「
春雨と涼風の声が揃った。別個体の春雨が黒幕であると、2人の中では結論付けられていた。陸地と繋がった泥、駆逐艦とは思えない攻撃方法、それに加えて、別個体が話す言葉の節々。そこから割り出した結論である。
「そうでなくちゃ、あの攻撃方法はない。いくら侵蝕されてるからって、基地航空隊みたいな艦載機の飛ばし方なんて出来ない」
「だよな。あたいもそれだった。別個体の春雨姉だとしても、あんなの駆逐艦の域を超えてんだ。混ぜられてもいないただの駆逐艦に出来ることじゃねぇ」
春雨はどちらかといえば直感的だが、涼風はその行動をただ遠目に見ているだけで、おおよその攻撃方法を理解している。
その最たるものが、艦載機が出た場所が明らかに別個体の春雨とは一切繋がっていない場所だったこと。それなのに、自分の意思のままに操り、最大の力を発揮させている。しかも、
黒幕ならば、まだ中間棲姫の時に艦載機を先に飛ばしていてもおかしくない。むしろ、施設の中間棲姫──姉姫と飛び方すらそっくりだった。そこに気付いたのは春雨。
「あとあの泥の壁の出し方、姉姫さんの甲板と同じタイミングだった」
「ああ……海風が姉姫様を撃ったっていう」
「そうそう。その時と全く同じなんだよ、あのガードの仕方。地面に引っ付いてるかいないかってだけ」
それは今から考えればかなり前。初めて施設に堀内鎮守府の面々が辿り着いた時。海風が錯乱して撃ったところ、瞬時に甲板を展開して全くの無傷で終わらせた。
涼風はそれを思い出していた。やはり涼風は今、極限まで冴え渡っている。
「黒幕も、本を正せば姉姫様の中にいたんだもんね。行動の癖が同じに見えてもおかしくないか」
海風を抱きながら、仲間達の戦いを見守る。自分もあの戦いに加わりたいという気持ちもあるが、今は海風を放っておけない。いくら涼風もいるからと言っても、依存相手である自分が離れたら、海風は確実に終わる。それこそ、今はギリギリだが二度目の溢れに達してしまうなんてこともあり得る。
春雨は自分に起きているからこそ、海風に二度目なんて感じてもらいたくない。今でこそしっかり制御出来ているが、海風が次に溢れたら、それこそ命を失う可能性だってあった。全てを燃やし尽くしてしまいかけた春雨と同じように。
「海風、大丈夫だよ。みんなが頑張ってくれてる。あちらの私も、きっと救われる」
慈悲に満ちた瞳で海風を見る。出来れば顔を合わせて、面と向かって話をしたいものの、発作で蹲っている海風は、春雨と顔を合わせることも出来ない。
顔を上げたら、侵蝕されている別個体の春雨を目にすることになってしまう。それを本能的に拒んでしまっていた。海風にとって、春雨は神聖なモノ。穢されている姿は、春雨以上にショックを受ける。それをほんの少しだけでも見たことで、ここまで心が揺さぶられているのに、注視なんて出来やしない。
そんな海風に対して、春雨が持った感情は今までとは違った。
今までは、海風をこんな風にしてしまった別個体の自分に対して激しい怒りが溢れ出している。瞳からは真紅の焔が燃え盛り、表情も失われていった。
だが、今は違う。涼風の奮起に引っ張られた仲間達と同様に、怒りとは違う感情を齎されており、別個体とはいえ自分を救おうと一生懸命に戦う仲間達の姿が春雨の心を激しく動かす。自分が助けられているような感覚まで得られる。
それ故に、今の春雨には怒りよりも先に、本来の感情──
「大丈夫、大丈夫。必ず上手く行く。私が保証する」
この思いやりから、春雨の瞳に灯った焔の色が、真紅ではなく
「……春雨姉さん……」
蹲りながらも、海風はようやく反応を見せる。今までとは違う温もりを感じたか、ゆっくりとだが顔を上げた。
涙でボロボロ、精神的な疲弊があまりにも激しく、見たこともないくらいにグシャグシャになってしまっている海風に、春雨は怒りが溢れそうになった。しかし、そこで怒り以上に海風を思いやる心が溢れ、しっかりと目と目を合わせる。
「大丈夫。海風の辛いことは絶対に起きない。あの別の私も、絶対に救われる。だって、私達が救うんだもの。救われないわけがないよね」
見たくないものによって崩れた心は、ずっと見ていたい笑顔によって元に戻っていく。海風にとって、最大の治療薬は春雨の笑顔。
「……そうですよね。山風だって、この戦いに勝とうって、ここまで前を向いてくれているんです」
それに、山風だって海風を立て直すために必要不可欠な存在だ。さっきまで山風が一緒にいてくれて、海風のためにも別個体の春雨を救いに向かい、今も奮闘するその姿が、海風の崩れた心をより癒していく。
「内向的だった山風が、春雨姉さんを救うために、あそこまでしているんです。救われないわけがない。どの春雨姉さんも、救われなくちゃいけません」
「うん、そうだね。私も、別の私が苦しむ姿なんて見たくない。それは黒幕のことが気に入らないってだけじゃない。それが私だからってだけじゃない。苦しむ姿を見たくないんだ。だからさ、海風」
顔を合わせ、目を合わせ、その溢れ出た涙を指で拭き取ってあげて、ニッコリと微笑む。
「私を、救いに行こう。海風なら、
春雨の保障が入った瞬間だった。海風にも不思議な力が湧き上がってきた。侵蝕された春雨を見たことでグズグズだった心に光が差し、全身に活力が漲るような心地よい感覚。
