海風達が施設との通信を終える。時間にしてざっと15分程度なのだが、海風はそれだけでも心が癒されているように見えた。春雨と話をすることがメンタルケアに繋がり、肉体的な疲れも少しだけ癒されているようにも思えた。
こういう機会を作れたことは、提督にとって、とてもありがたいことだった。艦娘の身体的な部分は入渠や休日を作ることでケア出来るが、精神的な部分はどうしても本人次第になる。身体を休めるのとは違って、そのケアの方法が人それぞれだからだ。
今鎮守府の中で特に精神的に疲弊しているのは、満場一致で海風である。そのケアの方法が、いなくなった姉との交流という実現不可能なモノ。それが、予想外なカタチで実現出来たのだから、使わない手は無かった。
結果は上々。海風もこの件を話した時点ですぐに使いたいと言い出す程であり、使ったことにより回復の傾向も見えている。
あちらにも都合というものがあるだろうから、頻繁に使い倒すことは出来ないだろうが、定期的に使わせてもらって、ガタガタになった海風の心を回復させていく方向で進めていくように決めた。
「五月雨、休憩終わりましたぁ」
海風達と入れ違いになるように五月雨が執務室に。午後イチの施設への遠征から帰投し、お風呂に入ってからの秘書艦業務再開。実際は業務そのものがもう少しで終わるくらいの時間なのだが、五月雨は律儀に執務室にやってきた。
「さっきすれ違ったんですけど、海風、すごく嬉しそうでしたよ」
「それは良かった。これで少しでも良くなってくれればいいんだが」
「あはは……なんとも言えませんね。でも、顔色は良くなってましたから、いい傾向なんじゃないですかね」
秘書艦としての定位置について、残り少ない時間の雑務を始めていく。最古参で当初から秘書艦を続けているため、ドジっ子でも手慣れたものである。
「五月雨が戻ってくるまでに、こちらで
「例の件……って、槍持ちのことですか?」
「ああ。ここ最近で行方不明、もしくは轟沈報告がされた駆逐艦叢雲がいないかどうかをね」
中間棲姫からの依頼である、槍持ちの素性の調査。それは艦娘達には出来ない、提督のみに与えられた仕事である。
やれることといえば、資料を片っ端から確認することと、大本営への問い合わせ。資料に関しては、事務員の役目も果たす大淀の手も借り、最近の轟沈報告に全て目を通すことになる。
「それで、どうだったんですか?」
「こちらの方にまで出回ってくるような大きな戦いが最近は無かったようで、轟沈報告は残念ながら見つかっていない。しかし、その事実を隠蔽しているとなったら話は変わるんだがね。叢雲が轟沈しているという条件で絞ると、直近がおおよそ半年前だ」
大きな戦いも無ければ、小さな小競り合いもあまり無いようである。一番最近の駆逐艦叢雲の轟沈報告は、半年ほど前に練習航海中に想定外の敵勢力が現れたことにより艦隊全滅という事件くらいであった。
言うまでもなく、これが施設の薄雲が深海棲艦化するきっかけとなった事件。その当時は怖いこともあるものだと思い、哨戒でも気を抜くことなく万全を期して挑んでいた。それでも今回のことが起きてしまったので、酷く落ち込んでしまったのだが。
自分達に降り掛かった事件に酷似しているということで、それは強く目に留まった。練習航海用に使われている航路だというのに、強力な深海棲艦が現れる。これは、既に戦いの終わった海域に哨戒に向かった駆逐隊が行方不明になるのと殆ど同じ。
もしかしたら関連性のある事件なのかと疑ったものの、今は状況が違うだけの別物だと考えている。時間が随分と空いているからだ。流石に半年前の叢雲が、今になって深海棲艦化して現れるとは到底考えられない。
しかし、深海棲艦は未だに生態が全く解き明かされていない謎の生命体だ。中間棲姫達や深海棲艦化する艦娘の存在により、より一層謎だらけになってしまっているのだ。それ故に、半年かけて蘇ったと言われてもそうかもしれないと考えてしまう。
