力を結集して戦いに挑む。姉妹達のそんな姿を見せられた涼風は、自分も力になるのだと出来る限りの力を奮い立たせた。
その涼風の奮起は、怒りに震える者達にまた違う感情を齎した。最も近くにいた春雨にもだ。
「大丈夫。涼風の判断は、
怒りを振り払い、ニコリと笑って涼風に目を向けた。
その瞬間、涼風に不思議な力が湧き上がった。頭の回転が急激に速くなり、今までの経験全てに一気にアクセス出来るような感覚。あまりにも冴え渡りすぎて、涼風自身が驚いた。
だが、そんなことで動揺している暇もない。思いついたことを次々と口にしていく。なるべく消耗が少なく、手段を強くバラすような戦術は取らず。
「荒潮、内火艇突っ込ませていい! あの奥の森を薙ぎ倒しちまえ! 金剛さん、三式弾装備してたよな! 荒潮に合わせて島自体を攻撃してくれ!」
「はぁい、任せて〜」
「Okay. 従うヨ!」
「大鳳さん、サラトガさん、三式弾に合わせて爆撃いけるかい!?」
「勿論。黒幕が島そのものというのなら、島そのものを狙うだけね」
「Of course. タイホーと一緒に、サラの全てを放ちますね」
まず真っ先に狙わせたのは、やはり別個体の春雨ではなくその奥に見えている黒幕の隠れ家をより隠す鬱蒼と茂る木の数々。それ自体が泥の供給源になりかねないため、真っ先に潰す。内火艇による突撃と三式弾による範囲攻撃、そこに空母2人による空爆が加われば、間違いなく陸地を焼け野原に出来る。
木々にも泥が混ざり込んでいた場合は、それだけでは燃え尽きることもないかもしれないが、やらないよりはマシ。むしろ、
それでも陸地は大きいため、供給自体は失われないだろう。むしろ、木々が無くなることで地面の泥が増えるかもしれない。
「江風、白露姉と一緒にあっちの春雨姉を狙っちまえ! でも、接近戦はなるべく控えて、砲撃主体!」
「おうよ!」
言われている最中からもう江風は動き出していた。涼風ならば、自分に白露や叢雲と並んで突撃してくれと指示を出すと確信していたからだ。案の定、予想通りの指示であったため、喜び勇んで海面を蹴る。
「古鷹さん、一番重い役目なんだけどいいかい」
「いいよ、大丈夫」
「その尻尾で、あっちの春雨姉を海の上に引き摺り出してほしい。白露姉なら鎖とかも使えるから、協力してでも。なるべく傷付けない方向でいけっかな」
「噛み付いて引っ張り出すのは少し難しいかもしれないけど、やるよ」
古鷹の左目が紅く光り、その指示を聞き入れて江風の後を追うように向かう。
白露ほどではなくとも、古鷹だってこの現状に怒りを覚え、春雨細胞が活性化していた。展開している尻尾の艤装は真紅に染まり、より長さを増している。
「……春雨姉、出来るかはわかんないんだけど、あっちの春雨姉に触れられる場所にまでくれば、その力で解放させることなんて出来っかな」
「正直なことを言うと、わからない。でも、涼風が立てた作戦は、
春雨には、涼風の作戦がおおよそ見当がついていた。今の動きからこの質問となれば、察することが出来る。
島からの供給源をなるべく断ちつつ、別個体の春雨がコントロール出来る泥を極力失わせる。足下に泥がある限りダメだろうから、そこから引き剥がすことを優先。多少は痛い目を見てもらわなくてはならないが、それでも命を奪うつもりはない。
そして、白露、叢雲、江風、古鷹の4人がかりで陸から海に引き摺り込んだら、春雨のその力により体内の泥を失わせる。涼風の中では、体内の泥をマグマになって押し出してしまえば、別個体の春雨は泥から
「ああ、あたいとしてはさ、システムの解析であの泥をどうにか出来ることは無いと思ってんだ。いや、龍驤さんを否定してるわけじゃあ無いよ。ただ、ここは向こうの領域なわけだから、解析に合わせて構築が切り替わってんじゃないかなって思うんだよ」
「確かにな。そこにあるもん適当に混ぜ込んで、こっちの解析邪魔してきとる感じには思える。やりすぎるといかん方向に進化するかもしれん」
「だから、解析よりも今あるものを徹底的に消しとばす方向でお願いしたいんだ。あっちの春雨姉が解放されたとしても、すぐに侵蝕されるようなことがあったら意味ないからね」
「せやな。なら、解析済みのデータを全開にして、全部吹っ飛ばしておく。それなら戦いやすくなるやろ」
RJシステムは暴走を抑制するシステム。これ以上の侵蝕を防ぐために使われる。ここで龍驤が解析に専念し続けていたら、端末の排除などが疎かになる可能性もある。そちらも進化させてくる可能性があるため、解析はそちらに寄せる。
別個体の春雨の解放は龍驤の仕事ではない。弱体化も狙いたかったが、それよりも確実に仲間を守る方向にしていく。これ以上仲間が侵蝕されるようなことがあったら、海風だけではない仲間達が崩れる。
「山風姉……出来るなら対地攻撃に参加してほしい。いけっかな」
「……大丈夫。でも、あたしは……あっちの春雨姉を救うためにも動きたい」
海風を抱き締めながら、強い意志を見せる山風。別個体の春雨を救うことが、この海風を立ち直らせる近道であることもわかっている。
「海風姉、大丈夫だから。あっちの春雨姉も、必ず救うから。だから……見てて。あたし達の戦いを。辛いのは、すごく辛いのはわかるけど、じっとしてるだけじゃ何も変わらない」
一際強く抱きしめた後、山風は海風から離れて立ち上がる。
内向的な山風の、力いっぱいの奮起。海風が崩れたことで手も足も震えてはいるが、大きく深呼吸することでその震えを止める。
「見てて、海風姉。みんなで、みんなの力で、あっちの春雨姉を救うから」
そして、山風も戦場へ。
「海風……私は傍にいる。でも、みんなが戦っている姿は、見てあげて。あちらの私を救う姿を。私が断言する。絶対に救えるよ」
海風に温もりを与えながらも、春雨の視線は戦場へ。
その時、春雨の瞳に灯る怒りの焔は、違う色を見せた。