繭の中で感じた春雨の温もりとはまた違った、その強い心を感じられる温もり。触れられていなくても、春雨の愛を感じるような熱。後ろ向きな気持ちを燃やされるような焔。
海風は自分の力で立ち上がり、零れ落ちる涙を袖で拭う。
「行きます。行きます。必ず救います。春雨姉さんが黒幕に利用されているだなんて、私には耐えられない。最愛の春雨姉さんでなくても、別個体だとしても、春雨姉さんは救われてほしい。戦いの中で沈むのも辛いのに、あんな利用されて捨て駒になるだなんて以ての外です。いいように使われる春雨姉さんなんて見たくないんです。だから、だから私は……!」
その思いが力を引き出し、海風の瞳にも焔が宿る。
白露達のように直接春雨の細胞を入れられることで、怒りによる活性化をしているが、海風だけは特殊である。春雨が暴走した時、口移しでそのマグマを直接身体の中に取り入れているのだ。
人工的に抽出して、薬として注入されているのとはわけが違う。経口摂取で体内に入れ、それを自身の血肉へと変えた海風の身体は、ある意味根底から春雨の色に染まっていると言える。海風がそれを受け入れている、むしろ望んでいるのだから尚更だ。
故に、決意さえ出来れば後は簡単だった。他ならぬ春雨が侵蝕されているのだ。崩れた心さえ元に戻れば、後は救いたいという気持ちだけが躍動する。
「必ず! 春雨姉さんを救います!」
前を向き、力を振り絞り、高らかに誓う。それがトリガーとなり、海風の中にあるマグマが沸き立ち、海風自身を染め上げた。義腕である右腕が真紅に染まり、強固な艤装として確立した。
「行こう、海風。涼風もついてこれる?」
「あたぼうでい! あたいだって、あっちの春雨姉を救いたいって思ってんだからな!」
がってんと力瘤を作った涼風。こちらもやる気は充分だ。もう前しか向いていない。
「ありがとう。別個体のことでも自分のことのように嬉しいね。あちらの私も、初めてここで出会ったけど、もう仲間として認識されてるんだね」
「そりゃあ、白露型だからね。違ったらどうだったかわからないけど、やっぱ姉ちゃんが利用されてるってのは気に入らねぇよ」
「ふふ、それは私もだよ。他ならぬ私だもん。黒幕に利用されてるなんて嫌だ。だから、絶対に救うよ」
改めて別個体の春雨を見据えた。あまりにも強い力を与えられ、ここにいる3人を除いた仲間達が総攻撃を仕掛けても素知らぬ顔で全ての攻撃を捌き切っているそれは、今この時も足下から泥が注入され続けているような状態。
いや、注入ではなく接続だろう。この島と一体となっている黒幕が、自身の意志を示すために、別個体の春雨を自分の意志を示す
ならば、やはり最初に涼風が考えた作戦──別個体の春雨を島から引き摺り出す──が現状打破に繋がるだろう。接続を断ち切るためにも。
「涼風、思いつく限りの作戦は?」
涼風に問う春雨。それに対して、間髪容れずに答える涼風。
「海風姉は腕の鎖とか使って、あっちの春雨姉を海の上に引き摺り出してくれ!」
「ええ、勿論。春雨姉さんを必ずあの呪縛から解き放つ……!」
鎖を使える者が1人でも増えれば、陸上から離れさせることが出来る可能性が増える。今は白露と古鷹だけだが、そこに海風が加わることでさらに前進出来るだろう。
「春雨姉は……いや、多分あたいが指示しなくても全部いいとこ行けるんじゃないの?」
「そうだね。対地攻撃は出来ないけど、それ以外なら大概出来るから、要所要所に入っていくよ。涼風は?」
「あたいも似たような感じになると思う。対地攻撃出来ないから、多分本体狙いになるんじゃないかな」
「了解。それじゃあ、行こうか!」
改めて発せられた春雨の号令により、3人は戦線に参加する。12人の力を合わせれば、この状況も打破出来る。
その頃、春雨の細胞が体内に入れられている最後の1人、コロラドも、自分の中で力が脈動していることに気付いた。
春雨に呼応しているわけでは無いのだが、防空巡棲姫との戦いが難航すればするほど、コロラド自身の怒りがその細胞を活性化させている。
「てこずらせてくれるわね……本当に」
「でも足止めはちゃんと出来ているので。それはこちらの作戦通りですよ」
コロラドの隣に立つ吹雪が苦笑しながら話す。
今までの泥人形と同じ戦い方が出来る防空巡棲姫には、吹雪もかなりてこずらされている。艦載機を飛ばしてこないのはありがたいものの、こちらの艦載機は全て撃墜されるため、直接攻撃しか手段がないというのに、当たり前のように徒手空拳を繰り出す上に、合間合間に泥鯨まで展開される。
それに加えて、周囲にはまだイロハ級が山のようにいる。全員で一斉にかかることが出来ればまだ健闘出来るかもしれないが、たった1人でも人数差をひっくり返す程の力を持っているために、なかなかうまくいかない。
「手段を見せないように戦うってのは難しいな……。もうその辺りは考えない方がいいのかな」
このままで行くと、ただ消耗させられるだけである。逆に防空巡棲姫はまるで堪えていない。
「全力を出したら、あっちが苦労するかもしれないしなぁ……」
作戦はより進むが、本来の黒幕との戦いに影響が出るとなれば話は別。故に難しい。
だが、そろそろそんなことを言っていられなくなってきているのも事実。
何処の戦いも混迷を極めている。何処かで決断をしなくては、勝てるものも勝てない。