「そうなることも見越して、先んじて大本営の話が通る人……いつもの大将に連絡をしておいた」
「ああ、あのおばさまですね」
「あの人なら、大本営の力も使って、僕達では触れられないところまで調べてくれるはずだ。勿論、僕達も出来る限りのことはするつもりだがね」
ここで出てくるのがあの老齢の貴婦人。大本営所属という大きな地位を余すことなく使い、槍持ちの素性を調べてくれると約束してくれたそうだ。
その観点としては、やはり艦娘を酷使している鎮守府。深海棲艦化が、心が壊れて強い感情が溢れ出すことで発生する事象である事を事前に聞いているため、それが起こりやすい場所に当たりをつけるためにもその方向性で調査をするとのこと。
「これで大将の方が大当たりだった場合……なんとも胸糞悪い話になりそうだ」
「鎮守府で酷使されて、使い捨てみたいにされたってことですもんね……同情しちゃいます。ああなってもおかしくないよねって」
「ああ。僕は絶対にそんなことをしないから安心してくれ」
「勿論です。それがわかっているから、みんな自分の意思で提督について行くんですよ」
艦娘は『ヒトのカタチをした兵器』であるという考え方をもって運営している鎮守府も少なからずある。そういう鎮守府は一様に殺伐とした雰囲気で、この鎮守府のような和気藹々とした空気はあまり無い。それこそ、艦娘達は兵器のように淡々と任務を遂行する。
実際その方が、今回の海風のようなメンタルケアなども必要なく、
だが、艦娘だってモノを考え、人間と同じように生きているのだ。根幹は兵器かもしれないが、姿は知的生命体。人間と変わらない。それ故に、『人間と同じだけの権限を与えるのが妥当である』という考え方をもって運営している鎮守府も存在する。その1つがこの鎮守府だし、貴婦人の大将がトップを務める鎮守府もそれだ。
見た目が子供である艦娘だっているのだから、それ相応に扱う。勿論、存在そのものが機密の塊であるため、必要最低限というのはルールとしてあるのだが、その中でしっかり娯楽も与え、人間と同じように生活してもらうことで、最大限の力を発揮してもらう。
「僕は別に艦娘を兵器として扱うなと思っているわけじゃない。だが、僕は今のように艦娘と手を取り合って戦った方が、効率がいいと思っているんだ。勿論、ヒトとして扱っているからこそ生まれた考え方だとは思うけどね」
「ありがたいですよ。私達、結局のところ人間では無いですから。でも、ここは居心地がいいので、張り切って戦えます。死ぬのは当然怖いですけどね」
「ああ、そうあってくれ。それが僕の方針だからね」
どっちがいいとか悪いとかは、おそらく答えが出ないだろう。どちらにもメリットはあるしデメリットもある。それはお互いに認め合っている。
故に、お互いが基本的には干渉しない、やり方に文句を言わないことで、バランスをとっていた。人間同士の争いは、今最も非生産的な行動だからだ。和気藹々としていようが殺伐としていようが、向かっている場所は同じ『海の平和』なのだ。やり方云々に口出しをするのはナンセンス。
「だが、艦娘を使い捨ての道具だと思っている連中は見過ごせない。正式に罰する法が無いのが厄介なところだが、今回の件……深海棲艦化の件が
「そうですね……いくら別個体がいる私達でも、自分と同じ個体が蔑ろにされているところは見ていて気分の良いことじゃないです」
その運営方針の結果、深海棲艦が増えているというのなら話は変わる。『艦娘は兵器である』という考え方が激化して、『壊れても替えがある』というよろしくない思想の下で運営している、いわゆるブラック鎮守府のせいで、この戦いが一向に終わりに進まないのなら、今以上に厳しく罰するべきだ。
精神どころか身体のケアすらも怠り、壊れたら次の艦娘を使うというのは、どちら側の鎮守府から見ても忌避すべき思想。前者から見れば、そこまでしなくては戦果が挙げられない無能。後者から見れば、非人道的な手段に出ている外道。
それ故に、大本営も最初から罰を与えるように軍規を整備しているのだ。そういうことが許されないように。
と、五月雨と話していると、今度は内線が鳴り響く。施設との端末は直通のモノになっているが、外部からの連絡は一旦大淀がそれを受け取り、必要とあれば提督に繋ぐ。
こちらは施設との端末とは違ってただの電話。ビデオ通話なんてものは搭載されていない。その代わりに、大本営との通信であるために逐一録音される仕様になっており、おかしな言動は出来ないようになっている。
『大将からお電話です。今よろしかったですか?』
「ああ、問題ない。繋いでくれ」
淡々とした事務的な大淀の声はすぐに終わり、電話が繋がる。
「お電話代わりました。どうかされましたか」
『さっきの件だけれど、ある程度目星がついたから連絡させてもらったわ』
「早すぎません!?」
思わず声を荒げてしまった提督。叢雲の件の調査を依頼したのは、ほんの数時間前だ。提督が大淀と連携して資料を片っ端から読み解いている間に、何かしらの手がかりに辿り着いているらしい。
『困ったことに、良くない方向になりそうよ。不正な資源の使用が見つかった鎮守府があるの。叩けば埃しか出ないようなところね』
その鎮守府はそこまで古い鎮守府ではないらしく、新人であるが故に、手柄を立てることに躍起になっているような提督が運営しているような場所だとか。今までは巧妙に隠し続けてきたようだが、ついにボロを出したらしい。頭がいいのか悪いのか。
『その叢雲は、この鎮守府所属だった可能性が高いわ。明日以降に視察と称して洗いざらい話してもらおうかと思うの』
「そう……ですか。了解しました」
『その結果はまた追って連絡させてもらうわね』
この鎮守府に訪れたときなどは、朗らかな笑みを浮かべたり優しい声で艦娘達と話をしたりと、とても接しやすいお婆ちゃんといったイメージなのだが、この電話越しの声は淡々とした執行者のような冷たいもの。大本営所属の大将という強さを遺憾なく発揮しそうである。
「黒い繭……深海棲艦化のことは、大本営は」
『伝えさせてもらったわ。実例についてはまだ詳しく話せないけれど、そういう事象が確認されたということをね。全鎮守府に通達されることになるとは思うけれど、そこは慎重に行くでしょう』
こればっかりは誰にでもいち早く知ってもらいたい事実。艦娘は扱い方を間違えると敵になり得る存在なのだと。しかし、逆にこれによって艦娘に対して不信感を覚える提督がいないとも限らない。
故に、この事実を全鎮守府に通達するのは今すぐではない。大丈夫であると確認出来てからである。ただでさえ大本営すらも大混乱に陥ったのだから、それ以下の鎮守府がその事実を聞いても、簡単に受け入れられないだろう。
『大本営のみんなは、全員納得はしてくれたわ。これを知ったからといって、自分の艦娘を解体するような子達はいないみたい』
「それは安心しました」
『ただ……こういう事実を耳に届かせちゃいけない連中もいるの。だから慎重に行かなくちゃね』
その連中というのが、艦娘や深海棲艦について研究している機関である。艦娘が深海棲艦に変化するなんてことを知ったら、どうにかして実験しようと艦娘に対して非人道的な実験を繰り返して、無理矢理感情を溢れさせたりするだろう。
『それじゃあ、こちらからの連絡は以上。引き続き、彼女達との交流を続けてちょうだい』
「了解しました。タブレットの件もありがとうございます。早速使えました」
『それは良かったわ。仲良くなれることはいいことだもの。戦うのではなく、仲良く共存していければ、戦いも早く終わるものね』
槍持ちの調査はあっという間に進んでいく。この後、中間棲姫も鎮守府を頼って良かったと思えるほどになるだろう。
こうやって信頼を紡いでいき、共存の道はより前進していく。
今回は世界観説明回。鎮守府側の話はそうなる傾向が強いですね。